全宇宙友好協会
光の粒が収束し、テンゴたち5人の身体はスペースシップ内部の「転送室」へとフッと転送された。
カルメンからの恐ろしいまでの猛追を振り切った直後、テンゴがアイテムボックスから素早く取り出した緊急転送用の小型スペースシップへ、滑り込みで移動したのだ。
「っふ~……今回の惑星は、相当くたびれたげんって~……」
ネルソンが疲労困憊の声を漏らしながら、一歩、二歩と前へ歩みを進めた。
―――その時である。
「っぶへぇ……っ!?」
ネルソンは完全に足がもつれ、そのまま地面へと派手にうつ伏せで倒れ込んでしまった。
無理もない。凄まじい威圧感を誇る『闘牛の魔獣』との決死の激闘を終えた直後に、「カルメン」という名の暴走する雌牛に追い回されてルエドを全力疾走したのだ。限界を超えたネルソンの体力が底をついてしまうのは、ごく当然の帰結であった。
「っぶあ!?」
次に悲鳴を上げたのはピローだ。倒れたネルソンの足に派手に躓き、そのままネルソンの背中の上に重なるように倒れ込んでしまう。
「おわっと!?」
その次はテンゴだった。勢いを殺しきれず、テンゴも同じくピローとネルソンの足に躓き、二人の上に勢いよく倒れ込んでしまった。
「っきゃあ!?」
今度はチヒロだ。テンゴの足に足を引っかけてしまい、グラリと体勢を崩して倒れ込んでくる。
テンゴは咄嗟にチヒロが落ちてくるのを見上げていた。
「んがっ!?」
テンゴの上に、チヒロの身体全身が覆いかぶさるように重なる。
「ふんぎゅ!」
最後はモモだ。
チヒロとテンゴの足に躓き、モモの身体も斜めになって倒れそうになった――その瞬間。
フッ。
モモの姿が目の前からフッと消失した。
そう、お馴染みの『瞬間移動』である。
「「「「……っ!?」」」」
惨めな団子状態になって倒れ伏す4人の目の前に、無傷のモモがふわりと降り立ち、上から冷ややかな視線で見下ろしていた。
「ちょっと……何やってんのよ、こんな所で?」
「……誰かさんが転んでしまってね……」
テンゴがチヒロの重みを受け止めながら、苦笑交じりに答える。
「まぁいいわ。私は先に自宅に戻って休むから……」
モモはアザラシクッションを抱き直すと、あきれたように先に自室へ戻るため、一人でスタスタと歩いて行ってしまった。
「モ……モモ……助け……て……」
4人の一番下で押し潰されているピローが、うつ伏せのまま虫の息で助けを求める。
「おい……チヒロ、とりあえず起き上がるぞ……」
「ん、うん……テンゴ、転ばないで…」
チヒロが顔を赤くしながら起き上がり、テンゴも体制を整える。
潰されていたピローが、まだ床に顔を押し付けたまま二人へと尋ねてきた。
「ちょ……お前ら……そういや……『御車台』に居た時、エスカミーリョと一体何を話していたんだ……?」
「……ん、あぁ……アレのことか……」
テンゴが言いかけると、立ち上がって服の埃を払っていたチヒロが代わりに答えた。
「あの人のことよ。ギルド『全宇宙友好協会』のギルド長の話をしていてね……何処かの惑星で、また何かやってるんじゃないかってねー」
「あぁ……あいつか」
ピローが顔を上げてぽつりと呟く。
「そうそう、あいつあいつ……」
セビリアでの壮絶な激闘と劇的な別れを終え、スペースコロニーは静かに次なる目的地へ向かって星海を走り始めていた――。
◆◆◆
――「全宇宙友好協会」。
それは、LKO内最大のギルド連合「東邦連合」の一角を成す巨大ギルドである。このギルドでは、「全宇宙友好協議会」と呼ばれる大集会を月一回のペースで定期開催していた。
