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消滅の宇宙  作者: 万世 千秋
カルメン
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56/62

英雄たちの闘争と逃走!?

起こし頂きありがとうございます。

これにてカルメン編終了となります。

最後までお読みいただけると嬉しいです。




「君たちも『闘牛』の経験はあるのか? 猛然と突進してくる巨牛を紙一重でかわす度胸と技術が必要だぞ?」

「問題ないさ! 俺にとっては一番の得意分野だ!」


テンゴはニッと不敵に笑ってみせた。

タンク(ガーディアン)を務めるテンゴのスキル体系には、敵の攻撃タイミングを極限まで見極め、瞬時に発動して無効化する絶対防衛技が存在する。かつてはタイミングを見誤り、苛烈なダメージを喰らってパーティーを危機に晒したことも一度や二度ではない。それはガーディアンという茨の道を歩む者ならば、誰もが必ず通る試練の道だった。


だからこそ、今のテンゴの言葉には絶対の自信が宿っていた。


「そうか! 期待しているぞ、若き『花形闘牛士(マタドール)』よ!」

「ああ、任せろ!」


宙に浮遊していた七色の不気味な大きな球たちがふっとかき消え、ルエドの砂の上には、怪異との決着をつけるための舞台が完璧に整えられた。


「よし! その前に、あの二人については俺が責任を持って『闘牛士の退避場(ブルラデロ)』まで案内する!」

「さあ、二人とも少し急ぐぞ。こっちだ!」


テンゴは頼もしい笑顔を浮かべると、カルメンとミカエラの二人を安全なブルラデロへと誘導し始めた。

これほどまでに凄惨で非現実的な惨劇の渦中にあっても、一切の揺らぎを見せずに眩しい笑顔で自分たちを守ろうとしてくれるテンゴの姿は、傷ついた二人の目には紛れもない「英雄」であり、堂々たる大花形マタドールそのものに映っていた。


テンゴが女性二人を安全圏へ送り届けている最中、エスカミーリョは背後の二人に力強く呼びかけた。


「ピカドール、バンデリジェロ……!」

「「はいっ!」」


主将の呼びかけに、槍方とモリ打ちの二人が背筋を伸ばして歩み寄る。


「二人とも、命をかけて共に戦う覚悟を持ってくれた。最後の準備はいいか?」

「もちろんです!」

「いつでも行けます、マタドール!」

「よし! ならば行くぞ、みんな!! 絶望を吹き飛ばす、本物の『真の闘牛』ってやつを見せてやろうじゃないか!!!」


エスカミーリョが愛剣を高々と掲げて叫ぶと、二人の闘牛士も魂の底からの咆哮でそれに応えた。


「「はいッ!!!」」


カルメンたちを送り届け、前線へと舞い戻ってきたテンゴと『スペラン』の仲間たちは、絆を確かめ合う3人の熱いやり取りをどこか微笑ましく、頼もしそうに見守っていた。


――その時。


真っ赤な目を爛々と光らせた漆黒の怪物が、凄まじい質量を乗せた突進を仕かけるべく、四肢で荒々しく砂を蹴り上げてステップを踏み始めた。

幾重にも強化された『闘牛の魔獣(ハバネラ・ブル)』の放つ殺気が、ルエド全体の空気をバチバチと震わせる。


「フフッ……準備も済んだようですので、始めるとしましょうか! 『宇宙の守護者たち』よ!!」


エスカミーリョは高らかに宣言すると、右手を大きく天井へと突き上げて合図を送った。

上段の特等席で待機していた楽団の奏者たちへ向けた、演奏開始のシグナルである。


マタドールが指でカウントダウンを刻む。

3、2、1――最後の指が力強く振り下ろされたその瞬間!


ジャン―――ジャラッジャッジァーーーン!!!


セビリア闘牛場『プラサ・デ・トロス』の全空間に、魂を揺さぶる名曲の旋律が高らかに鳴り響いた。


ビゼー作曲――『闘牛士の歌』。


生まれながらにして強烈な闘争心を宿し、その鋭利な角を相手を穿つ絶対の武器とする存在、それが闘牛だ。しかし、いま目の前に立ち塞がるのはただの獣ではない。黒き悪意によって人の手で召喚され、禍々しく強化された『闘牛の魔獣(ハバネラ・ブル)』である。


「ルオオオオオオオオオッ!!!」


大気を引き裂く咆哮とともに、凶暴化を極めた魔獣が弾丸となって一直線に突進を開始した!


