再会
「颯が……いなくなった……?」
夏休みが明けて早々、楓から告げられたことであった。
愕然とする傑であったが、彼女はそれだけ告げるとどこかへと去っていき、事の詳細に関して聞くことは叶わなかった。
そのことについて改めて知ることになったのは、その後に来たエルゼからの説明を受けての事である。
どうやら悪魔に憑かれた存在、モノとしては楓と同種の存在である悪魔憑きと戦闘をしていた際、その魔法の影響を受け、別の次元へと転送されてしまったとのこと。
こちら側からの接触は困難であり、向こう側から帰ってこられなければ二度と会うことも出来ないと言う。
「悪魔……」
その言葉は数日前にも聞いていた。
とある妖怪、星狐が悪魔と組んでいる可能性があると、雪目はそう言っていた。
もしかしたら──と、そんな何の確証もない憶測が脳裏によぎった。
エルゼ曰くその悪魔は七ついて、そのうちの四つは既に撃破済み。残るは三つであるという。
残っている悪魔がどういうものかも、聞いたら教えてはくれた。
傲慢、暴食、そして強欲であるという。
欲。またしても、自身の立てた憶測をよりそれらしい物へと昇華させていった。
もしや、もしかすると、もしかしなくても、雪目の言っていたその悪魔というのはコレと同一の存在なのではないか。
思考は止まらず加速し続け、それに追随するように怒りも膨れ上がっていくのが感じられた。
しかし現実として、自分にできることはない。
いや、それをする方法もあるにはある──だがそもそも、もうルルの姿が見えなくなってから随分と経つのだ。
エルゼにもそのことは訊かれたものの、どう答えたものかと頭を悩ませるだけであった。
どうすればいいのか、考えても分からないままに時間だけが過ぎていく。
自分の中にある正義は大事にした方がいい──そう言われた。
だが雪目からは遠回しに、榊から直接的に、手を出すなと釘を刺されている。
答えは決まっているのに、それを出すことができないでいる。
「どうすりゃいいんだ……」
その日は午前中ですべての日程が終了し、1人で帰ることとなった。
どうせ大したことはしていなかったのだろうが、周りが颯のいないことを何もおかしなこととして認識していないことも含め、その日は一日、何一つ身が入らなかった。
道を歩くその足は重く、気が重い。
いつの間にか、歩くのさえやめていた。
しかし、その数日後、物事は収斂し、事態は終焉を迎えることとなる。
△▼△▼△▼△▼△
土曜日の事。することも無く出来ることも無く、街を歩いていた傑であったが、そんな中で1人、見知った影を見た。
雪目であった。目があった。何をしていたのかは別として、足が動いた。
「やぁ、傑君。そこまででもないけれど、なんというか久しいね。状況はこちらも一応把握しているが、大変だったね」
「姐さん……何してんだ?」
目が合う前の険しい表情、どこか死相が出ているように思えた。
星狐を探しているであろうことは察しが付くが、聞くべきだと感じた。
「何……そうだね、化物探しかな。大人にはやらなきゃいけないことが多くてね。楽しそうにカブトムシを探してる小学生を見ると少し羨ましくなるお年頃だよ」
彼女は飄々とした態度でそう答えた。どこか今すぐにでもここから立ち去ろうとするような、そんな焦りが見えた。
「……なぁ、姐さん。本気か?」
「ん?何がだい?」
「その妖怪と悪魔、どう考えても手に負えねぇ訳だろ?」
「……かもね。でも、私はそもそもあれを殺す為に辛うじて生きているんだ。殺せるのなら相討っても構わないし、殺すことができないのなら生きている理由がないんだよ。どうせ榊あたりから話は聞いているんだろう?」
「まぁな。お前は手を出すなって、そう言われた」
