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消滅の宇宙  作者: 万世 千秋
カルメン
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41/60

ドン・ホセ再び登場

皆さんこんにちは、投稿しました。

是非最後まで読んで頂けると幸いです。

よろしければコメントいただけるとうれしいです。

「先刻、とある人物から託された手紙を読んだ。カルメン、君も俺を愛しているはずだ……!」


鳴り響く軍靴の足音とともに、ドン・ホセは荒々しく地下酒場の階段を駆け下りてきた。

愛する女に一刻も早く会いたい。その胸を焦がす執念と猛る感情は、もはや規律正しい軍人としての理性を完全に焼き尽くしていた。

そして――ホセの視線の先に、待ち焦がれていたカルメンの姿が飛び込む。


「カルメン……っ!」

「ホセ……!


ホセの視線の先にまるでドラマのワンシーンのように、二人は周囲の視線も忘れて激しく抱き合った。


「待っていたわ、ホセ……っ! 一体どうなったの、牢屋にはもう入ったの……?」


カルメンは彼の胸に顔をうずめながら、切なげな瞳で見上げる。


「あぁ、平気だ……牢になど入っていないさ。君をわざと逃がしたことも、誰にもバレちゃいない」


「よかったわ……もう、すっかり捕まって処刑でもされたのかと心配したのよ……」


その熱烈すぎる再会の様子を、テンゴたち5人は少し離れたテーブル席から冷ややかに見つめていた。

本来であれば、竜騎兵であるホセが罪人であるカルメンをその場で即座に逮捕し、連行しなければならないはずだ。しかし、目の前で繰り広げられているのは、逮捕劇どころか完全にただのラブラブな恋人たちの逢瀬だった。


「……なぁ、ホセさんって、たしかカルメンを逮捕しにきたんじゃなかったのかよ?」

「今の会話、聞こえたげっちゃ……。『わざと逃がした』とか何とか言っとらんかったか?」

「ってことは、あの広場での大騒動も……もしかして、カルメンとホセさんは最初からグルだったってことか……?」

「じゃあ、あの時の大立ち回りも、全部茶番だったわけね……」


モモが呆れたように小さく息を吐き出す。

今のやり取りを聞かされてしまえば、そう思われても仕方がなかった。いつの間に二人は裏で手を結んでいたのか。一体、何のためにあんな大騒動を演じてみせたのか。


「……おい、ホセさんはいったい何をやるつもりなんだよ。ミカエラさんが、あんなに待ちわびているというのに……ッ!」


テンゴはテーブルに置いていたグラスをガチャリと乱暴に置き、たまらず立ち上がった。

あんなにも必死の思いで広場を駆けずり回り、ホセを探し出し、アマデウスにまで協力を仰いでこの街の情報を集めたのは何だったのか。怒りと呆れが入り交じり、テンゴはいてもたってもいられなかった。


「――おい、再会のところ水を差すようで悪いがね、ホセさん。あんた、本当はカルメンを逮捕して連行するんじゃないのか?」


テンゴはズカズカと歩み寄り、熱烈に抱き合う二人の間に割って入る。

「……んだよ…、お前たちか?こんな所にいたのか……まあいい、用事がないならさっさと帰れ」


邪魔が入ったことで不機嫌そうに顔を歪め、ドン・ホセはテンゴたちに素っ気ない言葉を投げ捨てる。


「今度はあんたたちね……。たしか、さっき広場にもいた連中じゃない?」


カルメンもまた、冷ややかな視線をテンゴたちに向ける。


「一体、いつからこの居酒屋にいたわけ? 全然気づかなかったわね」

「――ずっと、さっきからここにいましたけど!」


チヒロがすかさず鋭く言い返す。

帽子の男たちからしつこく声をかけられていたというのに、カルメンの視野には最初から自分の恋のことで頭がいっぱいで、テンゴたちの存在すら入っていなかったらしい。


「今の会話、全部しっかり聞こえてましたからね!」

「あら、聞いていたのね。なら話が早いわ」

「ホセさんと、いったい何をするつもりなんですか!? 二人して、いったい何を企んでいるんですか……っ!」


チヒロの追及はもっともだった。

ホセには故郷で自分を信じて待っている許嫁のミカエラがいる。そしてカルメンは、重罪で指名手配中の身の上だ。どちらの人間も、本来ならこれ以上お互いに深入りしてはならない、あまりにも重いものを背負っているはずだった。


