広場での人探し
7名は広場のオープンテラスに置かれた2つのテーブルを囲むように、4人と3人に分かれて腰を下ろした。
お茶を飲みながら話し合うこと10分ほど。和やかな雰囲気の中で、今後の意見もまとまりつつあった。
白い貴族服をまとったアマデウスは、愛用のぶ厚い本を大切そうに膝の上に載せたままでいる。万が一、机の上の飲み物をこぼして本が濡れてしまっては一大事だからだ。それほど彼は、その本を大切に扱っていた。
「では、ひとまずこの広場の人たちから情報を集めるとしましょうか。その『ドン・ホセ』という人物……少し興味が湧きますね。美しい婚約者が待ち焦がれているというのに、早く彼に知らせてあげなければいけませんねぇ」
ふっと微笑んだかと思うと、アマデウスは膝に置いていた本を開き、ミカエラから聞いた特徴を元にサラサラと何かを書き始めた。
その手に握られているのは、白く輝く金色の装飾が施された、いかにも高級そうなペンだった。
「まず、先ほどお伺いした特徴によりますと……彼は、このような顔立ちでしょうか?」
アマデウスは自分の本から一枚の紙をきれいに切り離すと、それをミカエラに見せた。
さすがは「絵描き」を自称するだけあって、驚くほど筆が早い上に描き込みが精密だった。それを見た6人は思わず目を見張る。
「おぉ〜、すっげえ……!」
「見事な腕前ですね!」
「あんなに素早く、ここまでそっくりに描けるなんて……」
「俺なんか、まともな絵なんて丸しか描けないってのに……」
この世界――この惑星には「写真」という技術が存在しない。だからこそ、その場で素早く正確な似顔絵を描き出せる絵描きの職業は、想像以上に重宝されるはずだ。アマデウスのその特技は、この旅においてまさに天職と言えた。
アマデウスがドン・ホセの何に興味を持ったのかは分からないが、これほど協力的であれば、目的の人物へたどり着くのもあっという間かもしれない。
「いかがですか、ミカエラさん。似ていますか?」
「はい! そっくりです……これなら、すぐにでも見つかるかもしれませんね!」
ミカエラも、初対面とは思えないほど協力的なアマデウスにすっかり感心した様子を見せる。
「しかし、アマデウスって本当に絵がうまいよな〜!」
「いったいどこで、そがん技を磨いたげん?」
「モテそうだよねぇ、絶対女の子にキャーキャー言われるタイプでしょ〜」
ワイワイと周りの5人が面白がって声をかける中、ピローだけは腕を組んで真面目な顔で首をかしげた。
「……我みたいに、生まれつき闇の力でも手懐けているから絵が描けるのか?」
「いや、絵が上手いのと闇の力はさすがに関係ないだろ……」
テンゴがボソッとピローにツッコミを入れる。もっとも、この見知らぬ惑星でこんな奇遇な出会いがあり、しかも心強い協力者まで得られたのは僥倖だった。
「……闇の力ではありませんよ。私は幼い頃からこの特技があったため、いろんな人から『神童』と呼ばれているだけです」
アマデウスは人差し指と中指でメガネの真ん中をクイッと押し上げ、七三分けの髪を揺らしながら一瞬だけ得意げに目を閉じた。
「ふーん……すごいもんだな」
相変わらず飄々としたテンゴは、ふとアマデウスが膝に抱えるぶ厚い本に目をやった。
(――あの本には、いったい何が書かれているんだろうな)
ただのスケッチブックにしては妙に分厚いし、本当に絵を描くためだけのものなのだろうか。少しだけ好奇心をそそられるが、今はまず情報収集が先決だ。
「それでは皆さん、改めてこの広場の人々から情報を集めるとしましょう」
「うむ、そうだな」
「よし、聞き込み開始だ!」
「みなさん、本当にありがとうございます……!」
ミカエラが深々と頭を下げてお礼を述べると、7人はそれぞれ広場へと散らばり、人々へ聞き込みを始めた。
ミカエラから聞いた情報によれば、ドン・ホセの階級は「伍長」であるらしい。軍人としての明確な階級がある分、運が良ければすぐに手がかりがつかめるかもしれない。伍長という位は、決して高くはないが、かといって低くもない手頃なポジションだった。
ピローは広場の片隅にいた子供に近づき、ドン・ホセについて尋ねてみるが、子供は首を横に振るばかりで知らないという表情を浮かべる。
モモは、近くでオレンジを売っている女性の元へ向かい、丁寧に情報を求めていた。
テンゴとチヒロの2人は、広場を歩いていた青年に声をかけていた。どうやらその青年はかすかに名前を耳にしたことがあるらしく、少しだけ希望が見えてくる。
ネルソンは、近くにあるたばこ工場の警備員に真顔で詰め寄り、物々しい雰囲気で情報を迫る。警備員は少し身構えたものの、どうやらドン・ホセのことは知っているらしい。だが、肝心の場所については頑なに答えようとはしなかった。相手は軍人であり、厳重な警備の網が敷かれている場所だけに、これ以上踏み込むのは得策ではないとネルソンも察し、渋々身を引く。
