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消滅の宇宙  作者: 万世 千秋
カルメン
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53/62

黒い牛 再び


―――場面は戻りジグラルタル『牛追い祭り』にて



テンゴたちの視界に飛び込んできたその影は、近づくにつれて黒く、そして恐ろしいほどに巨大化していった。

コースを埋め尽くしていた参加者たちに向かって、猛烈な憤怒の如く突進してくるその漆黒の影――まるで本物の「鬼」に遭遇したかのように、参加者たちは悲鳴を上げて一目散に逃げ惑う。


その黒い影の正体が徐々に露わになり、テンゴたちの目に焼き付いた。

そう――どこかで見たことのある、あの「赤く目を光らせた黒い牛」だった。


「ひえええっ!?」


逃げ遅れた一人の参加者が、猛進する黒い牛の直撃を正面から喰らってしまう。

次の瞬間、その男はテンゴたちの頭上数メートルという信じられない高さを宙で舞い、沿道の建物の二階窓ガラスへと頭からガシャンッ! と豪快に突っ込んで叩きつけられた。


テンゴはその驚愕の光景に目を丸くし、呆然と視線で追う。


「うひゃー--っ!? すっごい飛んだね! これが本場の牛追い祭りかー--!!」


チヒロは宙を舞う参加者を見て、これが「牛追い祭り」独特のパフォーマンスか何かだと盛大に勘違いしていた。

だが、コースのあちこちから上がる声は、どう見ても演出などではない本物の悲鳴と絶叫だった。これが本当に伝統のお祭りなのか――参加者も観客たちも、誰もが正気を疑っていた。


「あの人は……リタイヤかな?」

「そうやな……完全なリタイヤだろうけ……ん? 待てよ……?」


ネルソンも宙を仰ぎ見ながら首をかしげる。テンゴと同じく、この状況があまりにも異様であることに気づいたようだ。コース上に子供たちが紛れ込んでいなかったことだけが、唯一の救いであった。


参加者の中には、俊足に自信のある男たちも大勢参加していた。彼らは驚異的な足さばきで黒い牛の猛追を必死でかわしていく。恐らく前回の牛追い祭りでも無事に逃げ切った手練れなのだろう。

黒い牛はその男をターゲットに定め、追い打ちをかけるように猛烈な追撃を仕掛けた。


男はコース上に設置された木製のバリケードに向かって一気にダッシュする。

そのバリケードの向こう側には大勢の見物客がひしめき合っているが、背後に迫る死の恐怖に追われ、振り向く余裕すらない。

激しい追撃を行う黒い牛は、男がバリケード直前で見せた起死回生の急ターンに対応しきれず、勢い余って頭からバリケードへと一直線に激突した!


ドカァァンッ!!


凄まじい衝撃音と共に頑丈な木製バリケードが真っ二つに叩き割られ、派手に崩れ落ちる。

牛の突進を喰らった男は直撃を免れたものの、このままではバリケードが破られるたびに、安全圏にいたはずの見物客たちが一瞬で被害者へと変わってしまう。


「……!! これは牛追い祭りなんかじゃねぇ!! 行くぞ、みんな!!」


やはり、テンゴの嫌な予感は当たっていたのだ。

昨夜、あの「赤い月」の影響で狂暴化した黒い牛は、自分たちの手で確かに全て倒して灰にしたはずだ。もしあれと同種の個体が再び現れたのだとすれば、今回の狂暴化にはまた別の恐ろしい原因が存在していることになる。


テンゴは一瞬の迷いもなくバリケードを跳び越え、牛追い祭りの危険なコース上へと突入した!


「あり得ねぇ! 昨日のあの化け物牛じゃねーか!!」


続いてピローもテンゴの背中に続き、武器を身構えながらバリケードを華麗に跨ぎ越す。


「!! 牛追い祭りだと思っていたのに!! ホント許さないんだからっ!!」


チヒロが叫びながら、自身の目の前の空間――アイテムボックスへと手を突っ込んだ。格納していた愛用の白杖を一瞬で引き抜いて構えると、そのままバリケードを飛び越えて前線へと躍り出る。

目の前で暴れ回る黒い牛に対し、即座にスキルを解き放った!


