手紙
書きました。
是非最後までお読みください。
ご感想お待ちしております。
「なんだ、一体何なんだ、あいつは……っ! あんな目つきをしやがって! まるで人間の魂を狂わせる、本物の魔女なのか……!」
カルメンが去ったあとの広場には、タバコ工場の女工たちや、野次馬を楽しんでいた一般の市民たちだけが取り残されていた。嵐が去ったかのように、広場はあっという間にいつもの日常へと引き戻されていく。
そんな喧騒の中、ドン・ホセは悔しそうに歯噛みしながらも、ふと足もとに目を落とした。
「この花はまるで……弾丸のようだった」
ホセはゆっくりと片膝をつき、先ほどカルメンが胸元へ投げつけてきた一輪の赤いバラを両手で丁寧に拾い上げる。そして、そっと鼻先へと近づけた。
「なんという強烈な香りだ……。だが、これほどまでに美しく、棘のある花がほかにあったか」
「もし俺の推測が確かならば――あの女は、やはり魔女に違いない」
ぶつぶつと独り言を呟きながら立ち上がると、ホセはその赤いバラを大切そうに自身のポケットへとしまい込んだ。
その様子を、少し離れた場所からじっと見つめていた人物がいた。白服をまとった絵描き――アマデウスだ。彼は静かに歩み寄ると、ホセに声をかける。
「先ほどの見事なやり取り、しっかりと拝見していましたよ。あなたが、ドン・ホセさんですね」
「あぁ……そうだが、あんたは……?」
「あなた、先ほどの『魔女』のようなあの女性のことが、気になって仕方がないのではありませんか?」
アマデウスの問いかけに、ホセはわずかに表情を険しくさせる。
「当たり前だ! あんなふうにバラを投げつける女なんて、生まれてこのかた見たことも聞いたこともない。一体俺に何がしたいんだ? 俺が真面目に鎖を作っている姿がそんなに気に食わなかったのか……?」
「そうですか……。いろいろと、複雑なお心境でしょうね」
アマデウスは意味深な笑みを浮かべ、メガネのブリッジをクイッと押し上げる。
「ですが、あのような挑発的な行動を見る限り――彼女は少なからず、あなたに強い関心、あるいは好意を抱いているように私には思えますがね。……さて、あなたに『いい考え』があるのですが、私の提案に乗ってみませんか?」
そう言うと、アマデウスは愛用のぶ厚い本から一枚の紙をサッと引きちぎり、素早く何かを書き付けると、それをホセに手渡した。
「この手紙は、どうか後ほど、一人のときにお読みください」
「……あ、あぁ、分かった。だが、いったいこれには何が――」
ホセが手紙の内容を問うと同時に、それを遮るように、遠くから懐かしい声が響いた。
「ホセっ!」
アマデウスから受け取った手紙を、ホセは先ほどの赤いバラと一緒にそっとポケットへ滑り込ませる。そしてハッと顔を上げ、声のした方へと振り返った。
「ミカエラ……!」
そこに立っていたのは、まぎれもなく探し求めていたミカエラその人だった。
名前を呼ぶや否や、ホセは待ち焦がれていた彼女の元へと駆け出す。ミカエラもまた、満面の笑みを浮かべて両手を広げた。
「来てくれたんだね……っ!」
「よく無事で……! 会いたかったよ、ホセ!」
群衆のど真ん中での、感動の再会。
お互いの無事を確かめ合うように強く抱き合う二人の後ろから、その様子を温かい笑みで見守るテンゴたち5人の姿があった。
――やれやれ、これでお互いの目的である「人探し」は無事に達成されたと言っていいだろう。この未知の惑星における最初の大きなクエストは、こうして大団円を迎えるのだった。
「ミカエラ……後ろにいる人たちは?」
再会の喜びを噛みしめながら、ホセはふと彼女の背後に視線を向けた。
「あぁ、この人たちはね。私があなたを探しているのを、ずっと手伝ってくれたのよ。ほら、そこにいる白い服の彼もね」
ミカエラに促されて振り返ると、ホセの視線の先には温かい笑みを浮かべるテンゴたち5人、そしてその後ろから静かに歩み寄ってくるアマデウスの姿があった。
「――なるほど、ミカエラの知人の方々でしたか。これはご丁寧に……」
先ほど声を掛けられた時は一体何者かと思ったが、愛しい婚約者を助けてくれた恩人であると知れば、感謝こそすれ疑う理由などなかった。
