英雄たちの凱旋
****の個所から****の個所まで
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楽曲指定
作曲家:グリンカ
歌劇:ルスランとリュドミラ
テンゴとルスランが前線で繰り広げる激しい刃の応酬。
そしてその背後では、巨大な弦の大蛇に立ち向かうチヒロ、ネルソン、ピロー、そして絶好のタイミングで回復を差し込むモモ――各自が己の役割を完璧に全うしていた。
「俺は今まで、仲間なんて作らなかったッ!」
「音楽も演奏家も、俺の生きがいでも何でもねぇんだよッ!」
「この宇宙の全てが、俺にはどうでも良いんだ!! だから俺たち――『UNIVERSAORDER』はこの宇宙を完全に作り変えるために動いてるんだァッ!!」
「っんぐあッ!?」
ニコロの凄まじい執念の突剣がテンゴを襲う。その隙を突こうとルスランが横合いから踏み込んだ!
「イヤアアアアアッ!!」
「甘いッ!!」
ニコロは間一髪でルスランの強襲を弾き返す。激しい乱撃戦の中、テンゴは荒い息を吐きながらも、まっすぐにニコロを見据えた。
「っはぁ……っはぁ……この宇宙はさ……『音』で出来てると思うぜ」
「……何だと!?」
「ほら、ピタゴラスが言ってただろ……」
「誰だそいつはッ?!」
「音階は惑星をイメージしたって……ハンマーを叩けば和音が生まれるとかさ……! お前は演奏家だろッ!? 演奏家が宇宙を否定してんじゃねぇよッ!!」
テンゴの光の剣とニコロの突剣が激突し、火花が激しく散る。
「俺たちが何を感じ、どう思うかによってその音は変わる! そしてみんなの音が調和した時、宇宙全体が一緒に奏でる『交響曲』ができると……俺は信じてるぜッ!」
テンゴが気迫の連撃でニコロを押し込んでいく!
「だから…宇宙は……どこにいても繋がってるんだッ!!」
テンゴの魂の乗った一撃を喰らい、ニコロが大きくよろめく。その身体には明確な限界が訪れつつあった。
「っぐはあぁッ!?」
その時――背後で暴れていた巨大な弦の大蛇が、チヒロたちの怒涛の連携によって遂に消滅した。大蛇を撃破したチヒロ、ネルソン、ピロー、そしてモモが、テンゴとルスランのわずか一メートル背後まで駆け寄ってくる。
その瞬間、空間を満たしていた幻想的な気配が引き始めた。発滅から三分――広域強化スキル『星屑の音片結合』の輝きが途絶えたのだ。上空を覆い尽くしていた星々と、地上に舞っていた光の扇、光の粒子たちがスッと露のように消えていく。プラネタリウムの様な満天の星空は終焉を迎え、漆黒のドームが再び出現する。
「っはぁ……ッはぁ……ッぶっへぇ……! それでも俺は……宇宙を作り変え……再び俺の夢を取り戻すんだッ……!!」
ニコロは残された全生命力を振り絞り、狂乱の牙を剥く!
「ッハ……うおおおおおおおおお!!! 『飛弾の輪舞』――――ッ!!」
至近距離から放たれた極大の弾幕! 満身創痍のテンゴは避けることなく、仲間たちを背に背負ったまま、その全威力を真正面から仁王立ちで受け止めた!
――バババババババンッ!!
身体から激しい煙を吹き上げ、テンゴはその場に硬直する。そしてゆっくりと……その巨躯の様に見える人物が後ろに倒れ始めた。
「っはっはっは!! 遂にお前の敗北だぁッ!! 仲間に看取られながら地獄へ落ちろおおッ!!」
絶望的な光景に、ニコロは勝ち誇った高笑いを響かせる。
しかし――倒れかけてゆくテンゴの口元が、ニヤリと上がった。
「だが……しかし……っ!」
後ろへ倒れ込むテンゴの身体の影から、五人の影が弾丸のように飛び出した!
「「「「そうはさせないッ!!!!」」」」
ルスランが怒りの拳を叩きつけ、チヒロが白い杖を全力で振り上げ、ピローが赤きブレードを一閃させ、ネルソンが鋭い刀を閃かせ、モモがアザラシクッションを抱えて突撃する――全員の全力が、無防備なニコロへ同時に叩き込まれた!