開催場所はLKO内のどこかの惑星でも、あるいは現実の地球であっても構わない。だが、「地球で開催した方が人が圧倒的に集まりやすい」という現実的な理由から、ギルド「全宇宙友好協会」は地球のとある大型レンタル集会所を借り切って開催するのが恒例となっていた。
近未来的なデザインが目を引く扇形の巨大会場に、プレイヤーたちが続々と足を踏み入れてくる。
今日は、その「全宇宙友好協議会」が開催される当日。事前にLKO内の掲示板にはデカデカと告知チラシが張り出されており、その左下には『第70回』の文字が誇らしげに刻まれていた。
開始予定時刻が近づくにつれ、会場を包んでいた騒がしいざわめきが徐々に静まり返り、プレイヤーたちも空いている座席へと次々に着席していく。
その客席の片隅に、テンゴもまた大人しく腰を下ろし、ギルド長・ソクラテウスの登場をじっと待っていた。
(今日も集まりが凄いな……。この広大な会場が埋まりそうな勢いだ)
テンゴは周囲を見渡しながら、心の中で呟く。
会場を埋め尽くすプレイヤーたちの目的はただ一つ、ソクラテウスの登場だ。
いつもの流れであれば、横(モンスター横取り)の発生件数報告、詐欺の発生件数シェア、そしてこれからのギルドとしての行動指針などが語られ、全体を締めくくる手筈になっている。
これほどの大規模な会場が満席近くまで埋まるという事実だけでも、ソクラテウスという男の底知れない人気ぶりが伺えた。ギルドの今後の取り組みについての話を聞くだけでも、参加したプレイヤーにとっては十分すぎる価値があるのだ。
それに加え、集会後にはギルド長ソクラテウスを含めたプレイヤー同士の活発な情報交換も行われる。それこそが、この協議会が絶大な支持を集め続ける最大の理由であった。
――その時。
会場全体が一瞬にして静まり返った。
登壇の端から、一人の男が静かに入場してきたのだ。
黒い生地にフードが付いたワンピース状の衣装。腰にはアクセントとなるベルトのようなものがきゅっと巻き付けられている。もちろんフードは被っておらず、その素顔が露わになっていた。
黒髪で、どこにでもいそうな親しみやすさを持ち合わせた日本人風の顔立ち。だが、どことなく洗練された雰囲気を纏う、さわやかなイケメンだった。
彼が姿を見せた瞬間、会場を埋め尽くしたプレイヤーたちから雷鳴のような拍手喝采と歓声が一斉に巻き起こった!
「うおおおおおお!!!」
「ソクラテウスーーーッ!!!」
「宇宙最高神!!!」
「いよっ! 待ってましたーーーッ!!!」
「横を! 横を全て撲滅してくれーーーッ!!」
「いいぞおおおおおおおおっ!!!」
「結婚してくれーーーーーッ!!!」
会場のあちこちから多種多様な歓声が飛び交う。
彼の登場に、プレイヤーたちは歓喜に満ちあふれ、大声でソクラテウスの着任を称え続けた。
ソクラテウスは登壇中央の演台へと歩みを進めると、ふっと立ち止まり、会場を埋め尽くすプレイヤーたちへとしずかに視線を巡らせた。
数秒の静寂の後、ソクラテウスは右手の掌を正面へと向け、まるで仏像のように静廉なポーズを取る。
――演説を始める合図だ。
彼が右手を出したその一瞬で、狂乱していた会場の騒めきが嘘のようにピタリと止み、完璧な静寂が訪れた。
「……よろしい」
ソクラテウスは落ち着いた声で口を開いた。
「本日も、全宇宙友好協議会にお集まりいただき感謝する……」
「そして本日をもって、本定例会は第70回という節目を迎えることとなった。これも偏に、皆が協力を惜しまず尽力してくれたおかげだ。この場を借りて、深くお礼を述べさせていただく」
言葉を区切ると、ソクラテウスは静かに一呼吸を置いた。
「……ありがとう」
パチパチパチパチ――……!