対するテンゴは、迫りくる巨躯を正面から見据え、愛用の扇子を優雅に開いた状態で静かに構える。

肉迫する猛牛の角――衝突まで、あと1秒。


極限の集中力のなか、テンゴのスキルが発動した!


「――『天空・完全五度(パーフェクト・フィフス)』ッ!!!」


テンゴの手にした扇子が眩い黄金の閃光を放ち、一瞬にして超巨大な扇型の「完全無敵の光の盾」へと展開される!


ドゴォォォォォンッ―――!!!!!


音速を超えた魔獣の全質量を受け止めた光の盾は、一ミリの微動だにすることなく突進のエネルギーを完全に激突の瞬間に霧散させてみせた。


奇跡のような絶対防御の瞬間を目撃した数万人の観客席から、セビリアの空を突き破るほどの爆発的な歓声と絶叫が沸き上がった!


「「「「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」」」」

「「「「うああああああああああああああっ!!!!!」」」」


『闘牛士の歌』の旋律が闘牛場『プラサ・デ・トロス』全体に響き渡る中、総勢8人の勇士たちが一斉に『闘牛の魔獣(ハバネラ・ブル)』へと躍り出た!


その時――突如として張りのある力強い歌声が砂の上に響き渡る。

グラータスの屋根の上にて、不敵な笑みを浮かべ観戦するアマデウスの隣でドン・ホセが、何かに憑かれたように魂を揺さぶる男気あふれる歌声で『闘牛士の歌』を歌い始めたのだ。その朗々とした歌声を背に受け、エスカミーリョとバンデリジェロが疾風の如く間合いを詰め、先陣を切って鋭い一撃を繰り出す。


間髪入れず、影から飛び出した暗殺者ピローがスキルを発動した。


「諸君らとの 出会いは 運命のいたずらだ」

「観客の見てる場で ケリを付けよう」


虚空から現れたおどろおどろしい漆黒の鎖が、魔獣の巨躯へと幾重にも巻き付く。

だが、幾重にも強化された『闘牛の魔獣』の規格外の怪力は、その拘束すら力任せに跳ね除けた! 巨体が暴れ回る勢いのまま、鎖を保持していたピローの身体が軽々と宙へと引っ張り上げられ、振り回されてしまう。


「闘牛場《プラサ・デ・トロス》は熱く燃える さぁ!祭りだ!」

「試合開始《ゲームスタート》の合図と 熱い観客の歓声で~」


ピローを宙に吊り上げたまま、赤く目を光らせた魔獣は後方に控える後衛・モモへとターゲットを定め、凄まじい足音を立てて突進を開始した!


「守護者達も 我を忘れ」


チヒロが攻撃を加える。しかし、迫りくる巨躯を前にしてもモモは顔色ひとつ変えなかった。


「逃げ場のない場所で逃げ惑お(う)~」

「護る者も 攻める者も」


激突のコンマ一秒前、モモの姿が空間の歪みとともに消失する。

狙いを完全に失った『闘牛の魔獣』は勢いを殺しきれず、そのまま闘牛場内壁の防護通路である『カジェホン』の頑丈な木壁へと全力で激突した!


「自分の役目を投げ出す~」

「これは勇気の試験だ」


分厚い木枠が一瞬で粉々に砕け散り、盛大な砂煙と木屑が舞い散る。

しかし、魔獣は頭を振って衝撃を逃すと、すぐさま反転。真っ赤な眼光で再びテンゴやエスカミーリョたちの本隊をとらえ、大地を揺るがす再突進を仕かけてきた!


「お前たちの試練だ」


前線に立ちはだかるテンゴが、開いた扇子を眼前に力強く掲げる。


「さぁ!表を上げろ!さぁ!顔を上げて構えよ!」


眩い黄金の光の盾が再び爆発的に展開され、音速を超えた魔獣の突進を正面から完璧に受け止めた!


「ah!!」


激しい衝撃波がルエドを駆け抜ける。テンゴが突進を完全に殺したその絶好の隙を逃さず、エスカミーリョ、ピカドール、バンデリジェロの3人が一斉に躍り出た!


