アラゴネーズ
牛追い祭りが次の話で始まります。
是非最後までお読みください。コメント頂けると嬉しいです。
情熱的で軽快な旋律が広場に響き渡った。
広場を取り囲む演奏者たちが一斉に楽器を奏で始め、そのリズムに合わせるようにして、赤いドレスに身を包んだ女性が両手を羽のように広げて躍り出た。
その脇から、全身を疾風のように回転させながら歩み寄ってくる一人の男性ダンサーがいる。男は一瞬ピタリと動作を止めると、両手を広げてパチンッと指を鳴らした。ステップを踏み、足を激しく打ち鳴らして前進する。
赤いドレスの女性もまた、優美に体を旋回させては指を鳴らし、情熱的にステップを交錯させた。
この圧巻のパフォーマンスを、テンゴたちは人だかりの最前列で息を呑んで見つめていた。
どこかで見覚えのあるダンサー――そう、以前エスカミーリョと初めて出会ったあのセビリアの居酒屋で、テンゴたちが訪れる前から情熱的に踊っていたあの男だった。どうやら彼はこの地方を旅するプロのダンサーらしい。
男性ダンサーと赤いドレスの女性は、差し出された互いの手を繋ぎ、弾むような音楽に乗せて息の合ったペアダンスを繰り広げる。
手を離したかと思えば、ピタリと隣に並んで同じポーズを決め、激しいステップを踏み鳴らす。
格式高い舞踏会のエレガントさと、路上で繰り広げられるストリートダンスの野性味が絶妙に融合した、実に見事な舞であった。
旋律がクライマックスを迎え、最後は男性が女性の足元に力強く跪くポーズで演奏が終わった。
その瞬間、広場全体から割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
テンゴたちも満面の笑みで惜しみない拍手を送る。赤いドレスの女性とダンサーは両手を高く掲げ、観客に向けてさらに手拍子を促した。それに呼応して、拍手の渦はより一層大きくなっていく。
ダンサーは息を整え、観客に向けて朗々と感謝を述べた。
「集まってくれたみんな! 僕たちの『アラゴネーズ』を見てくれてありがとう!!」
鳴り止まない拍手の中、ダンサーは一転して野性味あふれる笑みを浮かべ、右手を上空へ突き上げた。
「さあ! もうすぐ、みんながお待ちかねの『牛追い祭り』が開かれるぞ!! 牛に追われる準備はできているかー---!?」
観客たちのボルテージを最高潮へ引き上げるための最高の煽りだった。このダンサーもこれから走るのだろうか。
ダンサーの問いかけに応え、集まった男たちから野太い大歓声が跳ね返ってくる。
「準備はできて当然だー----!!」
「当たり前だー----!!」
「今年こそは無傷で乗り切ってやるぞー----!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ダンサーは歓声の余韻を噛みしめるように一呼吸置くと、溌剌とした声で言葉を続けた。
「この『牛追い祭り』で放たれる牛たちは、この後セビリアで行われる本番の『闘牛』で解き放たれる牛と同じだ! この祭りが終わり次第、みんなでセビリアへ見に行くと良い!」
テンゴたちにもその声はハッキリと届いていた。5人は思わず顔を見合わせる。
と『牛追い祭り』とは別にセビリアで用意されている牛がいる。
最終的に花形闘牛士エスカミーリョの手によって引導を渡されるという仕組みなのだ。
「しかし、残念ながらこの『牛追い祭り』の最中は、名物の『闘牛士の行進』を見ることはできない! みんな、勿論分かっているよな!?」
そう、本番の闘牛場では試合前に絢爛豪華な『闘牛士の行進』が執り行われる。
警備隊を先頭に、派手な衣装で躍り歩く『クアドリーリャ』の集団、モリを構える『バンテリジェーロ』、馬に乗った『ピカドール』、そして最後に主役である『闘牛士』が堂々と姿を現して入場する、名物のパレードだ。
観客からはさらに大きな理解と情熱の叫びが上がる。
「勿論だ!!」
「知っているぜ!」
「祭りが終わったらすぐセビリアへ行くぜ!!」
「俺は走って向かうぞ!!」
闘牛士が会場に入場してから実際に試合が始まるまでには、観客の入場や準備などで一時間半ほどの猶予がある。牛追い祭りが終わってから移動しても、十分に本番の闘牛には間に合う計算だった。
「よし! それじゃあ……もうそろそろ時間が来るぜ!! 心の準備はいいかー---!?」
ダンサーが高らかに問いかける。
これこそが、毎回祭りの直前に行われる恒例の景気づけであった。ダンサーも女性も、観客たちの爆発的な熱気を見て満足そうに頷いていた。
広場を埋め尽くす大観衆の叫びが、ジブラルタルの青空へとどこまでも轟き渡っていく――!!
