混戦と舞曲の祭典
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今回は複雑です。今回も1万文字です。
「いやああああああああ!!! あの男が……あの男が……!!」
「私の愛するお父様を……!?」
ドンナ・アンナが叫んだ凄惨な悲鳴が、大広間の天井を震わせた。
「憎いわ……とても悔しいわ……! 私を護るために亡くなってしまった、愛するお父様……ッ!」
父を失った絶望と怒りに打ちひしがれるドンナ・アンナの全身から、ドス黒い憎悪の瘴気が激しく立ち昇り始める。
「あの『暗殺者ピロー』から……! 愛するお父様の仇を取ってちょうだい!!」
「承知!! この場で私が成敗してくれる!!」
ジョバンニが胸を張り、大音量で快諾した。
「「「「きゃあああああああッ!!!???」」」」
真相を知る由もない広間の村娘や村の男たちは息を呑み、恐怖の悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らすように壁際へと身を寄せた。
会場に点在するベネチアンマスクの男たちのうち、冷観する3人を除き、広間はパニック状態へと陥っていく。
「レポレッロ! あれを持ってこい!」
「……は、はいっ!」
ジョバンニが更なる指示を飛ばすと、レポレッロは大急ぎで舞台裏へと引っ込み、重厚な縦長の木箱をずりずりと広間の真ん中へ押し出してきた。
「おい! 我はやってない! 信じてくれ!!」
ピローが必死に叫んだが、怒りと恐怖に狂う群衆にはその切痛な訴えすら届かない。
「ゼルリーナ! 君も早く離れるんだ!」
マゼットが叫び、ゼルリーナの手を引く。
「ええ……そうね……!」
「アンナ! 君も隅の方へ避難するんだ!」
オッターヴィオも深く頷き、悲しむアンナを安全な壁際へと誘導した。
「みんな! 信じるのかよ!? そいつの出たら目な言葉を!!」
テンゴが叫ぶ。だが、周囲の興奮と狂気はすでにテンゴたちの言葉を完全に突っぱねていた。
「問答無用だ!!」
ジョバンニがレポレッロの持ち出した縦長の箱に豪快に手を入れ、白銀に輝く一本のレイピアを引き抜いた。
そう――その縦長の箱の中には、何本もの研ぎ澄まされたレイピアがうっすらと束になって収納されていたのだ。
「奴らの首を取るぞ!」
マゼットとオッターヴィオが素早く箱へ駆け寄り、それぞれ鞘からレイピアを引き抜く。
レポレッロも冷や汗を流しながら自らのレイピアを抜き放ち、構えをとったのは主を含めた4人――ジョバンニ、レポレッロ、マゼット、オッターヴィオ。
さらに、目の前で「正義の騎士」ジョバンニが見せた果敢な振る舞いに激しく刺激された村の男たち10名ほどが、血気狂いに箱へと押し寄せ、次々とレイピアに手を伸ばした!
「騎士様の仰せのままに!!」
「我らが偉大なる騎士団長様を殺された恨み!!」
「村の娘たちを護るために!!」
「許さんぞ、悪虐なる異邦人どもめ!!」
「吾輩が正義の鉄槌を下してやる!!」
村の男たち、そしてジョバンニをはじめとする4人が、殺気に満ちた刃をズラリとテンゴたちへ向け、完全な臨戦態勢を整える。
「さぁ! そこに立つ不届きな異邦人ども!! 構えなくてもいいぞ!? 一人ずつ順番にその首を跳ねてやる!!」
剣先を突きつけ、勝ち誇った笑みを浮かべるジョバンニ。
「やめるんや! こんな理不尽な事!!」
ネルソンも声を荒げて制止しようとするが、狂乱する群衆もジョバンニの手下と化した者たちも、『スペラン』勢の言葉に耳を貸す気など微塵もなかった。
殺気と怒号が渦巻く大広間――その上空、2階バルコニーの陰で冷たく見下ろす白い衣装の人物だけが、極限まで高まった人々の「怒りと絶望」を前に、満足げにニッコリと邪悪な笑みを浮かべていたのだった――。
今まさに、広間全体が血で血を洗う大惨劇へと突入しようとしていた。
その殺気と騒ぎを打ち消すかのように、ジョバンニは指揮者気取りで言葉を吐くこともなく、楽団へ向けて合図を送る。冷酷な目線、そして右手を横へ一気に払いのける仕草――。
合図を受け取った10名の管弦楽団が、一斉に弓を跳ねさせ弦を打ち鳴らし始めた。
激しくうねり、急き立てるような名曲――ブラームス作曲『ハンガリー舞曲 第5番』の激しい旋律が、大広間の天井に鳴り響く!