ソクラテウスの感謝の言葉に合わせ、会場全体から温かくも統制の取れた拍手が静かに巻き起こった。そこには先ほどのような歓声はない。プレイヤーたちは皆、この記念すべき第70回というおめでたい集会に立ち会えていることを、心から誇りに思っているのだ。
拍手が収まるのを見計らい、ソクラテウスは会場の隅々にまで届く朗々とした声で演説を再開する。
「……私は日本人にあらず、地球市民にもあらずして――『宇宙市民』である」
「心に宇宙を持つことで、私はすべての人に恵みを与えたいと思う」
ソクラテウスのその独特でありながらどこか気高い発言に、客席のプレイヤーたちは深く大きく頷いた。
彼の正体が一体何者なのか、現実ではどのような人生を送っている人物なのかを知る由は、今のところ誰にもない。だがしかし、彼が語る理想の心と、平和を目指す目的が本物であることだけは、その佇まいから痛いほどに伝わっていた。
「さて……では、先月の『横(モンスターの横取り)』の発生件数だが、私やギルドが報告を受けた限り、全宇宙で11件発生した」
ソクラテウスは自身のギルド内だけに留まらず、LKOでプレイするあらゆる他プレイヤーからも日々「横」の被害報告を受け付けている。毎日とまではいかないものの、毎月10件前後のペースで報告が寄せられていた。
この「横」という行為――他人が狩りをしている場所に勝手に割り込んでモンスターを攻撃しないというのは、LKOにおける最低限のマナーであり、全プレイヤー間での暗黙の了解である。
「先々月の発生件数は13件であり、2件ほど減少してはいるのだが……依然として概ね横ばい状態が続いている。私は、この状況を何としても…もう少し減らしたい」
「そして横の現場報告を受け次第、私自身も直接その場所へと赴き、加害者への説得を重ねてきたのだが……依然として完全には減らないのが現状だ…!」
そう、ソクラテウスは被害報告を受けると、自らトラブルの発生現場へと足を運ぶのだ。
そして、マナーを破って「横」を行っているプレイヤーに対し、彼は独自の言葉で激しい説得を試みる。
『こんなことをして、恥ずかしくはないのですか……?』
『何故、他人の狩りを邪魔して横をするのですか……?』
『貴方の存在価値は、一体どこにあるというのですか……?』
『貴方の攻撃力は、たったその程度ですか……?』
『……貴方の現実の人間性も、その程度なのですか……?』
静かな圧力を込めた言葉の数々で、横を行うプレイヤーの尊厳を直接攻撃していく。
そして極めつけは、それでも聞き入れずに反抗してくる相手に対して放つ決め台詞だ。
『――貴方は、宇宙人ですか?』
大抵のプレイヤーはこの一言に激怒し、言い争いは加熱する。だがソクラテウスに言わせれば、どのような言葉を使おうとも、最終的にその場での揉め事や横取り行為さえ収まればそれで良いのだ。
「去年と比べて、ここ1年間はずっとこの調子だ。13件であったり15件であったり……爆発的に増えはしないが、決して減ることもない。このままでは永久にこの平行線が続いてしまう」
「何とかこの停滞した状況を打開し、マナーを平然と破って横を行う不届きなプレイヤーに対し――正義の鉄槌を下したいと思う!」
ソクラテウスは自信満々の笑みを浮かべ、力強く自身の決意を表明した。
パチパチパチパチパチパチッ―――!!!!!