「準備はいつでもいいぜー-----!!」
「いつでも来ー----い!!」
「やってやらああああああああああああ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
テンゴたちも、ダンサーが説明していた情報をしっかりと理解していた。
牛追い祭りの最中は名物の「闘牛士の行進」が見られないこと。そして、祭りが終わり次第セビリアの闘牛場へ向かえば十分に本番に間に合うということ。5人は互いに顔を見合わせ、頷き合った。
「準備は万端整っとるげって……」
ネルソンが腕を組み、気合を込めるようにボソリと呟く。
ネルソンの隣では、ピローもまた怪しい笑みを浮かべながら意気込んでいた。
「フッ……よし任せろ。俺があの牛どもを闇の彼方へ還してやる……ふっはっはっは……!」
ピローは右手の掌をグッと力強く握り締めた。どうやらネルソンとピローのふたりは、見る側ではなく実際に「牛追い祭り」のコースへと飛び込んで参加する気満々のようだ。
(なんでもかんでも『闇』ってワードを入れれば格好つくと思ってないか……?)
燃えるピローのポーズを目にして、テンゴは心の中でいつものツッコミを静かに唱えた。
ダンサーたちの熱い催し物が終わりを告げると、集まっていた観客たちは徐々にバリケードの沿道やコースの外へと散っていった。先ほどまで広場を包んでいた祭りの熱狂の中に、テンゴたち5人も再び溶け込んでいく。
「ちょっと……ピロー。あんた、まさかあの牛たちをスキルで攻撃するつもりじゃないでしょうね……?」
モモがピローの不穏な発言に少し不安そうな視線を向けた。そう、重度のゲーマーである彼なら、お祭りの趣旨など無視して普通にモンスターとして狩り兼ねない。
「ん? 攻撃しても大丈夫だろ。それに……何か良いアイテムをドロップ(落ちる)させるかもしれないぞ?」
『L K O』におけるモンスター討伐時のドロップ仕様――それは、討伐時に低確率で強力な装備アイテムを落とし、約8割の確率でゲーム内通貨である『ルメ』をドロップする。さらに同じく8割の確率で、モンスターの体の一部(角や耳など)といった戦利品(ETCアイテム)、あるいはモンスターが所持していた固有の素材アイテムをドロップするシステムになっている。
「いや……そういう問題じゃなくてね……」
チヒロは困惑した表情を浮かべた。ゲームのシステム論を気にしているのか、それとも現地の人々の歴史あるお祭りをぶち壊してしまうのではないかと危惧しているのか、肯定しかねて戸惑っているようだ。
「……試しにやってみるか?」
テンゴは戸惑うチヒロに向かって、ニッコリと微笑みかけた。
実際に牛追い祭りの牛を倒してみる価値はあるかもしれない。もしこれでドロップ品が出たり、経験値や判定が得られたりすれば、この世界の構造について何かしら新しい手がかりが掴める可能性だってあるのだから。
「まあ、うちら全員レベル200だしね……」
チヒロも苦笑いしながら肩をすくめた。
『L K O』におけるプレイヤーのレベルキャップ(カンスト値)は「レベル200」である。
レベル200に達すると、モンスターを撃破した際の経験値の獲得数値自体は表示されるものの、経験値ゲージがそれ以上増えることはない。
つまりレベル上げの必要はないのだが、この世界で生計を立て、買い物をするためには、モンスターを狩り続けて『ルメ』や戦利品を稼ぎ続ける必要があるのだ。
「よし! カンスト勢の力、見せてやるか?」
「俺たちってさ……ログアウト出来なくなってから、まともにアイテムもルメ(お金)も拾えてないじゃん……」
歩きながらテンゴがぽつりと溢した。
