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因みに1エピソード1万文字程度で書いてあります
ボン・ジョバンニと下僕のレポレッロの二人は、重い足取りで再び『ゴルトバルク』の賑やかな中心街へと降り立っていた。
つい先ほどまで、郊外の村でゼルリーナとマゼットの祝宴に割り込み、花嫁を毒牙にかけようとしたものの、黒いフードを被ったあの無礼な「自称・神に近い男」と連れ立っていた妙な三人組に激しい邪魔を立てられたばかりだ。
正式に名乗り合ってはいないが、連れが呼んでいた「ソクラ」という奇妙な名前くらいしかジョバンニの耳には残っていない。
今夜、自身の豪奢な屋敷にて盛大なパーティーを開催すると意気揚々と村人たちへ宣言したものの、これでは騎士としての威信もメンツも丸潰れであった。
どうにかして己の名誉を回復したい――そればかりがジョバンニの頭を占め尽くしていた。
それに、あの黒フードの男との勝負は、不意に割り込まれたとはいえ、完全なる「騎士ジョバンニの敗北」を意味していたと言える。
自分自身、本気で今後の剣術の鍛錬を見直さねばならんのではないか……と、ジョバンニは密かに己の無力さに苦い唾を呑み込んでいた。
「くそっ、ちくしょう……! さっきからどいつもこいつも、この私の邪魔ばかりしやがって……!」
「ホント、まったくでございますねぇ~……ボン様……」
従者レポレッロが哀れみの目を向けながら同調していた――まさに、その時である。
通り沿いから、目元を真っ赤にはらし、涙をぽろぽろと零しながら歩いてくる一人の美しい女性と、それに寄り添う男性の二人組が差し掛かった。
「……涙を流されるお気持ちは痛いほど分かります。共に必ずや、恐ろしい復讐の計画を立てましょう……」
男性が痛切な声で女性を慰めている。
街を歩いていたジョバンニたちと、その二人組の視線が、不意に正面からぶつかり合った。
「おや……!?」
「あ、あなたは……ドン・ジョヴァンニ様ではありませんか!?」
女性がハッと顔を上げ、驚きと安らぎの混じった声を上げた。
ジョバンニの目に飛び込んできたのは――何を隠そう、本来の暗殺依頼のターゲットである『ドンナ・アンナ』その人であったのだ。
そして、そのすぐ横には、彼女の忠実な許嫁である『ドン・オッターヴィオ』が寄り添っている。
――本来であれば、これ以上ない再会であり、裏の仕事(暗殺)を実行するに相応しい絶好の現場であった。
しかし……如何せん、ここは目立ちすぎる。
すぐ隣には騎士であるオッターヴィオが控えており、ましてや真昼間。人の往来が激しい街の真ん中で、軽々しくレイピアを抜けるはずもなかった。
「おお~、これはこれは……! ドンナ・アンナ殿、それにオッターヴィオ殿!」
ジョバンニはすぐさま気障な笑顔を貼り付け、慇懃無礼に手を差し伸べる。
暗殺のターゲットである彼女は、当然ながらジョバンニの顔を知っていた。なにせこの街において、彼は表向き「名高い高潔な騎士」として名を馳せていたからだ。
「ちょうどいいところでお目にかかれて、本当に光栄ですわ……」
ドンナ・アンナが痛々しい笑みを浮かべて呟く。
「……貴方はいつも変わらず、寛容で広いお心をお持ちですのね?」
その言葉に、ジョバンニは胸の内で大きく安堵の息を漏らした。
昨夜、自身が彼女の屋敷に忍び込み、その父親である騎士団長を無惨に殺害した張本人であるとは、まだ露ほども勘づかれていないからだ。
「勿論ですよ! 私のこの腕も財産も、お美しきアンナ殿のお役に立つのであれば、何なりとお申し付けください!」