「――『超新星の聖歌(ノヴァ・コラール)』!!」


振り下ろされた白杖から激しい閃光と爆炎が巻き起こり、暴進していた一頭の黒い牛の側面を正確に捉える。進行方向と横からの強力な衝撃を受けた黒い牛は強烈にノックバックして踏みとどまり、真っ赤に光る眼光でチヒロをギラリと睨みつけた。


チヒロは牛の牽制を軽快にかわしながら、さらに奥のコースへと走り出す。

相手は1体ではない、数十頭もの群れなのだ。しかも昨夜の海岸で対峙した黒い牛ならば、ステータス(HP・防御力)が異常に高いはず。一般の市民がひとたび攻撃を受ければ、死は免れない。

すべての黒い牛のヘイトを自分たちのギルド『スペラン』に引きつけ、コース外へ被害を出さないように立ち回る必要があった。


「『脱出不可能(グラビティ・)な宇宙の(シュバルツシルト・)輪舞(ロンド)』!!」


攻撃を受けた黒い牛たちが次々と赤い目を怒らせ、テンゴたちへとターゲットを変更する。

その中の一頭が、一足飛びにピローに向かって凄まじい勢いで突進を開始した!


ピローの背後には途切れたバリケードがあり、このままでは回避スペースがない。まさに牛の群れに挟み撃ちにされ、角による突進をまともに喰らってしまう絶体絶命の瞬間――。


だが、ピローは、黒い牛が肉薄したその絶妙な瞬間に、魔法使い職の基本移動スキル――『テレポート』を発動させた!


フッとその場から姿が消失する。


ターゲットを見失った黒い牛は制動が効かず、そのまま背後の頑丈なバリケードへと凄まじい勢いで頭から突っ込んでいくのだった――!


「みんなの楽しいお祭りをぶち壊すなんて……絶対に許さない……」


モモは低く呟くと、アザラシクッションをギュッと強く抱きしめ、テレポートでコース内へと一瞬で躍り出た。すぐさま頭上に掲げたクッションから極大魔法を解き放つ!


「――『宇宙創造時の爆音(ジェネシス・バースト)』!!」


激しい爆炎と衝撃波が黒い牛の巨体を捉える。ダメージを受けた黒い牛は怒りの咆哮を上げ、ヘイトをモモへと切り替えて猛然と突進を開始した。

だが、その鋭い角が接触する寸前、モモは間一髪で二度目の『テレポート』を発動させた。

最大10メートルの跳躍距離を誇るモモのテレポートは、彼女の身体をコース脇に立ち並ぶ建物の屋根の上へと一瞬で転移させる。


高所の安全圏から戦場を見下ろしたモモは、アザラシクッションを再び突きだし、間髪入れずに追撃を叩き込んだ。


「もう一回! 『宇宙創造時の爆音(ジェネシス・バースト)』!!」


屋根上からの連続爆撃が、暴走する猛牛たちの進行速度を大きく削ぎ落としていく。


一方、ネルソンもまた豪快にコース上へ躍り出ていた。


「このために拙者は準備していたんやわ!!」


突進してくる黒い牛に対し、ネルソンは腰の刀を抜き放ちながら低く身構えた。


「――『天球円舞・砕骨音衝(てんきゅうえんぶ・こつさいおんしょう)』!!」


烈火の一閃が黒い牛の分厚い皮膚を切り裂く!

昨夜同様、この技であっても巨大な黒い牛のHPは1割程度しか削ることができない。しかし、ターゲットのヘイトを自身に強固に引きつけるには十分すぎる一撃であった。ネルソンは牛を挑発しながら、コースのゴール方向へと軽快に走り出していく。


そして陣形の中央、テンゴもまたコース上に飛び出すやいなや、即座にコマンドを入力した。甚平の懐からお気に入りの扇子を取り出し、一気にスキルを唱える!


「――『五 音 の(ペンタトニック・) 防 星(シールド)』!!」


テンゴの周囲に、彼の持つ扇子を模した巨大な扇子の大盾が出現し、周囲をふわりと浮遊し始めた。そして、間髪入れずにサポートスキルを発動する!