「さぁ! 行くぞッ!!」
ジョバンニの咆哮に応じるように、『スペラン』の面々も意を決して即座に臨戦態勢をとった。
テンゴは懐から固有の防具である扇子をサッと取り出して構え、チヒロは自らの目の前の空間に手を突っ込むと、アイテムボックスから眩い白銀の杖を引き抜く。ネルソンは鞘から一閃、静かな殺気を放つ鋭い刀を抜き放った。
モモはいざとなれば宙を飛び、気配を消して姿を隠すことも、強烈な攻撃を叩き込むこともできる。
そして渦中のピローこそ、この場を即座に混乱させ逃走するのに最も相応しい数々の『暗殺者・闇魔術』のスキルを有していた。
だが――この場とこの極限の空気の中でそれらのスキルを使ってしまえば、それこそ「自分が真犯人だから逃げます、抵抗します」と満天下に宣言しているようなものだ。ピローは歯を食いしばり、スキルの使用を土壇場で踏みとどまる。
しかし、自衛のために腰の真紅のブレード(杖)の柄には固く手をかけた。
「これで……これで全ての依頼を達成だ……ッ!!」
ジョバンニは、本来なら絶対に成り立たないはずの無茶苦茶な暗殺依頼を、力ずくで一気に片付けられる予感に胸を躍らせていた。
ただ一つ、あの惨死した騎士団長を恨む狂乱の女ドンナ・エルヴィーラから受けた「ドン・ジョバンニ殺害依頼」を除いては――。
だが、こうなった以上は仕方のないことだ。やられる前にやる。 それがどんな世界であれ、戦闘における鉄則中の鉄則。
とはいえ、相手はNPCだ。本来『L K O』のシステム上、NPCという存在はイベント発生時やストーリー上のボス、あるいはクエストの依頼対象でもない限り、プレイヤーが勝手に攻撃して倒すことはできない設定であった。
だからこそ、テンゴたち5人は根底のシステムとこの世界のリアリティの狭間で激しく戸惑っていたのだ。
だが、余計な思考を巡らせている猶予は一瞬たりともなかった。今この瞬間、殺気立った男たちが殺意を剥き出しにして斬りかかってきているのだから!
『ハンガリー舞曲 第5番』の激しいテンポが最高潮へ達すると同時に、遂に『暗殺者ピロー』を目掛けた決死の殺し合いの火蓋が切って落とされた!
「いけぇぇぇぇぇーーーーーッ!!!」
「「「「うおおおおおおおお!!!!」」」」
ジョバンニの号令一発、レイピアを構えた男たちがテンゴたちへとなだれ込む!
ジョバンニ、レポレッロ、マゼット、オッターヴィオの4名が、スペラン勢と激しく刃を交え始めた。
迫りくるレイピアの突きを、テンゴが硬質な扇子で間一髪弾き飛ばす! ネルソンは抜いた刀で滑らかな防御の体勢を取り、打ち込まれる白銀の刃をガツンと力任せに叩き落としていく。
チヒロは自身の白い杖を横一文字に振るい、勢いよく突っ込んでくるレイピアの群れを甲高い打撃音と共に力強く押し返した。
「はあああ!!」
モモの目の前には、一瞬攻撃を躊躇うような仕草を見せた村の男性がいたが――その直後、問答無用で死角から襲いかかってきたのは従者レポレッロであった!
