第4幕 牛追い祭り
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昨夜の海岸沿いでの大騒動が幕を閉じ、テンゴたちはジグラルタルで密輸団の怪我人たちを下ろした。
ドン・ホセ、カルメン、エスカミーリョ、ミカエラ、そして負傷者たちは、そのまますぐに夜通しでセビリアの街へと移動していった。
少し心配ではあったものの、頼もしいエスカミーリョが同行している上に、ドン・ホセ自身もチヒロの平手打ちなのか破滅のショックなのか、すっかり魂の抜けた抜け殻のようになっていたため、特に問題はないだろうと判断したのだ。
テンゴたち5人は、本日開かれるという「牛追い祭り」を見物するため、ジグラルタルの街に留まり、ホテルでそれぞれ部屋を借りて一夜を明かした。
昨日はあまりに怒涛の出来事が重なったこともあり、ベッドに入ると5人とも泥のように熟睡していた。
そして朝。目覚めたテンゴたちは、ホテルのフロアへと集まり始めていた。
すでにホテルの外からは、祭りを待つ人々の賑やかな熱気が地鳴りのように響いてきている。
手をつないで歩く親子連れ。書き入れ時とばかりに声を張り上げ、商品のアピールに精を出す露店の親父さんたち。その店先には、美味しそうな食べ物や色鮮やかな扇子、フレッシュなオレンジ、遠くを覗くための望遠鏡、祭りを彩る小旗などが所狭しと並べられている。
揉め事を未然に防ぐため、周りの警戒にあたる当局の人間――軍人や役人たちの姿も散見された。馬や荷物を運ぶ牛、馬車などは通行の邪魔にならないよう、道の端へと寄せられている。
さらにコース上には、これから凶暴な牛たちが駆け抜けるための頑丈なバリケードが張り巡らされていた。
露店はそのバリケードの外側に立ち並んでいる。牛たちが解き放たれる前ということもあり、コースの一部は一般の通行用に開け放たれていた。
その開いた区画から、子供たちがコース内へ飛び出し、牛の走る真似をして戯れたり、端から端まで元気に走り回ったりして遊んでいた。もちろん、開始の時間が近づけば危険防止のために外へ出されるのだろう。
「牛追い祭り」――それは、参加する市民や他国から集まった猛者たちが、命を危険に晒すことによって己の『勇気』を証明する過酷な祭りである。
ルールは至って単純。数十頭もの凶暴な牛がスタート地点から一斉に解き放たれ、参加者たちはその突進をかわし、追われながら決められたゴール地点まで駆け抜け、牛を誘導して終焉を迎える。
無事に逃げ延びた参加者には、主催者から勇者の証明として栄誉ある勲章が授与されるのだ。だが当然、牛に踏みつけられたり角で突かれたりして命を落とす者も少なくない、正真正銘の命がけの試練であった。
あまりに危険な状態に陥った参加者がいれば、見物している一般市民が手を貸して牛を追い払うことも認められている。
ホテルのフロアにいながらも、その肌を刺すような熱気がひしひしと伝わってくる。テンゴは窓辺へ寄り、外の様子をじっと覗き込んだ。
「……しかし、凄い熱気だな。これが牛追い祭りか……」
「そうね……子供たちも、外から見物するのかしら……?」
チヒロが後ろからテンゴに声をかける。窓の外を見つめるテンゴの背後には、チヒロとネルソンが並んで立っていた。
「確かに熱気だけはあるげなー……」
ネルソンもテンゴの隣に並び、一緒に窓の外の賑わいを見下ろす。
その背後のテーブルでは、ピローとモモが座って朝食を口に運んでいた。テーブルの上には5人分の温かな料理が並べられている。
「牛追い祭りも良いが……今日はその後に、本番の『闘牛』があるからな……」
「あぁ、午後にはセビリアまで行かないとな」
ピローはガツガツと勢いよくパンや蒸かした芋を口に放り込みながら言った。皿にはニンジンやブロッコリーが添えられ、特製の調味料で美味しく味付けされている。
モモもパンをかじりながら外の景色を眺めていたが、ふと思いついたように呟いた。
「ねぇ……ふと思ったんだけどさ。この惑星って、月がふたつあるのかな……?」
ピローは昨夜、ふと夜空を見上げた時の光景を思い返していた。
いつの間にか現れていた不気味な赤い月――自分たち以外にも、あの異様な天体現象に気づいて驚いている住民がいてもおかしくはないはずだ。
「……あの牛、目が赤く光っていたが……何か関係があるのか……?」
「やっぱりか。俺もあの黒い牛の目を見た時、何か裏があるんじゃないかと思ってたんだ」
テンゴたちが顔を見合わせる。
全員が薄々勘づいていたのだ。あの暴走した黒い牛たちの目が赤く光っていたこと、そして夜空に浮かんでいた赤い月――そのふたつには、何らかの因果関係があるのではないかと。