「冒険の最中(さなか)には~戦(いくさ)がつきまとう」


マタドールの鋭利な剣と、ピカドール、バンデリジェロの槍とモリが魔獣の強靭な外皮へと叩き込まれる。手応えの確信こそ得られなかったものの、波状攻撃を受けた『闘牛の魔獣』はその場でグラリと大きく足元をよろめかせた。


「宇宙の守護者達よ~戦う時だ~」

「見せてみろ!信念を」


すかさずネルソンが鋭い刃を閃かせて追撃の斬撃スキルを叩き込み、チヒロも白杖を掲げて畳みかけるように強力な攻撃魔法を浴びせる!


「見せてみろよ~!」


さらに、観客席の出入り口の上へと素早く着地していたピローが上空から奇襲の刃を投擲し、壊れた『カジェホン』の木枠の上へと瞬時に退避していたモモもまた、高所から正確無比な攻撃スキルを打ち込んで敵の体力を削っていく。


「(観客)宇宙の守護者たち たたかえ~たたかえ~」

「幻想の中には~悪魔が潜む~!!」


極めつけは、この絶望的な闘いを誰よりも気高く指揮する男――花形闘牛士エスカミーリョだ!


「自分の信念で 倒して見せよ、牛の悪魔を~!」


よろめく巨牛の隙を完璧に見切ったエスカミーリョが、渾身の力を込めた一撃を魔獣の急所へと突き立てたのだった!


エスカミーリョの渾身の一撃が深く突き刺さったその瞬間――。


強大な猛威を振るっていた漆黒の悪夢、『闘牛の魔獣(ハバネラ・ブル)』の巨躯が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。

激しい闘争の気配を失った怪物の身体は、瞬く間にドス黒い砂の粒子へと姿を変え、セビーリアの乾いた風に撒き散らされながら、その場から完全に消え去っていった。


静寂を取り戻したルエドの砂の上に立っていたのは、肩で息をするボロボロの8人だった。


全員が示し合わせたかのように同時に顔を上げ、上段観客席(グラーダス)の屋根の上から、優雅にこちらを見下ろしているアマデウスへと鋭い視線を射抜く。


「さぁ……! 降りてこい! 次はお前の番だ、アマデウスッ!!」


テンゴは力強く手を突き出し、敵の元凶である白い服の男を指さして咆哮した。


「ふふ……今回は、この辺にしておくことにしましょう!」


アマデウスは指先でスマートにメガネのブリッジを押し上げると、意に介した様子もなく酷薄な笑みを浮かべた。


「皆さんの素晴らしい実力もたっぷりと拝見させていただきましたし、何よりここセビリアで『ダークマター』を2つも回収できました!私としては大満足です、何ひとつ文句はありませんよ!」


そう告げると、アマデウスはクルリと背を向け、屋根の反対側へと静かに歩みを進め始めた。


「それでは……また何処かの惑星《ほし》でお会いしましょう!!」


朗らかな言葉を残し、アマデウスはその場の重力を嘲笑うかのように、屋根の向こう側へとふわりと飛び降りて消えた。


しかし、ドン・ホセが、未だ魂の抜けたような虚ろな瞳で佇んだまま、眼下のテンゴたちをただじっと見下ろしていた。


「……行きますよ!」


下層の物陰からアマデウスの冷ややかな声が響き渡ると同時に、ドン・ホセもまた、促されるまま人形のように虚空へと身を躍らせ、その姿を消していったのだった。


アマデウスとドン・ホセが去った闘牛場の屋根の上には、ただセビリアの静けさだけが取り残された……はずだった。


ルエドを覆っていた濃密な砂埃が、夕暮れの風に吹かれてゆっくりと失われていく。

嵐のような激闘を終え、ボロボロになったテンゴたちが静かに武器を収めた、次の瞬間――。


「「「「おおおおおおお!!!!」」」」

「「「「あああああああ!!!!」」」」

「最高の闘牛だったぞーーーっ!!!」

「エスカミーーーリョオオオオ!!!」

「テンゴーーーーーッ!!!!!」

「かっこいいぞーーーッ!!!」

「ブラボー!! ブラボーーーーーッ!!!」

「ありがとおおおおーーーーっ!!!!!」


満員御礼、10万人は下らないであろう闘牛場全体『プラサ・デ・トロス』から、まるで地鳴りのような溢れんばかりの大歓声と拍手が地表を揺らした!

