第55章 『単調』
この頃になると、さすがにそんな毎日にうんざりしていたことを認めざるを得ない。
娯楽といえば、代わり映えのしない番組ばかりが流れるテレビくらいしかない。ついでに言っておくと、僕の足の状態は一向に良くなっているようには見えなかった。少なくとも、僕が望んでいるほどの速さでは。
歩くこともできず、ほとんど何をするにも人の手を借りなければならない。誰かに連れ出してもらわない限り、この狭い病室から出ることさえできなかった。
まるで、飼い主が散歩へ連れて行ってくれるかどうかで幸福が決まる犬みたいだった。
もっとも、僕の飼い主たちは無関心で、僕はあまり辛抱強い犬ではなかった。
だからこそ、白い四方の壁に囲まれ、身動きも取れず、外の世界だけが変わらず進み続けているのに、自分だけが取り残されているような感覚に耐えられなかった。
来る日も来る日も、同じことの繰り返し。
とうとう、完全に覚えてしまうほどには。
例えば、こんな具合だ。
午前六時――起床、そして身支度。当然ながら、情けないことに手伝い付き。
午前七時――朝食。いつも柔らかい食事ばかり。回復を助けるというより、僕を痩せさせたいだけなのではないかと思えてくる。
午前八時――理学療法。腕や脚を伸ばす運動。
午前九時――作業療法。髪をとかしたり、コップを持ったり。
正午――昼食。朝と大差ない。色だけは違うのに、味はほとんど同じだった。
午後二時――理学療法。歩行訓練。
午後三時半――医師の回診。
午後四時――認知訓練。数字を覚えたり、指示に従ったり。
午後六時――夕食。特に変わり映えはない。ただ、その日のお粥は美しい鈍い赤色をしていた。
午後九時――就寝準備。朝の身支度に負けず劣らず情けない時間。
午後十時――消灯。
せいぜい医者たちと話をするくらいだったが、彼らはあまりにも無愛想で、口数も少なかった。
僕には少々真面目すぎる人たちで、僕がいくつ質問を投げかけても、返ってくるのは頷きか、せいぜい一言二言だけ。
今になって思えば、あの態度は半ば身体の不自由な患者への過剰な配慮だったのか、それとも何か秘密を抱えていて、うっかり口を滑らせることを恐れていたのかもしれない。
けれど、そんな中にも一人だけ例外がいた。
僕との会話を面倒がらない人。
あの丸い顔をした小柄な看護師――長い白衣をまとい、妙に目立つ黄色い靴下を履いた彼女のことだ。
どんな話をしていたのか細かく語っても退屈だろう。
天気のことを話したり、僕が本当に良くなるのか尋ねたり、そんな他愛のない会話ばかりだった。
ただ、ときおり、もう少し踏み込んだ話になることもあった。
例えば、なぜ彼女が黄色い靴下を履いているのか、とか。
僕の好奇心を満たすには十分すぎるほど重要な話題だった。
彼女がその理由を何と答えたのかは言わない。
それは秘密にしてほしいと約束して聞かせてくれたことだったからだ。
名前についても同じだ。
それも、僕だけのものとしてしまっておきたかった。
見た目は平凡で、特別魅力的というわけでもない。
それでも、彼女は気立てがよく、とても話し好きな女性だった。
僕は、彼女のことが好きだった。
***
僕の退屈な日課に変化らしい変化があるとすれば、それは兄さんが見舞いに来てくれることだった。
長いあいだ淀んだままの水に石を投げ込むようなものだ。
兄さんの姿を見るたび、静まり返っていた池に波紋が広がり、その揺らぎが底に沈んだものへ新しい空気を送り込んでくれるような気がした。
最初の頃、兄さんは二日に一度の頻度でやって来た。いつも昼食の一時間ほど前だ。
けれど、僕には不思議だった。面会時間は午後だけだったはずなのに、どうして兄さんだけは入れてもらえるのだろう。
もっとも、すぐに気づいた。
その答えを知ったところで、僕には何の得もない。
兄さんが来てくれる。
それだけで十分だった。
だが昨日も来たばかりだ。次は明日だろうと思っていた。
だから、今日も病室へ入ってきた兄さんの姿を見たとき、僕は思わず目を見開いた。
――二日連続?