「……その調査をするとなると、もう一泊ここで明かす必要があるかもね。ううん、もしかしたらあの赤い月の謎に迫るには、一週間か一ヶ月くらいかかるかも」
モモが真面目な顔で提案する。だが、セビリアでの闘牛観戦や脱出の手がかり探しを考えると、この街に一ヶ月も留まるのは少々無理がありそうだ。
「あの赤い月を見過ぎて、牛たちが狂暴に豹変した……なんてな」
「あり得るかもね……。案外、オーダー(UNIVERSAL・ORDER)の輩とは全く関係がなかったりして……」
真相は調査してみないことには分からないが、あらゆる可能性を視野に入れておく必要はありそうだった。
「ところで……牛追い祭りは何時に始まるんだ?」
テンゴは窓辺から振り返り、朝食を食べる仲間たちに問いかけた。時間が分からないことには、今後の行動予定が立てられない。牛追い祭りが終わり次第、セビリアへ移動してエスカミーリョの闘牛を見に行く手はずになっているのだ。それに間に合わせるためにも、正確なスケジュールを把握しておきたかった。
「ミカエラさんが言っていた話だと、午前中から始まるらしいけど……どうする? まだ部屋でのんびりする? それとも、早めに外に出て祭りを見て回る?」
チヒロもテンゴと同じく振り返り、みんなに問いかける。
「どうせなら、外に出て祭りを見て回りたいよな……!」
「うん!」
「うむ、賛成だ」
「確かに、じっとしてるのも勿体ないな」
「お祭り楽しみ~♪ 行こう行こうー♪」
ピローも最後のパンを口に放り込むと、外へ出るために席を立った。
これから5人は、ジグラルタルの街のお祭りを全力で楽しむつもりだ。
毎年というわけではないが、この牛追い祭りでは命を落とす参加者が出る年もあるという。命からがら助かったとしても、骨折や酷い打撲など、怪我人が後を絶たない過酷なイベントだ。
しかし、参加者たちにとってはその名誉の負傷すらも誇るべき「勲章」なのだろう。無事に家庭や職場へ戻った後、牛追い祭りで負った傷跡を同僚や家族に自慢げに見せるのだ。
惨事があろうと、祭りは変わらず執り行われ、人々の記憶に刻まれていく。命の危険と隣り合わせであっても、たくましく熱狂して生きるこの街の者たちは、ある意味で幸福なのかもしれない。
熱気と活気に満ちあふれたジグラルタルの街へと、テンゴたち5人は元気よく足を踏み出したのだった――。
テンゴたちはホテルのフロントを抜け、熱気あふれる祭りの大通りへと繰り出した。
街の大通りには頑丈なバリケードが張り巡らされ、整然としたコースが組み上げられている。その光景を目にした者なら誰もが、「ここをあの牛たちが駆け抜けていくんだな」と期待に胸を膨らませるだろう。
ホテルのフロアにいた時から聞こえていた露店の親父さんたちの威勢の良い大声が、至る所から響いてくる。
「いらっしゃい! いらっしゃい!」「見ていってくれよー!」
わずかな空きスペースにもぎっしりと店が並び、親子連れ、友人同士、仕事仲間のグループなどが楽しそうに列を作っていた。大行列ができる人気店もあれば、ぽつりぽつりと客が訪れる静かな店もある。
テンゴが親父さんの呼び込みににっこりと笑顔を返していると、隣でチヒロが声を上げた。
「わぁあぁぁぁ! 何あれ~~~!? すごく面白そう~~っ!」
チヒロは吸い寄せられるように、一軒の露店へと勢いよく駆け寄っていった。何か珍しいものが視界に入ったらしい。
その店先に並んでいたのは、日本でいう「扇子」だった。
他にも小さなお祭りの小旗、子供が喜びそうなおもちゃや愛くるしいぬいぐるみなどが所狭しと吊るされている。
「見て! これ扇子じゃん! すごい、これ欲しい!」
チヒロは頭上に吊るされた色鮮やかな扇子を指差し、目を輝かせた。セビリアやジグラルタルといった異国の街並みに日本の扇子があることが珍しいのかどうかもテンゴたちには判別できなかったが、見慣れた知っているアイテムが売られているのはどこか安心感があった。
よく考えてみれば、扇子のような実用的な道具は、どの惑星、どの街へ行っても売られている定番品なのかもしれない。
「ホントだ、綺麗な扇子だな……」
「へぇ……こがんもん、この惑星でも売っとるがか……」
テンゴとネルソンもチヒロに続いて店を覗き込む。
「へい! お兄ちゃんたち、どこから来たんだい!?」
露店の親父さんが気さくに声をかけてきた。旅先のお祭りではお決まりの挨拶であり、会話を弾ませる最高のきっかけだ。
「あ……えっと、セビリアから来ました……!」
テンゴは咄嗟に「セビリア」と答えた。しかし、彼らの身にまとっている衣装は、あきらかに現地の一般的な住民の服装とは異なっていた。