「っぶはあああああああッ!!!!???」
絶大なる一斉攻撃を叩き込まれたニコロの身体は、弾丸のような勢いで吹き飛び、後方の屋敷の壁へと激しく激突した。その凄まじい衝撃の拍子に、ニコロのポケットから「とある物」がポロリと地面へ落ちる――。
漆黒のドームを見上げながら、仰向けに倒れたテンゴが満足そうに口を開いた。
「仲間で支え合い戦う。これが俺たちの――」
「私たちの」と、チヒロが笑顔で言葉を重ねる。
「我らの」と、ピローがブレードを収めながら言う。
「うちらの」と、モモがアザラシクッションをギュッと抱きしめる。
「拙者等の」と、ネルソンが静かに刀を納める。
「そして、僕らの」と、ルスランが晴れやかな顔で締めくくる。
倒れたテンゴを含めた六人全員が、息を合わせて叫んだ。
「「「「「「『協力プレイ』だ!!!!!!」」」」」」
すると、これまで激戦の舞台である『魔法の庭園』の上空を重々しく覆い尽くしていた漆黒の結界ドームが、潮が引くようにすーっと霧散していった。破られた雲の切れ間からやわらかな温かい陽光が差し込み、荒れ果てた庭園を優しく包み込んでいく。
仰向けに倒れたまま、テンゴはゆっくりと眩しい青空を見上げた。
「は―――ッふ―――……終わったな」
安堵の混じった長い溜息を深く吐き出す。
ニコロが吹き飛ばされた衝撃で落とした「とある物」のもとへ、チヒロが静かに歩み寄った。
地面に転がっていたのは、ニコロが口にしていた『ダークマター』――不気味な漆黒の光を微かに放つ、小さな玉だった。チヒロはその怪しい輝きを不思議そうに見つめた後、慎重に回収して手元に収めた。
改めて見回すと、かつて美しかったであろう『魔法の庭園』の至る所が深くえぐれ、瓦礫と化していた。まさに今しがたまでの死闘の凄まじさを物語る光景だった。
そこへ、ルスランが真剣な面持ちで前へ踏み出す。
「僕は……姫様を助けてくる」
本来の目的を果たすべく屋敷を見上げるルスランに、チヒロが温かい笑みを向けた。
「うん、いってらっしゃい!」
ルスランが素早く屋敷の中へと走っていくのを見送りながら、テンゴは空を仰いだままグッタリと呟いた。
「いやー……マジきつかったわ。もうHPなんて2割程度しか残ってないよ……」
「『全休符』」
その声とともに、モモがギュッと抱きしめていたアザラシクッションのつぶらな瞳が鮮やかな緑色に輝いた。温かな回復の光がテンゴの全身を包み込み、蓄積した疲労と痛みをみるみる和らげていく。
「テンゴ、大丈夫……?」
心配そうに覗き込んできたチヒロに、テンゴは苦笑いを返した。
「あぁ」
「モモ、サンキュ。おかげで生き返ったぜ」
テンゴはゆっくりと体を起こすと、立ち上がって服についた砂埃を手で軽く払った。
「さて……ルスランが降りてきたら、一気に引き上げるとするか」
しばし戦いの余韻に浸りながら待っていると、やがて屋敷の玄関からルスランが姿を現した。その両腕には、大切に抱きかかえられたリュドミラ姫の姿があった。姫に目立った外傷はないものの、深い眠りに落ちているのか、ルスランの腕の中で静かに目を閉じたままだ。
「とにかく、ここはもう出よう」
「チェルノモールは拙者が担いでいくさけ」
倒れていたチェルノモールをネルソンが手際よく肩に担ぎ上げる。
激闘を乗り越えた六人は互いの無事を確かめ合うと、日の光が差し込む『魔法の庭園』をあとにした。
◆◆◆
『魔法の庭園』を後にした6人は、静まり返った一本道を静かに引き返していった。
死闘を終えた全員のMPは、まさに底をつきかけようとしている。道中、モモが健気に『全休符』を掛け直し、テンゴ以外の傷ついた4人の体力をしっかりと回復させてくれたおかげで、なんとか足取りだけは確かだった。
ルスランが携えていた『運命を断ち切る剣』は、残念ながらニコロとの激戦の最中で半ばから折れてしまい、あの庭園の地に置いてくることとなった。大頭の真横から引き抜いて手に入れた因縁の剣だったが、あの猛攻を支え切るにはこれが限界だったのだ。誰のせいでもなく、激闘が物語る仕方のない結末だった。
やがて一行は、あたたかな陽の光が差し込む荒野へと辿り着いた。
視界の先、巨大な大頭の背後からぞろぞろと歩み寄ってくる6人に気づき、大頭がゆっくりと瞼を開く。
「来たか……お主ら……」
「あぁ……勝ったぜ」
テンゴが短く答え、息を吐いた。
「なんとかな……めちゃくちゃ強かったけどな」
ピローもやれやれといった風に肩をすくめる。
「……もらった剣は粉々になって……申し訳ない」
ルスランが身を縮こまらせ、素直に謝罪の言葉を口にした。
「お主の弟、チェルノモールも連れて来たげんぞ」
すかさずネルソンが前に出ると、自らの背中におぶっていたチェルノモールの姿を見せた。
「あぁ……ありがとう。そこに寝かせてくれ」
ネルソンは言われた通り、息のあるチェルノモールを優しく地面へ下ろし、静かに寝かせた。
「本当に……本当にありがとう。終わったんだな……これでワシも、安らかに眠れそうだ」
大頭の大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ落ちる。
先ほどまで場を支配していた怨念と憎しみはすっかり消え去り、澄み渡るような感謝の情が6人の胸へとダイレクトに伝わってきた。
その時――チヒロの胸元から、眩い光が急に溢れ出した。
「えっ……!? 何これ……!?」
光の発生源に全員の視線が集まる。チヒロは首をかしげながら、懐から「光る物」をそっと取り出した。
「これ……ニコロが言ってた『ダークマター』だよね……?」
チヒロが掌に乗せて見せると、仲間たちが顔を寄せ合う。
「あぁ、そうだな」
「む……間違いない」
「けど、何で急に光り出してるんだ……?」
不審に思った6人は円陣を組み、息をのんでチヒロの掌の上の『ダークマター』を見つめた。