「はい。ミカエラさんがあなたを探しておられると伺ったものでね。ちょうど私もこの広場にいましたし、少しばかりお手伝いさせてもらったのです」
アマデウスは静かに眼鏡のブリッジを押し上げながら答える。彼自身、先ほどのカルメンを巡る騒動もすべて目の前で目撃していたが、あえてそれに深く干渉することはしなかった。だが、目の前で繰り広げられるこの純愛とも言うべき再会の光景は、彼にとって十分に興味深い人間観察の一つとなっていた。
「ところで、ミカエラ……一体どうしたんだい? こんな遠いところまで、急にどうして――」
ホセは、彼女がこの場所にやってきた本当の理由が気になって仕方がなかった。もちろん、恋人に会いたいという一心以外にも、何か大切な事情があるに違いない。自分にとって重大なことであるならば、決して放置するわけにはいかなかった。
「うん……実はね、故郷のお母様からのお使いを頼まれて、ここまで来たのよ」
「母上の……? 母上の様子ははどうだったんだ? 教えてくれ、ミカエラ!」
ホセは思わずミカエラの両肩に手をかけ、真剣なまなざしで尋ねた。離れて暮らす親の様子が気にならないはずがない。
ミカエラはふわりと優しく微笑むと、自分の鞄から一枚の封筒を取り出した。
「お母様は元気にしていらっしゃったわ。ほら、これ……母上からあなたへ宛てた手紙を預かってきたの」
「手紙……!」
「それとね、給料の足しにしなさいって、少しだけどお金も持たせてくれたのよ」
そう言って、ミカエラはさらに小さな布製の袋を取り出し、そっとホセの手に握らせた。ホセはその重みを受け止めながら、胸を熱くさせる。
「それだけじゃないわ……。どうしようかしら、お金よりももっと貴重なもの――あなたにとって、何よりも大切なものを預かってきているのよ」
――お金よりも貴重なもの。
その言葉に、ホセはハッと息を呑んだ。それはいいったい何を意味するのか。彼の脳裏にさまざまな思いが駆け巡る。
「それは一体何だい……? 教えておくれ、ミカエラ」
「ふふ、焦らないで。分かったわ、今すぐあなたに渡すわね」
ミカエラとドン・ホセが感動の再会を果たしている傍らで、アマデウスはテンゴたち5人の仲間たちと一緒に少し離れた場所へと歩を進めていた。
「やぁ、皆さん。またお会いしましたね。これで人物探しも、ひとまず一件落着といったところでしょうか」
「あぁ、そうだな。無事に見つかって本当によかったよ」
「しかし……」
アマデウスはふっと余裕のある笑みを浮かべ、眼鏡のブリッジを人差し指と中指でクイッと押し上げる。
「先ほど、この広場で実に面白い人物と出くわしましてね」
アマデウスはその女性を「人物」と表現した。名前こそ口にしなかったが、ドン・ホセにとっても、そしてアマデウスにとっても忘れられない存在となったはずだ。ただ、テンゴたち5人は実際にその現場を目撃していない以上、それが誰のことなのかまだ知る由もなかった。
「……というと、その人物とはいったい……?」
テンゴが少し警戒をにじませながら問い返す。
もしかすると、彼らの脳裏にはある一つの可能性がよぎっていた。――その「人物」こそ、自分たちを執拗に追う『UNIVERSAL・ORDER』の人間なのではないか、と。
「そうですね……何と言うか、まるで『魔女』のような人物でしたよ。周りの男性たちを次々と魅了し、何と言っても、あの美しさの裏には計り知れない不可思議な力を秘めているような……そんな危険な気配を感じましたね」
アマデウスが語る「魔女」の描写に、ネルソンは鋭い視線を光らせる。彼はすぐさま他の4人に声をかけ、身を寄せ合うように耳打ちを促した。
「ちょっと、みんなこっちへ……いいかいや」
「ん?」
「なんだ?」
「耳を貸してくれま……」
その場で始まるヒソヒソ話の小会議。ネルソンは険しい表情を崩さず、仲間に自身の推測を告げる。
「もしアマデウスの言うとったその魔女みたいな人物がUNIVERSAL・ORDERのもんやっちゅう可能性があるんなら……それも視野に入れとかんなんやろ」
「確かに、あり得なくはないわね……」