観客たちは眼前で繰り広げられた未だかつてない壮絶な死闘と、それを制した英雄たちの勇姿に興奮の坩堝と化していた。


「「「宇宙の守護者たちよーーーっ!!!」」」

「「「うおあああああああーーーーっ!!!」」」


止まることのない観客の情熱と、激闘をやり切ったテンゴたち8人の充実感が見事にシンクロし、会場の熱気は最高潮へと達していた。


アマデウスの手によって奪われた二つの『ダークマター』、そして闇へと連れ去られたドン・ホセ。問題のすべてが解決したわけではない。しかし、目の前にある残酷な死の連鎖だけは、間違いなく自分たちの手で食い止めることができたのだ。


そこへ、安全地帯であるカジェホンから身を乗り出し、カルメンとミカエラの二人が姿を現した。二人は一歩一歩、砂をかみしめるようにテンゴたち8人へと歩み寄ってくる。


「……ミカエラさん」


チヒロがそっと歩み寄る。


「私……私は、取り返しのつかない憎しみに呑まれて……エスカミーリョさんを刺してしまった……。こんな私を、赦してなんて言えません……」


そこへ、エスカミーリョが穏やかな笑みをたたえながら歩み寄ってきた。彼の腹部の傷はモモの『全休符』によって完璧に塞がり、その立ち姿にはいつもの華やかで誇り高い花形闘牛士の気品が完全に戻っていた。


「人間誰しも、暗闇に心を囚われる瞬間はある。大切なのは、その闇から抜け出し、再び笑顔を取り戻すことさ。君の涙はもう、過去の過ちを洗い流したはずだ」


エスカミーリョのどこまでも深く優しい言葉に、ミカエラは再び溢れ出す涙を堪えるように深く頷いた。


「……はい…!」


その横で、腕を組みながら静かに事の顛末を見届けていたカルメンが、ふっと笑みをこぼしてテンゴたちへと近づいてくる。


「……本当に、あなたたちって不思議な人たちね。命をかけて誰かを護り、絶望を光で塗り替えてしまうなんて」


カルメンは腰に手を当て、どこか晴れやかな瞳でテンゴの顔を覗き込んだ。


「ドン・ホセの愛は、私を縛り付ける恐ろしい鎖だったわ。でも、あなたたちが魅せてくれたのは、もっと自由で、温かい……真の『強さ』だった。ありがとう、『宇宙の守護者』さんたち」


「礼には及ばないさ。俺たちは、自分たちのなすべきことをしただけだ」


テンゴが照れくさそうに笑うと、チヒロが自身の白い杖を空間のアイテムボックスに入れ、背後でネルソンが刀をカチリと納刀させ、モモがアザラシクッションをギュッと抱きしめ直す。ピローもいつの間にか影から現れ、満足そうに頷いていた。


「さあ! 観客たちの熱狂もまだまだ冷えないが、これで幕引きだ!」


エスカミーリョが高らかに声を張り上げ、両手を大きく広げた。


「ピカドール! バンデリジェロ! 傷ついた者たちの手当てをし、街の人々に伝えるんだ! 悪夢は去り、セビリアに再び平和な陽が昇ったとな!」


「「はい、マタドール!」」


二人の闘牛士が誇らしげに礼をし、素早く動き始める。


西の空が、鮮やかな茜色と紫色のグラデーションに染まり始めていた。

夕日を浴びながら、テンゴたちは静かに闘牛場の出口――『プエルタ・デ・クアドリージャ』へと足を向けた。


「さて……俺たちも行こうか。アマデウスの目的、そして『UNIVERSAL ORDER』の影……まだまだ追わなきゃいけない謎は山積みだ」


テンゴの言葉に、チヒロが力強く頷く。


「ええ。どこへ逃げようと、あの不吉なシナリオをこれ以上好き勝手にはさせないわ」

「牛に追われ牛を追い、まだまだ追いかけっこは終わりそうにないな~」

「次の惑星でも、おいしいものを食べてバッチリ一撃で仕留めるげんて!」

「……うちも、回復の準備……いつでもできてる」


仲間たちの頼もしい声が重なり合う。


――その時だった。


上段で待機していた楽団が、突如として高らかに管弦打楽器を鳴り響かせた。

ビゼー作曲――『カルメン序曲』!


