チヒロとの密会
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ルスランたちとの別れを告げたテンゴたち五人は、ギルド『宇宙の走破者たち(スペースランナーズ)』の本拠地であるコロニー「星巡りの港」の転送室へとワープして戻ってきた。
「っふ~~……」
「よし! 帰ってきたぞ!」
「無事、到着ー!」
「結局、地球じゃなかったね……」
「けど、なんか妙にリアルな世界だったな……」
転送装置から降り立ちながら、各自がルスランとリュドミラに会いに行っていた旅の余韻と感想を口々につぶやく。そして転送室の出入り口付近で、これからの行動についての話し合いが始まった。
「これからどうする? またサーチ(惑星探査)を続けるか?」
転送室のモニターには訪問した惑星のデータが記録されているため、一度行った場所にはいつでも再訪できる。だが、目指す地球へ辿り着くためには、新たな惑星データを検索・確保し続けなければならないのだ。
「まぁ、それしかないよな~」
「じゃあ、今から次の検索をかけておくか。次こそ地球が見つかればいいんだが……」
テンゴは転送装置のコンソールを操作し、新たな惑星探査のプログラムを起動させた。これで数時間後には、新しい惑星データがリストアップされるはずだ。
一仕事を終えたテンゴたちは、転送室を後にして廊下へと足を進めた。
「とりあえず一息つきたいところだけど……みんな、体調や疲れはどうだ?」
「そうだね……できれば少し休みたいな」
チヒロが息を吐きながら頷く。
「うちも流石に疲れたぁ……」
モモも肩を落として同意した。
「我は全然……問題ないよ!」
ピローが元気よく言えば、
「拙者もまったく…」
ネルソンも頼もしく応じる。
そんなやり取りの途中、ふと思い当たったようにテンゴが足を止め、切り出した。
「……あ、そういえば誕生日だったな」
チヒロが不思議そうにテンゴへ視線を向ける。
「……え?」
「チヒロ……明日……いや、日付が変わって今日か」
「えっ?? まぁそうだけど……今日って……あ、そうか……! そうだよね!」
そう、チヒロの誕生日は7月7日。
フルダイブゲーム『L K O』のサービス終了予定日だった2040年7月6日の夜、ゲームからログアウトできなくなったまま異変に巻き込まれていたため、日付の感覚がすっかり麻痺していたのだ。
「いや~、色々なことがありすぎて完全に忘れてたよ! 気づいてくれてありがとう、テンゴ!」
照れくさそうに、けれど嬉しそうに笑うチヒロの言葉に、一行の空気は一気に和やかなものへと変わっていった――。
ルスランとリュドミラのところで過ごした時間は、およそ二日。
だが、それが現実世界の時間に換算してどれほど経過しているのかは、もはや誰にも分からなかった。
「……じゃあさ、どうする? ささやかだけど、みんなで誕生日会でもやるか?」
テンゴの提案に、メンバーそれぞれが頷いて応じた。
連戦の疲れも溜まっている以上、一度羽を伸ばして休むことも大切だ。それに、今後のギルドの方向性や、いまだ解決の兆しが見えない「現実世界への帰還」について、じっくりと腹を割って話し合う場も欲しかった。
ログアウトできない異状事態に対する不安や不満は、間違いなく全員の胸にくすぶっている。
議論の末、まずはチヒロの誕生日を祝って和やかに過ごし、その後にそのまま『現実世界』についての本格的な話へ移ろう、という方針でまとまった。
集まる場所は、チヒロの自宅に決定した。
「ええ~~~っ、うれしいっ!! みんな、本当にありがとう!!」
チヒロは弾けるような笑顔で歓声を上げた。そして、思いついたように目を輝かせる。
「じゃあ、私からリクエストしてもいい!?」
「??」
突然の申し出に、一同は首を傾げた。誕生日会で主役の頼みを聞くのは当然だが、一体何を言い出すのだろうか。
「テンゴ! バイオリン弾いてよ!」
「ええっ!?」
「お願い! テンゴの演奏が聴きたいな!」
