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消滅の宇宙  作者: 万世 千秋
『ドン・ジョバンニ』改め『ボン・ジョバンニ』
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シャンパンの歌



 アマデウスとニコロとの密談を終えたジョバンニとレポレッロは、建物の階段を一段ずつ降り、再び陽光が差し込む『ゴルトバルク』の街路へと足を踏み出していた。


「ふぅ……これで完璧だ。今夜のパーティーさえ上手く運べば、すべてが丸く収まるぞ」

「へいへい、ボン様……そう上手くいくと良いんですがねぇ……」


今夜の豪奢なパーティーの準備を整えるため、二人は街道の突き当たりに堂々と聳え立つ自分たちの屋敷へと向かって歩き出す。


それからしばらくして、同じ建物の入口から二人の男性――アマデウスとニコロが静かに姿を現した。二人は手元に抱えた束を気にかけながら、別の用事のために街へと散歩に繰り出していく。


――そして、それから刻一刻と時間が過ぎた頃。


街路の真ん中に設置された大きな広場の掲示板の前で、立ち止まった通行人たちがざわめき始めていた。

そこには、つい先ほど貼り出されたばかりのポスター――精密すぎる描写で描かれたテンゴたち5人の似顔絵と、その下に添えられた不気味な「謎の数字(賞金首を思わせる金額)」が掲げられていたのだ。


「ひぃっ……! これは何だ……!?」

「この5人……まさか、昨夜の『騎士団長殺し』に関わっている指名手配犯なのか!?」

「恐ろしい……! 街の中にこんな危険な異邦人どもが紛れ込んでいるなんて……!」


集まった人々はポスターを見上げ、恐怖と怯えを隠しきれない。

「昨夜、あの大騎士団長様が何者かに凄惨に殺害された」という衝撃的なニュースは、人から人へ、口から口へとあっという間に街中に伝播し、尾ひれがついて駆け巡ろうとしていた。


テンゴたち5人は、まだ自分たちが街中で「恐ろしい殺人犯」の濡れ衣を着せられようとしている実態に気づいていない。

だが――遅かれ早かれ、彼らの元へ不幸な報せと街の人々からの冷たい視線が届くのは火を見るより明らかであった。


――まさにその時。


大混乱に陥りつつある掲示板の前を通りかかった、とある三人組が立ち止まった。

深々とフードを被り、素顔を隠した黒いローブ姿の男性――ソクラテウスが、不吉なポスターを見上げてポツリと呟く。


「……何だ、これは……」


その隣に立つ、トレンチコートを羽織りパンダのぬいぐるみを抱えた青髪の女性『出張買取術師』も、ぬいぐるみを抱き直しながら固い声で呟いた。


「これは……間違いありませんね……」


そして、シルクハットをかぶりステッキを携えたゴスロリ姿の男性『ハッスル慎吾』も、眉をひそめてポスターの顔写真を凝視した。


「……あいつら(スぺラン勢)、この街に来てんのか……? よりによって、こんな大騒ぎの真ん中に……」


一方その頃、今夜のパーティーで振る舞う豪勢な食材を買い出しに街へ出ていた従者レポレッロは、偶然にもその掲示板のすぐ横を通りかかっていた。


(げげっ!? さっきの黒フードの連中……ッ!)


つい先ほど、主人のジョバンニを完膚なきまでに叩きのめした三人組がポスターを見て驚いている姿が目に入り、レポレッロはヒッと息を呑むと、見て見ぬふりをしてコソコソと素通りしようとする。