「『並走する星の使者《ラグランジュ・ドッペル》』! 指定対象は――チヒロ、ネルソン、ピロー、モモ!!」


半径百メートル以内にいるパーティメンバーを最大五人まで指定し、彼らの傍らへ『五音の防星』の浮遊盾をそれぞれ追従・並走させる防御サポートスキル。

テンゴの掲げた扇子から解き放たれた4枚の大盾が、高速で光の軌跡を描きながら、前線で交戦する仲間たちの元へと飛んで行った。

最後に残った一枚の盾だけが、テンゴ自身の周囲を浮遊してガードを固めている。


テンゴ自身もコース上を疾走し、被害の拡大を防ぐべく周囲を目まぐるしく見渡した。

――その時。


テンゴの視界の先で、バリケードが激しく破壊されている区画が飛び込んできた。

壊れた木屑の隙間に、小さな影がひとつ――逃げ遅れた幼い子供が、恐怖でへたり込んでいたのだ。


そして、その無力な子供目掛け、誰のターゲットにもなっていない一頭の黒い牛が、真っ赤に目を光らせながら殺気を放って突進を仕掛けようとしていた!


「――っ!!」


テンゴは咄嗟に扇子を強く振りかざした。

子供を守るため、自分の周りを浮遊していた唯一の『五音の防星』の盾を、身を削るようにしてその場所へ強引に誘導・射出する!


ズドンッ!!


間一髪、滑り込んだ扇子の大盾が黒い牛の凶暴な突進をガツンと正面から防ぎ切った。命を救われた子供の眼前で、猛牛の動きが弾き返されて止まる。


しかし――己を護るための最後の盾を投げ打ったテンゴの目の前に、もう一頭の黒い牛が凄まじい地鳴りを立てて肉薄していた。


自分の周りには、もはや防護の障壁は何ひとつ存在しない。

このままでは、あの鋭利な角と巨体の突進を生身で直撃してしまう――!


死の直感が全身を駆け抜ける。

それでも、テンゴは一歩も引くことなく覚悟を決めた。

手にした一本の小さな扇子を両手で固く構え、真正面から突っ込んでくる黒い牛の脅威を受け止めるべく、強く地面を踏みしめたのだった――!!


真っ赤に目を光らせた狂暴な黒い牛の猛進は、両手で扇子を構えたテンゴの正面衝突によってガッチリと受け止められた。

衝撃でわずかに足が後ずさったものの、幼い子供の目の前で見事にその突進を完封してみせる。テンゴの職業は「ガーディアン」――その強靭なパッシブスキル「スーパースタンス」の恩恵により、いかに重い巨体の突進を受けようとも、その足元がビクとも揺らぐことはなかった。


背後で恐怖に震えていた子供が、掠れた声を漏らす。


「……怖かったよぉ……!」

「大丈夫か? 怪我はないか? ここは危ないから、早く大人のところへ離れるんだ……!」


我が身を挺して牛を防ぎ続けるテンゴに向け、なおも牙を剥いて突進を仕掛けようとする黒い牛の側面へ、後方から一閃の影が跳び込んだ。


「――『天球円舞・砕骨音衝(こつさいおんしょう)』!!」


空中へと高く飛び上がったネルソンが、回転しながら強烈な一撃を叩き込む。


「グゥォォォォォォォンッ!!」


痛烈なダメージを受けた黒い牛が、盛大に呻き声を上げた。


「こっちや、化け物め! 」


ネルソンが即座に挑発の構えを取り、黒い牛のターゲットを自分自身へと強制変更してテンゴと子供の脇から引き離す。


「……ねぇ、お兄ちゃんは……?」

「ここは俺たちに任せて、君は早く安全なところへ逃げるんだ!」


テンゴは振り返り、その子供に力強く言い残すと、黒い牛たちが暴れ狂うコースの奥へと再び駆け出した。


コースを駆け上がりながら前方を見据えると、まだ数頭の黒い牛が暴れ回っているのが見える。テンゴの背後には一頭の牛も追いついていない――どうやらこの辺りが、今回の暴走牛の群れの「最後尾」らしい。