間違いなく今週は僕の幸運週間だ。
僕は外のことを尋ねた。
学校のこと。家のこと。母さんや父さんのこと。
けれど兄さんは、いつものようにあまり多くを語らなかった。
答えにくい質問になると、決まってこう言うだけだった。
「外に出れば、いずれ全部わかるよ。今は回復に集中しなさい」
まったく。
僕はそんなに魅力のない人間なのだろうか。誰も僕と話したがらない。
そんなことを考えているうちに、面会時間はあっという間に過ぎ、昼食の時間になった。
少し考えてから、僕は盆の一つを兄さんのほうへ差し出した。
「食べて」
半分は、差し出したのが何度も吐き気を催させたあのどろりとした液体だったから。
そしてもう半分は、兄さんの顔色があまりにも悪かったからだ。
うつむきがちで、青白く、口数も少ない。
しかも痩せているように見えた。
目覚めてから数日前に見たときは、もっとしっかりした身体つきだったはずだ。
僕の目が節穴でなければ、寝不足による隈まで浮かんでいるように見えた。
だから心配だった。
少しでも兄さんがましになるのなら、この食事くらい全部譲っても構わない。
だが、兄さんは皿を受け取らなかった。
代わりに、わずかな笑みが口元に浮かぶ。
「病人は僕じゃない」
そう言って、兄さんは静かに続けた。
「早く治りたいなら、食べるべきなのは君のほうだ」
僕は諦めなかった。
皿をさらに近づける。
「食べて」
兄さんは受け取らない。
それどころか、呆れたような、小さな笑い声のようなものまで漏らした。
「あとで食べるよ。君の顔を見たら、そのまま昼を食べに行くから。だから早く食べて、僕を行かせてくれ」
それでも僕は引かなかった。
粥を一匙すくい、兄さんへ差し出す。
「信じない」
僕は正直に言った。
「兄さんが何をしているのか、何を悩んでいるのか、僕にはわからない。どうせ教えてもくれないんだろうけど……でも、眠れなくなるくらい大変なことなら、このひどい粥を少しくらい分けても構わない」
兄さんは眉をひそめ、椅子に座り直した。
「だから……いらない」
それでも僕は引かなかった。
僕だって、その気になればかなり頑固だ。
さらに腕を伸ばし、無理やり匙を口元へ運ぼうとする。
「た・べ・て」
だが、その行動は失敗に終わった。
まだ身体は弱かった。
腰も上半身も支えきれず、背中から肋骨の裏にかけて鈍い痛みが走る。
視界がぐらりと揺れた。
限界まで傾いていた身体が、不意に崩れる。
筋肉の制御を失ったように、僕は兄さんのほうへ倒れ込んだ。
「……え?」
情けない声だけが口から漏れる。
僕は衝撃を覚悟して目を閉じた。
「危ない!」
暗闇の向こうから声が響いた。
次の瞬間、何かが僕の身体を支える。
兄さんだった。
「何をしているんだ、君は……!」
その声には呆れと叱責が滲んでいた。
僕は歯を食いしばる。
背中から腰へと痺れるような感覚が走り、やがてゆっくりと消えていった。
「大丈夫か?」
兄さんが尋ねる。
だが、僕はその一瞬の好機を逃さなかった。
匙を持ち上げ、半分ほどしか残っていなかった粥を、そのまま兄さんの口へ突っ込む。
「だから食べてって!」
必要以上に歯を見せながら、僕は笑った。
兄さんがむせる。
押し返そうとしたせいで、僕はまた転びかけた。
それでも量は少なかったため、兄さんは咳を交えながらも、どうにか飲み込んだ。
「なっ……何を――!」
きっと怒鳴りたかったのだろう。
けれど僕は少しも怯まなかった。
僕にとっては勝利だったからだ。
どうにかベッドへ戻り、幸いにも食器が落ちていないことを確認すると、僕は残ったほうの粥を食べ始めた。
横目で兄さんを見る。
兄さんは深く息を吐き、ベッドの端に置かれた皿を手に取った。
だが、すぐには食べない。
しばらくそれを見つめたまま、静かに口を開いた。
「僕が君の食事を食べたら……君はどうやって良くなるつもりなんだい?」
僕は粥を飲み込み終えるまで黙っていた。
天井を見る。
首を傾げる。
兄さんの言葉はもっともだった。
結局、僕は肩を竦めることしかできなかった。
返事をする気がないと悟ったのか、兄さんは再びため息をついた。
そして諦めたように――あるいは、もう付き合う気力も残っていなかったのか――皿を手に取り、僕たちは並んで食事を始めた。
ときおり短い言葉を交わす。
そんな些細な会話が、沈黙の気まずさを和らげてくれた。
だが面会終了まで残り数分となった頃、僕は急激に気分が沈み始めた。
このあと待っているのは、また同じ一日だ。
代わり映えのしないテレビ番組を見て、壁を眺めるだけ。
もう、あの生活へ戻りたくなかった。
何気なく窓へ目を向ける。
すると、隙間から差し込む陽光が目に入った。
遠く、ずっと遠くで、人々の話し声や車の音が聞こえた気がした。
そして、不意に外へ出たいと思った。
陽射しを顔に受けたい。
せめて、ここよりは少しでも軽い空気を吸いたい。
いや――きっと僕は理由を探していただけなのだ。
僕を窒息させ始めていた、この部屋から逃げ出すための。
その欲求は次第に膨らみ、ついには口からこぼれ落ちた。
「兄さん、外へ行こう」
兄さんは僕を見た。
その顔には戸惑いが浮かんでいる。
「外へ?」
「そう言ったよ」
僕は、何を今さらという顔をした。
すると兄さんは腕時計を見て、ゆっくりと首を振る。
「もう面会時間が終わる。また今度にしよう」
失望が胸に突き刺さった。
「どうして!?」
思わず声が大きくなる。
「僕がこの部屋で死にそうになってるの、わからないの?」
兄さんは絶句した。
だが、少ししてから静かに言う。
「次に来たとき、必ず連れて行く」
僕は首を振った。
今すぐ出たかった。
少しでもいいから、新鮮な空気を吸いたかった。
「どうして今じゃ駄目なの?」
僕は食い下がる。
「外にいたいんだ。太陽の光を浴びれば、きっと良くなる気がする」
「それなら看護師さんに頼もう」
「やってくれないよ」
自分でも驚くほど断言していた。
「それは……」
兄さんがまだ理解していないことに気づき、僕は言い方を変えた。
「わかってない。今はお昼なんだ。太陽が一番きれいな時間なんだよ。だから、今出たい」
「はぁ……どうやって行くつもりなんだ。それに――」
兄さんはこめかみを軽く叩く。
「もうすぐ君のリハビリの時間だ。あれからは逃げられない」
僕は扉の外へ視線を向けた。
そこには、診察室へ行くときに使う車椅子が置かれている。
僕は微笑んだ。
「だったら――逃げよう」
僕はできる限り真剣な声でそう言った。
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