「……そんなこと、アンタらには何の関係もないでしょ」


冷たく吐き捨てるカルメン。その傍らで、ドン・ホセはこともなげに胸を張り、狂気に満ちた強気な笑みを浮かべた。


「そうだ、引っ込んでいろ! お前たちが心配するようなことじゃない。カルメンは今日から、俺がこの手で捕まえる……」


ホセはカルメンの肩をしっかりと引き寄せ、周囲の視線も憚らずに言い放つ。


「――今日の連行先は、牢獄などではない! 俺の部屋だッ!!」


「――ちょっと、ちょっと待ちなさいよ、ホセさんッ!! ミカエラさんはどうするのよ……ッ!?」


そのあまりに身勝手で、あまりにも倫理観を無視したホセの宣言に、チヒロの怒りはついに限界を突破し、酒場の天井を突き破るような怒鳴り声を響かせたのだった。


「ホントに!あんた!……ミカエラさんがわざわざ届けてくれた手紙、ちゃんと読んだんでしょ!? そこにはなんて書いてあったのよ……っ!」

「それは……故郷で母さんが待っているという……そうだ、母さんの話だ! 決してミカエラのことばかりが書いてあるわけじゃない……っ!」


鋭く詰め寄るチヒロの追及に、ドン・ホセは気まずそうに目を泳がせながら、タジタジとなりつつ歯切れの悪い言い訳を絞り出す。許嫁であるミカエラの名を出され、さすがに軍人としての良心がわずかに疼いたのか、その顔には微かな恥じらいと焦りが浮かんでいた。


「ホセさん、そんな調子じゃ……もしミカエラさんにこんなところを見られでもしたら、本当に大変な事になっちまうぞ……?」

「そうだよ。それに、この女はさっき広場であれだけの騒ぎを起こした責任だって、まだちっとも取ってないんだぜ」

「だからと言って、お前たちに関係ないだろ! 早く帰れ、邪魔をするな!」


怒声を飛ばすホセだったが、その声の裏には明らかに後ろめたさが滲んでいた。

「はぁ……まったく、やれやれだぜ。まぁ、他人の恋愛事情にこれ以上首突っ込んでても仕方ないし、勝手にすればいいさ」

「しょうがないアホンダラや!……」


これ以上ここにいても仕方ないと判断したテンゴたちは、呆れ果てたように深くため息をつき、自分たちのテーブル席へと引き返そうとしたその時――。


「ねぇ、ホセ……。実はさっき、あたし……あなたの上司とダンスを踊ったのよ」


カルメンはふと妖しく微笑み、まるで恋人を試すような小悪魔的な視線をホセに向けた。その事実はおそらく、まだテンゴたちも知らないはずの、つい先ほどの出来事だった。わざわざこのタイミングでそんな話を切り出す彼女の真意は一体どこにあるのか。


「なんだって……!?」

「あら? もしかして……嫉妬でもしてるの?」

密着したままカルメンが上目遣いで問いかけると、ホセの顔に一気に血が上る。

「あぁ、そうさ、嫉妬してらぁ……っ!」

「仕方ないでしょ、ただの酒の付き合いで、おまけに一緒に踊っただけだもの」

「お前……酒の席でそんな……っ!」


カッとなったホセが思わず怒鳴りつけようとした瞬間、カルメンは素早く彼の胸元を優しく撫でた。

「落ち着いて、ほら、とにかく落ち着いて……。そんなに怒らないでよ。今から、あなたの為だけにこの場で素敵な踊りを見せてあげるから」


嫉妬に狂いかけたホセの怒りを、その魅惑的な身のこなしと甘い言葉で瞬く間に鎮めてしまう。踊りと歌は、彼女にとって男たちを手玉にとるための常套手段であり、最高の武器だった。いや、あるいは彼女自身も、純粋にこの熱狂の中で踊りたかっただけなのかもしれない。