モモはレポレッロの必死のレイピアを紙一重でかわすと、即座に抱えていたアザラシクッションを勢いよく突き出し、レポレッロのみぞおちへ重い一発を叩き込んだ!
「ぐはっっ!?」
悶絶するレポレッロを後目に、ピローも自身の真紅のブレードを引き抜き、目の前で猛攻を仕掛けてくるジョバンニの容赦ない突きを必死の剣戟で凌ぎ切る。
「全てお前の仕組んだ罠か!?」
「答えるはずがないだろ!!お命頂戴するぜ!!」
テンゴたち5人は、「相手を絶対に殺さない」という強い覚悟を胸に抱きながら、この大混戦へと立ち向かっていた。
大広間に散らばったスペラン勢は、各自の間合いで冷静に対処を続けていく。
乱闘が激しさを増す会場全体において、冷ややかな態度を崩さずに事態を高みの見物と決め込んでいるのは、あのベネチアンマスクの5人組だけであった。
――しかし、まさにその時。
「うっ……うっ……あぁ………っ!」
「いやあああああああッ!!!」
悲痛極まる悲鳴を上げたのは、壁際に押し込められていた騎士団長の娘、ドンナ・アンナであった。
彼女は溢れ出る涙を流しながら、膝から崩れ落ちる。
次の瞬間――父を惨殺された激しい憎悪と絶望が限界突破を果たし、彼女の全身から溢れ出たドス黒い瘴気と共に、その後頭部の一箇所へとおぞましいオーラが集束し始めた。
凝縮し、結晶化して生み出されたもの――それこそが、感情の極限から生み出される『ダークマター』!
2階のバルコニーから見下ろす白い衣装の男性が、その黒い輝きを目掛けて即座に動こうと身を乗り出した。
――ところが!
乱闘のあまりの激しさと会場の混乱。
壁際で逃げ惑う村人の一人が、床に落ちたその漆黒の『ダークマター』を勢い余って足でコンッ!と蹴っ飛ばしてしまったのだ!
黒く怪しい輝きを放つ塊は、コロコロと音を立てて激しい剣戟が繰り広げられる大広間の中央――まさにテンゴとジョバンニたちの足元へと転がり込んでしまったのだった……!
混戦の渦中、壁際で静観していた黒いローブのベネチアンマスクの男性が、隣に佇むドレス姿の女性へ静かに声をかけた。
「……人間に関することに安定など存在しないことを、忘れてはなりません。いいですか? 覚悟を決めてください……」
「はい……」
二人が身構えたその瞬間――大広間の吹き抜け階段から、カツン、カツン、と規則正しい足音が鳴り響き始めた。
狂乱の混戦、そして激しく鳴り渡る『ハンガリー舞曲 第5番』の旋律の真っ只中。その足音を目がけて、一人の人物が堂々と降りてくる。
豪華な白い衣装を纏った、ベネチアンマスクの男である。
その足音は確かに階段を打ち鳴らしていたが、テンゴたちとジョバンニの勢力が死力を尽くして激突する激しい剣戟と怒号の渦によって、虚しくもかき消されていく。
階段を降り終えた男は、ゆったりとした動作で顔を覆うベネチアンマスクをそっと外した。
現れたその素顔は――
UNIVERSAL・ORDERの先鋒、アマデウス!!
彼は白磁のような素顔にどこまでも不敵な笑みを浮かべると、仮面の下に隠されていたメガネのブリッジを、人差し指でクイっと静かに押し上げた。
「……フフフッ……フハハハハハハハハッ!!!」
高らかな高笑いを響かせながら、彼は乱闘の真っ只中――床をコロコロと転がり、大広間の中央へと収まった漆黒の結晶『ダークマター』目がけて、ゆっくりと歩みを進めていく。
迫りくるレイピアの群れを扇子で間一髪弾き飛ばしていたテンゴが、真っ先にその姿を捉え、喉を張り裂かんばかりに叫んだ!
「ああっ!! お前はッ!!」
テンゴの叫びで、交戦中の『スペラン』の面々が一斉にそちらへ視線を走らせる!
