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消滅の宇宙  作者: 万世 千秋
カルメン
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38/62

第二幕 闘牛士エスカミーリョ

今回は闘牛士エスカミーリョの登場までを書きました。

是非最後まで読んでください。


カルメンの逃亡劇から、少しばかりの時間が経過した。

その間、テンゴたちパーティーの面々も手伝いを買って出て、大騒動の末に滅茶苦茶になってしまった広場のテントや散乱した荷物を元通りに片付けていた。

……もっとも、広場にいた人々は一様に疲れ果てていたが、それでも商売の終わりの時間まで気力を振り絞って店を営み続けるのが、この街の流儀らしい。


ひと通りの片付けを終えたテンゴたちは、この世界の構造や街の事情を知るための足がかりとして、アマデウスの案内のもと、街をぶらりと歩きながら観光を兼ねた散策を続けていた。

もちろん、広場で知り合ったアマデウスはそのままテンゴたちに同行し、見知らぬ異世界からやってきた彼らの街案内役を快く買って出てくれている。


「この街って、ほんとにいい街なんだけどな〜」

「そうやな、煙草工場もあるさけ、経済的にもかなり栄えとるげんよ」

「っしかし、あんなお転婆すぎる女が働いている職場だなんて、将来の労働環境が心配でたまらんぜ……」


男三人衆がそれぞれ勝手な感想を零す。

「ねぇ、そういえば……あのカルメンって人、結局どこへ行っちゃったのかしらね?」

チヒロがふと疑問を口にした。

「うーん、そのうち腹でも減ったらフラッと戻ってくるんじゃないか? それとも自分の家にでも逃げ帰ったか」

テンゴが肩をすくめながら答える。

「いやいや、あんな大層な騒動を起こしたげんよ? 下手をしたら仕事はクビになっとるんやないか?」

「みなさん、やはりあの女性の動向が気になって仕方がないようですね」

アマデウスがふわりと微笑みながら会話に加わる。


騒動の張本人であるカルメンの行方は、広場の住人や煙草工場の関係者だけでなく、テンゴたち、そしてあのドン・ホセにとっても最大の関心事であることに違いなかった。


「しかし、彼女の行方を詮索するのも一興ですが……今はそれよりも、観光を楽しんではいませんか? この街の成り立ちや事情を知りたいのでしょう? この街には名物もたくさんありますよ。もちろん、極上の煙草も含めてね」


「あ、あぁ……煙草は、ちょっと遠慮しとくよ」


カルメンの件は確かに気になるが、この世界の手がかりを掴むことも急務だった。

「とにかく、夜が訪れて酒場が開くまでの時間潰しとしては、悪くないか……」

「…………」


こうしてテンゴたち6人は、アマデウスの案内を受けながら夕暮れ時の街路を歩みを進めていく。街並みを眺めているだけでも得られる情報は多いが、やはり人と人との生きた言葉が交交(かみか)う場所で得られる情報とは重みが違う。

彼らの目的地――町外れの酒場は、もうすぐ目の前に迫っていた。


アマデウスの案内を頼りに街の裏手を進んでいくと、やがて一際静かな一角にその建物は佇んでいた。

薄暗い路地にぽつんと開いた地下へと続く階段。一見すると隠れ家か何かのように地味な印象を受けるが、きれいに手入れされた看板にはしっかりと「酒場」の文字が掲げられており、その階段の底からは、人々の弾む声や賑やかなお酒の匂いが漏れ伝わってきていた。


「ここが、私の言っていた居酒屋ですよ」

「ありがとう、アマデウス! それじゃあ、さっそく入るか……」

「って言っても、私とテンゴはお酒は飲めないからね?」

「まあ、情報収集が目的なんだから、お酒を飲む必要はないさ」


テンゴたち5人は、目的地の入り口である地下への階段へと足を踏み入れた。

しかし、階段を2、3歩ほど降りたところで、ふと背後から聞こえるはずの足音がしないことに気づく。テンゴが怪訝に思って振り返ると、案内人であるはずのアマデウスは階段の上の路上で、ふわりと穏やかな笑みを浮かべたまま立ち止まっていた。