華やかで情熱的なシンバルと金管の旋律が闘牛場全体を包み込む中、テンゴたちの後を追うように、後ろから猛烈な勢いで走り込んでくる人影があった。


――カルメンだった。


激闘の最中、ドン・ホセの放った銃弾をテンゴが弾いた際、そのかすり傷によって頬には一筋の血が流れていた。汗と血で化粧は完全に崩れ落ち、かつての美貌はまるで凄惨な怪物のようにも見える。しかし、彼女はそんな見た目など一切気にとめる様子もなく、激しい衝動に突き動かされるようにテンゴたち目掛けて一直線に突進を仕かけてきたのだ!


「待ちなさい……ッ!! 待ちなさいよ、『宇宙の守護者』……たちッ!!!」


高鳴る『カルメン序曲』の絢爛たる旋律と、10万人の歓声が交錯する中、物語は新たな波乱の予感を秘めて、セビリアの夕暮れの中へと溶け込んでいくのだった――。


「「「「「!!!!?????」」」」」


テンゴたち5人は、完全に言葉を失って驚愕の表情を浮かべた。

追いかけてくるカルメンの顔は、血と汗で化粧がドロドロに流れ落ち、まさに「とんでもない化け物」そのものの鬼気迫る様相を呈していたのだ。


命の危険を察知した5人は、誰からともなく全員まとめて『ルエド』の砂の上を全力疾走し始めた!


「なんでカルメンが俺たちを追いかけてきてんだよーーーっ!?」

「エスカミーリョと結ばれてハッピーエンドなんじゃないのかっ!?」

「ちょっと、なんで私まで一緒になって逃げてんのよっ!?」

「うちは……とりあえず『テレポート』使って一人で逃げてもいい……?」

「だったら拙者、最後の力を振り絞ってあの雌牛を斬って伏せるげんてっ!!」


走りながら、追いかけられながら、各自が口々に悲鳴と怒号を上げ合う。


すると、テンゴたちのすぐ真後から凄まじい足音とともにカルメンの絶叫が響き渡った!


「エスカミーリョなんて、もういいのよーーーーーッ!!!」


カルメンの恋は「持って一週間」と誰かが言っていたはずだが――どうやらエスカミーリョとの熱愛は、たったの二日で賞味期限を迎えてしまったらしい。


「私……あなたたちに恋をしたわあああああああーーーーーッ!!!!!」


「あなたたち」――確実にこの場を逃げ惑うスペラン5人全員を指している叫びだ。

全速力で砂を蹴り上げながら、テンゴが必死に叫び返す。


「誰に惚れたんだよお前はーーーーっ!?」

「誰よ!? 『追いかけっこはこれで終わり』とかカッコつけて言った人はーーーっ!?」

「あ~~~っ!! 確かに『追いかけっこ』はまだ終わってなかったなーーーーっ!!!」

「理屈はいいから、とりあえずここから脱出するげわーーーっ!!」


逃げ惑うテンゴたちの背後から、さらに野獣のようなカルメンの雄たけびが轟く。


「うおおおおおおおおおお!!!!!」


その渦中、モモとチヒロの二人はテンゴ、ピロー、ネルソンの男性陣からフッと離れると、ルエドの中央付近へ向かって逃走ルートを切り替えた。


「「っふ~~~……っ」」


二人は胸を撫でおろし、これでターゲットから外れたと安堵した――が、それも束の間。

カルメンは獲物を逃すまいと、凄まじいドリフトでモモとチヒロに向かって一瞬でターゲットを定め、猛スピードで急旋回してきたのだ!


「「!!?」」


二人は信じられないものを見る目で目を見開いた。

急接近してくるカルメンが、血走った目で叫ぶ!