「本当か……? 俺のために踊ってくれるのか、カルメン……!」

「ふふ、ジプシーはいつだってちゃんと借りを返すのよ。あなたのためだけに踊るわ……それも、最高に激しいやつをね」

「よく見ていてちょうだい。たとえ伴奏がなくったって、この足で完璧に踊ってみせるから……!」


このまま二人が酒場の真ん中で情熱的なダンスを始めてしまうのか――。

すでにカルメンを逮捕するなどという任務の二文字は、ホセの脳内から綺麗さっぱり消え去り、あるのは「彼女と踊りたい」という衝動だけだった。


「……ちょ、ちょっと待て、カルメン」


踊り出そうとしたカルメンの腕を掴み、ホセは慌てて店の出口の方へと顔を向け、片手を上げて静止を促した。

――微かに、しかしハッキリと、遠くの通りから聞き覚えのある音が響いてきたのだ。それは、紛れもない軍のラッパの音だった。


「なによ、急に止まったりして……」

「聞こえないのか……? あちらで『帰営のラッパ』が鳴り響いているんだ」


ホセは出口の方向を指さし、焦燥感を滲ませた顔でカルメンに促す。

「よかったわ! 伴奏なしで踊るなんて少し寂しいって思っていたところよ」

「おいおい、違うんだよ……! 分かってないのか、帰営だぞ、帰営……! もうすぐ点呼の時間だ、俺たちは兵舎に戻らなければならないんだ……っ!」


カルメンは軍隊の規則や日課などについては詳しくないらしい。「ラッパの音=最高の音楽の始まり」と勘違いした彼女は呑気に微笑んでいるが、ホセにとっては一大事だった。

このままカルメンがうまくホセを言い含めて引き留めるのか、それともラッパの音に従ってホセがしぶしぶ兵舎へと引き返していくのか――緊迫した酒場の空気は、さらなる予測不能な展開へと向かおうとしていた。


鳴り響く帰営のラッパの音を聞き、テンゴたちは「これでようやくダンスの馬鹿騒ぎは回避できたか……」と、一段落したように胸を撫で下ろした。

だが、冷静に考えれば別の問題が残っている。本来の目的であるはずの「罪人カルメンの逮捕」を、ホセが完全に放棄して個人的な痴情の半券に浸っているこの状況は、どう考えても放置していいものではなかった。


「兵舎に……戻る、だって……?」


椅子に腰掛けたまま、カルメンは信じられないものを見るような目でホセを見上げる。その傍らで、ホセは自分の軍刀や装備を慌てて整え始めていた。

「あたしがバカだったわ……。こんなに、こんな遅い時間まであなたを待っていたというのに……っ!」

「楽しませようと思って、歌って踊って、一生懸命盛り上げようとしたのに……!」

怒りと切なさが入り交じった表情で、カルメンはガバッと椅子から立ち上がり、ホセに食ってかかる。

「ほんの少しの時間でもいいじゃない! なんで今すぐ一緒に踊ってくれないのよ……! あなたに惚れていたというのに、これじゃまるで馬鹿みたいじゃない!」

「ホセさん!」


たまらず、テンゴがテーブル席からスッと立ち上がった。


「ホセさん、カルメンに惚れ込んだその気持ちはまぁ……百歩譲って理解したとする。だがね、今のあんたには、軍人として、そして男として、ほかにやるべき大切な仕事があるだろうが!」

「そうだそうだ! ラッパが鳴ってんだぞ、ラッパが!」


ピローも背後から、まるでお手本のような相槌(後方射撃)を飛ばす。


しかし、恋の炎に狂いかけたカルメンの怒りは、すでにホセ自身へと矛先が向いていた。

「もういいわよ、さっさと行きなさい! その自慢の帽子も、剣も、弾丸も、ぜんぶ持ってさっさと兵舎にお帰り!」


カルメンはそう吐き捨てると、机の上に放り出されていたドン・ホセの軍帽、軍刀、そして銃弾の入ったポーチを次から次へと掴み取り、彼の顔面にめがけて容赦なく投げつけた。

「わっ……おい、カルメン!?」

突然の猛烈な投擲(とうてき)攻撃に、ホセは呆気にとられ、ただ目を見開いて立ち尽くすことしかできない。

「あんたなんか、もう知らない! 勝手に兵舎へ行って! もうお別れよ、二度と顔を見せないで……っ!」

「……っ、そんな……!」


愛する女からの冷酷すぎる言葉に、ホセは打ちのめされたように肩を落とす。しかし、彼はテンゴたちに対しては相変わらず冷ややかな視線を向けつつ、必死に弁解を始めた。


「ひどいじゃないか、カルメン……俺をからかうなんて、そんなの残酷すぎる……」


ホセは一歩、また一歩とカルメンにすがりつくようにじりじりと歩み寄る。


「俺だって本当は、こんな軍の規律になんて縛られたくないさ……! こんなにも、カルメンの事を愛しているというのに……。こんなに心から惚れ込んだ女なんて、人生で初めてなんだ……!」

「嘘おっしゃい……!」

「本当だ! 俺の周りには、お前以外の女なんて誰もいない……!」


――いや、正確に言えば故郷で自分を信じて健気に待っている許嫁のミカエラがいるはずなのだが、今のホセの脳内フィルターでは、彼女の存在は綺麗さっぱり消去されているらしい。この世界の男たちの恋愛事情は、一体どうなっているというのだろうか。