「アマデウス……!!」
チヒロが押し寄せる男たちを杖で力強く押し返しながら、鋭い眼光を向ける。
「お前の仕業だったのかッ!!」
ピローがジョバンニの激しい連撃を真紅のブレードでギリギリ凌ぎつつ、怒号を飛ばす。
「お主が仕込んだんかいやッ!?」
ネルソンは3人がかりのレイピアの突進を刀一本で鮮やかに滑らせ、受け流しながら悔しそうに歯噛みした。
「やぁ……まさか、こんな広大な宇宙の星で再び巡り会うとは。……『偶然』というのは、恐ろしいものですね……!」
前回のセビリアでは待ち伏せていた彼だったが、今回の再会は完全なる偶然に過ぎなかった。
だが、スペラン勢はジョバンニ率いる猛攻の対処に追われ、一歩もその場から動くことができない!
そして、テンゴたちはアマデウスの向かうすぐ足元に、あの恐ろしい物体があるのを目撃してしまった。
「『ダークマター』が……ッ!?」
「そんなところに転がってるなんて……!!」
スペラン勢の悲痛な抵抗も虚しく、極限の憎悪から生まれた『ダークマター』は、いまやアマデウスの手によって回収される目と鼻の先であった。
「ご安心ください……今回は『お手紙作戦』ではありません。……『似顔絵作戦』です!」
アマデウスは余裕たっぷりの足取りで『ダークマター』のすぐ目の前まで歩み寄る。
全身から溢れ出るのは、完璧に手繰り寄せた勝利への絶対的な自信。
すべては自分の思い描いたシナリオ通りに運んでいた。
この街に偶然彼ら『スペラン』が存在していたことには一瞬驚いたものの、即座にニコロと頭脳を巡らせ、完璧な罠を組み上げたのだ。特別な大仕掛けなど必要ない。
自らの手を汚すことなく、現地の人々に憎悪を深めさせ、殺し合いを演じさせて『ダークマター』を効率よく回収する――それこそが彼の誇る最高効率の美学。自分たちはただ裏で糸を引くだけでよかったのだから。
前回のセビリア以上の、この上ない満悦の表情を顔いっぱいに浮かべながら、アマデウスは足元で邪悪な光を放つ『ダークマター』へ向けて、静かに手を伸ばそうとしゃがみ込んだ。
――まさに、その時である。
アマデウスが指先を漆黒の結晶へと伸ばし、勝利を確信して口元を歪めた一瞬の隙。
アマデウスが差し出した手よりも疾く、地を這うような素早さで『ダークマター』を先に拾い上げた者がいた。黒いローブに身を包み、ベネチアンマスクをつけた謎の男性である。
その男性が『ダークマター』を掌の上に転がしながら静かに立ち上がり、白い貴族風の服を纏うアマデウスへとまっすぐに視線を据えた。
「――!!」
「なっ……!?」
「くッ……誰だ!?」
間近で横取りされたアマデウスは息を呑み、渦中で立ち回っていたテンゴたち『スペラン』の面々も、その予期せぬ光景に驚愕の声をあげる。
ベネチアンマスクを付けた黒いローブの男性は、そこで初めて、自らの顔を覆っていた仮面を優雅に脱ぎ捨てた。
それを合図にするかのように、隣に並び立つトレンチコートの青い髪の女性、そしてシックなゴスロリ姿の男性も、相次いでベネチアンマスクを外してみせる。
「……君が欲しいのは、コレかい?」
静かな煽りを孕んだその問いかけに、アマデウスの顔から血の気が引いた。
「そうです……!? 今すぐ渡しなさい!!」
アマデウスは右の掌を差し出し、冷酷な命令の合図を送る。
しかし、目の前の男にそれを引き渡す気など微塵もなかった。
一方、ジョバンニや村人たちの理不尽な猛攻を凌ぎ切っていたテンゴたち『スペラン』も、この突如として素顔を晒した救世主(?)たちの乱入に目を丸くしていた。
「お前は!!」
テンゴが敵の攻撃を扇子で防ぎながら叫ぶ!