「もう誰でも良いのよ!! 私の恋の相手になってちょうだいーーーっ!!」

「なんでまたこっちに来るのよーーーっ!?」

「……」


モモだけは、無言のまま迫りくるカルメンに向かって真っ直ぐ走り出した。

そう――おなじみの、あのスキルを行使するために。


「――『瞬間移動《テレポート》』」


カルメンの目の前わずか1メートルの距離で、モモの姿がふっと空間から消失する。

次の瞬間、モモが姿を現したのは――後方を走っていたテンゴ、ネルソン、ピローの真後ろだった。


ターゲットを完全に目の前でなすりつけられたカルメンは、勢いのままテンゴたちの背中を再び猛烈に追いかけ始めていく。


「モモおおおおっ!?」


そんな狂乱の追走劇のなか、ネルソンだけが次第にみんなに後れを取り始めていた。

無理もない。先ほどの『闘牛の魔獣(ハバネラ・ブル)』との戦いにおいて、対ボス用必殺技『剣の舞・星のさすらい人』を解き放ち、スキルを限界まで連発していたのだ。彼のスタミナはすでに底をつきかけていた。


しかし、カルメンの悪夢のような抱擁に捕まるコンマ数秒前――ネルソンは最後の火事場泥棒的な跳躍を見せ、見事『カジェホン』の防壁の上へと飛び乗ってみせた!


そして、足場の細いカジェホンの上を、残された最後の力を振り絞って全力で駆け出す!