「……あああ~~~ッ!! もう嫌だ! 今夜の仕事さえ無事に終わったら、どんな手を使ってでも、あの与太者旦那から長期休暇を分捕ってやるんだからな……ッ!」


レポレッロは滝のような冷や汗を拭いながら独り言をブツブツと呟き、両手いっぱいの買い出し袋を抱えて大急ぎで逃げるように去っていくのだった――。


そして、その日の夜は遂にやってきた。


夜の帳が濃くなるにつれ、『ゴルトバルク』の古びた石畳は、どこか異様な熱を帯びて生き物のように呼吸し始めていた。

街の最深部に聳え立つジョバンニの大邸宅――表向きは「名高い高潔な騎士」を名乗るに相応しいその豪奢な佇まいに、招待された誰もが息を呑み、感嘆の視線を向けていた。


屋敷の巨大な大広間には、すでに40名弱もの人々がひしめき合っている。


テンゴ、チヒロ、ピロー、ネルソン、モモの『スペラン』の5人。

新婚の熱に浮かされる花嫁ゼルリーナと、警戒を緩めない花婿マゼット。

村から連れてこられた陽気な村娘や男たち、合計20人を超える群衆。

亡き父への深い哀しみと復讐の炎を瞳に宿したドンナ・アンナと、彼女を痛切に支える許嫁ドン・オッターヴィオ。


そして――会場の壁際に静かに佇む異彩の一角。

仮面をつけ、顔を深く隠した黒いローブ姿の男性。

トレンチコートに身を包み、愛くるしいパンダのぬいぐるみを抱えた青髪の女性

シックなゴスロリ衣装にシルクハットをかぶった男性

そしてもう一人、気品溢れる美しいドレスに身を包んだ謎の女性――。

それぞれの目的を胸に秘めてこの宴に潜み込んでいた。


広間の壁際では、ジョバンニが今夜のために極秘裏に手配した10名ほどの管弦楽団アンサンブルが、チューニングの弦音を静かに響かせている。


――その頃、主であるジョバンニはまだ広間の奥にある重厚な控室で、従者レポレッロと最後の密談を交わしていた。


「集まってきたな……レポレッロ! 例の『用意』はできたか!?」

「勿論でございます……完璧に」

「よし、それでいい! それで……誰が来た? ゼルリーナは……!?」

「ご安心を。そのすぐ隣にはマゼットがピッタリ張り付いておりますが……」

「……チッ。で、あの執念深いドンナ・エルヴィーラは来ているか!?」

「ご心配には及びません。先ほど私の前でボン様の悪句を十二分に吐き出させたところで……言葉巧みに果樹園の外へと連れ出し、奥の小屋へと押し込んで、うまい事外から鍵をしめて逃げてまいりました。今頃一人で置き去りでございますよ」

「うまい!! 上出来だッ!!」


ジョバンニはそのあまりに手際の良い報告に歓喜極まり、思わず大声を張り上げた。


「……めちゃくちゃ外で怒鳴り散らして暴れていましたがね……」


レポレッロがボソリと付け加えたが、ジョバンニの耳にはもう届いていない。


ジョバンニの声には、嵐の前の静けさのような、鋭く危険な響きが宿っていた。

部屋の窓から差し込む銀色の月光を映し、彼の瞳は獣のように爛々と怪しく輝いている。彼の頭の中は今宵仕掛けるべき数多の恋と悪虐な罠、そして全身を駆け巡る沸騰した血潮で満ち溢れていた。


「それ以上うまくできるはずもない! 褒めてやるぞ、レポレッロ!」

「よし、そうと決まれば、この場は私がうまく収めてやろう……」

「あの冴えない百姓女(ゼルリーナ)には興味があってね。今夜のうちに何としても私のモノにして見せる」


そう言い捨てると、ジョバンニは自信満々の笑みを浮かべ、いよいよパーティー会場へと向かって歩み出した。

手に取ったのは、卓上に置かれていた上質な極上のシャンパン。


重厚な扉が開き、ジョバンニが大広間の階段の上に姿を現した瞬間――。

それに気づいた参加者の一人が、敬意と歓声と共に大きな拍手を打ち鳴らした。

それを合図に、広間に集まった40名弱の参加者全員から雷鳴のような拍手が沸き起こる!


登場したジョバンニは、片手に黄金色のシャンパンのグラスを高々と掲げると、下で待機していた10名のアンサンブル楽団へ向けて優雅に合図を送った。


軽快で激しいヴァイオリンの旋律が広間を包み込む。

その音色に合わせ、ジョバンニは自ら作り上げた高らかな歌――オペラ史上最も狂気に満ちた讃歌『シャンパンの歌』をその場で朗々と披露し始めた!


ジョバンニは片手で豪奢なマントを激しく翻し、足で床をドンッ!と打ち鳴らす。

乾いた重い響きが夜気を震わせた。


彼は叫んだ。彼の誇りであり、万民を狂わせる讃歌である『命令』を!


「――さあ、祝宴を開け!! 頭を熱くさせ、泡立つワインを惜しげもなく注ぎ込め!! 全ての女どもをまとめて狂い合わせるのだ!!!」


音楽が、弦の獰猛なうねりと共に跳ね上がる!