「!?」
チヒロも、彼の存在に気づき、自身の白い杖で攻撃を防ぎながら期待の目をよせる。
「ソクラテウス!!」
ネルソンも敵の攻撃を凌ぎつつ驚愕の声を張り上げた!
「う、宇宙最高神じゃねーか……!」
ピローがジョバンニの猛烈なレイピアの連撃をブレードで凌ぎつつ、目を奪われる!
「……降臨するのが遅いわよ!」
モモがアザラシクッションを抱え直しながら、ぷくっと頬を膨らませて文句を吐いた。
「お前は!昼間の!神に近い不審者!!」
ジョバンニがレイピアの攻撃をやめ驚愕の声を上げる。
闇の中から静かに滑り出てきた黒いローブの男――ソクラテウスが、『ダークマター』をその手で完璧に受け止めていたのだ。
ベネチアンマスクをサッと脱ぎ捨てたソクラテウスは、不敵な笑みを浮かべながら手に収まった黒き物質を見つめる。
「人の極限の怒りと憎悪を煽り、陰で糸を引いて回収する……相変わらず悪趣味な手口ですね……君たち『オーダー』の人たちは……」
「……ッ! 私の完璧なシナリオを、土足で踏みにじるとは……!!」
怒りに震えるアマデウスの口から憎悪が漏れ出す。彼は懐から自らの武器である『黄金のペン』を勢いよく抜き放った!
さきほどまでの余裕に満ちていたアマデウスの顔からは完全に笑みが消え去っている。額に冷酷な青筋を浮かべ、どす黒い殺気を剥き出しにしてソクラテウスたちを鋭く睨みつける。
ソクラテウスは『ダークマター』を懐へと大切に収めると、背後に『出張買取術師』と『ハッスル慎吾』を従え、堂々とアマデウスの前に立ちはだかった。
「我ら『全宇宙友好協会』が存在する限り、あなた方の企む邪悪な連鎖はここで断ち切らせていただきます!」
ジョバンニ勢力と濡れ衣を着せられたテンゴたち『スペラン』。
そこへ割り込んだ『全宇宙友好協会』と、UNIVERSAL・ORDERの先鋒アマデウス!
「我々プレイヤーは、もともと『LKO』では戦闘不能になれば墓が落ちてくる仕様でしたが……おそらく、今の私たちには頭上から墓など落ちてきません!」
その警告に呼応するように、アマデウスは両手で掲げた黄金のペンをぐっと引き絞り、一瞬にして等身大の巨大な長物へと拡大させた。
研ぎ澄まれた殺気。彼自身もまた、この場で直接実力を振るうための完全な臨戦態勢へと突入したのだ。
「――ダークマターを渡さないというのなら、この場で全員まとめて仕留めるまでです……!」
凍りつくようなアマデウスの宣言の直後、動いたのは『全宇宙友好協会』だった。
ソクラテウスの前に、ハッスル慎吾と出張買取術師が頼もしく一歩踏み出す。
先陣を切ったのは、ゴスロリ姿の男性――ハッスル慎吾だった。
彼は鮮やかな蝶のステッキを勢いよく振り上げる。その軌跡に合わせ、凄まじい咆哮をあげるドラゴンの頭部エフェクトが空間に出現した!