「――ん? アマデウス、お前は中に入らないのか?」

「はい。私はここまでです。もともと、この街の人々や旅人たちを外から観察することが目的でしたからね」

「なんだよ、せっかくここまで来たんだし、中で一緒に一杯やりながら色々話せると思ったのに……それはちょっと残念だな」

「ははは、また近いうじっくりとお話ししましょう。今回の一件で、実に素晴らしい絵も物語も描けそうですからね」


――絵だけでなく、物語(ストーリー)も書く。

アマデウスが以前「文字を書く」と言っていたのは、まさにこのことだったのかと、テンゴの頭の中でパズルのピースがカチリと音を立てて噛み合った。絵を描き、そこに言葉や物語を紡ぎ出し、人々の前で披露する――彼の正体や生業が、なんとなく見えてきた気がする。


「アマデウスの書く物語か……なんだかすごく読んでみたいな」

「絵のほうも見てみたいね!」

「今度は、俺たちが客としてあんたの作品を見に行くよ!」


階段を下っていくテンゴたちと、階段の上に佇むアマデウス。ほんの少しだけ離れていく距離を感じながらも、言葉の響きには確かな絆が宿っていた。


「はっはっは、それは嬉しいですね。近いうちに、本当に私のお客さんになっていただきますよ!」

「ああ、楽しみにしているぜ! ここまで案内してくれて本当にありがとう!!」

「では、私はそろそろ失礼しますね。またどこかの街でお会いしましょう!」

「おう、気をつけてな!」

「またいつか!」

「達者で暮らせよ!」

「ありがとう、助かったわ!」


テンゴたち5人はそれぞれの言葉で感謝を告げ、名残惜しそうに大きく手を振る。

アマデウスとの出会いは、広場でのあまりにも突然なハプニングから始まった。それはまるで運命のいたずらのようだったが、彼らはその一期一会を大切に胸に刻み込む。


薄暗い夜の帳(とばり)が下り始めた街路で、アマデウスは笑顔で彼らの後ろ姿を見送り続けていた。

やがてテンゴたちが完全に地下へと姿を消したのを確認すると、彼は自分の眼鏡のブリッジに人差し指と中指を添え、クイッと押し上げる。


「――さて、私も私の物語の続きを書くとしましょうか」


静かな夜風の中、アマデウスは満足げに身を翻し、自身の宿泊先へと歩き出すのだった。


テンゴたちが居酒屋の地下へと足を踏み入れる少し前の時間――。

薄暗い地下の店内は、仕事終わりの人々が徐々に集まり始め、むわっとするような熱気と活気に包まれていた。すでにグラスを交わして陽気に盛り上がっている者もいれば、奥の登壇上で軽快にステップを踏み、踊りに興じている者もいる。老若男女問わず、店内は多様な客層でごった返していた。


そんな賑わう階段を、一人の女がひっそりと降りてきた。

――カルメンだった。

さすがに疲労の色が隠せないのか、彼女の表情にはどこか気だるさが漂っている。それも無理はない。先ほどまで広場を縦横無尽に駆け回り、ドン・ホセを盛大に押し倒してからというもの、この時間まで街をほっつき歩いていたのだから。彼女は周囲に目を配りながら静かに入店し、ひっそりと空いていた近くの椅子に腰を下ろした。


店内では、タンバリンとギターが同じリフレインのフレーズを切れ間なく奏で続けている。

その奇妙で、しかしどこか抗えない魔力を秘めた音楽に誘われるように、カルメンはふと立ち上がった。そして、ギターの音色に合わせて再び妖しく、しかし情熱的に体を揺らし、歌声を響かせる。


「――ララララー、オーーーーッ!」

「――ララララー、オーーーーッ!」


その圧倒的な歌声とリズムに引きずられるように、周囲にいた客たちも次々と立ち上がり、一緒になって踊り出す。男たちは楽器を打ち鳴らして魅惑的な音で女たちを虜にし、女たちはその独特のリズムに酔いしれて身を委ねていく。


音楽が最高潮のフィナーレへと差し掛かると、店内の全員が手拍子を打ち鳴らし、足を踏み鳴らして踊り狂った。

そして、一斉に両手を高々と突き上げたその瞬間――完璧な終幕を迎えた店内に、割れんばかりの拍手喝さいが巻き起こった。


* * *


熱狂の余韻がまだ冷めやらぬその時、地下酒場の入口から、テンゴたち5人の姿が現れた。

「いやー、すごい活気だな……。これだけ人が集まってるなら、この街の裏事情についても色んな話が聞けそうだな」

「でも、お酒に酔い潰れて絡んでくるような輩もいそうだし、女の子は気をつけないとね」

「とりあえず、みんなで同じ席に座ろうか」


テンゴが空いているテーブル席を見つけて腰を下ろすと、ネルソンやピロー、モモ、チヒロたちもそれぞれの席に収まる。未成年であるテンゴとチヒロはお酒を口にできないが、情報収集という本来の目的のためには絶好の環境だった。