それは静謐な夜を容赦なく切り裂く、甘美で残酷なナイフのようであった。


『乾杯!!』の掛け声とともにグラスが乱暴にぶつかり合い、琥珀色の液体が豪奢なテーブルへと飛び散る。

ジョバンニは笑っていた。悪魔的で、あまりにも美しく恐ろしい笑みであった。

彼はただ一人に満足することなど生涯知らない。農家の可憐な娘も、哀しみに暮れる貴婦人も、街ですれ違ったばかりの無垢な少女も――彼の歪んだ世界においては、等しく「愛すべき標的」であり、甘美な快楽のリズムを刻むための音符に過ぎなかったのだ。


「一陣の風のように軽やかに!! 嵐のように激しく!!!」


ジョバンニは泡立つワインを掲げ、屋敷の吹き抜けの天井、その遥か上空に広がる漆黒の夜空に向かって高らかに歌い上げる!


群衆が熱狂に酔いしれてざわめき、踊り手たちの足音が激しく床板を打ち鳴らす。

アルコールの酔いと露骨な欲望が混沌と混ざり合い、館全体がまるで一つの巨大な怪物のように怪しくうねり始めていた。

誰もが彼の放つ魅惑の魔法にかかり、この後に訪れるであろう破滅の予感すら知らずに、その底知れぬ狂気の渦へと引きずり込まれていく。


「何百人もの女性を、私のリスト(カタログ)に刻み込むのだ!! さあ、踊れ! 歌え! 飲み干せ!!!アッハッハッハッハ!!!」


彼の人生に「終わり」や「後悔」の二文字など存在しない。

あるのはただ、刹那にキラめく快楽と、次なる獲物への留まることを知らない飢えだけであった。


広間全体が宴の開始を待ち望む独特の熱気とざわめきに包まれていた……まさに、その時である。


会場の随所には、すでに不気味なベネチアンマスクを顔に装着した4人の人物たちが、異彩を放ちながら佇んでいた。参加者たちがその怪しげな存在感に固唾をのんで見つめていた、その矢先――。


カツン、カツン、と石の階段を叩く重々しい靴音が広間に響き渡った。


人々が一斉に息を呑んで見上げる中、吹き抜けに通じる2階の回廊の手すり脇に、すっと姿を現した者がいた。

――もう一人、五つ目のベネチアンマスクを被った謎の人物である。


その仮面は白磁のように冷たく光り、真っ白の衣装の隙間から覗く佇まいは、まるで死神そのもののような禍々しいプレッシャーを放っている。


「……ほう。ベネチアンマスクの奴が、これで『5人』目か……」


テンゴが低く呟きピローやネルソンも一瞬で緊張を高め、モモはアザラシクッションをギュッと強く抱きしめる。


「……あんな仮面をつけた連中が、宴の前にこれだけ集まるなんて……」


チヒロも警戒の視線を向けた。


パチパチと音を立てて弾けるシャンパンの泡とともに、宴は最高潮の狂騒へと突き進んでいく。

高らかに響くジョバンニの狂気の笑い声は、やがてこの屋敷を訪れるであろう『絶望の足音』をかき消すように、どこまでも高く、夜空の彼方へと響き渡っていくのだった――!


「やぁ! みんな! 私が主催する今夜のパーティーにご参加いただき、心から感謝する!」

「今宵は最高に素晴らしい夜になるだろう!!」

「どうぞ、心ゆくまでごゆっくり楽しんでくれたまえ……!」


『シャンパンの歌』を歌い終えたジョバンニは、両手を大袈裟に広げて集まった客たちへ高らかに呼びかけた。


広間の長い卓の上には、目を見張るような豪勢な料理と惜しげもなく注がれた極上の飲み物が所狭しと並べられている。

テンゴたち『スペラン』の5人もまた、そのご馳走の数々を遠慮なく味わおうとしていた。未成年のテンゴとチヒロはお酒を避け、果汁ジュースで喉を潤している。


彼らは美味に舌鼓を打ちつつも、決して警戒の目を緩めてはいなかった。


テンゴ、チヒロ、ネルソンの3人はテーブルに盛られた肉料理やパンに手を伸ばし、モモは大好きなアザラシクッションを大事そうに抱えながら、どこか不安気にモグモグと口を動かしている。ピローは深々と被っていたフードを背中へ脱ぎ捨て、黙々と食事を進めていた。