「こ、こ、心のお広いジョバンニ様は、何でもお引き受けできますぜ……!?」
レポレッロが冷や汗を流しながら話を合わせる。
そう――この二人組は、ドン・ジョヴァンニが『ボン・ジョバンニ』などという与太者同然の偽名に改名した事実を、まだ何も知らないのだ。
「ですが……先ほどから、どうしてアンナ殿はそれほど深く悲しみ、涙を流しておられるのですか?」
あえて白々しく尋ねるジョバンニ。すると、ドンナ・アンナの青ざめた顔立ちから再びボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
「昨日……私の……愛するお父様が、何者かの手によって……殺されたのです………ッ」
絶望に打ちひしがれるアンナを前に、さすがのジョバンニも一瞬言葉を失い、返答を詰まらせる。
「……だから、私は……! その愛するお父様を惨殺した犯人を突き止め、この手で復讐を果たしたいと考えておりました……!」
「あぁ! ジョバンニ殿! 頼もしい騎士よ!」
許嫁のオッターヴィオが、藁にもすがる思いでジョバンニの手を固く握りしめた。
「どうか貴方様のお力をお貸しください! 昨日、アンナのお父様を惨殺した悪虐なる張本人を見つけ出し、我らと共に亡き父上の仇を討っていただきたいのです!」
その懇願の言葉が突き刺さった瞬間――ジョバンニとレポレッロの全身から、文字通りサーッと血の気が引いていった。
滝のような冷や汗が吹き出す中、レポレッロは引きつった顔で主人の袖を引っ張る。
「……ボ、いや…ジョバンニ様…どうしますか……?」
レポレッロはあえて「ボン様」とは呼ばなかった。
その短い問いかけには、二つのあまりにも恐ろしい意味が込められていたのだ。
一つは――騎士団長を殺害した正真正銘の犯人が、目の前に立つジョバンニ本人であるということ。
そしてもう一つは――目の前で涙を流す依頼対象からの「自分自身の捜索・仇討ち依頼」を、一体どうやって煙に巻いて凌ぐつもりなのかということ。
「わ、分かった……! 分かったぞ……そういう事か……」
ジョバンニは激しく動揺する心を必死に抑え込み、喉を鳴らしながらしどろもどろに言葉を繋ぐ。
「取り敢えず、この腕の立つ誇り高き騎士たる私が……その、あー……えーっと、何だ? 犯人の名前や特徴、手がかりなどは何か分かっているのかね……?」
すると、ドンナ・アンナが恨みのこもった瞳で語り始めた。
「……お父様が殺害された昨夜、近所の通行人が……現場の近くで『ボン様』……と呟きながら逃げていく者の声を聞いたそうなのです。その『ボン様』と呼ばれる人物こそが、恐らく犯人に違いありません……!」
「黒い……ベネチアンマスクをつけた謎の男が……夜陰に乗じて私を襲い、私を殺そうとしたのです……ッ!」
アンナの溢れる涙は留まることを知らない。
「あぁ……アンナ、辛いだろうがもう思い出すな……」
「いいえ……いいのです……! そして愛するお父様が、私の身代わりとなってあの男に斬り殺されてしまった……! 騎士をやっている以上、どこかで戦死することは覚悟しておりましたが……あのような非道な形で殺されてしまうなど、私とて到底許せるはずがありません……ッ!!」
冷や汗で服をぐっしょりと濡らし、生きた心地のしないジョバンニとレポレッロ。
「ですので、どうか……そのベネチアンマスクをつけた犯人『ボン様』を探し出し、必ずや仇を討ってくださいませ……ッ!」
二人が深く頭を下げて懇願した、まさにその時――。
沈黙に耐えかねた従者レポレッロが、何を血迷ったか威勢よく大声を張り上げた!
