誤魔化し
今回はキャンプの始まり部分です
最後までおよ下さい。
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時は戻る――リハーサルが始まる前のこと。
千宙の自宅の居間で、奏護はグラスに入ったジュースを豪快に一飲みした。それに続くように、千宙も同じグラスからシュワっと音を立てるジュースを一口飲む。
ナイーナとの激闘が終わり、あの広大な宇宙を見上げてからというもの、色々な思い出が脳裏を過っていた。どれも過ぎ去った記憶ではあるが、どれ一つとして色褪せない、大切な思い出だ。そんな記憶を、奏護はそっと胸の奥深くにしまい込む。
「どんな状況になっても、どんな奴らが現れようとも――俺はこの世界の音色を、この宇宙の音色を見つけに行くさ……」
「ふふ……相変わらず、挑戦的ね」
千宙は呆れたような、しかしどこか嬉しそうな微笑みを浮かべた。自信ありげな顔でそう語る奏護を横目に、彼女もまた、この先の未来を一緒に見据えていきたいと感じていた。
「俺はな、あの時『思い出す』ってスキルを使用したんだよ」
「そう……。でも、昔はあんなに尖っていたのに、今はすっかり丸くなって……それに、昔と違って今は違う意味で挑戦的ね。そんな奏護が――」
そこまで言って、千宙はピタリとと言葉を止めた。
次の瞬間、彼女の纏う空気がガラリと変わり、背筋が凍るような殺気さえ帯びてくる。
「――そんな奏護が、あの『ナイーナ』って女性と、一体どんなやり取りをしていたのかしら……っ?」
冷ややかな視線と尋問するような口調に、奏護は思わずビクッと肩を跳ねさせた。
「えっ……!?」
「『えっ』じゃないわよ! 結婚式会場で『後で事情を聞かせてね』って言ったでしょ? 何があってあんな展開になったわけ? まさか、忘れたなんて言わせないわよ?」
千宙の詰め寄るような鋭い追及に、奏護は冷や汗を流しながら必死に弁解する。
「いや、あの時は戦闘中で、ほら……何かこう、向こうが勝手に魔力を使い果たして自滅したっていうか、俺が勝ったっていうか……!」
「ふーん……」
「本当だって!」
「じゃあ、どんな戦闘だったのか詳しく聞かせてくれる?」
観念した奏護は、精一杯の記憶を辿って説明を始めた。
みんなが眠っている間に何が起きたのか。自分が目を覚まし、ルスランが起き、ゴリスラヴァが襲いかかってきて、そこへナイーナが現れ、激しい魔法攻撃を仕掛け込んできたこと――そしてナイーナのMPを使い果たしたことなどをタジタジになりながら語る。
「……そう、そうだったのね」
「ああ、本当だってば!」
「それでね、私、寝ているときに一つだけ思い出したことがあるの。奏護が戦っていたとき……」
「ん、なにが?」
「奏護が何か大声で叫んだことは、なぜかハッキリ覚えているのよ。どんな会話だったのか、肝心の中身は聞き取れなかったんだけど……」
その言葉に、奏護はハッと言葉を詰まらせた。
(やばい……あれを思い出されたか……!?)
戦闘の最中、熱くなって何度か叫んだ言葉がある。頭の中で必死に記憶を巻き戻し、何のセリフだったかを思い出す。
千宙は、記憶の糸を手繰り寄せるように言った。
「何か、『それがどうしたっ……!?』って言葉だけは聞こえたんだけど……あれは一体、誰と何の会話だったの?」
追いつめられた奏護は、何とかごまかそうと言葉を探す。
(あぁ、あれか……確か……『そこで寝てる女の子のこと』って……!)
しかし、それを思い出してしまったが最後――口にしてしまえば、自分がどれだけ千宙のことを意識しているか、丸わかりになってしまう。そんなの、恥ずかしすぎて絶対に耐えられない。
確かその言葉はナイーナがこう『そんなぁに大好きなのぉ?』と言っていたので、真実を語るわけには行かない、なのでここは全力で誤魔化そうとする。
(『そんなぁに大好きなのぉ?』『そこで寝てる女の子の事が』なので『それがどうした!?』ってつい言ってしまった…なので……ここで本当のことを言うわけにはいかないっ……!)