その熱弁に同調するように、会場の全プレイヤーから雷鳴のような拍手喝采が巻き起こる。
面白半分で行う者、明確な悪意をもって他人の邪魔をしようとする者……「横」が発生する理由は様々だが、プレイヤー全員にとってそれは共通の敵だった。問題は、ソクラテウスがこれをどうやって根本解決してみせるかだ。
会場の盛り上がりがピークに達したタイミングで、ソクラテウスはスッと手を挙げ、再び静寂を戻した。
「……では次に、詐欺の発生件数だが――全宇宙で3件が発生した」
ソクラテウスは登壇上で、どこまでも堂々と演説を続けていた。
プレイヤーたちの資産や努力を踏みにじる「詐欺」という行為――それが断じて許しがたい不節制であることは明白であり、彼は集会を開くたびにこうして撲滅の呼びかけを徹底して行っているのだ。
「つい数年前の暗黒期と比べれば、この数字は非常に少ないものと言える……だが、私はこの惨めな数字を、何としても『ゼロ』にしたい!」
「横」の撲滅を訴える時と全く同じ、苛烈なまでの情熱を込めた演説。ソクラテウスは時折手身振り(ジェスチャー)を交えながら、客席へと熱く語りかける。
会場を埋め尽くしたプレイヤーたちは、彼の言葉一つひとつに静かに、そして真剣に耳を傾けていた。
「しかし……! 先月末、我々の耳を疑うような新しい手法の詐欺が報告された。今回は、その卑劣極まりない手口を皆様に理解していただくため、役者を用意して実演説明を行いたいと思う!!」
ソクラテウスが一呼吸置いた後、視線を演壇の下手側――客席から見て左手へと向けた。
すると、スッと二人の人物が入場してくる。男性と女性のペアだ。
もちろん彼らはギルド「全宇宙友好協会」の精鋭メンバーである。二人は登壇の中央へと立ち伸び、客席に向かってペコリと一礼した。
「今回の詐欺のケースはこうだ……被害者側が丹精込めて手に入れた自慢の装備品を、その場にうっかり落としてしまい、それを詐欺師が横から拾って逃走する……という極めて単純かつ悪質な手口だ」
ソクラテウスは二人の役者を背後に従え、淡々と事件の概要を解説していく。
「プレイヤーが1週間、いや1ヶ月もの気の遠くなるような時間を費やして狩り場に籠もりドロップさせた至高の装備品……あるいは職人技を駆使して作成した装備品を、その場で奪い去る……本当に薄汚いやり口だ」
「それでは、その事件の一幕を、彼らの演技を通じて皆様にお見せしましょう」
パチパチパチパチッ―――!!
会場から温かい拍手が巻き起こった。観客たちの全視線が、中央に立つ二人へと集中する。
――寸劇が始まった。
まず、いかにも詐欺師役であろう女性キャラクターが、被害者役の男性キャラクターへと親しげに声をかけた。
「その武器、すっごくカッコいいですね……!? 絶対レジェンダリー級の激レア武器ですよね!?」
「凄いですっ……!」
声をかけた女性は、凛々しい戦士の装いをしている。
腰には一振りの剣をぶら下げ、頭には重厚な兜を深く被った、どこからどう見ても生真面目そうな「女性戦士」だ。
だが、一見すると警戒心を抱きにくいこの「女性プレイヤー」という属性こそが、ターゲットの懐に入り込む最大の武器だったと言われている。現実に発生した件でも、加害者は女性プレイヤーを装っていたのだ。
「あ! これですか!? そうです! 1ヶ月間、同じ高レベルの狩り場に引き籠もってドロップさせた自慢の武器ですよ! 一番のお気に入りなんです! これを使って狩りをしてきたんですよ!」
応じた男性は、見知らぬ美女に声をかけられた嬉しさから、すっかり鼻が高くなっているようだった。彼自身、強い承認欲求を抱えており、自慢の装備を見せびらかしたい年頃だったのだろう。相手が物腰の柔らかい女性戦士ということもあり、何の疑いもなく誇らしげに答えてしまう。
「その素晴らしい武器、なんていうお名前なんですか……!?」
「この武器ですか!? この武器の名前は――『混沌のドラゴンタスク』です!!」
男性は両手で大切そうに抱え直すと、自慢げに武器を魅せつけた。
赤く禍々しい光を放ち、絢爛豪華な装飾が施された、両手で扱う巨大な斧型の武器である。