「畏まりましたぁッ!!! 私、ジョバンニ様の忠実なる従者レポレッロ、そのご依頼……何なりとお受けいたしますぞッ! 必ずやお二方の仇を取って見せます!!」
((な、何を引き受けてやがるんだこの馬鹿者はぁぁぁーッ!?))とジョバンニが目で悲鳴をあげる中、レポレッロは滝のような汗を噴き出しながら頭を下げ続けていた。アンナたちから見れば、なぜこの従者がこれほど異常なまでに冷や汗を流しているのか怪しむ以前に、ただただ興奮しているようにしか見えなかった。
そして、レポレッロの「余計な一言」という名の悪戯心が、極限の緊張感の中でさらに暴走を始める!
「根っからの『平和主義者』であらせられるジョバンニ様は、その『ベネチアンマスクのボン様』などという不届き者を絶対に許しはいたしません! この街の平和は、ジョバンニ様自らがこの手で築き上げていくのですッ!!」
レポレッロの手によって、完全に自作自演の「自分(犯人)探しの仇討ち依頼」が正式に成立してしまった!
「わ、わ、私にすべて任せなさい……ッ!!」
ジョバンニも青ざめた顔で胸を叩くしかなかった。
「そ、そうだ! 君たち、今夜私の屋敷で盛大なパーティーを催すのだが……参加しないかね!? す、少しでも……悲しむ君たちの心を慰めてあげようと思ってね……。きっと今夜には、何か……いい報告ができると思うよ……」
ジョバンニが苦し紛れに誘うと、オッターヴィオは深く頷いた。
「ありがとうございます、ジョバンニ殿。……どうする、アンナ?」
「ええ……お言葉に甘えて招待を受けるわ……。何処かで少しでも気を晴らさなければ、心が押し潰されてしまいそうだもの……」
「ではジョバンニ殿、依頼の件は平にとぞよろしくお願いいたします。当然、相応の報酬はお支払いいたします。そして今夜、屋敷のパーティーへもお伺いさせていただきます」
オッターヴィオはアンナの肩を抱き寄せると、最後にこう付け加えた。
「我々はこれから、昨日亡くなったアンナのお父様の『石像』が建つという郊外の墓地へ足を運ぶ予定ですので……それでは、また後ほど」
そう言い残し、二人は悲しみに暮れながら墓地の方角へと歩み去っていった。
冷や汗を拭い、胸を撫でおろすジョバンニとレポレッロ。
――しかし、彼らは全く気づいていなかった。
この一連の恐ろしい「自作自演の依頼劇」と、二人の異常な挙動不審のやり取りを、路地の陰からじっと息を潜めて盗み聞きしていた者たちがいたということに。
遠くの建物のアールに身を隠し、話し合いが終わるのを鋭い眼光で見つめるその影とは――。
「では、ドンナ・アンナ殿、失礼する」
「私の手が届く限りのことであれば、全力でお役に立ちましょう。今夜はパーティーの準備もございますので、私どもの館でお待ちしております」
「ご依頼の犯人の件につきましても、しっかりと調査を進めさせていただきますので……」
「では、これで……」
ジョバンニとレポレッロは慇懃無礼に深く頭を下げると、冷や汗を拭いながらその場を後にした。
ドンナ・アンナとオッターヴィオも深く頷き、静かに墓地へと建つという騎士団長の石像の方へと歩みを進めていく。
――そして、彼らの話し合いが終わるのを近くの物陰からじっと伺っていた人物たちが、去っていくジョバンニとレポレッロの背中へと一直線に近づいてきた。
その正体は――テンゴ、チヒロ、ピロー、ネルソン、モモの5人である。
彼らは今朝がたエルヴィーラを巡る一連の怪しいやり取りを見届けた後、街を散策しながら昨夜起きた惨劇や『殺人カタログ』の脅威について深く話し合っていたのだ。
そして今まさに、白昼堂々と新たな依頼を請け負っていたジョバンニを問い詰めるべく、その前に立ちはだかる。
「よぉ!」
不意に背後から声をかけられ、ジョバンニは露骨に嫌そうな顔で振り返った。
