ニコラスの原点
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ニコラス・リンモッドは物心ついた頃から玩具で遊ぶよりも本が好きだった。
乳母がよく絵本の読み聞かせをしてくれる女性だったからその影響を受けたのかもしれない。
自分では何が書いてるのか分からないのに、ニコラスがせがむとスラスラと音読する大人たちの姿に憧れを抱いていたのかもしれない。
父親であるリンモッド伯爵の書斎に忍び込んで、叱られたのは一度や2度ではなかった。
ニコラスは色んな字を見るのが好きで、分からない字を調べたり周りに聞いたりなどして読めるようになるのが面白かった。
そんなニコラスが幼い頃の話だ。
ある夫人と関わる機会があった。
その夫人はハンメルト前子爵夫人で、ハンメルト前子爵から妻の話し相手になってほしいとリンモッド伯爵夫人が頼まれたのが発端だった。
ハンメルト前子爵夫人は元々明るく話好きだったが、持病により体力が落ちたことで滅入ってしまい口数が少なくなっていた。
それが理由でお茶会に参加しても夫人たちと会話が弾まず、招待されることが減ってしまったという。
「ふじん!」
「あら、ニコラス様」
リンモッド伯爵夫人が事前確認をして招待されたお茶会にニコラスを連れて行くと、ハンメルト前子爵夫人は喜んでくれた。
「本日はどんなお話を聞かせてくれるんでしょうか?」
「ほんじつはですね……」
ハンメルト前子爵夫人は聞き役も向いていたようで、ニコラスが読んだ本の内容を話すのをいつも楽しそうに聞いてくれた。
祖母が2人とも逝去していたニコラスにとって、ハンメルト前子爵夫人は祖母のような存在だった。
リンモッド伯爵夫人はお茶を楽しみながら2人を温かく見守っていた。
「へぇ、王子様が旅に出るお話ですか」
「そうなんです。王子さまは旅に出て、たくさんお友だちを作るんです!」
「素敵ですねぇ」
「ふじんは旅をしたことがありますか?」
何気ない会話だった。
「ありますよ」
「おひとりでですか?」
「えぇ。旅に出ますとこの国に来ました」
「?」
「わたしはこの国の人間ではないのですよ」
「そうなんですか?」
「えぇ。わたしはね、隣国出身なんです。隣国に仕事で来ていた旦那様と出会い、恋に落ちて、家族に結婚を反対されたのでこの国に来ちゃいましたの」
ふふ、と当時をなつかしんでいるのか微笑むハンメルト前子爵夫人。
駆け落ちなど、幼いニコラスには聞かせられない事情は言葉を選んでくれたようだ。
「りんごく……」
「良いところですよ。食べ物は美味しいし、ニコラス様の好きな本がたくさんありますよ」
「ほんとうですか!?」
「えぇ。それに陽気な人が多くて落ち込んでる暇なんてないんです」
「かえらないんですか?」
「!」
ニコラスは思ったことを口にしただけだった。
一瞬、ハンメルト前子爵夫人が悲しい表情になったのをニコラスは見逃さなかった。
「帰る……帰りたいですねぇ……」
「ふじん?」
「これでも昔、隣国へ子どもたちの顔を見せようと家族旅行を企てていたんですのよ。だけど、わたしが大病を患ってしまって行けずじまい」
「ハンメルト前子爵夫人……」
リンモッド伯爵夫人が同情の目を向ける。
「ああ、でも、両親が亡くなるまで文通はしていましたのよ。傍系だった旦那様がハンメルトを継いだ時にお兄様が仲を取り持ってくれて……」
明るく取り繕うハンメルト前子爵夫人。
「そうだわ。ニコラス様。わたしにはもう隣国へ渡る体力は残っていませんが、機会がありましたら是非隣国へ行ってみてください。その時は兄へ不便がないように頼みますわ。リンモッド伯爵家の皆様を招待します」
それがニコラスがハンメルト前子爵夫人と会話した最後の日だった。
数日後、持病が悪化したハンメルト前子爵夫人は還らぬ人となった。
葬儀に参列しても、幼かったニコラスには夫人の死が理解出来なかった。
夫人に会ったら聞いてもらおうと本を読む日々。
『ふじん。てを』
『あらあら、ありがとうございます』
夫人が来たらすぐに出迎えられるように、ニコラスは本を読んでいても周囲をよく観察するようになった。
ニコラスの気遣いはそのことで培われ、何かあれば相手へ声を掛けたり手を差し伸べるようになったのだ。
しかし、物心はついていたとはいえ幼かったニコラスは成長するにつれ、ハンメルト前子爵夫人の記憶が少しずつ薄れていくのだった。
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