「えぇ~っ! そうなんですか!? このカッコいい武器、良かったら私のブログの写真に載せたいので、何枚か写真を撮らせてもらえたりしませんか……!?」
「あ! いいですよ! もちろんです! ぜひブログで俺の武器を紹介してください! ありがとうございます!!」
相手からの願ってもない提案に、男性は即座に快諾してしまった。
丹精込めて手に入れた逸品をべた褒めされ、有頂天に達していた男性にとって、その誘いを断る理由などどこにもなかったのだ。
「実際の事件では、こうして言葉巧みに誘導された被害者は、街の目立たない人気のない路地裏へと移動する。薄暗く、誰も通りかからない壁の陰――犯罪にうってつけの場所だ…当時の状況を忠実に再現していこう」
ソクラテウスが述べた。
「ではまず、装備されたお姿から撮影させていただきますね~~」
女性戦士は、武器を構えた男性の周囲をウインクしながらマジマジと見つめる。
LKOのシステムにおいて、写真撮影機能は「視界を固定してウインクする」ことで実行されるのだ。
「あぁ~いいですね~~! 本当にカッコいいです~! 今日さっそくブログに書くので、良かったら見に来てくださいね!」
女性は男性の周りをゆっくりと歩き回り、時にはしゃがみ込みながら様々な角度からウインク(撮影)を繰り返す。
「ブログのお名前、なんていうんですか?」
「ブログの名前ですか~……そうですね……『大宇宙冒険壇』です! ぜひ見に来てください! あ、私の執筆時間もあるので多少は更新が遅れるかもしれませんが、それでもよろしければ!」
男性の気分は最高潮に達していた。
『有名ブログに掲載される』『有名人になれる』といった甘い妄想が、彼の思考力を完全に麻痺させていたに違いない。
「では次に……その武器をドロップして『拾った瞬間』のドラマチックな姿を撮影したいんです! その武器を、一度地面に置いた状態から拾うシーンを撮らせてもらってもいいですか?」
……冷静に考えれば、そんなことをすれば大事な武器が他人に奪われるリスクがあることくらい、誰にでも分かるはずだった。
しかし、ここまでの丁寧な撮影手順と親身なやり取りを経て、男性の中には「彼女は本当に熱心なブロガーなのだ」という強い信頼が生まれてしまっていた。
「大丈夫です! 私はこんなに離れた場所から撮影しますから、お願いします!」
そう熱意を込めて頼み込まれ、男性はついに……手にした宝物『混沌のドラゴンタスク』を、己の足元の地面へとぽろりと落としてしまったのだ。
「もし私が一歩でも動いたら、すぐに拾い直してもらって大丈夫ですからね!」
女性戦士はそう微笑んだ。
彼女は忠実に宣言通りの距離を保ち、絶えずウインク(撮影)を続けている。ウインクをしている=撮影機能を使っているという証明でもあり、男性の警戒心は完全にゼロへと溶けていっていた。
1秒、2秒……あるいは10秒ほどが経過しただろうか。
男性役の役者が、少し下を向いた後、彼女の方へ視線を戻した――その一瞬の出来事だった。
――フッ。
彼女の姿が、元の位置から消えていた。
いや、消えたのではない――彼女は発動モーションすら見せず、男性の目の前へと「瞬間移動」していたのだ!
「はぁッ!」
気づいた時には、すでに遅かった。
地面に落ちていた『混沌のドラゴンタスク』は、禍々しい赤い光を溢れさせながら、彼女の手元へと吸い込まれるように拾い上げられていた。
男の隙を突き、超至近距離へと肉薄して一瞬で武器を掠め取ったのだ。
呆然と立ち尽くす男性へとにじり寄り、女性戦士は彼の耳元で冷たく囁いた。
『――ご協力、ありがとうございました……』
言い捨てると、戦士の格好をした女性役は、振り返ることもなく上手側へと静かに歩み去り、暗がりの中へと消えていった――。
役者二人の寸劇が終わったのを感じ取ると、ソクラテウスはすっと息を整え、演説を再開する準備に入った。
会場全体にざわめきが広がる。今回実演された新手の詐欺手法を初めて目にした者も多いようで、客席のあちこちから感嘆や驚きを含んだ声が漏れていた。
「はい、二人ともありがとう……非常に見応えのある演技だった。例え演技であっても、本気度がひしひしと伝わってきたよ……」
パチパチパチパチ――……!
