第62章 『すべては良くなる』
海斗の視点
今日は、概して天気が良かった。もっとも、急激な気温の変化に身体が適応していく、その代償にはどうしても参ってしまう。季節は夏へ向かい始めていて、日中はひどく暑い。もう雨は降らない。まるで、この土地には一度たりとも雨など降ったことがないかのように、何もかもが乾ききっている。そして今になって、あれほど恋しくなるのだから不思議なものだ。
僕にとって、暑さは寒さより耐えやすいものではない。どう説明すればいいのか分からないが、雨や風の中には、布団や暖かな服にくるまったときに感じる、どこかぬくもりのある心地よさがある。けれど、過度な暑さから感じるのは息苦しさだけだ。太陽には苛立たされる。もっとも、それも時々のことで、普段の僕はこういうことに対してかなり無関心だった。
それに、暑さは多くの人の心を明るくするらしい。優一なんかは、むしろ暑さと相性がいいように見える。少なくとも、以前の青白い死人のような顔をしていた頃に比べれば、ずっと生き生きとしていた。そして、そんな優一を見ていると、認めるのは少し癪だったが、僕まで気分が良くなった。優一が元気なら僕も元気になる。優一がよく話せば、その会話を僕もより楽しめる。そういう意味では、僕はかなり人に影響されやすい人間なのだと思う。スポンジみたいに。
記憶がない以上、僕の気分も、僕自身の性格さえも、周囲の環境にかなり左右されてしまう。まるで粘土だ。
それに、診療所の小さな公園を散歩するようになってから、過去のことを小さな単位で思い出すようにもなった。僕はそれを『小さな癖』と呼んでいる。
たとえば、食事を終えると、スプーンを手にしたまま、それをナプキンで拭いて皿の横に置きたくて仕方がなくなる。それから、甘いものが食べたくなることもある。優一に頼んで、小さなお菓子や飴をもらったりした。でも、僕はそれを食べない。ただ、しまっておく。理由は分からない。
だから僕の部屋には、兄を通して密かに手に入れた飴が隠されている。引き出しの中にもいくつかある。枕の中にも二つほど。もしポケットがあったなら、病院着の中にもきっと忍ばせていただろう。
けれど、繰り返すが、僕はそれを食べない。むしろ、ただ取っておきたいのだと思う。いつ来るとも知れない、その『いつか』のために。
それから、悪夢を見ることも増えた。あれを悪夢と呼ぶのは、そこに出てくるものに顔がないからだ。奇妙な人影。顔立ちも、その行動も、何の根拠もないまま存在している人間たち。そんなものが、腹の奥に沈み込むような鈍い恐怖を僕に与える。
まるで僕の中の何かが、こう叫んでいるかのように。
『思い出すな。あいつらには、何もいいことなんてない!』
『思い出したら、苦しむだけだ!』
だから、夢を見るのが怖かった。
そして目を覚ますと、できる限りそれを忘れようとした。自分のために。自分の意思で。大抵の場合、それはうまくいった。
このことを大輝さんには何も話していない。言うまでもなく、僕はあの人が好きではない。信用していないわけではない。ただ、自分が思っていた以上に僕はプライドの高い人間らしく、僕の目にはただのゴキブリにしか見えないあの男に、自分の弱さを見せる気にはなれなかった。
それだけは、絶対に嫌だ。
どうしても弱さを見せなければならないのなら、あの人ではなく、兄に見せる。
そんなふうに日々は過ぎていく。時間も、以前より速く流れているように感じる。しかも、その日々には、日常そのものを思い出せるような記憶がほとんどない。ただ一日の中にある小さな行動や、僕が良いと思った特定の瞬間だけが、いくつか残っている。
それくらいだった。
穏やかな日々だった。
体調も、脚の具合も、少しずつ良くなっている。
そういうわけで、すべてが順調に元の場所へ収まっていっているように思えた。
そうだろう?
笑いたい。
気分がいい。
きっと、これでいいのだ。きっと、これから先に待っているのは、良いことばかりなのだろう。
だって、そうだろう?
人は言うではないか。僕も今、ふと思い出した。
『嵐の後には、必ず晴れが来る』
もう悪いことは終わった。
僕の中の何かがそう言っている。いや、叫んでいる。
『君は幸せになる!』
そして僕は、不思議なことに、それを信じている。
それとも、自分自身に嘘をつくことなんて、僕にできるのだろうか。
自分自身に嘘をつける人間なんて、いるのだろうか。
そうだ。
人生は素晴らしい。
そこに悪意なんてない。
そして僕は……僕は、これまでずっと苦しんできた。
少しくらい平穏を得たって、いいじゃないか。
神様がいるのなら、僕を哀れんでくれたっていいじゃないか。
僕の小さな罪くらい見逃して、地上で苦しんだことをもって、僕の罪は償われたと考えてくれたっていいじゃないか。
生きながら地獄に耐えてきた僕に、死後の楽園を望む資格くらいあるだろう? きっと、神様はそうしてくれる。そうするに決まっている。そうだろう?
僕は幸せになる。きっと、そうなる。
神様が、そう言っている……。
いや。
僕自身が、そう言っている。