「嫌な奴だけど、その意見にだけは賛成だ。君もまだ人間でいるようだし、関わらないで済むのなら関わるべきじゃない。いや、私が言うのも何なのだけれど、これに関しては私の個人的な復讐だ。君を巻き込んでみすみす死なせようものなら、何の意味もない」
これまで関わらせておいて、それで個人的なこととなればそれをさせない。酷く自分勝手ではないかと、しかし、そうであるならこの場合、傑は決して無関係でなどない。
雪目の追っている狐と、颯たちが今現在対峙している連中は無関係ではないはずだと、そんな憶測を話した。
それに対して彼女は可能性の一つとして否定することはできないと答えたが、それでも態度は変わらなかった。
「例えそうだったとして、傑君は彼等ではない。結局のところ……まぁ友人が被害を受けている以上無関係とは言えないのかもしれないが、それでも無関係でいるべきだよ」
無慈悲に告げられたその言葉は、街の喧騒の中でもハッキリとその耳に届いた。
何故なら、その喧騒が止んでいたからである。
空気が変わったのを肌で感じ取った二人は、顔を見合せる。
するとそこに、何者かの声が響いた。
「御名答。そこな小童、中々察しがよいではないか。褒めて使わす」
気品のある、女の声であった。
只物ではない。そんなことは今更自覚するまでもないほどに感じられている。肌がピリピリと、痛みを訴えていた。
「何だテメェ……?」
傑は首を声のした方へと回した。
そこにいた存在は、透き通るような金の髪に、瞳もまた同じ色をしていた。上質そうな着物に身を包んだ、高貴な出で立ちであった。
そして何より大きく主張をしていたのは、後ろに見えていた7本の太く大きな尾であった。
「狐……まさか…!」
「いかにも、わっちは星狐。九尾の狐の残滓にして幸福の求道者、といったところかの」
狐の女は名乗った。雪目が動いたのはそれと同時であった。
「傑君、逃げろ」
いつになく強い口調で命令した。しかし、そんなことを言われても傑の身体は動かないでいる。
「これ、待ちなんし。わっちの目的はそこな小童よ。逃げんといてくりゃれ」
「……俺?」
「今は悪魔なる者共に手を貸してやっておる故。お主のお命、頂きに来んした」
軽く頭を下げて見せるやいなや、星狐は何かを飛ばした。
「…………ッ!」
雪目が即座に札を投げ放って相殺すると、それは両者の間で大きな音を立てて爆ぜる。
「やっぱり、妖怪としての存在が大きいみたいだ。私でも防げる。傑君、今のうちに──」
「そこな娘、どきなんし。二度は言わん」
地を揺るがす、衝撃波のような声が響く。
雪目は星狐を睨む。圧倒的な威圧感、それに臆することなく殺気を放っていた。
「お前の相手は私だよ。彼に用があるのか知らないが、私はお前に用がある」
星狐は首を傾げた。理解できない者を見るような目で雪目を見据える。
「ふむ。用がある、とな。知ったことではないが、その目……。まぁ、聞くだけ聞いてみてもいいかの。許す、申してみよ」
「仇討ちだ。お前には是非ともここで死んでもらいたい」
「……カカッ、なるほど、愉快愉快。そんな目をして何を言うのかと思えば……全く不愉快極まりないの」
「そっくりそのままお返しするよ、化物が」
「まずそもそも、わっちにはお主に恨まれる覚えがない。仇討ちとは言うが、何かしたかの?」
雪目は舌打ちをし、より一層強く睨みつけた。
「私の姉を殺しただろうが……!」
「ふむ。心当たりはないが、そう言うのならそうなのかもしれんな」
「よくもぬけぬけと……」
「わっちはただ幸せを追い求めているだけよ。その間に誰が死のうと知ったことではない」
雪目は震えていた。それは恐怖などではなく、怒りであった。
しかし、動くことはない──否、動けずにいたのだ。
「幸せだと……?人を殺してよくもそんなことを…」