「チッ……また、お前たちか……」
そこには、どこか冷ややかな、しかし鋭い眼光を向けるテンゴたち5人の姿があった。
「良識のある行動をしないと、街の人から変に思われるぞ……?」
「まぁ、すでに十分すぎるくらい変に見られているんだろうけどな……」
チヒロとネルソンが呆れ顔で呟く。ジョバンニは顔を極限まで歪ませ、心の底から鬱陶しそうな表情を隠そうともしなかった。
「何だ? 異邦人たちよ……。まさかお前たちも、私に『お仕事の依頼』でもしたいとでも言うのか?」
「――まったくその通りだ」
テンゴが真顔で即答した。
「おおッ! お仕事のご依頼を下さるのですね!?」
従者のレポレッロが手のひらを返したように身を乗り出して聞き返す。
「あぁ。まぁ、俺たちも大した情報は持っていないんだがな……」
「素晴らしい! 異邦人の皆さまにも、我がボン様の偉大さをご理解いただけて誠に嬉しく思いますぞ! ……それで、肝心の『依頼対象』はどなたでしょうか?」
レポレッロが懐からあの手帳を取り出そうとした、その時――ピローが静かに一歩前へ踏み出し、低い声で口を開いた。
「それがな……」
「……?」
「昨日な、我の肩にぶつかってきた『ベネチアンマスクの奴』を『殺害』して欲しいんだが……。どうも、謝罪の一言すら無いまま去っていったのが不愉快極まりない奴でね……。どうやら、恐らくそいつが……昨夜の騎士団長を殺した犯人だと我々は考えているんだ……」
「「??????」」
その言葉を聞いた瞬間、ジョバンニとレポレッロは同時に激しく顔を見合わせた。
あまりにも情報が乏しいうえ、彼らの言っていることの動機自体は単なる個人の逆恨みに過ぎない。だが、「肩がぶつかったから殺す」というのは無茶苦茶であるものの、もし本当に騎士団長殺しの犯人なのであれば、始末されても文句は言えないのかもしれない。
「それなら、さっき……!」
ジョバンニの喉から思わず驚愕の声が漏れかけた。
そう――つい先ほどドンナ・アンナたちから受けたばかりの依頼もまったく同じ『ベネチアンマスクの男(ボン様)』への殺人依頼なのだ。
しかし、ジョバンニはつい数時間前、彼らに対して「私はボン・ジョバンニだ」と胸を張って名乗ってしまっている!
「は、はひっ!(はい)……ぜ、是非ともお受けさせていただきますッ!!!」
焦りまくるジョバンニをよそに、成り行きを聞いていたレポレッロは何も考えず、即座にその依頼を快諾してしまったのだ!
つい、先ほどまで「仕事くれ」と言っていたので有言実行だ。
「では……その、えーっと確か……『暗殺者ピロー様』でしたっけ?」
「あぁ、そうだが……」
「ちょ、おいレポレッロ……ッ! お前正気か!?」
ジョバンニが必死に袖を引っ張るが、レポレッロは主人の制止を無視してズンズンと商談を進めていく。
「では! 『暗殺者ピロー様の肩に当たったベネチアンマスクの人物』を殺害する、という件でよろしいでしょうか!?」
「あぁ、勿論だ!!」
「しっかりと仕事をしてくれたら、報酬はタップリ弾むからな」
「……はぁぁぁぁ……」
ジョバンニは頭を押さえ、疲れ切り絶望した顔で重い溜息をついた。自分(犯人)を殺すための依頼が、これで本日二件目である。
こうして、ジョバンニはテンゴたちの提示した『仕事の依頼』を、自分探しの罠とも知らず正式に受けてしまったのだ。
テンゴたちが目的を果たし、この場を去ろうとした――その時である。
「……そういや、お前ら。今日の夜は暇か?」
「ん?? 何だ?」
立ち止まったテンゴたちへ、ジョバンニは引きつった笑みを浮かべながら声をかけた。
「いや、今夜私の屋敷で盛大なパーティーを開こうと思ってな……。せっかくの縁だ、異邦人であるお前たちもしっかりともてなしてあげたいと思ってね。……来ると良い」