先ほどまで不気味に蠢いていた漆黒の光は、いまや圧倒的な輝きを放つ純粋な光の玉へと姿を変えていた。そしてその光の玉は、まるで役目を終えたかのように、チヒロの手の中から徐々に、徐々にその粒子を溶け込ませ、消えていこうとしていた――。
「『ダークマター』って……人から作るってニコロが言ってたけど、一体どういう事なんだろう?」
消えゆく光を見つめながら、チヒロがぽつりと疑問を口にした。
「う~ん……何だろうね……」
モモも首をかしげ、アザラシクッションを小さく撫でる。
「これはまさか……俺たちの故郷、地球への道しるべになったりしてな」
テンゴが半分冗談めかして推測を口にする。
各々が自由に意見を出し合っている間にも、チヒロの掌にあった『ダークマター』は完全に光の粒子へと変わり、さらさらと風に乗って空へと舞い上がっていった。
「……………………」
六人は無言のまま、遥か上空へと消えていく一筋の眩い光を見つめ続けた。
「ねぇ……『ダークマター』って、本当はすごく綺麗な物なんじゃないのかな……?」
空を見上げたまま、チヒロが静かに呟いた。
「何だそれ」
テンゴは苦笑混じりに鼻を鳴らしたが、すぐに困ったように頭をかく。
「けど……せっかく回収したってのに、敵の手がかりが消えちまったな」
すると、眠るリュドミラ姫をしっかりと抱きかかえたまま、ルスランが静かだが力強い声で言った。
「……あんな禍々しい代物、姫様が大切にされている物ではない。消えて正解だった」
「確かにそうかもしれないけど……」
仲間の一人が、消えた光の残り香を惜しむように呟いた。
「とにかく、早く城へ戻ろう。皆が待っている」
ルスランの促す声に、全員が深く頷いた。激闘を終え、体力を全回復したが疲れ果てた体ではあった、その表情には確かな達成感が宿っていた。
「お主ら……気を付けて帰るんだぞ……」
後ろから、大頭の温かい声が響く。
「あぁ!」
テンゴが力強く振り返って手を振ると、大頭に温かいお別れを告げた。
陽光がやわらかく照らす荒野を抜け、一行は仲間たちの待つ城への帰路につくのだった。
◆◆◆
荒野を出た時はまだ昼下がりだったが、歩みを進めるうちに陽は少しずつ傾き、街へと辿り着く頃には空は柔らかな茜色に染まり始めていた。
6人はようやく、見慣れた街の全貌を望む高台へと辿り着いた。
視線の先には、テンゴたちがこの世界に初めて降り立った際目にした、あの巨大な黄金の門が重厚に聳え立っている。一行が近づくと、脇に立っていた兵士が敬礼と共に素早く門を開け放った。
門の向こうには青々とした草原が広がり、その奥に活気あふれる街並みと、夕日を受けて輝く城の屋根が見えた。
六人がまとまってゆっくりと街の中へ足を踏み入れた、まさにその瞬間――。
「おかえりーっ!」
「ありがとう! 本当にありがとう!」
「ルスラン! お疲れ様!!」
「英雄の六人が帰ってきたぞー!」
「わぁ……かっこいい……!」
街の至る所から、割れんばかりの歓声と万雷の拍手が湧き起こった。
姫の救出に向かったあの重苦しい出立の時、街はただ不気味な静寂に包まれていた。だが、今は違う。
そして何より、ルスランに向けられる人々の扱いが劇的に変わっていた。かつて彼に浴びせられていた心ない罵声や冷ややかな視線は綺麗に消え去り、誰もが尊敬と感謝の眼差しを向けている。
ルスランがその腕に眠れるリュドミラ姫を大切に抱きかかえている姿を見て、国民たちはすべてを察したのだ。姫が凶悪な敵に奪われ、そして彼らが命がけで奪還してくれたのだということを。
大歓声と即席で作られた祝い旗や看板が揺れる中、テンゴたちは誇らしさと気恥ずかしさが混ざり合った笑顔で手を振り返した。
最初に城を目指した時、救出のために駆け抜けた時、そして今、勝利と共に帰ってきた時――この道を歩くのも、これで二往復目だ。気付けば5人の心と体に、この街の風景と道のりがしっかりと刻み込まれていた。
やがて一行は、目的の場所である城の目の前まで辿り着いた。
両腕で大事に姫を抱えるルスランを気遣い、テンゴたち5人は顔を見合わせると、城の巨大な大門へと手をかけ、一斉に押し開こうとした。
重厚な大門を押し開けると、城内を覆っていたあの出立前の重苦しい空気は綺麗に消え去り、まるで事件が起きる前の華やかな祝福のムードが場内全体を温かく包み込んでいた。
正面奥の玉座には、この国の主であるスヴェトザール大公が厳かに鎮座している。その両脇には、荒野から醜く逃げ帰り、王に事実を報告して手厳しいお叱りを受けたばかりのラトミール王子と騎士ファルラーフの苦々しい姿もあった。
場内は、あの結婚式の時と変わらぬ顔ぶれで満ち満ちていた。
管弦楽団が座って彼らに声援を送り、吟遊詩人バヤンが朗々と祝歌を吟じ、居並ぶ貴族たちが総立ちとなって、帰還した六人へ向けて惜しみない拍手を送っている。街中と同じく、雷鳴のような歓声が城内にも響き渡っていた。
その祝福の旋律を切り裂くように――とある不穏な声が届いた。
ルスランにとっても、そしてテンゴにとっても、強く記憶に刻まれている聞き覚えのある声だ。
「よぉぉ……ルスラァン……」
テンゴと、眠るリュドミラ姫を抱えるルスランの前に、一人の男が突如として席から立ち上がり、不敵な笑みを浮かべて立ちふさがった。
その身に纏っているのは、きらびやかな騎士の鎧。
二人が息をのんで恐る恐るその顔を仰ぎ見る。
「っ……お前は……ッ!?」
ルスランが思わず声を漏らした。
「よぉ……あの時は負けたが、今回は勝たせてもらうぜ……」
「……ゴリスラヴァ……っ!!」
警戒感を露わにしたテンゴが、即座にルスランと姫を庇うように間へと割り込む。
「な……何でお前がここに居るんだ!?」
「そりゃあ勿論……あの時の借りを返しに来たのさ……」
ゴリスラヴァはニヤリと歪んだ笑みを浮かべると、懐から取り出した「とある物」を手に握り締め、テンゴとルスランの目と鼻の先へと突き出してきた――!