その少し離れた壁際では、黒いローブの男――、仮面の陰からじっとこちらの様子を伺っているのが見て取れた。

そして、真っ白の姿にベネチアンマスクの男性もこちらの様子を伺っている。


宴が進むにつれ、ジョバンニの周りには村娘や村の男たちが次々と挨拶に訪れる。


「騎士様!」

「ジョバンニ様、素晴らしいお屋敷ですね!」

「さあ、私たちと踊りましょう!」


気障な笑みを振り撒きながら楽しげに歓談に応じるジョバンニ。


――そうして、瞬く間に2時間ほどの時が過ぎ去った。


次第に人々の料理を運ぶ手が止まり、酔いに任せた雑談の輪だけが広がっていく。それは、この華やかな狂宴がそろそろ終わりに近づいていることを示していた。


ジョバンニは隣に控えていた従者レポレッロへ視線を送り、小さな声で囁いた。


「……レポレッロ。そろそろ『仕事』の時間だ。あの異邦人どもも、十分に腹を満たしただろうからな……」

「……かしこまりました、ボン様」


ジョバンニの指示を受け、レポレッロは屋敷の奥へと静かに姿を消す。

彼の課せられた役目は至極単純なものだった。奥の部屋に大切にしまい込まれていた、まるで巻物のごとく長く仕立てられた一枚の『羊皮紙』を持ってくること――。


やがてレポレッロが戻ると、主人たるジョバンニは広間の一角、一段二段ほど高くなった豪奢な壇上へとゆっくり足を進めた。


「やぁ! 皆さん! 楽しい時間は早いもので、そろそろこの宴を締めくくらねばならん時間になってきたようだ!」


ジョバンニが大声を張り上げると、広間の喧騒がすーっと引いていく。

そのすぐ隣には、どこか引きつった笑みを浮かべたレポレッロが立っており、その手には先ほど奥から持ってきた長い巻物がしっかりと握りしめられていた。


「――だが!宴を終える前に、この場でどうしても皆さんに重要な発表をしなければならないのだ」


ジョバンニは声のトーンを極限まで高くし、芝居がかった身振りで会場の全員へ強く訴えかける。


「実は今日の夕刻……! 私はこの街の広場で、とある恐ろしい『指名手配犯のポスター』を目撃してしまったのだ!!」


その言葉が出た瞬間、広場に集まった30人以上の客たちから「な、何だって……!?」と一斉にざわめきが起こった。


「そうだ! 恐怖し、心配するのも無理はない! だが……みんな、安心してくれたまえ! 私がここにいる! 何せ私は、この街の誇り高き正義の騎士だからな! この私が、命に代えても皆さんを護って差し上げよう!!」


胸を大きく張り、自信満々の笑みを浮かべるジョバンニ。

――しかし、次の瞬間。彼の表情から嘘のように笑みが消え去り、冷ややかな声が低く響いた。


「……ただし。『一人』を除いてはね……」


会場の空気が凍りつく。


「そのポスターで凶悪な指名手配をされている人物こそ……昨日、我らが誇る『騎士団長』を惨殺した恐ろしい張本人なのだ!! そして……その大罪人が、今まさにこの会場の中に紛れ込んでいる!!!」


「「「!!!!?????」」」


広間全体が、弾けたような激しい動揺と悲鳴混じりのざわめきに包まれた!


テンゴたち5人もまた、その衝撃的な宣言を聞いて目を見開いた。

だが、ピローだけはフードを深く被ってしまった。

いつもの中二病をやろうとしているのだ。

なぜジョバンニが急にそんなことを言い出したのか、彼らの頭では全く辻褄が合わない。


……だが、テンゴたち自身も昨夜の『騎士団長』を実際に殺害した真犯人が誰であるのかを、完璧に突き止めているわけではなかったのだ。

それゆえに、この状況下で堂々と騎士を名乗る男の切迫した言葉を、図らずも信じそうになってしまっていた。


ふと見渡せば、広間のあちこちには、不気味なベネチアンマスクを顔に装着した5人の人物たちの姿がある――。

彼らの本当の正体を、テンゴたちはまだ何も知らない。


「犯人は誰だ……!?」

「ベネチアンマスクの奴らか!?」

「一体誰が騎士団長様を……!?」


パニックに陥った宴の参加者たちは、互いに猜疑心の目を向け合いながら、会場の中に潜む『怪しい招かれざる客』の姿を必死に探し始めるのだった――!