会場から大きな拍手が巻き起こる。
それに応えるように、先ほど上手側へ退場していった女性役が再び登壇上へと戻ってきた。そして、中央で待っていた男性役の前に立つと、先ほど奪い取った『混沌のドラゴンタスク』をそっと手渡して無事に返却してみせた。
「そう……彼女は『戦士』の格好をした……『魔法使い』である」
「これが、新手の詐欺の手法だ……。所謂、見た目に騙された、というやつだな」
ソクラテウスの解説に、プレイヤーたちはハッと息を呑む。
ここまでの段取りを組み、完璧に実演してみせたギルド側も、事前に相当な練習を積み重ねてきたのだろう。
「魔法使いの瞬間移動スキル『テレポート』を巧みに利用し、言葉巧みに相手の警戒心を解いて装備品や武器を奪い去る……それが、この卑劣な手法のカラクリだ」
ソクラテウスは落ち着いたトーンで説明を続けていく。
「今回の演技の中でブログの名前が出されたが……『大宇宙冒険壇』は、私の個人ブログだ。そこで今回の詐欺の手法と、先ほど報告した横の発生件数を詳細に掲載している。参加者の皆は、一度必ず目を通しておいてほしい……。そして、人から人へ、この危険性を全力で周知してほしい」
ソクラテウスの語り口がわずかに熱を帯び、彼が心底本気で全宇宙のプレイヤーへ訴えかけていることに、会場全体が察し始めた。
「この様な卑劣な手法を、新たに全宇宙で横行させてはならない。我々ギルドが全力を持って周知徹底し、運営側へも速やかに事上げを行っていきたいと思う……」
ソクラテウスは日頃から、こうした詐欺被害やマナー違反の報告を運営元へ粘り強く上げ続けているのだろう。一日も早くシステム的な対策が講じられることを誰もが願っていた。
そうして、協議会の終了予定時刻が刻一刻と近づいていく。
まだソクラテウスの演説は残っていたが、彼自身も締めの時間が迫っていることを静かに察していた。
「……今回の詐欺の件で、どれほど親しげに見える相手であっても、人を安易に信用してはならないということが身に染みて分かっただろう。皆、どうか十分に気を付けてくれ」
ソクラテウスが真摯に呼びかけると、客席から再び共感の拍手が湧き上がる。
「私は不正に対して、不正を持って報いることはしない。必ずや正当な罰を受けさせる……それこそが、私の掲げる『正義の鉄槌』なのだ」
その決意表明に、会場からは雷鳴のような絶叫と歓声が爆発した!
「頼んだぞーーーっ!!」
「宇宙最高神!!!」
「ソクラテウス、任せたからなーーーっ!!」
「俺たちも全力で協力するぞーーーーっ!!」
会場全体がソクラテウスを称え、熱狂の渦に包まれる。
彼がこれまで積み重ねてきた愚直な活動によって、実際にLKO内の環境が少しずつ良くなってきた歴史があるのだ。集まったプレイヤーたちの絶大な期待に、ソクラテウスもしっかりと応えなければならない。
「皆、ありがとう。私個人の欲望など、最小限にしかない……。だがしかし、この全宇宙を平和にしたいという気持ちだけは本気だ。皆の深いご理解とご協力に、心から感謝する」
ソクラテウスは客席に向かって、深く、深く頭を下げた。
寸劇を演じた二人の役者も、その両脇で同じように深くお辞儀を捧げる。
パチパチパチパチパチパチッ―――!!!!!