アマデウスは、近くにいた親切そうな女性に声をかけ、持ち前の似顔絵を見せながらスムーズに情報を引き出していた。
一方その頃――。
仲間たちがそれぞれ聞き込みに奔走する中、一人残されたミカエラは、広場の中心で次に誰に話を聞くべきか戸惑い、小さく立ちすくんでいた。
その様子を、少し離れた場所からじっと見つめる視線があった。軍服を着た男たちが、何やらヒソヒソと言葉を交わしている。
「あの女性、何か困っているようだな。ほら、何度も振り返っては前を向いて……どうやら道に迷っているらしいぞ」
「声を掛けに行きますか、伍長?」
「あぁ、少し話を聞いてみるか」
「よし、助けに行ってやろう」
そう言って、同じ軍服をまとった4人の兵士と、青い上官服に身を包み制帽を被った男――計5人の一団が、ミカエラのもとへずずいと近づいて行った。
「お嬢さん、こんなところにお一人で……何かお探しかな?」
「あ……あの、軍の『伍長』さんを探しているのです」
ミカエラは少し不安そうな顔をしながらも、目の前の軍人たちにすがるような思いで答えた。彼らなら、同じ軍の人間として何か知っているかもしれない。
「ふむ、私たちが探している男か……?」
「いいえ、貴方たちではないわ。私が探しているのは、『ドン・ホセ』という名前の伍長さんなの……」
それまで深く被っていたフードを、ミカエラは意を決したようにふわりと脱ぎ捨た。
「あなた、ご存じありませんか……?」
「もちろん、知っているとも!」
青い服の上官は、自信たっぷりに胸を張って答えた。自分の管轄か、あるいは同じ部隊に所属している仲間だと言わんばかりの態度だった。
「本当ですか!? 彼、今ここにいますか?」
ミカエラはパッと顔を輝かせ、胸の高鳴りを抑えきれない様子で問いかける。これでようやく彼に会える――そんな期待感が、先ほどまでの不安をどこかへ吹き飛ばしてくれた。
「いや、残念ながら彼の所属は今、ここではないんだ」
期待を少しそがれる返答ではあったが、それでも彼の足取りを掴む確かな手がかりには違いなかった。別の所属とはいえ、この軍隊にいることは確かなのだから。
「そう……ここにはいないのね」
ミカエラがわずかに肩を落とし、寂しそうな表情を浮かべる。待てば会えるのか、それとも別の場所で任務に就いているのか――。
「まぁ、そう気を落とすなよ、お嬢さん。だが安心しな、彼はすぐにここにやって来るよ。見張りの交代の時に、ちょうど戻ってくるのさ」
上官は両手で制帽をくるくると回しながら、不敵な笑みを浮かべて言った。
「彼が来るまで……お嬢さん、ここで私と一緒に待っていてはいかがかな?」
親切なお誘いを受けるべきか、それとも断るべきか。せっかく自分を探しに動いてくれているテンゴたち仲間の顔が脳裏に浮かび、ミカエラは紳士的に(しかしどこか圧を感じさせる)微笑む上官の前で、居心地悪そうにモジモジと身を縮こまらせた。
「……お言葉はありがたいですが、兵隊さん……」
自分には一緒にこのセビリアの街を回っている仲間たちがいる。彼らをここに残したまま、見ず知らずの軍人と二人きりで待つわけにはいかない。それに、まわりには屈強な兵士たちが何人も控えている。女性が一人で彼らに囲まれるのは、どう考えても危険だった。
「遠慮なさらずに入りなさい」
「素敵なあなたに、変な真似はしないと約束するからさ」
上官は急に距離を詰め、手招きしながら近くの詰所へと誘い込もうとする。その口調はどこか強引さを帯びていた。本当に何もしないのか、それとも――行ってみなければ分からないが、嫌な予感がひしひしと伝わってくる。
「ご、ご親切にありがとうございます……でも、ご遠慮しておきます。見張りが交代する時に、また改めて来ますので!」
「待ちなさい、そう慌てずに」
「いいえ、失礼します!」
ミカエラがその場を離れようと背を向けた瞬間、上官がスッと手を伸ばし、彼女の腕を軽く掴んだ。強引に引っ張るわけではないが、その場で逃がさないように優しく、しかし確実に拘束する。
優しさを装った、あまりにも行き過ぎた行動だった。周りを囲む4人の兵士たちも、ニヤニヤとした笑みを浮かべながらその様子を見守っている。誰もが、上官の強引なナンパを面白がっているようだった。
「せっかくだ、私たちが案内してやろう」
「……いいえ、結構ですってば!」
その様子を、少し離れた場所から聞き込みをしていたテンゴとチヒロが偶然にも目撃した。
見知らぬ軍人たちがミカエラに絡み、無理やり詰所へ連れ込もうとしている。
「……おい、あれって……」