少し離れた前方では、モモがコース上へ飛び出して爆撃魔法を叩き込んでは屋根の上へと華麗にテレポートで退避する機動戦を繰り返している。その少し先には、ネルソンとピローの背中が辛うじて視認できた。

最前線のトップを走るのは、大量の牛を引き連れて巧みに逃げ回るチヒロの姿だろう。


今回の黒い牛たちは、こちらが攻撃スキルを加えることで確実にターゲット(ヘイト)をプレイヤーへと切り替えてくれるため、コントロール自体は非常にやりやすかった。


しかも、サポートスキル『並走する星の使者《ラグランジュ・ドッペル》』の効果が発動中である。半径100メートル以内にメンバーが存在しない場合、追従を外れて自動的に術者の元へと盾が戻ってくる仕様だが、配った4枚の『五音の防星』の大盾は未だ戻ってきていない。このことから、パーティメンバー全員が確実に半径100メートル圏内の前方に密集していることが証明されていた。


その時、空間が歪み、ピローが『テレポート』でテンゴのすぐ隣へと瞬間移動してきた。


「おい、この数まとめてどうするよ?」

「うーん……こうなったら、コースの『ゴール地点』まで一気に誘導して、そこでまとめて一網打尽にするしかなさそうだな!」


そこへ、頭上の屋根からふわりと飛び降りてきたモモも、テレポートを繋げて合流する。


「私もそのやり方が一番いいと思う~! 正直、うちは『全休符(ヒール)』以外の余計なMP消費スキルは使いたくないし……!」


仲間たちと言葉を交わしながら駆け抜けていくうちに、ついに牛追い祭りの終着点である「ゴール地点」の広場へとたどり着いた。

そこには、先頭を切って駆けつけていたネルソンとチヒロの姿があり、彼らは華麗なステップと連続攻撃で黒い牛の群れを見事に引きつけ、およそ10頭もの巨体を一箇所へと綺麗に集め切っていたのだった――!

「ちょっと! みんな、私ここで必殺技使うから離れてて!!」


チヒロが大声を張り上げた。

たどり着いたゴール地点の広場は街外れに位置しており、広々としたスペースが確保されている。チヒロの極大必殺技をぶち込むには十分すぎるロケーションだった。

集まった黒い牛の数を瞬時にカウントしてみると、その数およそ10頭。昨夜の海岸で現れた群れのちょうど2倍の規模である。


チヒロの声を聞くや否や、前線で猛牛を引きつけていたネルソンは即座に攻撃の手を止め、テンゴたちの元へとバックステップで合流した。


「チヒロ! 本当にいいのか!?」


テンゴが距離を取りながら叫ぶように尋ねる。


「いいよ! これをさっさと倒して、本物の『牛追い祭り』が見たいから!」


勢いよく言い放つチヒロだったが、テンゴは心の中で思わず苦笑いを浮かべた。

(……いや、これらが本来の『牛追い祭り』で使われるはずだった牛なんだとしたら、ここで全部倒しちゃったらもう祭り自体が見られなくなるんじゃ……? そもそも、牛を追うどころか人間に襲いかかってくる『牛追われ祭り』になってた気がしなくもないが……)


テンゴは即座にコマンドを入力し、防御サポートを切り替えた。


「――『並走する星の使者《ラグランジュ・ドッペル》』、指定全員解除!!」


仲間4人にそれぞれ追従・並走して護りを固めていた扇子の大盾が護衛を離れ、光の軌跡を描いてテンゴの周囲へと戻り、再び彼を護るようにふわりと浮遊した。


「行くよーーーっ!!」


チヒロの背後に、彼女の職業「パラディン」の象徴である『星の紋章』――『祭壇座(さいだんざ)』が神々しく浮かび上がった。必殺技発動のシグナルだ。


チヒロの周囲を、10頭もの巨牛が完全に包囲している。すでに数回の突進や角攻撃を喰らっているため耐久(HP)が心配される状況だが、チヒロの基本防御力は「ガーディアン」に次ぐトップクラスを誇る。この大技さえ通してしまえば、後でモモから『全休符(ヒール)』を貰えば済む話だ。


「――『聖和音の十字星《グランド・コード・クロス》』!!!!」


チヒロが叫び、自身の最大MP(マジックポイント)の半分を丸々一気に注ぎ込んだ!