予想外の無茶ぶりに目を見開いたテンゴだったが、主役の嬉しそうな顔には勝てず、苦笑交じりに頭をかいた。
「お、おう……まぁ分かった、弾くよ」
こうして、各自は誕生日会の時間までそれぞれの部屋で休息を取り、身体を休めることとなった。
ただし、リクエストを引き受けたテンゴだけは、会に備えて楽譜と楽器の準備に走らなければならない。
フルダイブVRMMO『LKO』には、現実世界の小物が細部まで緻密に実装されている。そのため、プレイヤーはゲーム内にいながら、まるで現実世界で生活しているかのようなリアルな雰囲気を味わうことができた。
例えば、スーパーマーケットで手に入るペットボトル飲料や調理済みの惣菜・料理などは、各プレイヤーのHPや満腹度を充たすご馳走であり、優秀な回復アイテムとして機能する。
そして、ピアノやバイオリンといった各種楽器もアイテムとして調達可能だった。もっとも、演奏機能がついているだけで有名な製作者や特別なステータス補正があるわけではない単なる趣味アイテム扱いのため、実際に活用するプレイヤーは滅多にいなかったのだが――。
テンゴ――本名、奏護は、誕生日会までの準備と休息のため、スペースコロニー「星巡りの港」にある自らのマイホームへと戻ってきた。
見慣れた自宅に向かって脚を進める。
そこに聳え立っているのは、個人所有の家というよりは、西洋風の壮麗で重厚な大城塞そのものだった。
広大な前庭には整えられた緑が広がり、裏庭には大きなプライベートプールまで備え付けられている。クラフトと購入に相当なゲーム内通貨を注ぎ込んだが、その出来栄えには奏護自身、大いに満足していた。
「……しかし、よくこんなの作ったよな」
「とりあえずBGMでも付けるか」
奏護は室内BGMを備え付けモニターで操作すると城内でその音楽が再生される。
流す曲に選んだのは、カール・チェルニー作曲(大交響曲1番op780 第二楽章)
見上げるほどの大城閣を前に、奏護は思わず感嘆の息を漏らした。
五感のすべてが同期された『LKO』の世界だからこそ、眼前に佇む己の城の優雅さとリアリティは、思わず圧倒されるほど圧倒的な存在感を放っている。
内装も徹底的にこだわり抜いていた。
約五十室におよぶ贅沢なゲストルームをはじめ、グランドピアノが鎮座する煌びやかな広間、大勢で宴を開ける豪奢な食卓の間、果ては本格的なビリヤードルームや細部まで再現されたレストルームに至るまで、まさに貴族の館そのものだ。
奏護は重厚な扉を開けて中へ入ると、まずは広間へと向かった。
中央に佇むピアノの傍ら、壁際に置かれたアンティーク調の棚に近づく。棚の引き出しを開け、今日の夕方、チヒロの誕生日会で披露する演奏用の楽譜を取り出した。
「さて……どの曲を演奏しようかな」
いくつか並んだ楽譜を手に取り、ページをめくりながら曲目を吟味する。選定を終えると楽譜を静かに棚へと戻し、そのまま奥にある自身のプライベートルーム(私室)へと足を運んだ。
自室のドアを開けると、使い込まれた学習机や上質なベッド、居心地の良さそうなソファ、姿見の鏡、そして大型テレビや音楽プレイヤーといった現実的なインテリアが整然と配置されていた。
ゲームの世界でありながら、ここは奏護にとって最も心が安らぐ、もう一つの「自分の部屋」だった――。
奏護が選んだセットリストは、いずれも名曲揃いだった。
一曲目は、ヴィヴァルディの『ヴァイオリン協奏曲 ト短調 RV316a』。La stravaganza 作品4第6番
二曲目は、古典派の優雅で軽快なスタイルが光るハンス・ミリエスの『モーツァルトの様式によるヴァイオリン協奏曲』。
そして締めくくりに選んだのは、溢れんばかりの情熱と哀愁が交錯するヨハン・スヴェンセンの『ロマンス op.26』である。
楽器演奏として、ヴァイオリン独奏とあらば一人で演奏するだけで問題はなく
伴奏付きの場合、どうしても欠かせない存在がある――伴奏を務めるピアニストだ。
(録音した音源を伴奏として流す手もあるけれど……できれば生で合わせたいな)