「これで勝負だ!!」
ゴリスラヴァがニヤリと不敵に笑い、手にして突き出してきたのは――なんと、なみなみと注がれそうな巨大なビールジョッキだった!
「こ、これは……!?」
厳粛な決闘を覚悟していたルスランは、あまりの拍子抜けに目を白黒させる。
「言ったよな次会ったら確実に倒すって!どっちが先に逝くか命がけの勝負だぁ!!」
「いや、酒勝負かよ!」とテンゴが心の中で突っ込んだ、まさにその時――。
「テーーーンーーゴー──っ!♪」
頭上から、陽気で聞き覚えのある甲高い声が響き渡った。
「えっ、この声は……!?」
テンゴが慌てて見上げた瞬間、宙から降ってきた人影――魔女ナイーナが、吸い寄せられるようにテンゴの首元へと飛びついてきた!
そのままギューッと首に腕を巻きつけ、頬をすり寄せるように超至近距離で密着する。
「「「「!?!?!?!?」」」」
まさかの乱入者と、あまりにも馴れ馴れしい抱擁に、テンゴとルスラン以外の4人は一瞬でフリーズした。
「な、なんでナイーナまでこんな所に居るんだよ!? ゴリスラヴァも!」
首にしがみつかれたまま、テンゴが慌てて尋ねる。
「えへへ、あたしが『結婚式のお祝いに行こうよ』ってアイツを誘ったのぉ」
ナイーナは嬉しそうに言いながら、ジョッキを構えたままのゴリスラヴァを指さした。
「そしたらアイツ、『あの男と決着をつけてやる』とか息巻いちゃってさー。それで二人で来たの!」
「あぁ……そういうことか……」
変に納得しかけたテンゴだったが、その直後、真後ろ――耳のすぐそばから絶対零度の声が落ちてきた。
「……誰? その人」
「ひっ……!?」
「ねぇ……テンゴ。ちゃんと私に、紹介して……?」
チヒロの全身から立ち上る凄まじい殺気に、テンゴの背筋が一瞬で凍りつく。
「え……あ、いや、チヒロ! これはだな……!」
その焦りを知ってか知らずか、抱きついたままのナイーナが無邪気に口を開いた。
「あ、チヒロちゃんだよねー? あたしはテンゴの――」
「しまっ……!?」
破滅の予感を察知したテンゴは、咄嗟にナイーナの口をガバッと手で塞ぐと、強引に首から引き剥がした。
「いやー! あれだよ! 戦闘中にたまたま知り合っただけで……!」
「聞いてないんだけど? 誰なの?」
「だ、だから! 彼女はフィンに召喚された魔女なんだって!」
「ふーん……で? どういう関係???」
チヒロの笑顔の奥で、黒い殺気がさらに膨れ上がっていく。
テンゴは暴れるナイーナの口を必死に押さえつけたまま、滝のような冷や汗を流して叫んだ。
「い、いやー! それよりほら! リュドミラ姫がいまだに目を覚まさないんだ! 今は姫様の救護が先だろ、なぁ!?!?」
必死に話題を逸らそうとするテンゴを、チヒロは冷ややかに見つめ――。
「そうね……後で、じっくり聞かせてね?????」
絶対に逃がさないと言わんばかりの、極上の笑みで釘を刺すのだった。
「……ちょっといいか、みんな。リュドミラ姫がまだ目を覚まさないんだ。どういうことなんだ……?」
騒がしい祝福の最中、抱えられた姫の不自然な眠りに気づいたルスランが不安げな声を漏らした。
彼はそのまま、玉座に構えるスヴェトザール大公のもとへ姫を運ぼうと歩み出る。
その瞬間――空間がふわりと歪み、大公のすぐ横に白魔術師フィンが一瞬にして姿を現した!
「ルスランよ」
「っ……フィン!?」
突如として現れたフィンの神出鬼没さに、ルスランもテンゴたちも思わず目を丸くする。
「こちらへ連れて来るんじゃ……」
フィンは静かに手で合図を送ると、椅子を並べて即席で作られたベッドの脇へとルスランを誘導した。
「ルスランよ、この指輪をリュドミラ姫につけるんじゃ」
歩み寄ったルスランの手元へ、フィンは一環の美しい銀色の指輪をそっと手渡した。
「これは……ッ!?」
手に伝わる感触に、ルスランは息を呑む。
それは紛れもなく、あの日――あの結婚式の日に、彼がリュドミラ姫へ贈ろうと心を込めて作った指輪だった。ニコロの乱入によって嵌められることのなかった、二人を繋ぐ大切な誓いの証。
「僕が……あの日、嵌めようとしていた指輪だ」
「うむ。その指輪にワシの魔法を込めておいた。あとはお主自身の『願い』を強く込め、姫の指にはめるんじゃ。そうすれば、リュドミラ姫は目覚めるじゃろう」
「僕の……『願い』……っ」
フィンの言葉を受け止め、ルスランは深く息を吸うと、静かに指輪を捧げ持った。眠れる姫の白く繊細な指先へ、ゆっくりと指輪を滑らせていく。
「――『貴方を、護り抜くこと』ッ!!」
誓いの言葉と共に、指輪が姫の薬指へと最後まで収まった。
次の瞬間、銀の指輪が眩い聖なる光を解き放つ!