もっとも、これは彼が就く職業『ドラゴンナイト』の基本攻撃に伴う単なるビジュアルエフェクトに過ぎず、実質的な特殊効果はない。この混戦の中で周囲のNPCや仲間を無闇に巻き込まないための、彼なりの計算された正当な判断だった。
一方、アマデウスが手にした黄金の巨大なペンは、変形を経て細長く洗練されたビリヤードのキューのような形状へと姿を変えていた。
「オーダーの者たちの存在意義など我々には到底わかりませんが……」
ソクラテウスが涼やかな笑みを浮かべ、懐からスッと武器を引き抜く。
「「――!!?」」
その姿を見たテンゴは、思わず目を見張り、声を漏らした。
「この場にはもう3人、頼もしい助っ人を呼んであります!」
ソクラテウスが取り出したのは、白木で作られた一本の竹刀。もちろんこれもアバターの見た目を変更しているだけであり、その中身の性能は紛れもない『刀』。――そう、ソクラテウスの真の職業は、岡田ネルソンと同じ『サムライ』であった。
「てやぁぁぁっ!!!」
「っはぁっ!!」
激しい金属音と共に、ハッスル慎吾の放つ猛攻とアマデウスの鋭い突きが激突し、戦いの火蓋が切って落とされる。
その傍らで、出張買取術師は愛らしいパンダのぬいぐるみをしっかりと抱え込んだまま、アマデウスの隙を伺うようにじりじりと間合いを詰めていく。彼女もまた、慎吾に続いていつでも反撃を叩き込めるよう、虎視眈々と好機を狙っていた。
「あと3人、ちゃんと呼んであります! 皆さん、どうか踏ん張ってください!」
ソクラテウスが仲間にゲキを飛ばす中、戦場の構図は完全に一変していた。
この広間は、いまや明確に「4つの勢力」へと分断され、血を洗う混戦の様相を呈している。
ジョバンニ勢力: 騎士団長殺しの仇を討つと息巻く、ジョバンニ、レポレッロ、マゼット、オッターヴィオの4人に加え、血気盛んな村の男たち15名ほど。
スペラン勢: 濡れ衣を着せられ、無実を証明しつつ生き延びるために戦うテンゴ、チヒロ、ネルソン、ピロー、モモの5人。
全宇宙友好協会: 仮面を外し、ダークマターを実力で保護したソクラテウス、ハッスル慎吾、出張買取術師の3人(+「まだ見ぬ残り3人の助っ人」)。
UNIVERSAL ORDER: 奪われたダークマターを武力で奪還すべく単身立ちはだかる、先鋒アマデウス。
そして――。
その四つ巴の激戦区からわずかに離れた場所で、ただ一人静かに佇む「ドレス姿の女性」。
先ほどソクラテウスから「覚悟を持ってください」と告げられた彼女は、いまだ静かに身じろぎもせず、この狂乱の宴を見つめている。彼女の秘めたる行動ひとつで、この絶望的な戦場がどう変貌するのか――それは、まだ誰も知る由もなかった。
四つ巴を超えた混沌極まる狂宴の戦場は、ついに真の決戦へと雪崩れ込んでいくのだった――!
「残念だったな、こっちも特別な連中を呼んであるぜ!!」
ジョバンニは、まるで勝利の隠し玉を握っているかのように勝ち誇った叫びをあげた。
「っはっはっは!! そいつらはこの街の『憲兵団』だ!! お前たち不審者ども、全員まとめてこの場で処刑してやるわ!!」
狂喜に満ちた声で叫ぶジョバンニ。
しかし――テンゴたち5人が必死の防衛戦を繰り広げる大広間の中央では、ジョバンニの豪語など歯みしもされず、『全宇宙友好協会』のソクラテウス、ハッスル慎吾、出張買取術師の3人と、オーダーの先鋒アマデウスによる熾烈極まる攻防が続いていた。
「君たちも……どうやら『宇宙の守護者』のようですね!」
アマデウスは細長く伸びたビリヤードのキューのような武器を静かに振り回し、ハッスル慎吾とソクラテウスの連撃を涼しい顔で打ち払う!
「っは!! そうだ!! お前の武器はそれか!? ちっせぇなぁッ!」
ハッスル慎吾が気炎を吐き、ドラゴン頭部のエフェクトを纏わせたステッキを激しく振り下ろす!
「早く『ダークマター』を返しなさい……!」
アマデウスの顔からは、やはり底知れぬ不敵な笑みが消えない。
「勘違いしないでください……この《ダークマター》は、決してあなたのものではありません!」
ソクラテウスが竹刀(刀)を閃かせ、アマデウスの突きを甲高い打撃音と共に受け止める!
「――エルヴィーラさん! 今しかありません!!」
ソクラテウスが激しい攻防の最中、不意に会場の壁際へ向かって大声で叫んだ。
その名を聞いた瞬間、ピローと刃を交えていたジョバンニの目が丸く見開かれる!