チヒロを中心とした半径約5メートルの東西南北に、彼女が持つものと同じデザインの『白杖』が瞬時に大地から少し浮遊した状態で召喚された。

それらの聖杖が互いに深く呼応するように目眩く輝きを放ち、その中心に立つチヒロへと溢れんばかりの聖光が集束していく。


次の瞬間――横幅約3メートルにも及ぶ、圧倒的な光の道が十字を描いて走った。

その光に少しでも触れた者に壊滅的なダメージを与える極大聖属性領域。チヒロを中心に、夜空の星座を思わせる光り輝く『聖なる十字星』が完成した。


このスキルは展開中の走走こそ不可能であるものの、光の領域を纏ったままある程度の低速移動が可能となっている。

しかし、移動する必要すら皆無だった。チヒロを取り囲んでいた10頭の黒い牛たちは、一瞬にして聖なる十字の光によって切り裂かれ、超絶的な連鎖ダメージに晒されていく。


発動時間はおよそ10秒。

本来ならダンジョンボス等の巨体モンスターを瞬殺するために使用される至高の大技だ。


数秒の閃光と轟音が止んだ時――立ち込める光の余韻の中で、10頭の黒い牛たちは昨夜と同じように煙の如く「灰」となり、その場から跡形もなく消滅していったのだった――。


激しい閃光と爆炎が収まると、テンゴは展開していたスキル『「五 音 の(ペンタトニック・) 防 星(シールド)」』を解除した。周囲をふわりと浮遊していた扇子の大盾が、一瞬で光の粒子となって消滅していく。


「ふ~~~っ……!」


肩で息をつきながら、チヒロがテンゴたちの元へとトボトボと歩いて戻ってきた。


「みんな、お疲れ様ー!」

「『全休符(ヒール)』」


チヒロが合流した瞬間、モモが速攻で回復魔法を唱えた。彼女が抱えるアザラシクッションのつぶらな目がエメラルドグリーンに妖しく光り、チヒロの削れていたHP(体力)を一気に全回復させていく。


「あー、お疲れ。無事でよかったよ」


テンゴが胸を撫で下ろした、その時だった。

遠巻きに遠避けていた見物客や街の住民たちが、何事かと次から次へと続々と集まってきた。


「「?」」


テンゴとネルソンが周囲を見回すと、目の前には凄惨な光景が広がっていた。

コース上に設置されていた頑丈なバリケードはあちこちが穴だらけに粉砕され、沿道の建物の壁にはいくつもの巨大なヒビや亀裂が入っている。あの黒い牛たちの猛進がいかに凄まじく凶暴だったかを物語っていた。


「あ…あんたら……一体、何者なんだ……!?」


これほどの大騒動の中、見たこともない謎の超常現象やド派手な大技を連発する旅人が現れれば、もはや単なる見物人ではなく、街全体の注目の的になってしまうのは当然の成り行きだった。


「これで今年の『牛追い祭り』は終わりなのか……?」

「おい、肝心の牛たちはどこへ行ったんだよ!?」

「いやぁ、今年の牛は例年以上に酷かったな……」

「待てよ…今の光りは何だったんだ…?」


集まってきた人々から、口々に疑問や困惑の声が上がる。

しかし、これだけの被害が出ながらも、テンゴたちの乱入によって死亡者を出すことなく被害を最小限に食い止められたのだから、間違いなく大手柄であった。


すると、空気の読めないピローが胸を張って高らかに切り出した。


「よし! ならば改めまして……『牛追い祭り』を始めるぞーっ!!」


「いや、今の暴れてた牛が、今年用意された本物の牛だよ!!」


ギャラリーの誰かから即座に鋭いツッコミが飛んだ。

やはり、あの赤く目を光らせて暴れていた黒い牛たちが、本来の「牛追い祭り」のために運ばれてきた牛たちだったのだ。


「まあでも……今年はこれで終わりなら一安心だな!」

「ああ、今年の牛はとんでもねぇ化け物だったよ……」

「ところで……おいお前ら、倒した牛の死体はどこへやったんだ?」


周囲の見物客のうち、牛がチヒロの光に包まれて「灰となって消滅した」瞬間を目撃していたのはごく一部の人間だけだった。大半の住民からは、巨大な牛10頭が忽然と姿を消したようにしか見えないのだ。


