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夏の怪異譚  作者: アブ信者
塚田 有斗
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孤独

 怨霊に追いかけまわされてから数日経っての事。


 八千代からはあの日の夜のうちに無事だという連絡と、金銭の請求がなされていたらしい。雪目はその連絡に気が付くことも無く眠ってしまったのだが──請求とは言っても、前に借りた金をチャラにしてくれと言うものであった。


 場合によっては傑が払うつもりでいたのだが、とんだ肩透かしである。


 雪目も雪目で、そんな彼女に事のあらましを説明し直したらしい。


 今はすることもなく、事務所でだらりとしていた。


 そして、思いついたように口を開く。


「よかったのか?」


 傑は事が終わった今だからこそ、そんなことを尋ねた。


 否、答えなど聞くまでもなく、あの時はあれでよかったのだろう。


 その時その時で最善の選択など簡単に変わるものだ──と、雪目なら言うハズだ。


「まぁ、助けられてるという意味では今更でもあるからね。それについては……いいんだ」


 雪目は寂しそうな目で言い、席から立ち上がった。


「少し出てくるよ。今日は特に何もないだろうから好きに過ごしてくれて構わない。合鍵もそこに掛けてあるから、帰る時は掛けておいてよ」


 鍵のありかを指差したりしながら、雪目は部屋を出て行った。


 嫌な音がして、扉は閉ざされた。


 実際雪目が化物と呼ぶものを嫌う理由がいまいちよく分かっていない。好む理由がないのは理解できるし、傑とて魔物なんかには一定の嫌悪を示す。


 だが雪目は。


 人ならざるものを化物と呼んだ。


 人を殺せるような人間もまた化物だと言った。


 いや、当然傑だってこんなもの好きではない。人殺しを好きになるなど、簡単なことではない。


 しかしだ。この理屈でいうならば、人間は皆化物になる素質を持ち合わせている生き物で、そういう意味では人間だってすでに十分化物なのではないのか。


 もしそれを違うと言うのなら、見た目がどれだけ悍ましかろうと、どれだけ並外れた、理外の力を持とうと、人を殺したことのない者であれば、それはただの人間と同じではないのか。


 聞こうにも聞けないことではあったが、いつかは聞いておいた方がいいのだろうと、そう思った。


 そして、ルルは未だにその姿を見せない。それによって生活が大きく変わるようなこともなかったのだが、何の言葉もなく姿を消されると、それはそれで心配にもなる。


「俺も暇だしな……どうしたもんか」


 予定などない。夏休みなのだから遊べばいいのだろうが、さすがに疲れていた。


 というよりは血を流しすぎた。あちこち動き回れるような体力は、残念ながら残っていない。


 家に帰ってもよかったのだが、どうにもそんな気になれず。ただソファーにもたれ、ゆったりとするだけであった。


 そうしてスマホなんかを眺めながら時間を潰し、少ししておもむろに立ち上がった。


 喉が渇いたと、部屋の隅に置かれた冷蔵庫を開け、中を見る。


 雪目からは中にあるものなら好きにしていいと言われていたこともあり、始めこそ遠慮していたものの、もう既にそんな気持ちもなかった。自分だけが遠慮をしていては損をするばかりで、少しでも得をする方向にもっていこうと考えていたのだ。