「ははぁ……本当にセビリアから来たのかい? あまり見かけない珍しい格好をしているようだが……」
親父さんはテンゴたちの独特な服装を見て、不審に思うというよりは興味津々な様子で首をかしげている。
その傍らで、ネルソンが店先の品物を手に取りながら呟いた。
「これは……闘牛で使うような赤い布か……?」
「そういえば、昔ルスランがいた星では扇子の存在を知らないとか言ってたけど、このゲーム(惑星)のNPCたちは普通に知ってるんだな」
「まあ、VRMMOのゲームの中なんだからデータとして存在してて当然じゃねえがか?」
ネルソンとピローは扇子を見ながら疑問をぶつけ合う。しかしネルソンは、単なるゲームの処理という割り切りだけでは説明のつかない「UNIVERSAL・ORDER」の存在について、どこか不思議な違和感を拭えずにいた。
そんな男たちの難解な考察を余所に、チヒロとモモは楽しそうに扇子を選び続けていた。どれが一番かわいいか、どれを買い求めるか、目移りが止まらないようだ。
モモもとても関心深そうに商品を眺めている。
「どの扇子が可愛いかな……あ、これとかすごくいいかも♪」
チヒロは華やかな花柄があしらわれた扇子を手に取り、マジマジと見つめた。どれも趣向が凝らされていて、甲乙をつけがたい。
「そうね、その花柄も可愛いね……じゃあ、私はこれにしよっと」
モモが手に取ったのは、チヒロのものとは違う、可愛らしいタッチで牛のイラストが描かれた扇子だった。これから行われる「牛追い祭り」にちなんだご当地扇子なのだろう。
「あぁ~♪ その牛の絵もすっごく可愛い! それも欲しいなぁ……! いや、もういっそのこと全部欲しい……!!」
チヒロはこの店の扇子をすべて買い占めたい勢いだった。これがゲーム内であれば、もちろん資金さえあれば買い占めも無限購入も可能だろう。しかし、現地の人々もお祭りを楽しむために買いに来るアイテムを独り占めしてしまうのは少し気が引ける。
「あ……じゃあ、これと、これを……!」
「お前、買いすぎだって……! この街の他の観光客のことも考えてやれよ……」
テンゴは苦笑いしながらチヒロにツッコミを入れた。
結局、チヒロが買い求めたのは花柄の扇子と、モモとお揃いの可愛い牛のイラストが描かれた扇子のふたつ。そしてモモも、お目当ての牛の扇子をひとつ買い上げた。
「まいどありー!」
親父さんの威勢の良い声に見送られ、扇子を手にホクホク顔のチヒロがふと周囲を見回した。
「あれ……? ネルソンとピローは……?」
「あ……ホントだ、いない」
「……」
当のふたりは、女子組の買い物が長引きそうだと察したのか、数分前に興味なさそうに立ち去っていたのだ。どこへ行ったのかは定かではないが、この混雑した大通りのどこかにいるのは間違いない。
「まあ、お祭りを見て回ってるんだろう。そのうち見つかるさ」
「うん、迷子になるような人たちじゃないしね。その気になればメッセージで連絡取れるし」
テンゴ、チヒロ、モモの3人は、そのまま賑やかな露店街を歩き始めた。
店を通り過ぎるたびに足を止め、美味しそうな食べ物や珍しい雑貨を眺める。ふとバリケードのコース内を見やれば、相変わらず子供たちが牛の真似をして元気に駆け回っていた。牛が解き放たれれば立ち入れなくなるコースだからこそ、今のうちに走っておこうというわけだ。
「へい! いらっしゃい! 遠くもバッチリ見える望遠鏡だよー!」
「お兄さんたち! 甘くて美味しいオレンジはいかが!?」
「焼きたてのパンだよ! いかがですかー!」
歩みを進めるにつれ、活気ある商人たちの威勢の良い声が途切れることなく響いてくる。
すると、少し開けた奥の方に、ひときわ大きな人だかりができているのが見えた。
「ん……? あそこ、なんか人が集まってるぞ」
人だかりに近づいてみると、そこには見覚えのある人物たちの姿があった。
先ほどはぐれたネルソンとピローである。
テンゴたちが彼らの隣に並び立ち、何かが始まろうとしている広場の中央へと視線を送る。
集まった大勢の観客たちは、花束を手にしていたり、買ったばかりの扇子をパタパタと仰いでいたり、帽子をかぶった紳士や黒いスーツに身を包んだ男たちまで、誰もが息を呑んで広場の中央を見つめていた。
次の瞬間――広場の中央に立つ人物が、カチカチとカスタネットのような楽器を鳴らし、独特の情熱的なリズムを刻み始めた。周囲には、弦楽器や管楽器を構えた奏者たちも佇んでいる。
どうやらこれから、お祭りを彩る情熱的な踊りや音楽の演奏が始まろうとしているようだった――。
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