「なっ……何ィ!? 『エルヴィーラ』だと!?」
果樹園の外の小屋に閉じ込めたと、レポレッロから報告を受けたばかりのはずだ。
「おい!! レポレッロ!! どういうことだッ!?」
「か、確実に閉じ込めたはずですが……っ!?」
チヒロの杖の猛撃を必死に凌ぎながら、レポレッロが冷や汗を流して答える。
「何らかの方法で脱出したと思われます……ッ!」
その会話は、まさに脱出を果たした本人のすぐ目前で行われていた。
「……我々が付近を歩いていたところ、小屋の中から凄まじい怒号が聞こえてきましたのでね。善意でドアを開放しておいてあげたんですよ」
アマデウスの手数を休めることなく、ソクラテウスが涼しい顔で事もなげに付け加えた。
「余計な真似をーーーーッ!!」
ジョバンニがブチ切れて怒鳴り散らす!
「話は聞きましたよ、ジョバンニさん!! この場において年貢を納めなさいッ!!」
――その直後であった。
入口付近で戦っていたジョバンニとピローの目と鼻の先を、凄まじい風切り音と共に「何か」が横切った。
いや――物体ではない、人だ!
一瞬しか視認できないほどの超スピードで吹き飛ばされたその人物は、豪快な音を立てて大屋敷の重厚な正面扉へ叩きつけられた!
バキバキガシャーンッッ!! と扉ごと粉砕し、そのまま外の石畳へと激しく叩き出されていく!
吹き飛ばされたのは……ゴスロリ衣装の『ハッスル慎吾』であった!
ひらひらと風に揺れるフリルスカートが、あまりにも哀しく目立っている。
「「「「!!????」」」」
会場の全員が息を呑み、吹き飛ばされたドラゴンナイトの姿に釘付けとなった!
「「!!! ハッスルーーーーーッ!!!」」
「「!!! ハッスルーーーーーッ!!!」」
「!!! ハッスル慎吾さんーーーーッ!!!」
ソクラテウスの目が飛び出さんばかりに見開かれる!
「な、なんだ!?」
「今のは一体何だ!?」
「何かのお祭りか!?」
外の暗闇から、大騒ぎする数人分の野太い声が聞こえてきた。
吹き飛んでいった『ハッスル慎吾』を追うように、モモは敵に押されながらもビショップとしての本能を働かせ、回復と救助のために『テレポート』を詠唱! 瞬時に外の慎吾の目の前へと空間移動した!
そして、崩れた扉の外に群がっていたのは――さきほどジョバンニが自信満々に誇っていた、あの『憲兵団』の男たちであった!
「……さぁ!! お次に『ハッスル』したい方はどなたですか??」
アマデウスがキューを優雅に構え直し、邪悪で不敵な笑みを深める。
「……ハッスルのお手伝いを……して差し上げますよ?」
その底知れぬ圧倒的な力に、ソクラテウスと出張買取術師は一瞬息を呑み、攻撃の手を止めざるを得なかった。
やはりUNIVERSAL・ORDERの幹部級――一人や二人で挑んで敵うような甘い相手ではない!
ソクラテウスは視線を走らせ、最後まで静観していた「ドレス姿の女性」――仮面を脱いだドンナ・エルヴィーラへと、魂を込めた言葉を投げかけた!
「……さぁ! エルヴィーラさん! あなたの出番は、今しかありません!!」
「一番大切なことは、単に生きることではなく……『善く生きること』です!!!!」
まとめ
第1勢力:宇宙の走破者チーム
第2勢力:ジョバンニ&レポレッロ(+アンナたち街の住人)
第3勢力:UNIVERSAL ORDER(アマデウス&仮面を取った)
第4勢力:全宇宙友好協会(仮面を取った3人と仮面のままの女性)
まさに「だまし、だまされ、全員の中身(職業・クラス)が想定外」という、LKOのゲーム仕様が最悪の形でリアルに牙を剥く大混戦の火蓋が、いま切られました。