「ハイヤアアアアアアアアアーーーーーッ!!!!!」


セビリアの夕日に、ネルソンの魂の雄たけびが響き渡った。

カルメンの執拗な追撃から我が身を護るためだけに、極限状態で絞り出された決死の咆哮である。


そのネルソンの雄たけびは、前方を逃げるテンゴ、ピロー、モモの耳にもはっきりと届いた。

3人は走ったまま、声のした方へと一斉に振り向く。


「こ、今度は何の雄たけびだーーーーっ!?」

「ネルソンの、新しい雄たけびだーーーーーッ!!」

「ネルソンは雌牛を呼ぶ前に、タクシーを呼ぶつもりよーーーーっ!!」


ドタバタと逃げ惑う男子陣を尻目に、チヒロは静かにエスカミーリョの隣まで歩み寄っていた。


「今回は、本当にありがとうございました」


チヒロは背筋を正し、丁寧にお辞儀をした。


「いやいや、お礼を言うのはこちらの方さ」


エスカミーリョが白い歯を見せて爽やかに笑う。


「素晴らしい、最高の闘牛だったよ」

「ああ、まさに新しい『花形闘牛士』《マタドール》たちの誕生だな!」


傍らに立つピカドールとバンデリジェロも、心からの称賛を贈るように深く頷いた。


「ところで……君たちは、これからどこへ行くんだい?」


エスカミーリョが、どこかで聞き覚えのある問いを口にした。


「さぁ……私も目的地は何処にあるかよく分かっていませんが、多分、ずっと遠い星……かな?」


チヒロは一瞬首をかしげたが、すぐに眩しい満面の笑みを浮かべて答えた。


「けれど、ひとつだけ確かなのは――『仲間』に会いに行きます!」


「フフッ……そうか……。ならば追い続けろ! 『仲間』を!」

「はいっ!」


チヒロが会話を交わしているその遥か後方では、血相を変えて逃げるテンゴたちと、それを般若のような相異で猛追するカルメンの姿が繰り広げられていた。


チヒロはクスッと微笑むと、カルメンに追われながらこちらへ爆走してくるテンゴたちと合流すべく、自らも走り出す。


「じゃあな! エスカミーリョ!!」


テンゴはエスカミーリョとバチッと視線を合わせ、彼を追い抜きざまに高らかに叫んだ。


「では、またどこかで!」


チヒロは走りながら丁寧にもう一度一礼すると、テンゴの背中を追っていった。


「さらばだ! エスカミーリョ!」


ピローが風のように駆け抜けながら短く挨拶を交わす。


「今度は拙者とあの猛牛が、正々堂々一騎打ちするげぞ――っ!?」


スタミナ切れ寸前のネルソンが必死に叫ぶ。そんな機会は、きっといつだって訪れるはずだ。


「……バイバイ、英雄さん」


モモが最後にぽつりと呟き、テレポートの余韻を残して駆け去っていく。


セビリア闘牛場『ルエド』の真ん中で、エスカミーリョは退場していく5人の背中をいつまでも見送りながら、腹の底から声を張り上げた。


「『宇宙の守護者たち』よ!! 英雄たちの旅路に――夜空の祝福があらんことをーーーッ!!!」


遠くから届いた、エスカミーリョの朗々とした惜別の歓送。


「待ちなさあああああああーーーーーいっ!!!」


カルメンの絶叫が木霊する中、テンゴたち5人は『闘牛士の出入口』プエルタ・デ・クアドリージャの暗がりへと滑り込み、その姿を消していった。


沈みゆく太陽の向こう側――新たな異変と冒険が待つ、次なるステージへ向かって静かに歩み出していったのだ。


「……『追って、追われて』か。フッ……まるで『恋』とそっくりじゃないか……」


一人取り残されたエスカミーリョは、沈む夕日を仰ぎ見ながら、ポツリと粋な言葉を呟いたのだった。


◇


テンゴたちの後を必死に追っていったカルメンは、ようやく『闘牛士の出入口』プエルタ・デ・クアドリージャへとたどり着き、肩で息をしながら周囲を見渡した。


通路は左右と正面に分かれている。

カルメンの鋭い眼光は、左の通路の奥へと走り去っていったテンゴたち5人の面影をとらえていた。


「どこに行ったのよ~~~~~っ!!!」

「あれれ?? おっかしいわね~~~??」

「私のかわいい愛しの婚約者ども~~~~~ッ!!!」


カルメンはスカートの裾を翻し、猛然と左の通路へ向かって走り出した。


……しかし。

カルメンがテンゴたちの姿を見ることは、二度となかった。


彼らはここ『プラサ・デ・トロス』の地から、一瞬にして――まるで最初から存在しなかったかのように、綺麗さっぱり姿を消していたのだった。


◆◆◆


アマデウスとドン・ホセは、セビーリャの茜色に染まる二階エントランスの廊下を静かに歩いていた。

階下に広がる『ルエド』からは、今なお英雄たちを称える万雷の歓声と拍手が地鳴りのように響き渡っている。


アマデウスの数歩後ろを歩いていたドン・ホセが、耐えきれなくなったように脚を速め、猛然と詰め寄った。


「おい! アマデウスッ!!」

「……何でしょうか?」


アマデウスは足も止めず、薄い唇に嘲笑を浮かべたまま振り返りもしない。


「俺の『恋』は……お前のあの手紙から始まったんだァ!!」

「やれやれ……カルメンに赤いバラの花を投げつけられて、勝手に舞い上がって始まったのがあなたの『恋』ではありませんでしたか?」


呆れたように小さく肩をすくめるアマデウスに、ドン・ホセは血走った目を剥き出しにして叫んだ。


「お前の手紙には『自分のありったけの愛情をぶつけろ、そこに自分の人生のすべてがある』って……そう書いてあっただろうがッ!!」


ホセはシワくちゃになったアマデウスからの手紙を懐からむしり取り、それを空にかざして狂ったように怒鳴り散らす。


「そうでしたっけ……?」

「責任を取れ!! この俺にお前は責任を取るんだ!! 俺の人生を狂わせて滅茶苦茶にした責任と……カルメンへの俺の恋が実らなかったことの責任を、今すぐここで取れええええっ!!!』


絶叫するドン・ホセ。しかし、アマデウスの不敵な笑みが消えることはなかった。


「……そもそも、あなたの恋が惨めに失敗した理由は星の数ほどありますが、私は一切の責任を取りません」

「なんだと……!? 」

「私は文通主義者ですよ?お手紙の一通や二通でここまで人が変わるのも見ていて非常に滑稽…これだから、お手紙のやり取りは楽しくてたまらない」


アマデウスは不敵な笑みを浮かべながら自身のメガネのブリッジをクイっと押した。


「そのお手紙で俺の人生は全て狂ったんだぞォ!?ふざけやがって!!」


怒りで顔を真っ赤に腫れ上がらせたドン・ホセは、拳を握りしめると殺気を剥き出しにしてアマデウスへ殴りかかった。


「一発ぶん殴らねーと、気が済まねえええええっ!!このインテリメガネがァ!!!」


拳が迫る――その瞬間。


アマデウスは胸元から一本の「黄金のペン」を抜き取ると、両手で優雅に保持し、まっすぐドン・ホセの胸元へと突きつけた。


――ドドォンッ!!!