詰問されたチヒロは、気まずそうに目を泳がせながら、引きつった笑顔で答えた。


「あー……えっとですね……! ありがたい光によって……天に召されましてー……!」


「「「天に召されたぁ!?」」」


苦しすぎるチヒロの言い訳に、集まったジグラルタルの人々が一斉にズッコケるのだった――。


「そいつは…仕方ね~な」

「何だって!?肉が食えね~じゃねーかよ」

「あ~~異邦人が~~!」

「まだまだ逃げたかったのに!」


群衆の誰かが高らかに叫んだ。そう、ここジグラルタルでの混乱が収まった今、彼らの目的地はエスカミーリョの待つセビリアの闘牛場であった。


その時、町中に設置された拡声器からノイズ交じりのアナウンスが響き渡った。


『――住民の皆様へお知らせします。今年の……牛追い祭りは……これにて終了といたします……』


拡声器からの放送が流れた瞬間、街の人々は良くも悪くも今年の「牛追い祭り」が幕を閉じたのだと実感した。

残されたのは、崩れたバリケードの後片付けと、壊滅的な被害を受けた建物の修復作業だけだ。運営スタッフたちが慌ただしく撤収作業に取り掛かり始める。


しかし、お祭り騒ぎそのものが終わったわけではなかった。


「よし! それじゃあみんな、セビリアへ移動だーっ!!」

「よっしゃー! エスカミーリョの勇姿を見に行くぞー!」

「今年の闘牛は、いつも以上に面白くなりそうだな!」


ジグラルタルの見物客や参加者たちは、興奮冷めやらぬ様子で一斉に隣町であるセビリアを目指して動き始めた。

周囲はひとまず祭りの終わり特有の余韻と、次のイベントへの熱気が混ざり合った独特の空気に包まれていた。


すると、テンゴたちのすぐ脇を歩いていた見物客の男性が、何気なくこう呟いたのだ。


「いや〜、しかし楽しみだな! なんと言っても今年のエスカミーリョの闘牛は、この牛追い祭りで使われたものと同じ血統の牛が解き放たれるんだからなー!」


男が歩きながら放ったその一言に、テンゴはハッと息を呑んだ。

そして、その異様な事態に不吉な違和感を抱いたのはテンゴだけではなかった。


「それって……『今の牛と同じ』ってことは……」

「……つまり、エスカミーリョの奴は、あの『赤く目を光らせた化け物牛』と直接戦うってことか!?」


ピローが眉をひそめて叫ぶ。


「そうなるんやわな……」

「おいおい……エスカミーリョさん、大丈夫なのかよ?」

「それ、マジでヤバいんじゃねぇの……!?」

「でも、いずれにせよ私たちが向かうしかないでしょ……!?」

「あぁ、その通りだ! とりあえず急ぐぞ!!」


テンゴたちは見物客の大移動に混ざりながらも、じわじわと足早になり始めた。

不安と嫌な予感に背中を押されるようにして大群衆の先頭へと躍り出ると、テンゴたちは一斉にダッシュを開始した!


「「「うおおおおおおっ!?」」」


すると、テンゴたちの突然の猛ダッシュを目撃した周りの見物客たちも、「乗り遅れるな!」と言わんばかりにつられて一斉に走り出してしまった!


こうして、テンゴたち『スペラン』を先頭に、数百人もの見物客がセビリアを目指して大疾走を開始するという凄まじい大移動が巻き起こった。


目的地は、セビリアの闘牛場。

あの化け物牛と対峙するエスカミーリョの身に、とんでもない悲劇が起きないことを祈りながら、彼らは風を切って街道を駆け抜ける。


しかし――嫌な予感はそれだけではなかった。


セビリアの街には、あの狂気に満ちたドン・ホセ、悲壮な覚悟を抱いたミカエラ、そして己の美学を貫くカルメンが待っているのだ。

彼らの辿る痛切な運命を案じながらも、テンゴたちはただひたすらに、嵐の待つセビリアへと向かって走り続けるのだった――!









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