その輝きに応えるかのように、リュドミラ姫の長いまつげがピクリと震え始めた。
「姫……ッ!?」
ルスランの叫びに、テンゴたちや周囲に集まっていた人々が一斉にかたずをのんで注視する。
「「「「お――――ッ!?」」」」
やがて、リュドミラ姫の瞼がゆっくりと押し開かれた。
うっすらと開かれた彼女の澄んだ瞳が、自分を覗き込むルスラン、そしてテンゴたち温かく見守る人々の姿を静かに捉える。
「みな……さん……?」
「姫様……ッ!!」
感極まったルスランは、リュドミラ姫を起こそうとその華奢な背中にそっと手を回し、包み込むように優しく抱き起こすのだった――。
「みなさま……おはようございます!」
ルスランの手によって目を覚ましたリュドミラ姫が、可憐な笑みを浮かべた。
彼女が即席の椅子ベッドからゆっくりと体を起こすと、待ってましたとばかりに場内から溢れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった!
「リュドミラ姫……ッ!!」
感情が弾けたルスランは、感極まって思わずリュドミラ姫へ抱きついた。
「ふふッ、はい!」
ルスランの温もりをしっかり受け止めた後、リュドミラ姫はそっと身を離すと、目の前に佇むテンゴたちの元へと歩み寄った。
「ルスラン、そして皆さま……この度は、本当にありがとうございました!」
深く頭を下げた後、澄んだ瞳でテンゴたちを見つめる。
「貴方方、5人の個性的な勇者の皆様にも……心より感謝を」
「どういたしまして!」
テンゴが気恥ずかしそうに笑うと、「はい!」「あぁ」「うむ!」と各自も誇らしげに頷いた。その横で、ルスランが嬉しそうなニコニコ顔でテンゴたちと姫を交互に見ている。
「あ……あの、姫様?」
「はい、何でしょう、ルスラン」
「彼らのこと……ご存じだったのですか?」
どこか不思議そうに尋ねるルスランに、リュドミラ姫は満面の笑顔で即答した。
「勿論です!」
「「「「……ええっ!?」」」」
テンゴたちもルスランも、驚きで目を丸くした。
ニコロの襲撃が始まる前に城内で一瞬すれ違ったのならまだしも、初対面のはずのテンゴたちのことや「5人」という正確な数を把握しているのはどう考えても不自然だ。
ざわつく一同に向け、リュドミラ姫は通り通った声を響かせた。
「皆さん、聞いてください! 私は……長い夢を見ていたのです」
「夢……ですか?」
「ええ。ルスランと彼らが、この『宇宙』のために頑張っている姿を……!」
真摯な眼差しで語る姫の言葉に、ルスランは息を呑む。
「ルスラン……以前貴方に言いましたね? 『運命の日』とは……今日のことです!」
「『運命の日』……ッ」
言葉を噛み締めたルスランは、ふと疑問を口にした。
「あの、姫様。テンゴたちも口にされていました……その『宇宙』とは、一体何なのでしょうか?」
そういえば戦いの中、誰かが「宇宙から来た」などと口にしていたことをルスランは覚えていたのだ。
「それはですね……」
リュドミラ姫が、ふと静かに言葉を詰まらせた。
「「「「(それは……?)」」」」
場内にいる全員が、息をのんで姫の口元を注視する。
静寂が支配する城内の中、リュドミラ姫はゆっくりと唇を開き、神秘的な答えを口にした。
「……そう。宇宙の正体は――『夢』です!!」
ルスランが不思議そうに口にした。
「『夢』……ですか」
周りの者たちもリュドミラ姫を見つめながら、各自が頭の中に「夢」と「宇宙」のイメージを思い浮かべるように、どこか不思議そうな表情を浮かべている。
「あぁ! そうだな!」
テンゴが快活に口を開くと、チヒロも笑みを浮かべて続けた。
「私もそう思う!」
「我も同じ考えだ!」とピローが胸を張り、「そうだね……」とモモがアザラシクッションを抱きしめながら頷き、「うむ、悪くない」とネルソンも深く頷いた。
「テンゴ……」
ルスランが温かい眼差しでテンゴを見つめる。
「ん? なんだ、ルスラン!」
「これで……君たちの正体も明かされたな!」
ルスランが晴れやかな笑顔で言った。
「っはっはっは……いやー、バレちまったか!」
テンゴが冗談交じりに頭をかく。あの時、「姫様を助けたら正体を教えてやる」と約束していたが、まさかこんな形で正体が明かされるとは。それでもテンゴは満足そうに笑っていた。
「……ということは、君たちはまた、どこかへ行ってしまうのかい?」
「ん? なんでそう思うんだ?」
「ほら、あの時言っていたじゃないか。『俺たちは宇宙の走破者』だって」
ニコロとの激闘の際、UNIVERSALORDERの勧誘を断った時の決意の言葉だ。
「あぁ~~……まぁ、な!」
テンゴが不敵に笑う。
「今度は……どこに行くんだい?」
ルスランが尋ねた。だが、テンゴが答えを口にするより早く、横から仲間たちが思い思いに声を上げた。
「ルスランよ……我らはまた『宇宙』に消えゆく運命。これでお別れだ……つまり、あっちだ!」
ピローがシリアスな顔で、目の前にある城の大扉をビシッと指さす。
「違うがいね! そっち行ってどうするがや! こっちやろがいね!」
ネルソンが即座にツッコミを入れ、ピローとは真反対――スヴェトザール大公や新郎新婦の席がある奥の壇上を指した。
「そっちに地球があると良いけど、あるわけないでしょ? つまり……星図的にこっちだよ」
モモが二人に呆れ顔を向けつつ、会場の右側を指さす。