どれも高度な技術を要する難曲ばかりだが、奏護自身が弾く分には何の問題もない。
懸念されるのは、伴奏を引き受けてくれるであろうチヒロの方だった。
さきのルスランとリュドミラの元にいた際、チヒロは一分足らずの短い楽曲『チェルニーのそよ風』を見事に弾ききってみせた。しかし、今回の選曲はいずれも大曲で、全体を通せば演奏時間は三十分を超えてくる。
それだけの長丁場を最後まで弾ききるには、技術だけでなく、並外れた高い集中力が求められるのだ。
「まぁ、無理そうなら録音伴奏に切り替えればいいか」
奏護は選んだ楽譜を丁寧に束ねると、自室に置いてあったバイオリンケースをしっかりと手にした。
準備をすべて整え、彼は期待と少しの緊張を胸に抱きながら、チヒロのマイホームへと向かって脚を踏み出すのだった――。
◆◆◆
テンゴはチヒロの自宅へと足を運んだ。
門をくぐると、そこには重厚な日本瓦の屋根を持ちながらも、バルコニーや大きな窓には洋風の意匠が凝らされた――まるで明治・大正期のモダンな洋館を思わせる建物が佇んでいた。
「来たぞー! 千宙!」
玄関の扉が開き、
「いらっしゃーい!」
と、チヒロがひょっこり顔を出す。
「一人だよね……。うん、入って、奏護」
「おう」
現実世界では互いに下の名前で呼び合う二人だが、この『LKO』のゲーム世界では、チヒロはテンゴのことを『奏護』と名前で呼ぶ。もっとも、奏護の方から見るチヒロの名前は現実と変わらないため、普段通りそのまま呼び続けているのだが。
「まだ始まるまで2時間くらいあるしな。そのうちに練習しよう」
玄関を上がった二人は、館内の長い廊下を歩き、ピアノが置かれた部屋へと向かうのだった。
「まだ始まるまで2時間くらいあるしな。そのうちに練習しよう」
廊下を歩きそのピアノが置いてある部屋まで行こうとする。
千宙の改まった様子の問いかけに、奏護はバイオリンケースを傍らの床に立てかけ、少し驚いたように目をパチリとさせた。
「あのね……奏護、あの時の話なんだけど……」
真っ直ぐに向けられる千宙の瞳から、奏護はわずかに視線をそらし、ごくりと息を呑んだ。
「ん? いつの話だ……?」
「あの……眠ってた時の……」
「あ~、はいはい、あの時ね」
知らぬふりをするように、奏護はわざとそっけない態度をとってみせる。しかし、心臓の音はいつもより少しだけ大きく響いていた。
「あの時が……どうしたんだよ」
「ほら、言ったじゃん? 思い出したって。私、奏護との『約束』を……夢で見たの」
その言葉を聞いた瞬間、奏護の脳裏に鮮やかな映像がフラッシュバックした。
――それは、何年も前。まだ幼かった夏の日のこと。
場所は、能登半島・輪島市の深く美しい自然に囲まれたキャンプ場だった。
見上げる夜空には、今この『LKO』の世界に広がる星空よりもさらに鮮やかに、数え切れないほどの星々が瞬いていた。
あの夜、二人は焚き火の炎を囲みながら、他愛のない将来の夢や、いつか大人になったときの約束を交わしたのだ。
幼い約束――それは、現実の忙しさや日々に追われるうちに、いつしか心の奥底へしまい込まれていた記憶だった。
千宙もまた、同じ夢を見ていたのだ。
奏護はぐっと拳を握りしめ、そっと千宙へと視線を戻した。逃げずに、そのまっすぐな瞳を受け止めるように。
「……あぁ、覚えてるよ。輪島のキャンプ場の夜だろ」
奏護の口からその地名が出た瞬間、千宙の表情がふっと柔らかく、花が咲くようにほころんだ。
「うん……! よかった、奏護もちゃんと思い出してくれたんだね」
少し照れくさそうに頬を染めながら、千宙はテーブルに置いた手をそっと握りしめた。
明治大正時代のレトロな雰囲気を纏う洋室の窓から、夕陽が優しく二人を包み込んでいる。
「あぁ…まぁな、あの時の事か…」
かつての幼い約束がいま、この仮想現実の星空の下で静かに息を吹き返そうとしていた。
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