「うん、あんな派手な連中のやり方、いかにもって感じがするな」
「魔女って響きだけでも、かなりきな臭いぜ……」
「本当に魔女なのか、あるいはゲームの特殊なNPCなのか……この目で確かめる必要はありそうだが」
ピローが腕を組んで唸る。
「となると、ドン・ホセやアマデウス、そしてこの広場にいる者たちが、その『魔女』についての詳しい情報を握っている可能性がある……ということになるな」
「そういうことだな」
その5人のヒソヒソ話を、アマデウスは少し離れた場所から楽しげな笑みを浮かべながら見つめていた。彼の知るカルメンは、あくまで男性たちを翻弄する気まぐれなジプシーの女にすぎないが、異世界からやってきた彼らにとっては、それは重大な「敵の影」に見えているらしい。その様子が、アマデウスにはひどく滑稽で、そして興味深く映っていた。
「また、情報収集か……?」
「今度の相手は、さっきの軍人たちより何倍も怪しそうよね……」
「少し、慎重に様子を見たほうがいいかもしれないわね」
「まだその魔女がどう動くかも、何を狙うとるかも分からんげん、下手に表へ出て刺激するよりかは、地道に情報集めるほうが安全やぞ」
「いずれにせよ、本人が今どこに消えたのか、その行方は気になるところだが……」
5人は顔を見合わせ、静かに頷き合う。
アマデウスの口から出た「魔女」というワード。それがもし敵組織の人間であれば、不用意に近づくのは危険だ。しかし情報を握っているとなれば、この広場の人々や、ドン・ホセ、そしてアマデウス自身から詳しく聞き出しておく必要がある。
現実世界で例えるなら、自分たちはまるで「魔女探しの探偵」のようになった気分だった。
そして、もし彼女を見つけ出したとき――もし戦闘ではなく、話し合いで解決できるものなら、そちらの手段を模索した方が圧倒的に得策に違いなかった。
(さて、彼らはこの先、どのような物語を紡ぎ出すのやら……)
アマデウスは再び手元のぶ厚い本に目を落とし、静かにペンの先を走らせ始めるのだった。
◆◆◆
「お母さまがね、礼拝堂の戸口で私をしっかりと抱きしめて、こうおっしゃったのよ……」
ミカエラは愛しい婚約者の顔を見つめながら、故郷に残してきた母親の言葉をゆっくりと紡いでいく。
その言葉の端々から、我が子の身を案じる母親の切実な思いが伝わってきたのか、ドン・ホセはどこか心配そうな、それでいて愛おしさに満ちた表情で彼女を見つめ返した。
「――『セビリアへ行っておくれ。そして町に行ったら、私の息子ホセを探して伝えておくれよ。昼も夜も、母さんはあの子の事を案じているんだ……』って」
「母さんが……」
「『そして、あの子の帰りを、私はずっと待っているよ』って……そうおっしゃっていたわ」
ドン・ホセは真剣なまなざしでミカエラを見つめながら、胸の内でぐっと言葉を噛みしめる。離れて暮らす母親に何かあったらどうしようという不安や、一刻も早く安心させてやりたいという思いが、彼の胸を締め付ける。
「あぁ……母さんの顔が浮かぶ。あの村の風車、素朴な家並み……過ぎし日の懐かしい思い出が、鮮やかに蘇ってくる……」
ドン・ホセはそっと胸に手を当て、遠い故郷の風景に思いを馳せた。
この年になれば、故郷を恋しく思うのは仕方のないことだ。そして、こうして最愛の婚約者であるミカエラと結ばれた今、彼女のためにも軍務を全うし、いつの日か胸を張って故郷へ一緒に帰ろう――そんな強い決意が、彼の胸の奥で静かに灯るのだった。
「お母さまのことを思い出していたのね。昔の思い出にも浸っていたみたいで……」
「あぁ……すまない、少し感傷的になってしまったよ」
ホセはふっと柔らかく微笑むと、その場の石畳に腰を下ろした。
カルメンの一件が去ったあとの広場は、いつもの穏やかな日常を取り戻しており、今の二人を邪魔する者は誰もいない。少し離れた場所では、テンゴたち5人の仲間たちも温かい目でそのやり取りを見守っていた。
もっとも、彼らの頭の中には――先ほどアマデウスから聞いた街に潜む「魔女」についての情報収集や、ドン・ホセたちから聞き出すべき課題がまだ残ってはいる。しかし、今は何よりも、この二人の感動的な再会を祝福するのが先決だった。