「――おい、ホセさん! いい加減に仕事をしなさいよ!」


ついに痺れを切らしたチヒロが、テーブルをドンと叩いて背後から怒鳴りつける。

ホセがこの酒場にやってきた本当の理由は、指名手配中の罪人であるカルメンを逮捕するためだったはずだ。このままでは、彼は職務を放棄して「ただカルメンにフラれに来ただけの男」になってしまう。


「……っ!」

鋭い追及を受けたドン・ホセは、鬱陶しそうに冷ややかな目線をチヒロたちに向けた。

「お前たち……さっきから何度も言わせるな! 俺たちの話に、赤の他人が首を突っ込むんじゃない!」

「ちょっとホセ、あんた……さっきから『他に女はいない』って言ったわよね? じゃあ、あたしを放って置いてすぐに兵舎に戻ろうとするその態度は何なのよ!」

「違うんだ、カルメン、俺の本当の気持ちを分かってくれ……!」


修羅場と化した二人の間で言い争いが続き、見ているこちらが頭を抱えたくなるようなカオスな空気が漂う。


「……ねぇ、この街って、ひょっとして一夫多妻制とかそういうルールでもあるわけ……?」

あまりの展開に、モモが呆れを通り越して真顔で呟いた。

「ホセさん、魔女の甘い言葉に惑わされちゃダメだ!」

「そうよ、目を覚ましてちょうだい!」

「あなたには、故郷で待っているミカエラさんがいるでしょ……? ほら、故郷での穏やかな暮らしを思い出して!」

「そうや、故郷で一緒に暮らす夢があるげんろ?」


テンゴたちが必死に正気を取り戻させようと声を張り上げるが、すっかり恋の病に侵されたホセは耳を貸さない。

「うるさい、お前たちは黙ってろ――っ!!」


「もういいわよ、勝手にしなさいよ!そんなラッパの鳴る方へ慌てて戻るなんて……結局のところ、その程度の恋だったってことじゃない!」

「なっ……カルメン! 俺を、俺のまっすぐな愛をそこまで疑うのか……ッ!」

「そうよ、疑って何が悪いって言うのよ!」


カルメンは半泣きになりながら、もうこれ以上近寄らないでと言わんばかりに右手で強くシっシッとホセを遠ざけるジェスチャーを見せる。

「いいから、俺の言い訳を聞いてくれカルメン!」

ホセは食い下がるように、さらに彼女の顔へとぐっと詰め寄る。

「嫌よ、そんなの絶対聞かないわ!」

カルメンは手でそれを振り払うように拒絶した。

「いいから黙って聞けっ……!」

ついに感情が爆発したホセが怒鳴り声を上げる。

「ちょっと、ホセさん、落ち着きなって!」


これ以上二人に好き勝手に暴れられてはたまったものではないと、たまらずテンゴがその間に割って入り、ガッチリとホセの体を掴んで引き離そうとする。


「そうだ、これ以上ここで騒ぎ立てるのはやめろ、ホセさん!」


ピローもまたテンゴに続き、反対側からホセの腕を引っ張って必死に引き離そうと加勢した。


激しく押し問答を繰り広げながら、カルメンはたまらず近くの椅子へとドタリと腰を下ろす。しかし、ホセは諦めきれないのか、その椅子の背後から回り込んで彼女の肩を両手で激しく揺さぶった。


「おい、お前たちは一体何なんだ……! いい加減、俺たちのことに首を突っ込むなっ!」

「これ以上俺たちの邪魔をするなら、公務執行妨害で今すぐお前たちを逮捕するぞ……ッ!」


あまりの剣幕に、テンゴたちもさすがにカチンと来る。

「……っく。おいおい、分かったよ。一端(いったん)お互いに落ち着こうぜ。俺たちだって、別に好き好んでこんな修羅場に首を突っ込んでるわけじゃないんだからさ……」


これ以上力づくで引き離そうとしても、かえって事態がこじれるだけだと悟ったテンゴたちは、一歩引いて冷静に場を収めようと試みる。だが、彼らにとっては、この迷える竜騎兵ホセに一刻も早く本来の「仕事」を思い出させ、あの危険な魔女の誘惑から何としても正気に引き戻す必要があったのだ。


「はぁ……っくそ。……お願いだ、カルメン、頼むから俺の言い分を聞いてくれ……」


すっかり気力を削がれ、疲れ果てたようにホセはカルメンの隣の椅子へと崩れ落ちるように腰を下ろすと、すがるような情けない声で再び彼女に語り掛けはじめるのだった――。


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