「へぇ……場所はどこだ?」
テンゴに問われたジョバンニは、街の奥に一際高く聳え立つ豪奢な建物を指さした。
「ほら見てみろ、あの大きな屋敷だ。あそこで今夜、最高のパーティーをするから……忘れずに来てみろよ……」
その指し示された大邸宅を見上げながら、テンゴたち5人は静かに視線を交わし合う。
ドンナ・アンナ、オッターヴィオ、ゼルリーナ、マゼット、……すべての運命の糸が交錯する「今夜のパーティー」。
5人は覚悟を決め、その怪しい招待を静かに受け入れるのだった――。
◆◆◆
『ゴルトバルク』の喧騒を見下ろす、街の一角にひっそりと佇む一室。
ニコロとアマデウスの二人もまた、偶然にもこの星に滞在していた。
ニコロがヴィレムから授かった役目は、アマデウスの行う「仕事」の補佐と手伝いである。
アマデウスは窓外の街並みを静かに見下ろしながら、思索に耽るように腰かけていた。
一方、ニコロはテーブルの前に座り、手元の書類を一枚一枚確認している。
その木目調のテーブルの上には、テンゴ、チヒロ、ピロー、ネルソン、モモ――あの5人の姿を正確に捉えた似顔絵が並べられていた。
この街にまさか彼ら『スペラン』の面々が紛れ込んでいるとは、思ってもみないことだった。
「ニコロさん……。あなた、先日人を自らの手で殺めて『ダークマター』を得たそうですね……」
アマデウスが背を向けたまま、静かな、しかし氷のように冷ややかな声で問いかけた。
「……はい、そのようにいたしました」
「やめていただきたい。それは『ダークマター』のクリエイターとして、あまりにも二流、三流のやることです」
「…………」
「我々の真の仕事は『ダークマター』を効率よく生成すること。人の極限の怒り、深遠な悲しみ、そして憎悪が極限に達したその一瞬にのみ生まれる精華――それこそが回収すべき『ダークマター』です。ただの無差別な人殺しなど、我々の仕事ではありません」
アマデウスは緩やかに首を振る。
「人を殺すなどという無風流な作業は、その『ダークマター』を極限まで生成させた本人にやらせればいいのですよ」
「……まあ、確かにそれもそうですね」
「それに、我々は『ダークマター』を生み出すと同時に、対象となる『人の生命』も護らねばなりません。……なぜだか分かりますか、ニコロさん?」
アマデウスは静かに振り返り、ニコロへとその底知れぬ視線を移した。
「それは……」
「そう――人が死んでしまっては、『ダークマター』は絶対に生成されないからです」
「……簡単でしょう?」
「……はい」
ニコロの返答を聞くと、アマデウスは再び窓の外へと視線を戻した。
その眼下では、ついこの前セビリアの地で出会ったばかりのテンゴたちが、あの滑稽なジョバンニと何やら仕事の取引を終えたところであった。
「この街にいる『ジョバンニ』という男……少し調べさせていただきましたが、これまで実に2000人以上もの人間を殺害しているようです。……今回の我々の『仕事』が何であるか、もうお分かりですね?」
「え? あー……はい」
「あなたが出した……正確には私が出したと言うべきですが、あの女性への殺害依頼が失敗したと聞いて、心底ほっとしましたよ。先日、私が騎士団長に殺人鬼が来ると忠告しておきました……そして必然的に戦闘。結果『騎士団長』は死んでしまいましが……」
そう、つまりアマデウスの計画は失敗したのだ。
「騎士団長が殺人鬼ジョバンニを倒すと言う算段でしたが……私の計算もあの殺人鬼には及びませんでしたねぇ……」
それは『騎士団長』の実力を見込んでの事。
アマデウスの唇が、美しくも残酷な弧を描く。