「何もねぇな……しゃぁない」


 傑は何もないことを確認すると、鍵を取り、サングラスを掛け、財布とスマホだけをもって外に出ることにした。


 昼前のこの時間は日が出ていることもあってかなり暑い。それでも、気分転換も兼ねて歩くことにした。


 電気を消し、靴を履き。ドアを開けただけで外の暑さが伝わってくる。


 一瞬、やはりやめようか──などと思いかけたが、かぶりを振り、意を決して外へと踏み出していく。


 外はやはり騒々しいと、辺りからひっきりなしに聞こえてくる音を耳に通しながら思う。


 階段を下っていくと、立ち止まってから、少し離れたところにあるスーパーへと向かうことにした。


 この際、何本かまとめて買っておこうと考え、それならそっちの方がいいだろうと、ただそれだけだった。


 普段あまり通ることもない、そんな道を観察しながら歩いていく。楽しいかどうかは別として、新鮮ではあった。


 スーパーに入ると、冷気が身を包み、体中の汗が冷やされていく。


 買い物を済ませて外に出ると、重たい筈のビニール袋を軽々と担ぎ上げ、ついでに買ったアイスを齧りながら帰る。


 その道中、人影が目に入った。


 4人の少年──否、3人と1人であった。


 何となく状況は察した。傑は舌打ちをし、路地の奥へと入っていった。


 ズカズカと鳴らされた大きな足音と、ビニール袋のカサカサと擦れる音がして、4人の目線は傑へと向けられた。


 アイスの棒は口に咥えたまま、サングラスをかけた悪人面の男が歩いて行って、その恐らくは中学生かというほどの4人は震えあがった。


 そこは突き当りで、つまりは傑が道を塞いでいるような状態で、彼らは逃げることも叶わない。


 傑は無言のまま、サングラス越しに彼らを見ていた。


 無言だったのは、ここまで、来てここからどうするかをこの場で考えていたからだ。


 3人で1人を囲っているこの状況とは言え、誤解の可能性もあるわけで、そうでなかったとしても中学生を殴りつけるというのにはやはり抵抗もある。


 悪い者いじめに抵抗はないが、弱い者いじめは嫌いなのだ。


 そんな話を以前颯にした時には、「人に何か悪さをする時点で弱者ではない」と、そう言っていた事を思い出した。


 だがそれでも、賛同はできなかった。


「な、なんだよ…!」


 1人が言う。立ち向かってくるのなら骨もあるのだろうが、腰が引けている。


 目線はあちらこちらに向いており、どう逃げだしたものかと探っている様子で、所詮はそんなものである。


「いんや、こんな所で何してるのかと思ってよ」


「か、関係ないだろ!」


「そうか。じゃあ俺がここにいるのもお前には関係ねぇな」


「道塞いでるんだから関係あるだろ!ど、どけよ!」


「俺がここにいるのはお前らが何してるのか気になったからだろ。そっちが関係あるっていうならこっちも関係あることになるよな?」


 傑は一歩前に踏み出し、3人の顔を覗き込むようにする。


「教えてみろや」


 そして、低い声で言った。


「っ……」


 彼等は息を飲むが、答えはしない。


 それだけで、今まで後ろめたいようなことをしていましたと、そう言っているのに変わりはない。


「3人で寄って集って何してたのか言えって言ってんだ。そんなに難しいか?」


 いつものように怒鳴ることはしない──が、強烈な圧をかけていった。


 顔を見て怯むような軟弱者であれば、これだけで十分だというのは知っている。


 寧ろ、顔を見て尚普通に接することができる人間の方が、彼がこれまで見てきた人間の中では少ない方であった。雪目や颯はそれに──変わり者にあたる。


「なんだ、暴力か?カツアゲか?」


 声に怒気を含ませた。


 しかし、そのどちらでもないだろうと、奥にいる1人の様子を見て察してはいた。


「ち、違う」


 誰が言ったのかは知らないが、そう聞こえた。


「じゃあ何だ?おい、俺がそんなに暇に見えるのか?」


「こ、コイツが……コイツがウザイから、言ってただけで……」


 傑が急かすと、威勢も何も失い、叱られた子供のようにそう供した。


「……それはあれか?理由があるから悪りぃ事じゃねぇって、そう言いてぇのか?」


「だったら、な、なんなんだよ…!」


「んにゃ、いいこと知ったと思ってな。要はウザいって理由があれば俺がお前らをぶん殴っても悪りぃ事じゃなくなるワケだからな」


「なっ……」


「選べ、俺に半殺しにされるか、謝って逃げるか」


 空いているのは右手だけ。その上、左にはそれなりの重さのある袋を担いでいる。


 が、片手が空いているのなら十分でもある。実際にそれをするかどうかは別として。


 予想通り、3人は後者を選んだ。渋々と謝ると、傑の横を通り抜け、一目散に逃げ出していった。


 ただ1人残ったその少年は、もうあまり怯えているようには見えなかった。


 ただ、しきりに肩を触っていたのが少し気になった。

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