「ちょっと、三人とも……! そっちはさっき行った場所でしょ? 行ってない場所はこっちじゃない?」
チヒロまで参戦し、今度は左側を指さした。東西南北バラバラの方向を指し示す四人に、ルスランは耐えかねて苦笑いを漏らす。
「っはっはっは、大変だね。行くべき場所がたくさんあって……」
あちこちを指さす四人を見守りながら、ルスランは優しく言葉を継いだ。
「君たちの行く場所は……本当に手探りで、誰も教えてはくれないんだろうね」
そして、テンゴはゆっくりと右手を掲げる。
「……いや、行くべき場所は」
高い天井のその先――果てしない星空の向こうを指さして言った。
「星が教えてくれるさ!」
その言葉が終わるや否や、テンゴが静かに一歩を踏み出した。
「その……真っ暗な場所でも、手探りでも、行くべき場所があるんだ」
テンゴの落ちついた声に、ルスランもリュドミラ姫も、そして場内の誰もが息をのんで彼を見つめた。
「砂浜に落ちた、小さな小さな粒を手に取るまで……俺たちは――」
静寂の中、テンゴは一瞬だけ力強く言葉を区切る。
「……俺たちは、走り続けるさ!」
テンゴたちの賑やかなやり取りを見守っていたスヴェトザール大公が、目を細めて温かな祝辞を投げかけた。
「っほっほっほ……お主ら、此度の冒険、本当に素晴らしかったぞ」
大公は愉快そうに髭を撫でると、どこか探るような笑みを浮かべる。
「……ということは、リュドミラ姫を助けた者に譲り渡すと言っておったが、このキーフ大公国の領土はいらんと見えるな……?」
その問いかけに対し、テンゴたち5人は誰も余計な口を開こうとはしなかった。ただ清々しい笑顔を浮かべ、無言のまま大公を見つめ返す。富や権力など最初から求めていない――そんな5人の爽やかな顔色を窺い、大公は満足そうに深く頷いた。
「……よろしい! まぁ、今夜はもう遅い。この城に泊まって行きなさい」
気付けば、窓の外はすっかり深い夜の静寂に包まれていた。
もう遅い時間だ。しかし、ここからが本当の始まり――ニコロの襲撃によって阻まれていた、リュドミラ姫とルスランの『結婚式』、そして英雄たちの勝利を祝う祝宴の幕が上がるのだ。
そんな中、ゴリスラヴァが手にするビールジョッキを凝視しながら、騎士ファルラーフがこれみよがしに呟いた。
「……ほう、勝利の祝杯か。まあ我らも無事に帰還したのだ、一杯くらい付き合ってやろうではないか」
「ラトミール王子! あちらに特大のローストビーフもございますぞ! 我らの『お疲れ様会』も兼ねていただきましょう!」
反省の色ゼロでちゃっかり宴会に混ざろうとする二人を目撃し、ネルソンが呆れ果てた顔で鋭いツッコミを飛ばした。
「お前ら、さっき大公様にめちゃくちゃ怒られてへこんどったやろがい!? なんで一瞬で立ち直って、肉食おうとしとるがや!?」
「ふっ……心の傷を癒すには、良質なタンパク質と酒が必要なのだ!」
堂々と胸を張るラトミール王子に、ピローが肩をすくめて吐き捨てる。
「反省の『は』の字もねぇな! だったら、この場で『ショートコント』でもやってみろッ!」
呆れ果てたピローが半ば投げやりに言い放つと、ファルラーフが心底不思議そうな表情で首をかしげた。
「な、何なのだ……その『ショートコント』とやらは……?」
すると、隣のラトミール王子が至極真面目な顔でファルラーフの肩を叩いた。
「ファルラーフよ、察してやれ。彼はこう言いたいのだ……『余計な口を挟まず肉を食え』と……!」
「違う、違う、そうじゃないッ!! どこをどう解釈したらそうなるんだッ!? ご都合主義の妄想解釈をしてんじゃねえええええッ!!」
ピローの魂の叫びが城内に響き渡る。だが、肉と酒に目がくらんだ二人には、そのツッコミすらも心地よいBGM程度にしか届いていなかった。
その賑やかな混乱を優しく包み込むように、ふわりと澄んだ声が響いた。
「それじゃあ……みんないいかい? 僕が乾杯の合図を取ろう!」
声を上げたのは、まさかの吟遊詩人バヤンだった。リュートを抱えた彼は、悪戯っぽく微笑みながら肩をすくめてみせる。
「誰も乾杯の仕切りをやろうとしないからね。僕が口火を切るのが一番いいかと思ってさ」
さっきまで怒気を含んで騒いでいたピローも、調子よく肉に手を伸ばそうとしていたファルラーフとラトミール王子も、毒気を抜かれたように笑顔でバヤンへと視線を向けた。
バヤンは温かい眼差しでルスランとリュドミラ姫、そしてテンゴたちを見渡すと、深く胸に手を当てた。
「君たちのこの素晴らしき冒険譚は、僕がこれから……世界中に唄として広めていくよ。この度は、本当におめでとうッ!!」
「「「「おおーッ!!」」」」
「さぁみんな! 準備は良いかい!?」
バヤンの弾む声に促され、場内の誰もが急いで手元のグラスやジョッキを手に取り、なみなみと飲み物を注ぎ込んでいく。ゴリスラヴァも、ナイーナも、そしてスヴェトザール大公も、誰もが満面の笑みでグラスを握り締めた。
「……よし! それじゃあ、行くよーッ!!!」
テンゴたちも、そして主役であるルスランとリュドミラ姫も、黄金の液体が満たされたグラスを頭上高くへと掲げる。
バヤンが胸を張り、朗々と祝福の言葉を叫んだ。
「騎士ルスランと、リュドミラ姫のご結婚―――ッ!!」
「「「「「「おめでとう!!!!!!」」」」」」
ガシャンッ!とグラスが打ち鳴らされる音が響き渡り、城内は割れんばかりの歓声と、満開の祝福の笑顔で埋め尽くされるのだった――!