「……しかし、あとは、私が召喚したあの石像――『騎士団長像』が彼を待ち伏せし、確実に引導を渡すはずです、あなたのこの街における最後の仕事は、その石像がジョバンニを殺害するところを、見届けるそれだけでいいのです……彼の不愉快な殺人ごっこもこれで、終わりですよ」
その時、眼下の路地裏でテンゴたちとの会話を終えたジョバンニとレポレッロが、この建物の入口へと向かって歩を進める足音が聞こえてきた。
「さて……来ますよ。彼らに『最後の依頼』を渡すとしましょうか……」
窓辺に立っていたアマデウスは、静かに重厚なカーテンを閉め切ると、ニコロの待つテーブルへと歩み寄った。
陽光を遮られた薄暗い一室は、これから交わされる恐ろしい取引の予感によって、さらに深々とした闇へと沈み込んでいく。
ここで紡がれる会話こそが、今夜のパーティーへ向かうテンゴたちの運命を大きく歪める決定的な歯車になる――アマデウスとニコロの二人は、そう確信していたのだった。
数秒間、部屋を包み込む完全な静寂。
それを破るように、重厚な扉から音が響いた。
――コンコン。
規則正しく二回鳴るノックの音。
外に居る人物が誰であるか、アマデウスとニコロには確認するまでもなかった。
「失礼します」
「失礼いたします」
扉越しに届いたのは、紛れもなくジョバンニとレポレッロの声である。
「どうぞー」
「開いてますよー、お入りくださーい」
ギシッとドアノブが回り、ガチャリと音を立てて足を踏み入れてきたのは、薄汚れた冷や汗を流すジョバンニと下僕のレポレッロであった。
「お座りください」
「はい」
「はい……」
二人は薄暗い部屋の真ん中に置かれた丸テーブルへと気まずそうに歩み寄り、差し出された椅子へと深く腰掛けた。
「どうでしたか? 昨晩の件は……」
アマデウスが静かに問いかける。
「……失敗しました……」
「そうですか、それは実に残念。……では新たに、お仕事の依頼をさせて頂きたいのですが、よろしいですか?」
アマデウスが淡々と言い放つと、二人は目を丸くして身を乗り出した。
「ええ!?」
「マ、マジですか!?」
「……受けないとダメなのか……?」
ジョバンニは露骨に顔を歪ませ、頭を抱える。
「ええ、勿論。貴方の……お仕事(暗殺)でしょう? 今回は5人の同時依頼ですから……」
「受けて……ください」
ニコロも短く追従した。しかし、ジョバンニの困惑は深まるばかりであった。
「はぁ……昨日のあなた方の依頼と今日のこの依頼含めて、我々はすでに合計5件もの殺害依頼を受けているんだが……」
「これはこれは、大変お忙しいですね……」
アマデウスは表情一つ変えずに言葉を返す。
「……しかもだ! その内、3件は『私自身への殺害依頼』なんだ……!」
「はい????」
「え?????」
そのあまりにも狂気じみた内容に、さすがのアマデウスとニコロも素で首を傾げた。
「 はぁ……心底困っているんだよ……!」
「聞いてください! 何と、ボン様は、因縁のある方々(被害者たち)から、それと知らずに自身への殺害依頼をお受けしてしまいまして……!」
「お前が勝手に二つ返事で依頼を受けるからだろッ!!」
ジョバンニは冷や汗を拭いながら、従者レポレッロに必死のツッコミを入れる。
「……はぁ。それはそれは……大変お忙しいことで」
あまりの呆れ果てた実態に、アマデウスは冷ややかな溜息を漏らすと、人差し指でメガネのブリッジをクイっと押し上げた。
「……その状況を、一言で美しくまとめる言葉があります。何だと思いますか??」
「え?? 何でしょう……」
「……『多忙』とか……あるいは『勇敢』とかですかね……?」
期待を込めて答えるジョバンニとレポレッロ。
だが、アマデウスの口から飛び出したのは、容赦のない氷の刃であった。
「いいえ、違います。……それを『自業自得』と言うのです」
――シーン。