「放っておけないわね!」
ミカエラのピンチを察知したチヒロは、迷うことなくズカズカと怒りの歩幅でそちらへ向かっていく。困っている女性を見過ごせないテンゴもまた、すぐ後ろに続いた。
穏やかだった広場の空気が、一気に緊張感を帯び始めたのだった。
「ちょっとちょっと! あんたたち、女性に何やってるのよっ!」
「強引に連れ込もうとするなんて、いい年こいて恥ずかしくないのかよ、この野郎ども!」
割って入ったチヒロが腕を組んで仁王立ちし、その斜め後ろでテンゴも険しい表情を浮かべて睨みつける。
「チヒロさん……! テンゴさん!」
ミカエラはパッと顔を輝かせ、二人の姿に安堵の色を浮かべた。彼女の腕を掴んでいた伍長の手がたじろいだ隙に、ミカエラはスルリと抜け出してテンゴたちの背後へと駆け寄る。
「大丈夫ですか、ミカエラさん!」
「まったく、大の大人が寄って集かって、何がしたいわけ?」
「こっちはただ人を探しているだけなんだけど? だからって、無暗にナンパしていい道理なんてないでしょ!」
チヒロの鋭い剣幕と怒声に気付いたのか、詰所の近くにいた残りの兵士たちもゾロゾロと集まってくる。
しかし、こちらも負けてはいない。少し足早に、ピロー、モモ、ネルソン、そしてアマデウスの4人が合流してきたのだ。アマデウスは相変わらず落ち着いた様子で、人差し指と中指でメガネの真ん中をクイッと押し上げる。
これで、いつの間にか7人全員が勢揃いした。数で言えば、明らかにこちらの方が優勢だった。
「皆さん、ありがとうございます……! ちょっと私、急ぎますね……」
「さようなら、気色悪い兵隊さんたち!」
ミカエラがテンゴみたいに挑発的な言葉を投げかけた。
「「「……………!!」」」
兵隊さん達もその思わぬ言葉に驚愕していた。
ミカエラが深々と頭を下げると、足早にその場を去ろうとする。それを見て、チヒロもフンと鼻を鳴らした。
「あ、ちょっと待って」
「あぁ、これ以上ここに長居しても無駄だな」
「ミカエラ嬢、お怪我はなかったんかいや?」
ネルソンも心配そうに声をかける。
テンゴは、歩き出したミカエラたちの背中を追いかけようとしたが、ふと足を止め、その場にたたずむアマデウスの姿を振り返った。
「……アマデウスは、一緒に来ないのか?」
アマデウスはどこか意味深なため息を漏らすような表情を浮かべたまま、静かに首を横に振る。
「……私は、まだもう少しここに用事がありましてね。少し気になる所もあるので……。ですから、ミカエラさんの護衛はあなた方にお任せしますよ」
「……そうか。分かった、じゃあまた後で!」
少し気にかかったものの、アマデウスの落ち着き払った態度と言葉を信じ、テンゴは頷くと、先へ歩いていく仲間たちの背中を急いで追いかけた。
その背中を静かに見送りながら、アマデウスは再び人差し指と中指でメガネの中央をクイッと押し上げるのだった。
ミカエラたち6人が慌ただしく広場を去っていくのを見送りながら、アマデウスはまだその場に静かに佇んでいた。
彼には、まだこの広場で片付けるべき用事があったのだろうか。もともと彼はこの広場を拠点にしているような人物であり、テンゴやチヒロたちと出会ったのも、ただの偶然というよりは、この街での日常の延長線上だったのかもしれない。自分自身の目的を優先させる彼のマイペースさは、どこか底が知れない雰囲気をまとっていた。
一方、目の前で狙っていた「小鳥」を取り逃がした格好の伍長は、名残惜しそうに宙へ手を伸ばしたまま、吐き捨てるように独り言を呟いた。
「……あぁ、せっかくの小鳥が飛び去ってしまったか。まあ、仕方ないな」
「さて、また別の暇つぶしでもするとしようか」
「往来を行き交う人間でも眺めながらな……」
伍長は、周囲で野次馬を決め込んでいた4人の兵士たちに大げさなジェスチャーで指示を飛ばすと、何食わぬ顔で自身の持ち場へと戻っていった。
それまでちょっとした人だかりができていた一帯は、まるで波が引くようにみるみるうちに人が散っていき、広場は再びいつもの日常を取り戻す。
このセビリアの広場では、実に様々な国籍や身なりの人間が来ては去っていく。それこそ、テンゴたちのようにこの世界では見かけない奇抜な衣装を着た者たちが歩いていたところで、誰も特別気に留めやしないのだ。ミカエラはその土地柄をよく知っていたからこそ、最初から彼らの服装などをこれっぽっちも気にかけていなかったのである。
喧騒が去り、再び穏やかな空気が広場を包み込もうとしたその時――。
――プアアァーッ!
突如として、甲高いラッパの音が響き渡った。
どこかの見張りが吹き鳴らしたその鋭い音色とともに、広場の脇から、先ほどまでとはまた違う一団の兵隊たちが姿を現すのだった。