「ルスラン……」
にぎやかな祝宴の中、リュドミラ姫がそっとルスランに声をかけた。
「本当に……素晴らしい仲間が出来ましたね」
「はい! 有難うございます。僕も彼らを、心から誇りに思っております」
リュドミラ姫は優しく目を細め、テンゴたち五人へと視線を送った。
豪快に肉を喰らい、パスタを口いっぱいに頬張りながら、ナイーナやゴリスラヴァ、そしてラトミール王子やファルラーフ、白魔術師フィンまでも巻き込んで大笑いしている――そんな賑やかで温かな光景を、姫は心底楽しそうに見つめている。
「彼らには、目指すべき目的の場所があるのです。ルスラン……明日にはお別れとなってしまいますが、最後の時を仲間たちと存分に楽しんでおいでなさい」
「はい! 姫様、行ってまいります!」
「ええ、お行きなさい……」
嬉しそうに頷いたルスランは、晴れやかな足取りでテンゴたちの輪の中へと走っていった。
一人その場に残ったリュドミラ姫の隣へ、グラスを手にした父・スヴェトザール大公が静かに歩み寄ってくる。
「……私の見た夢には、続きがあるのです。お父様」
「うむ」
静かに頷く大公に、リュドミラ姫は遠くを見つめるような眼差しで言葉を重ねた。
「この『宇宙』には……まだまだ壮大な悪夢がたくさん潜んでいます」
「うむ」
「ですが私は見たのです。その『宇宙』の『悪夢』に、どこまでも果敢に立ち向かっていく彼らの雄姿を」
「うむ、なるほど……」
語り合う父と娘の視線の先では、テンゴたちが笑い合い、賑やかに杯を交わす姿があった。
賑わう宴の熱気を全身で受け止めながら、リュドミラ姫は祈りを込めるように静かに呟いた。
「……『宇宙』のその果てまで走り続けなさい――『宇宙の守護者たち』よ……」
誰もが、己の役目を完璧に全うした。
ルスランは新郎として、そして誇り高き騎士としての役目を。
テンゴは頼れるガーディアンとして皆の盾となり、仲間を最後まで護り抜いた。
チヒロは冴え渡る攻撃と見事な防御で戦列を支え、ネルソンはどこか奇抜でありながらも圧倒的で頼もしい火力で前線を張り続けた。
ピローはお調子者で時に何をしでかすか分からない危うさを見せつつも、ここぞという土壇場で仲間のために最高の力を発揮し、モモは健気にパーティのサポート役を最後までやり遂げてくれた。
誰一人として欠けていたら、何一つ成し遂げることができなかった――これは、六人で手を取り合って駆け抜けた、かけがえのない冒険だったのだ。
感無量に浸る中、さらなる歓喜を呼び込もうとする華やかな動きが場内で起こった。
「それじゃあ……皆さん、準備はよろしいですかーー!?」
会場の隅、ステージ上で今か今かと出番を待っていた管弦楽団の指揮者から、高らかな声が上がった。
「「「「は――――い!!」」」」
「行きますよ―――――っ!」
その声に、場内の誰もが一斉に指揮者へと注目した。
「「「「「5!!」」」」」
すでにすっかり酔いの回ったゴリスラヴァとナイーナが、ご機嫌な笑顔でビールジョッキを頭上高く掲げる!
「「「「「4!!」」」」」
ラトミール王子と騎士ファルラーフも、口いっぱいに肉を頬張ったまま豪快にジョッキを突き出した!
「「「「「3!!」」」」」
白魔術師フィンと吟遊詩人バヤンが、温かな笑みを浮かべて指揮者の手元を見つめる。
「「「「「2!!」」」」」
そしてルスランとリュドミラ姫が幸せそうに目を合わせ、そっと互いのグラスを掲げる準備をした。
「「「「「1!!」」」」」
テンゴたち五人も、やり遂げた確信と誇りを胸に、堂々とした眼差しで指揮者を見据える。
会場に集まった全員が真の『一つ』となり、声を限りに最後の合図を叫んだ。
「「「「「「「せ――――――――の!!!!」」」」」」」」
合図とともに指揮棒が大きく振り下ろされ、溢れんばかりの祝福を込めた極上のファンファーレと華やかな旋律が、大空間いっぱいに響き渡るのだった――!