冷酷な宣告が部屋に落ち、部屋の空気は一瞬にして凍りついた。
「まぁ、良いでしょう……。我々もこれで『最後の依頼』とさせていただきます」
アマデウスは隣のニコロへ短く合図を送った。
ニコロは静かに頷くと、手元にあったテンゴたちの似顔絵が描かれた5枚の用紙を、ジョバンニとレポレッロの目の前へサッと広げた。
「こちらの方々……ご存じですね?」
アマデウスの問いに、ジョバンニは顔を顰める。
「あぁ……あの、鬱陶しい異邦人どもか……。アンタたちも異邦人だろう? まさか仲間割れか?」
「いいえ、違います」
アマデウスは即答した。
「こちらの5人の方々の殺害依頼を出します。……お受けしてください。報酬は存分に弾みましょう」
再びメガネのブリッジをクイっと押し上げるアマデウス。
「はぁ……あいつらに剣を振るうのか……」
「嫌ですか?」
「いや……5人まとめて正面から処分するのは面倒だと言っているのだ」
「そうですか。……ならば、実に良い考えがあるのですが……聞きますか?」
「あぁ……聞かせて頂こう……」
アマデウスの静かな声が、闇の中で滑らかに紡がれていく――。
――それから、およそ30分。
依頼の綿密な打ち合わせが終わり、ジョバンニとレポレッロは非常に満足気な、希望に満ちた表情でその部屋を後にしようとしていた。
アマデウスから授けられた「不意を突く恐ろしい計画」を聞き、二人とも完全に納得したのだ。
(これなら……いける!!)
今夜開催される自身の屋敷でのパーティー。そこで実行される計画を思い描き、二人の心は歓喜に躍っていた。
そして、それを見送るアマデウスとニコロにとっても、今夜の惨劇が楽しみでならないのは言うまでもなかった。
「終わりましたね……」
「そうですね。……後は、彼らが勝手に散っていくだけでしょう」
ニコロは窓際へと歩み寄ると、重厚なカーテンをシャッと静かに開けた。
部屋の中に再び眩しい日の光が満ちていく。
ジョバンニの人生に光が差すことは、もう二度と訪れないのかもしれない。
だが――それもまた、『自業自得』という名の運命が織りなす極上の結末なのであった。
「さて、我々はお散歩に行きますよ……」
「……アマデウスさんが描かれた奴らの似顔絵を、約50枚ほど持ってまいりました」
「ご苦労様です。……では、それを街のあちこちに貼り付けていきましょう」
「これを……町中に、ですか?」
「えぇ、そうです。……もっとも、彼らに私の文字は読めませんがね」
アマデウスは冷たく微笑みながら、手元の羊皮紙に目を落とした。
「前回も、私の書いた文字を無理やり解読しようとした愚か者がいらっしゃったようですが……私の文字や言語は、彼らに読まれては非常に困りますからね」
その言葉が指し示すのは、かつてミカエラへと手渡した「あの手紙」の件に他ならない。
もっとも、テンゴたち『スペラン』の面々が文字を全く読めないわけではない。かつての『LKO』から引き継がれたシステム仕様上、未知の言語であっても自動翻訳機能によって自動的に解読されるはずなのだが――アマデウスの紡ぐ文字には、その常識すらも超えた特殊な呪詛や改変の力が込められているのか、あるいはシステムすら弾き返す深層の機密があるのか。
「さぁ、行きますよ……」
「はい……」
ニコロは束ねた似顔絵の紙と糊を抱え直し、アマデウスの背中を追って薄暗い一室を出発する。
秋の冷たい夕暮れが、『ゴルトバルク』の街並みを長い影とともに染め上げていく。
街のあちこちに貼り出されていく5人の似顔絵。それは、今夜ジョバンニの屋敷で待ち受ける惨劇へと、知らず知らずのうちに彼らを誘導するための美しくも禍々しい「招待状」であった。
すべての歯車が、最悪の終幕へ向かって音を立てて噛み合い始める――。