そう、この世界に閉じ込められてからというもの、怒涛のトラブルに巻き込まれ続けてまともな狩りや素材集めすらできていなかったのだ。
「……うん、確かにそうなんだけど……。でも、せっかくの伝統のお祭りをぶち壊してまで牛を倒すのは良くないと思うな。この街の人たちが可哀想だよ……。それに、私……何かこの世界って、ただのゲームとは違うような気がするの……」
チヒロはテンゴの意見に理解を示しつつも、胸の内に芽生えていた確かな違和感を言葉にした。感情論かもしれないが、チヒロの察したその感覚はどこか核心を突いているのかもしれなかった。
「それじゃあ、どうする?? ひとまず牛追い祭りを最後まで見届けてから、後で何頭か倒してみる……なんて手段もあるけど?」
モモが腕の中のアザラシクッションをギュッと強く抱きしめながら提案した。
互いの意見を擦り合わせた結果、それが今とり得る最善の選択だと全員が納得した。考えてみれば、祭りが終わったで牛を調査することだって可能なのだ。
何より、この世界で一度行った行為は決してやり直すことができない。
オンラインゲームというものは、常にリアルタイムでサーバー側へデータが上書き保存されていく世界だ。一度起こした悲劇や過ちには、巻き戻し(リプレイ)もセーブデータのロードも存在しないのだから。
「……モモの提案通りにしてみるか?」
「そうやな……それが一番無難か」
「うん、私もそれでいいと思う。……それに、どこからどこへ牛が走り抜けるのか、コースのルートも確認しておかないとね」
牛がどこからどこへ流れるのかを把握しないことには、追いかけるにしても作戦の立てようがない。もっとも、コースの行き先は現地の人々に聞けばすぐに分かることなので、焦る必要はどこにもなかった。
「よし……じゃあ一端は見学。その後に数匹を撃破して、ドロップがあるかないかを調査する……これでいこう」
「牛追い祭りを観戦し、その後に戦闘・ドロップ調査を行う」という簡単な作戦計画がまとまった。
その間にも、コースの周囲には一層大勢の人々が押し寄せてきていた。間もなく「牛追い祭り」が始まるのは火を見るより明らかだった。
コース内を見やれば、先ほどまで楽しそうに遊んでいた子供たちが警備員の手で沿道へと避難させられ、代わりに一攫千金や勇気を証明しようと集まった参加者たちがコース上へと続々と立ち入っていく。若い青年から威厳ある男性、さらには年配者、そして数少ない女性参加者の姿までもが見受けられた。
生命の危険があることを百も承知で、自らの覚悟を胸に参加しているのだろう。
――その静かな緊張感を突き破るように、コースの上流方向から観衆の凄まじい絶叫が響き渡った!
祭りに挑む男たちの声は、まるでこれから戦場へ乗り込む兵士たちの咆哮のようだった。
直後、ドグォンッ! ドンッ!! と重厚な木材が打ち砕かれるような激しい破壊音が響き、大地がグラグラと大きく揺れ動いた。まるで局地的な地震でも起きたかのような凄まじい衝撃だ。
その地鳴りのような揺れは時間が経つにつれて徐々に大きく、そして確実に近づいてくる。
コースの奥から、巨大な漆黒の影がチラリと視界をかすめた。その絶望的な巨大な影に追われるようにして、血相を変えた参加者たちが死に物狂いで逃げ惑う姿が飛び込んでくる。
「っ……!!」
テンゴはその異様な迫力を目にした瞬間、いつでも即座に跳躍できるよう、つま先にカッと力を込めた。
ついに――死と隣り合わせの熱狂、「牛追い祭り」の幕が切って落とされたのだ!
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