鳴り止まない盛大な拍手が会場を包み込む。
「……それでは、本日の協議会はこれにて閉会とする。次回もまた、この会場で会おう……」
最後の一言を力強く告げると、ソクラテウスは登場時に会場を静めた時と同じように、右手の掌を静かに正面へと掲げた。
「――全宇宙の平和に、灯を」
すると次の瞬間、会場を埋め尽くしていた来場者の約半数が、示し合わせたかのようにソクラテウスと全く同じポーズを掲げた。
そして、彼に続いて力強い声を揃え、一斉に唱和したのだ。
「「「――全宇宙の平和に、灯を!!!」」」
◆◆◆
拍手と唱和の余韻が残る中、テンゴは自分から周囲のプレイヤーたちと同じポーズを取ることはしなかった。しかし、その胸の内にある「全宇宙から悪質な詐欺や横取りを根絶したい」という強い願いは、ソクラテウスと寸分違わず同じだった。
幸いにもテンゴ自身はまだそうした卑劣な被害に遭ったことはない。だが、目の前で実演された手口の生々しさを目の当たりにし、この広大で自由な宇宙が刻一刻と物騒なものに変貌しているという現実を突きつけられて強い危機感を抱いていた。
(こうして新しい手口やリスクについての「情報」をあらかじめ知っておくことの大切さを、今日改めて痛感したな……)
もし何も知らないまま同じ場面に直面していれば、自分だって簡単に罠に引っかかっていたかもしれない。
だが、一度知ってしまえばいい。手口をあらかじめ把握していれば警戒して対策を講じることができるし、何より、旅を共にする仲間たちやギルドのメンバーへ迅速に周知して守ってやることができる。
今回の第70回「全宇宙友好協議会」に参加したことで、得られた収穫はあまりにも大きかった。
――この『L K O』という過酷で広大な世界で生き抜くためには、自身の腕を磨くだけでは足りない。常に最大限の注意を払い、全宇宙の最新情報を自らの足で、あるいはこうした集会でしっかりと入手し続ける必要があるのだ。
すべての人を無闇に疑ってかかるのはキリがない。
だが――甘い言葉や巧みなストーリーで懐にすり寄ってくる相手に対しては、心のどこかで一歩引いて疑うくらいの慎重さを持つことこそが、身を守るための最善の策であると、テンゴは静かに心に刻み込むのだった。
◆◆◆
――時は少し遡り、スペースコロニーの転送室前。
「ふぅ……」
テンゴとピローは、重なり合って倒れ込んだ拍子についた服の埃をパッパッと手で叩き払っていた。
ネルソンは相変わらず体力を使い果たしたまま、床に突っ伏して身動きひとつ取れていない。そんな男たちの横で、チヒロは腕を組んで二人の会話に耳を傾けていた。
「あー……あいつらの集会に参加したことはないけど、ソクラテウスもリアルじゃ何やってんだろうな……」
ピローが首の後ろを掻きながらぽつりと漏らす。
「まぁ、もしこの異変が起きた時にログインしていた場合、ログアウトできずにどこかで慌てふためいてるんじゃないのか?」
テンゴの言葉に、チヒロが「そうねーー」と深く頷いた。
「ログインしていないことを祈るしかないのかしらねー」
「まぁ、なんというか複雑だよなーー。他のプレイヤーに会えないのも寂しいし、かといって下手にログインしてたらログアウトできずにこの広大な宇宙を彷徨うことになるわけだし……。クラークや、ハンスにもまた会いたいところだけどな……」
テンゴが遠い目をして、かつての仲間たちの顔を思い浮かべる。
「っしかし、あの第70回目の協議会の時は本当に驚いたよな……。戦士の格好をした女性で、職業(中身)は魔法使いで、実際にやっていることは『盗賊』か……? 卑劣極まりない手口だよなー」
「ほんとね。あんな詐欺、対策を知らなかったら引っかかっちゃうわよ」
セビリアでの激闘、そして過去の集会で得た知識を振り返りながら、テンゴ、ピロー、チヒロの3人は会話を交わしつつ、コロニー内にあつらえられたそれぞれの自宅へと歩みを進めていった。
……なお、一番下敷きになっていたネルソンは、どうやらそのまま床の上でグースカと爆睡しているようだった。