「いや~、しかしこれだけの人間が、一体どこから湧いて出てきたのやら……って、ん?」

ふと、周囲を見回したテンゴの視線の先に、妙に馴染みのある後ろ姿が飛び込んできた。

――なんと、あの大騒動を引き起こした張本人であるカルメンが、すぐ近くの椅子にでんと座っていたのだ。しかも彼女は、すっかり落ち着いた様子で足を組みながら、面白そうに周囲の様子を眺めている。今度また何かやでし出しても、周囲に止める人間は誰もいない。テンゴたち自身が止めに入らない限りは、再びどんな厄介事が起きるか分かったものではなかった。


「お……おい、みんな、あれを見てみろよ……」

テンゴがそっと指差した先を見て、ピローは一瞬で険しい顔つきに変わる。

「おわっ、マジでいるじゃねぇか……っ! あいつ、さっきの広場での借りを返してやらねぇと、俺の気が収まらねぇなぁ……!」


ピローの心の奥底からフツフツと闘志が燃え上がるが、ここは一応静かな酒場の店内だ。広場のように派手などんちゃん騒ぎを勝手に起こすわけにはいかない。

「ちょっとピロー、落ち着きなさいよ。ここは酒場なんだから、変に暴れたりしたら……」

チヒロが呆れたようにたしなめようとしたその瞬間――。


――ドォォンッ! と、酒場の入口の方から、突然地響きのような大歓声と野太い雄叫びが巻き起こった。


「「「わああああああっ――!!」」」

「「「ふぉおおおおいっ!!」」」

「「「いぇえええええいっ!!」」」


そのあまりの爆発的な盛り上がりに、テンゴたちは思わず会話を止め、一斉に入口の方へと視線を向ける。

「ん……なんだ? 入口のあたりがやけに騒がしいぞ……」

「そうね……もしかして、この街の有名な誰かでもやってくるのかしら? ちょっと楽しみね」


その歓声は波のように押し寄せ、次第に大きくなりながら、ハッキリと店内の奥まで響き渡っていくのだった――。


「「――トレーロ、万歳ッ……!!」」

「「「万歳(ビバ)――ッ!!」」」

「「「トレーロ万歳、エスカミーリョ万歳ッ……!!」」」


店内に割れんばかりの歓声と拍手喝さいが巻き起こる。男性客たちは立ち上がり、両手を高く掲げて熱狂的な挨拶を送る。その声に応えるように、一際大きな歓声が再び店全体を揺るがした。

まばゆいばかりの笑顔を浮かべ、鮮やかな白い衣裳に身を包んだ男が、まるで劇場の主役のように堂々と店内の中央へと歩みを進めてくる。


その圧倒的な華と伊達男のオーラを放つ人物を、テンゴたち5人は揃って凝視した。


「ねぇ……あの人、いったい誰なの?」

「さぁな……まったく見当もつかないぜ。どこかの大スターか、それとも有名な役者か何かか……?」


首をかしげるテンゴたちのただならぬ様子に気づいたのか、すぐ隣の席でグラスを傾けていた陽気な客が、ふっと笑いながら声をかけてきた。


「ん? お前たち、まさかあの男を知らねぇのか?」

「あぁ、俺たちはこの街に来たばかりでな。いったい何者なんだ?」

「へっ、もぐりだな! あの人こそ、この街の英雄にして最高の人気者――闘牛士(トレーロ)のエスカミーリョ様よ!」

男は自慢げに胸を張りながら、さらに語る。

「今度、街の闘牛場ででっかい試合があるからよ、お前らも絶対に見に行きなせぇ! もう筆舌に尽くしがたいほどの、迫力満点のすげぇ試合を見せてくれるぜ!!」

「「「はっはっはーーー、いっけぇーーいっ、エスカミーリョ――ッ!!」」」


周囲の客たちの熱狂は最高潮に達し、酒場の熱気はさらに一段と跳ね上がっていくのだった――。





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