「いや〜……それがだな、全然思い出せないな!」
「は……? 何言ってるのよ」
千宙の目が、スッと細められた。
「思い出せないって、そんな訳の分からない言い訳があるわけないでしょう? 輪島市でのキャンプの細かい思い出はあんなにスラスラ思い出せたのに、ついさっきの戦闘のことは思い出せないっていうわけ?」
逃げ場のない追及を前に、奏護の冷や汗は止まる気配を見せなかった。
「うーん、不思議だなー、何故だ? 俺はなんで思い出せないんだ……?」
と、奏護が半分ふざけた調子でおどけてみせると、千宙はさらに目を光らせて一歩詰め寄ってきた。
「あれれ〜? どうしたのかな〜? さっき『思い出す』ってスキルを使ったって、自分で言ってなかったっけ?」
先ほど奏護が口走った言葉を、千宙はニヤリと笑いながら完璧に投げ返してきた。
「えーーっと……あーー……あーー、なんだっけ、ヴァイオリンの練習だっけ?」
「話を逸らさないでくれる?」
「今は、『思い出す』の時間よ?」
「もしや、『忘れた』なんて都合のいいスキルを使ったりしないわよね?」
(くっ……先手を打たれた……!)
調子に乗って「思い出すスキル」などと口走ったせいで、千宙に完璧な返し技を与えてしまった。
心の中で『忘れた』というスキルさえ使えればその場で綺麗に言い逃れができたかもしれないが、あいにくそんな都合のいいものはない。
――完全に、退路は断たれていた。
(こうなったら、必殺技のスキルを使うしかない……っ!)
「とりあえず俺は……」
「何よ」
「ちょっとトイレに行ってくるわ……!」
意を決したように奏護は椅子から立ち上がり、その場から逃げ出そうとする。
「あら、そう。今度は『トイレへ逃げる』ってスキルを使うわけ?」
「ぐっ……!」
(ダメだ……チヒロが俺の一枚上手すぎる……! これじゃもう、観念して正直に話すしかないのか……っ!?)
「わかった、正直に話そう……! 実はあの時、ナイーナが俺たちの戦力が低いとか、罠にかかってダサいとか言い始めるから、頭にきて『それがどうした!?』って怒鳴り飛ばしたんだよ!」
「それ、ホントに本当!?」
千宙がカッと目を見開き、真相を確かめようと詰め寄ってくる。
(いいえ。完全な嘘です。 そんな、千宙への間接的な告白じみた理由なんて、恥ずかしくて絶対に言えるわけがない!)
「本当だ、真実だとも! 俺は全力を出してナイーナを退けたんだ!」
(ナイーナを追い払ったのは本当だが、今は全力で千宙の追求を誤魔化しているだけだ)
「な〜んだ、そういうことか! なら納得したわ!」
千宙がようやく納得してくれたらしく、これならどうにかヴァイオリンの練習へと移れそうだった。
奏護はふーっと大きな胸をなで下ろす。冷や汗はいまだにダラダラと流れていたが、どうにかこの場を切り抜けられたらしい。
「うん、うん……」
しかし、油断したのが運の尽きだった。千宙は容赦なかった。
「――と、言うと思ったか!」
「な……ッ!?」
「あのさあ、確かにうちらは寝ていたけどさ、まさかそんな『弱いだの罠だの』って適当な言い訳で誤魔化せると思ってたわけ?」
(やっぱりダメだ……何を言ってもこの追及からは逃げ切れない……っ!)
観念した奏護は、腹をくくって本当の言葉を口にしようとした。
「わかったよ……! こんな時だからこそ言えるかもしれないから、俺は――」
だが、その決意を遮るように、千宙がさらに言葉を切り出した。
「もういいわよ、続きはまた今度じっくり問い詰めるから。それに、もう時間ないし、さっさと練習しましょう?」
「あ、はい……」
「良い?奏護。私の前で『思い出せない』なんて言うのやめてね…私傷つくから…」
「はい。今度はしっかり覚えておきます」
奏護は文字通り、命拾いをした気分だった。
――もちろん、別の意味ですごく冷や汗をかいたけれど。
こうして、千宙も奏護も、間近に迫った誕生日会に向けて、ようやくヴァイオリンの練習を始めようと楽器の準備を始めるのだった。
(本当は、千宙はあの時、俺が叫んだ言葉をちゃんと聞いていたのかもしれない。……だったら、あの場面でもっと早く目を覚ましてくれよと思わなくもないけれど。だけど今度はしっかりと告白できるように覚悟をきめておきたい。感情的で、いざという時は頼りになって、心の底から尊敬できる――そんな千宙のことが、やっぱり俺は大好きだ)