会場に漂う緊迫した空気と、自分に寄せられる恐れ混じりの視線を肌で実感しながら、ジョバンニはニヤリと唇を吊り上げた。

そして、芝居がかった動作で右手を天井高く突き上げる。


「そう……! 昨夜、我らが誇る『騎士団長』を背後から惨殺した罪深き張本人は――」


ジョバンニの鋭い指先が、大広間の真ん中に立つ人物へと容赦なく突きつけられた!


「お前だ!! 『暗殺者ピロー』ッ!!!!」


「「「「「!!!!?????」」」」」


雷鳴が落ちたかのような衝撃が広間を駆け抜け、地鳴りのようなざわめきが巻き起こる!

指をさされたピローをはじめ、テンゴ、チヒロ、ネルソン、モモの『スペラン』5人は、あまりの言いがかりに驚愕を隠せなかった。当然だ、彼らがそんな真似をするはずがない。


しかし、真実を知らない周囲の反応は違っていた。

新婚のゼルリーナとマゼット、村娘や村の男たち、そして何より亡き父の復讐に身を焦がすドンナ・アンナとオッターヴィオの目が、一瞬にして冷酷な疑心と怒りを帯びてピローへと注がれる。


「あいつが……あの恐ろしい暗殺者が騎士団長様を……!?」

「何て奴だ……! 異邦人のフリをして、こんなパーティーにまで紛れ込んでいたなんて……!」


会場に散らばるベネチアンマスクの仮面組たちにも動揺が走る。

だが――その中でただ一人、2階の回廊に佇む『五人目の仮面』だけが、冷たすぎる微笑を浮かべて高みの見物を決め込んでいた。


「違う!! 我ではない!!」


ピローがフードを払いのけ、裂くような大声で否定した。


「いいや、お前だ! 言い逃れはさせんぞ、証拠は完璧に揃っているのだからな!」

「いいか皆の衆!? この巻物こそ、奴らがこれまで犯行を重ねてきた動かぬ証拠のリストだ!!」


ジョバンニの合図を受け、従者レポレッロが誇らしげに掲げ持ったのは、何枚もの用紙が糊やテープで強引に繋ぎ合わされた一本の長い巻物であった。

レポレッロがそれをバサリと広げて見せつけると、そこには街の掲示板と同じ――あまりにも正確に描かれたテンゴたち5人の似顔絵がはっきりと並んでいた!


「昨夜の偉大なる騎士団長様を背後から惨殺し、この平和な『ゴルトバルク』を血で染めようとした悪逆非道な殺し屋ども……ッ! それこそが、今そこに立つ奴らなのだ!!」


「まぁ……! あんな恐ろしい人たちでしたの……!?」


ドンナ・アンナが悲鳴をあげて息を呑み、オッターヴィオが剣の柄へと手をかける。ゼルリーナは悲鳴をあげてマゼットの広い背中へとしがみついた。


2階の『五人目の仮面』、そして会場の隅に潜む黒いローブの男性――すべての運命の視線が、濡れ衣を着せられたテンゴたち5人と、壇上で勝ち誇るジョバンニへと一直線に突き刺さる。


「――言わせておけば……どこまで出たら目な奴だッ!!!」


テンゴの怒号が、凍りついた静寂を真っ二つに切り裂いた!狂宴の灯火を激しく反射する。


自作自演の犯人探しと、仕組まれた悪虐な罠。

いま、華やかだったパーティーの会場は、一瞬にして回避不能な死闘の戦場へと変貌を遂げようとしていた――!


「そして、『暗殺者ピロー』を裏で支える他の4人のしもべたちも……全員が同罪の共犯だ!!!」


そう――ジョバンニが壇上で放った絶妙な大嘘は、他でもないアマデウスとニコロとの密談で完璧に固められていた筋書きそのものであった。

あの薄暗い部屋で提示された五枚の似顔絵を見せられ、アマデウスが提案した『罠』。それは、ジョバンニが抱える全ての罪を、目の前の這い寄る異邦人たちに丸ごと擦り付けるというものだった。