目に見えぬ強烈な衝撃波が暴発した。

殴りかかったはずのドン・ホセの巨躯は凄まじい勢いで真後ろへと弾き飛ばされ、二階エントランスの石畳の上を無様にゴロゴロと転がり込んでいった。


「うがっ……あ……っ!?」


悶絶するホセを見下ろしながら、アマデウスは冷ややかな手つきで黄金のペンを弄んだ。


「……間違えないで頂きたい、私はインテリメガネではなく文通主義者です……!」

「まあ、こういった救いようのない人間だからこそ、質の良い『ダークマター』が易々と生成されやすいんですがね……」


アマデウスは独り言のように呟くと、手にしていた黄金のペン先で、何も存在しない空虚な空間をスッと一閃した。


「フフフフフ……フッハッハッハッハ……ッ!!」


ペンの軌跡に沿って空間が裂け、そこへ禍々しい漆黒のオーラを纏った「黒いドア」が静かに現れ、不気味に開いた。


アマデウスは倒れ伏すドン・ホセを一瞥することすらなく、その黒き扉の向こう側へと足を踏み入れ、闇の中へと消えていくのだった――。


アマデウスが黒い扉の向こうへと消え去ってから、わずか数秒後のことだった。


二階エントランスの廊下に、ドタドタと足音を荒々しく響かせながら、とある集団が駆け込んできた。

現れたのは、竜騎兵中尉ズニガと副官モラレス、そして銃を構えた複数の兵士たちであった。


彼らの視線は、床に無残に横たわっている一人の男へと向けられる。


「ドン・ホセ! お前を逮捕する!」


ズニガが容赦ない声を叩きつけた。


「ん……?」

「オイオイ……」


気を失い、ただ不気味に横たわっているだけのドン・ホセは、まともな声を上げることもできぬまま、兵士たちによって手際よくお縄を頂戴されていく。


「エントランスの警備に当たっていた軍人から銃剣を奪った罪」

「ルエドで発砲した罪」

「ジグラルタルで密輸団に協力した罪……」


ズニガは縛り上げられるホセを見下ろし、邪悪な笑みを浮かべて吐き捨てた。


「フッハッハ! 罪状を挙げ出したらキリがないな……!」


診分した結果、ドン・ホセは打ち所が悪く気を失っているだけで、命に別状はないことが確認された。


「よし、連れて行け! これから……楽しい、楽しい牢獄での生活が待っているぞ……」


兵士たちに引きずられていくドン・ホセの姿を最後に、カルメンを巡る一連の愛憎劇とドタバタ劇は、完全にその幕を閉じたのであった。


後に残されたのは、ミカエラの深い悲壮と、ドン・ホセの惨めな牢獄行き――ただそれだけだった。


――恋は行き過ぎると、惨劇を呼び寄せる狂気となる。

誰かが言ったことがある。『愛の中には、常に幾分かの狂気がある。しかし、狂気の中には常にまた、幾分かの理性があるのだ』と。


だが、今回彼らが繰り広げた執着の果ての愛には――ただひたすらに、狂気しか存在しなかったのかもしれない。





ビゼー作曲『闘牛士の歌』:宇宙の守護者たちver替え歌


「諸君らとの 出会いは 運命のいたずらだ」

「観客の見てる場で ケリを付けよう」

「闘牛場は熱く燃える さぁ!祭りだ!」

「試合開始《ゲームスタート》の合図と 熱い観客の歓声で~」

「守護者達も 我を忘れ」

「逃げ場のない場所で逃げ惑お(う)~」

「護る者も 攻める者も」

「自分の役目を投げ出す~」

「これは勇気の試験だ」

「お前たちの試練だ」

「さぁ!表を上げろ!さぁ!顔を上げて構えよ!」

「ah!!」

「冒険の最中(さなか)には~戦(いくさ)がつきまとう」

「宇宙の守護者達よ~戦う時だ~」

「見せてみろ!信念を」

「見せてみろよ~!」

「(観客)宇宙の守護者たち たたかえ~たたかえ~」

「幻想の中には~悪魔が潜む~!!」

「自分の信念で 倒して見せよ、牛の悪魔を~!」



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