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**グリンカ作曲:序曲『ルスランとリュドミラ』**
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その日、テンゴたちは城の中で、ルスランとリュドミラの結婚式に参加していた。
最初は、ただの飛び入り参加だった。いや……そもそも最初から、自分たち宛ての招待状なんてあるはずもなかったのかもしれない。
どこかの誰かが落とし、風に乗って流れてきた一通の婚礼の招待状。それを奇跡的に手にしたことから、すべては始まったのだ。
招待状に導かれて参加した結婚式で、突如として訪れた暗黒とリュドミラ姫の強奪。
成り行きで飛び込むことになった姫の救出部隊。
白魔術師フィンの導きを受け、ゴリスラヴァとナイーナの秘密の舞踏会へ足を踏み入れ、ラトミール王子と騎士ファルラーフというおかしなコンビを相手取り、巨大な大頭の怒涛の猛攻を凌ぎ――そして、すべての元凶であるニコロ、チェルノモールとの死闘。
怒涛のように駆け抜けた、わずか二日間の出来事。
苦難の果てにようやく姫を奪還し、テンゴたちはこうして再び、やり直しの結婚式へと参加していたのだ。
深夜に執り行われる結婚式への参加なんて、誰もが生まれて初めての体験だった。だがだからこそ、この夜は誰にとっても二度と訪れない特別な時間となっていた。
喧騒を少し離れ、テンゴたち五人は会場の外にある広々としたベランダへと足を進めた。
見上げれば、そこには夜の静寂を覆い尽くすほどの、見事な満天の星々が果てしなく広がっていた。
五人は並んで上空を見つめた。
この幾千の星々のどこかに、自分たちの故郷である『地球』が存在しているはずだと信じて、静かに夜空を探してみる。
――見つからない。けれど、いまはそれで良かった。
夜空を見上げるテンゴたちの姿に引き寄せられるように、まず吟遊詩人バヤンと白魔術師フィン、そしてスヴェトザール大公がやってきた。二人はテンゴたちの視線の先を尋ねると、感銘を受けたように同じ夜空を見上げる。
続いてやってきたのは、相変わらず口いっぱいに肉を頬張ったラトミール王子と騎士ファルラーフだ。二人は肉を一口も離すことなく、もぐもぐと口を動かしながら不思議そうに空を見上げた。
さらに、すでに誰かと酒勝負をしてすっかり酔いつぶれたゴリスラヴァを、ナイーナが笑いながら肩を貸して連れてくる。
最後に、しっかりと手を繋ぎ合わせたルスランとリュドミラ姫が、幸せそうな笑みを湛えてベランダへと入ってきた。
いつしか全員が自然と寄り添い、大きな円陣を作って夜空を仰ぎ見る。
かつてニコロとの戦いでテンゴが繰り出し、仲間たちを守った必殺技――『星屑の音片結合』が創り出した幻影の星空。あれも美しかったが、やはり本物の満天の星空が持つ圧倒的な輝きと迫力には叶わない。
静けさと温もりに包まれた夜の中、全員がどこまでも広がる星空を見上げて、心からの笑顔を浮かべるのだった――。
未知なる領域に足を踏み入れ、調査する。
見知らぬ人と語り合い、新たな仲間となる。
時には衝突し、時には手を取り合って協力する。そうして人と人との交流を通じ、一歩ずつ歩みを進めていく。
それはまるで、音楽と同じだ。
音と音が交差する時、新しい和音が生まれる。
それと同じように、星と星が交差する軌道にこそ、未来への航路が生まれるのだ。
人は、知りたいという純粋な欲求に突き動かされ、そこに生まれる音色を求めた。
その時に起こす行動をいつの時代も『冒険』と呼んだ。
◆◆◆
テンゴたちがこの場を立ち去ってから、数時間が経過した頃――。
激闘の舞台となった『魔法の庭園』は、主であるチェルノモールの敗北に伴い、静かにその崩壊を始めていた。
もとより、この幻想的な庭園は彼の強大な魔力によって生み出された虚構の空間。術者の魔力が尽きかけた今、至る所から世界そのものが砂のように、粒子となって淡く消え去ろうとしている。そう……ここには、最初から何も存在していなかったのだ。
不気味な静寂と崩落音が交錯する中、崩れ落ちた屋敷の壁の瓦礫の下で、なにやら微かな蠢きがあった。
ガタゴト……ガシャアンッ!
重々しい瓦礫を力任せに押し退け、一人の男が浅い息を吐きながら這い出してきた。
「っくぅ……ッハ……ッ……」
血と泥に塗れ、満身創痍の体を震わせながら立ち上がったのは――敗れ去ったはずの男、ニコロだった。
「俺の……俺の……バイオリン……」
うつろな瞳で周囲を見回したニコロの視線の先に、激戦の衝撃で傷だらけになった一器のバイオリンが転がっていた。
彼は激痛に顔を歪め、ボロボロの身体を引きずるようにして、一歩、また一歩とバイオリンへ向かって歩み寄る。
「俺の……大切な……もの……イル・カノーネ」
そう呼ぶと傷だらけの愛器はみるみる内に修復していった。
震える手で愛器をしっかりと拾い上げると、ニコロは痛む胸を押し押さえながら、再び前を向いた。
「報告……しなくては……ッ。『お告げ』の通り……うぅっ……『宇宙の守護者たち』が……現れた、ということを……」
ニコロは左手にバイオリンを抱え、右手に持った弓を前方へと静かに掲げた。
次の瞬間、空間が歪み、弓が指し示した空中に漆黒の扉のようなワームホールが不気味に開口する。
ニコロは振り返ることもなく、暗黒の亀裂の中へとその身を滑り込ませた。
彼が消えると同時にワームホールはすーっと閉じ、後には崩壊を待つ無人の庭園だけが残されるのだった――。
ミハイル・イヴァーノヴィチ・グリンカ(ロシア語:Михаил Иванович Глинка、ミハイール・イヴァーナヴィチュ・グリーンカ:Mikhail Ivanovich Glinka、1804年6月1日スモレンスク近郊ノヴォスパスコイェ Novospasskoye Новоспасское - 1857年2月15日ベルリン)は国外で広い名声を勝ち得た最初のロシア人作曲家。「近代ロシア音楽の父」と呼ばれる。
オペラ初演時には理解されにくく、庶民には中々広がらなかった。ルスランとリュドミラのオペラも評価が定まらなかったのだ。
グリンカはその場で音楽を生み出していた為、この序曲を忘れていた程だ。