「化かし、騙し、奪う。そうしてわっちは己の幸福を満たしている。それだけのこと。何が悪い」
傑もまた動けずにいた。それは恐怖ではなく、その狐の目が、声が、考え方が、何も曲がっていなかったからだ。
真っ直ぐで、純然で、どこまでも澄んだ星狐なりの正義。
それはこちらから見れば底なしの邪悪なのだろうが、向こうからすればそれはどこまでも自然なこと。観測する立場で善悪など簡単に変わってしまうというのは、確かにその通りであった。絶対の善が無いよう、絶対の悪もまた存在しない。
以前であればそれでも悪と断じて殴り掛かったのかもしれないが、今は少し違っていた。
殴りかかって勝てる相手でもないのかもしれないが、それでもである。
「お主らとて生きるために食うであろう。それと同じことをしているだけよ。お主らが動植物を狩って胃袋を満たすのと、わっちが人から奪って幸福を満たすのと、そこにどれほどの違いがあるというのかの?」
「お前っ……!」
「ククッ。元よりわっちは人種の幸せを追い求める欲求から生み出された怪異でもある。それが存在意義を果たさんで何ぞするか」
「だったらその存在を……終わらせる!」
2人が動き、またも爆ぜた。星狐の周囲に浮かぶいくつかの狐火が、青白く揺らめいている。
「勝てると思うておるのか?今のわっちはただの妖などではない。悪魔なる者を従えているのだ、あの時の様にはいかぬぞ」
「勝てなくてもいいさ。悪魔の方になんざ興味はない。私はお前さえ殺せればなんだっていいんだよ」
目の前の光景を傑は信じられないでいた。星狐相手に大立ち回る彼女は、本当に今まで見てきた雪目と同一人物なのかと。
しかし、分は悪い。押されているのはどう見ても雪目の方であった。
「どうする……いや、そんなの……」
自分に何が出来る?自分はどうすべきなのか?
いや、違う。何もかもが違うのだ。
どうするかではない。どうしたいかだ。
そういう意味でいえば、やはり答えは決まっている。
「………ッ!」
天を見上げた。二人から目を話すのも危険ではあるが、それ以上に。
「──ルル!!」
彼は叫んだ。化物にはなるなと、そう言われていた。
「化物だ?上等だ、やってやらぁ!」
天高く、桃色の煌めきが真昼の空に、一番星の様に輝いた。
「──どりゃぁぁぁぁぁっ!」
急降下する飛翔体はただ一点を、傑を目指して落ちてきた。
「間に合ったのかどうかはわかりませんが!お久しぶりです傑さん!」
ルルは辺りを見回すと、大体の状況を把握した。
「──俺に力を、アイツを倒せる……いや、姐さんを助けられる力をくれ!」
「……っ、はいっ!」
ルルから差し出されたのは小さなリモコンのようなもの。形状は実にシンプルで、ボタンが三つ。
「な、何だこりゃ」
「魔鎧装の着脱機兼武器です!赤のボタンで鎧を装着、青で脱げます。黄色はそれ自身を武器に変化させることができるボタンです!」
「まがい、そう…………これが、か」
「あ、デザインは普通のものにしておいたので気にしないでください!」
赤いボタンを押す。すると、体に何かが張り付いていく感覚がする。
顔はフルフェイスのヘルメットに覆われ、しかし視界ははっきりと確保されていて、息もしやすい。
全身が黒や赤を基調とした、鎧のようなスーツに包まれていた。
「これは……」
「わざわざ本国まで戻って、人間のまま力を振るうことができるようにと色々調べてきていたんです。お陰で上官からも怒られましたが、これなら彼女も文句は言えないはずです!」
「……!」
姿が見えなかったのはそういう事だったのかと、敵を見て険しい表情を浮かべるララを見た。
「……よし」
拳を握り締め、彼は決意を固める。
別に化物だっていいではないか。元からそんな感じだったのだから、今更である。
己の正義を通すべく、彼は駆けて行ったのだった。