「ミカエラ、少し待ってくれ。母さんの手紙を今すぐ読むから……!」
「ううん、ダメよ……またあとですぐに戻ってくるから」
ホセが手紙を開こうと慌てて引き止めようとするが、ミカエラはクスリと微笑みながら首を横に振った。彼女には、まだ他にも済ませなければならない用事があるらしい。
彼女はホセの手をそっと優しく離すと、名残惜しそうに身を翻した。
「皆さん、短い間でしたが本当にお世話になりました! 私の役目も、これでどうにか果たせました……本当にありがとうございました!」
ミカエラが深々と頭を下げて感謝を告げると、テンゴたちも穏やかに言葉を返す。
「いやいや、無事にホセさんに会えて何よりだったな!」
「うん、気をつけていってらっしゃい」
「また何か困ったことがあったら、いつでも声をかけてくれよ」
テンゴたち5人だけでなく、少し離れた場所から見守っていたアマデウスも含め、全員がミカエラの立ち去る姿を見送る。
しかし、彼女がそのまま行ってしまおうとした瞬間、テンゴはふと気にかかることを思い出し、思わず一歩踏み出した。
「あ、あの……ミカエラさん、ちょっと待ってくれ! 実はいくつか聞きたいことが――」
「ごめんなさい、すぐにまた戻ってきますから……! お話はその時に!」
ミカエラは慌ただしくそう言い残すと、早々に広場を後にしてどこかへ駆けていってしまった。結局、テンゴたちが気になっていた「魔女」についての情報は、軍人との揉め事でそれどころではなく、ミカエラから聞き出すことはできなかった。まずは彼女を落ち着かせるのが先決だったのだ。
一人残されたドン・ホセは、ミカエラから受け取った母からの手紙を手にし、静かに目を落とした。もちろん、婚約者である彼女が手紙の中身を勝手に読むはずもない。それが礼儀というものだった。
「母さん、心配しないでくれ……僕は母さんの言い付けに従うよ」
「僕は愛するミカエラと結婚し、一緒に穏やかに年をとっていく……」
ホセは独り言のように呟きながら、少し歩き出し、ふとポケットから先ほどカルメンに投げつけられた一輪の赤いバラを取り出した。魔女に何を言われたのか、その真意は分からないが、手元に残ったその花は妙な存在感を放っている。
「俺は、あの女のことなど忘れるさ……あんな悍ましい魔女の花など……俺は……っ!」
「ホセさん!」
その様子を注視していたテンゴが、意を決したようにスッと一歩踏み出した。
「その魔女の件について、俺たちに詳しくお伺いさせてもらえないか? あんたを護るためにも、どうしても知っておく必要があるんだ」
「そうだ、その魔女のこと聞かせてくれ! 」
「拙者たちがお主をしっかり護るげぞ!」
ネルソンやピローもすかさず声をかけ、次なる被害や不測の事態を防ぐための協力を申し出る。
「私はね、先ほどのやり取りを遠くから眺めていただけですから……詳しいことは何も分からないのですよ」
アマデウスは涼しい顔でそう付け加える。彼自身、カルメンという魔女を一目見ていることは確かなが、詳細な素性までは把握していなかった。
その時だった。
――「イヤーーーッ!」「キャーーッ!」
突如として、広場の後方からけたたましい女性たちの悲鳴が響き渡った。
何事かとそちらに視線を向ければ、数人の女性たちが顔を青ざめ、我先にとこちらへ向かって走ってくる。ただならぬ事態が起きたことは、そのパニック状態の様子を見るだけで十分に伝わってきた。
――もしかすると、先ほど姿を消したあの魔女カルメンが、また何かとんでもない騒ぎを起こしたのではないか。
ドタバタと走ってくる群衆の姿を目の当たりにし、テンゴたちの頭裏に最悪の予想がよぎっていく。
「ん……っ!?」
「一体何事なんや、この騒ぎは……!」
「……まさかUNIVERSAL・ORDERの連中のしわざか……っ!」
「何か、ものすごく嫌な予感がするわね……」
「まさか……あの魔女が、また何かやらかしたっていうのか……?」
平和を取り戻したはずの広場に、再び不穏な嵐の気配が猛烈な勢いで迫り来るのだった。