裏で冷徹にほくそ笑むアマデウスから授かった「最悪の濡れ衣の罠」。

その悪辣な牙が完璧に噛み合い、大広間の全員を底知れぬ恐怖と混乱の坩堝へと叩き落としていく。


「ピローはやってない!!」

チヒロが真っ向から声を荒げる。

「ピローじゃないげろうがよ!!」

ネルソンも怒りを露わにして怒鳴り声を飛ばす。

「ピローを馬鹿にしないでよ! 証拠なんてあるわけ!? できるものなら提示しなさいよ!!」


モモがアザラシクッションをギュッと握り締め、ジョバンニに冷たく証拠の提示を迫った。


「――証拠なら、ちゃんとあるさ!! 昨日の夜、お前たちはあの場所で『騎士団長』を惨殺し、その場から逃げただろ!!」


ジョバンニは気勢を上げてまくし立てる。

周囲の村人たちや貴族たちも、そのジョバンニの堂々とした物言いに息を呑み、次なる「証拠」を聞き逃すまいと耳をそばだてた。


「そして、『騎士団長』が確実に死んだかどうかを確認するために、お前たちは再び現場へ戻って来た……!」

「なっ……!?」

「そうだろ!? 今度はそこのピンクのドレスをした自称医者の女性を連れて、再び戻ってきたらしいな!?」


テンゴたちは一瞬、言葉を失って息を呑んだ。

――事実、彼らは戻ってきた。だがそれは殺害のためではなく……。


「そうだ!! けど、あれは『騎士団長』を回復させるために、我とこちらの女性を連れて懸命に治療にあたっただけだ!!」


ピローが真実を叫ぶように否定した。しかし、ジョバンニはニヤリと卑劣な笑みを深め、一歩も引かない。


「ち・が・う・だ・ろ!? 『治療』なんていう白々しい嘘をついて、再び現場へ舞い戻ったんだろ!? 本当の狙いは、殺した標的が息絶えているかを確認するためにな!!」

「違う、そうじゃない!!」

「――いいや、そうだ!!その証拠に治療できなかっただろ!?」


ジョバンニは容赦なく追撃の言葉を浴びせる。


「世間の憲兵たちもいつも言っているはずだ! 『人を殺した犯人は、必ず現場に戻って来る』ってな! 今回の事件だって、まったくその通りじゃねぇか!!」

「そんなの知らん!! そんな憲兵の理屈なんて聞いたこともないぞ!!」


ピローが激昂して叫び返す。しかし、大広間の2階バルコニーの陰で、白い服を纏ったベネチアンマスクの男性がすべてを見下ろしながら、ぞっとするような美しい笑みを浮かべていた。


「……だったら、これ以上ない『決定的な証拠』を突き付けてやろう」


ジョバンニの声が、広間の隅々まで冷徹に響き渡る。


「そんな証拠は何処にもないだろうがよ!!!!!」


ピローが怒鳴り声をあげる。だが、ジョバンニが指し示した「事実」は、あまりにも残酷で逃げ場のないものだった。


「決定的な証拠の一つ目は――その『名前』だ!! お前の名前は『暗殺者ピロー』だろうが!!」

「「「!!??」」」


その容赦ない指摘に、テンゴたちは一瞬にして息を呑み、反論できなくなった。

確かに、ピローの登録名はそのまま『暗殺者ピロー』である。これは元々L K O(ラニアケアオンライン)のゲーム内のシステム名(ハンドルネーム)に過ぎないが、この世界でその通り、名を用いて活動している以上、こればかりはどう言い繕っても弁解のしようがなかった。


「そして、動かぬ証拠の二つ目だ……!」


ジョバンニがピローの腰元をピタリと指さす。


「その証拠に! お前の腰にぶら下がっているその剣は……返り血に染まった『血塗られた凶刃』のはずだ!!」


周囲にいた者たちが、一斉にピローの腰元へと視線を集中させた。


――そこにあったのは、鮮烈な真紅のブレードであった。

もっとも、それは物理的な実戦用の剣などではなく、本来は魔法使い系統の「杖」に過ぎないアバター装備。ピローが好みの見た目(ビジュアル)へと変更していただけの代物だった。


だが、『ゴルトバルク』という世界、そしてこの極限の密室劇において……その「赤いブレード」という視覚的情報は、あまりにも最悪なタイミングで、ジョバンニの濡れ衣を証明する「決定打」として結びついてしまったのだ。


ネタバレになりますが整理です。ベネチアンマスクの人物たち5人

仮面をつけ、顔を深く隠した黒いローブ姿の男性

トレンチコートに身を包み、愛くるしいパンダのぬいぐるみを抱えた青髪の女性

シックなゴスロリ衣装にシルクハットをかぶった男性

白い仮面の白い服の男性が二階のバルコニーから見下ろす。

そしてもう一人、気品溢れる美しいドレスに身を包んだ謎の女性――。


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