演奏する悪魔
お読みいただき有難うございます。
是非ご感想頂けますと幸いです。
クラシックを流しながら読んでいただけると、より、頭に入ってくるかもしれません
チェルノモールのスキル『日食の終止符』によって深い闇に包まれた魔法の庭園。その入り口付近は、先ほどの激闘を物語るように散惨たる有様と化していた。
打ち砕かれた壁の破片が散乱し、抉れた地面にはむしり取られた花壇の花々が虚しく散っている。
ルスランは、すっかり力を使い果たした『暗黒の魔法使い』チェルノモールの身体を静かに抱え、ニコロとの主戦場から離れた壁際へと丁寧に寝かせた。どんな余波が飛んでくるか分からない以上、万全とは言えないが、戦火から遠ざけるには十分な距離だと三人は判断したのだ。
その傍らには、半ばから叩き折れて二度と機能しないであろう彼の杖がそっと添えられている。決着がついた暁には、彼を大頭の元へ連れて行くつもりだった。
「よし……急ぐぞ!」
ピローが声を張り上げる。その背後には、彼のスキル『星の怒りによる死の舞踏』によって呼び出された、実に五十体もの武器を持った骸骨がひしめき合っていた。
カタカタと骨を鳴らす不気味な軍団を引き連れ、ピロー、モモ、ルスランの三人は、主戦場となっている屋敷の前庭へと一気に駆け出していく。
その頃、主戦場では不穏な緊張感が漂っていた。
テンゴが展開した『五 音 の 防 星』の四枚の扇子の大盾を挟み、テンゴ、チヒロ、ネルソンの三人がニコロと睨み合っている。互いに一歩も譲らぬ凄まじい圧力が交錯し、一触即発の膠着状態が続いていた。
そこへ、足音を荒らげて飛び込んできたのがピローたちだった。
真っ先にその姿を捉えたのは、敵であるニコロだった。
全力で走ってくるピローたちの背後に、蠢く異形の群れ――五十体もの骸骨軍団がなだれ込んでくる光景を目にした瞬間、ニコロの口元が苦々しく歪む。
「チッ……チェルノモールめ、不覚を取りやがって……!」
だが、次の瞬間、ニコロの瞳に凶悪な歓喜が宿った。
「……だが、奴が使役していたしもべ共はまだ残っているようだな!」
ニコロの目には、必死な形相で猛ダッシュしてくるピローたちの姿が、完全に「チェルノモールの骸骨軍団に追われて命からがら逃げてきた」ように映っていたのだ。
ニコロの発言を聞き、テンゴ、ネルソン、チヒロの三人がギョッとして振り返る。
「何だと!?」
「何で!?」
「あ、あれは確か……!」
咄嗟に武器を構え直そうとした三人だったが、走ってくるピローのどこかドヤ顔混じりの表情と、その後ろをパタパタと従順についてくる骨たちの姿を見た瞬間――その表情が一変した。驚愕は一瞬にして雲散霧消し、呆れと安堵が混ざり合わさった、何とも言えない表情へと変わる。
(あいつ……あんなスキル使ったのか……)
テンゴたちの「察した」安堵など知る由もなく、自分の都合の良い解釈に浸るニコロは、腹を抱えて勝ち誇るように大爆笑し始めた。
「はーーーっはっはっはっは!! これで三対一どころか、六対数十体だ! お前たちの敗北も時間の問題だな!」
すっかり勝利を確信したニコロは、ピローの後ろに整然と勢揃いした骸骨兵たちに向かってバッと力強く腕を突き出し、朗々と命令を下した。
「さぁ、チェルノモールの忠実なるしもべたちよ! そこにいる三人に襲いかかり、骨も残さず噛み砕けーーーっ!!」
夜空に、ニコロの高慢な叫びが空しく響き渡った。
だが――ニコロがどれだけ高らかに命じようとも、五十体の骨どもはピクリとも動かない。それどころか、テンゴたちの存在など意にも介さぬ様子で通り過ぎていく。
「……は?」
ニコロが呆然と口を開くのと同時に、テンゴたちの元へ合流したピローが、真っ赤に輝くブレードをバッとニコロへ向けて突き出した。
「行け! 我が忠実なるしもべたちよ! あの男の髪の毛一本残さず粉砕せよッ!!」
ピローのその一声に、カタカタと骨の鳴る音が爆発的に跳ね上がった。
五十体のスケルトン・アーミーはテンゴたちの脇を一斉に通り抜け、濁流となってニコロへ向かって猛然と突撃を開始する!
「な……なにぃッ!? お前ら、まさか……ッ!?」
大パニックに陥ったニコロは慌てて突剣を構え、臨戦態勢を取った。
次の瞬間、視界を埋め尽くす武器を持った骸骨の波がニコロへと襲いかかる!
「ちっ……この邪悪な骨どもがッ!!」
ニコロは『跳弾の輪舞』を何度も連打して突き飛ばし、巨大化させたバイオリンを盾にして必死に連撃を防ぐ。だが、いくら薙ぎ払っても次から次へと骨の手足が伸び、武器で攻撃をしてくる。
「何なんだこいつらはッ!? 一体……一体誰が使役してやがるんだ!!」
激しい攻防の中、凄まじい衝撃を浴びたスケルトンが1体、2体と派手に砕け散っていく。
揉みくちゃにされながらも、ニコロの視線が奥で腕を組んで佇むフードの男――ピローへと向けられた。
「お、お前かッ!? フードを被った奴! お前、魔法使いか何かなのかッ!?」
問われたピローは、待ってましたと言わんばかりにマントを翻し、深々とフードを目深にかぶり直した。
「ふっ……我は闇より召喚されし、『暗黒の魔法使い』『暗殺者ピロー』だ! 本日をもって、チェルノモールの二つ名『暗黒の魔法使い』は我が頂いたッ!!」
「「「…………」」」
場に冷ややかな静寂が流れた。
何を言っているのか、敵であるニコロはもちろんのこと、味方であるテンゴたちすら一切理解できなかった。
「何……だと……おのれ、ふざけやがってぇぇぇッ!!」
いよいよ怒り狂ったニコロが、凄まじい剣圧で迫り来る骸骨軍団に応戦し始める。
――(ガギィン! ドゴォォンッ!)――
敵が五十体の骨どもと絶賛大乱闘を繰り広げているその隙に、ピロー、テンゴ、ネルソン、チヒロ、モモ、ルスランの面々は、円陣を組んで素早く作戦会議を始めたのだった。
ニコロが激しい怒号を上げながら骸骨軍団と格闘しているその隙に、六人は円陣を組み、怒濤の勢いで現状の情報共有を進めた。
「手短にいくぞ! 向こうに寝かせたチェルノモールはまだ目を覚まさない、そして真上の夜みたいなドームもまだ続いたままだ」
「ニコロの攻撃は、とにかくむちゃくちゃ速い連続突きや! 威力がえらい高うて、真正面から受けたらひとたまりもないげんぞ……!」
ネルソンとピローの報告を受け、テンゴが自身の展開する扇子の大盾を見つめながら引き締まった顔で続ける。
「俺の『五音の防星』で召喚した扇子の大盾は、残り『4枚』だ。いくら頑丈でも、あいつの火力を何度も直接受ければ耐久値が削られて壊されちまう」
「ふっ……そして我も、今の『星の怒りによる死の舞踏』でMPをほとんど使い果たした。魔法の大技はもう望むな……!」
ピローが肩で息を吐きながら告げる。
状況は決して楽観できるものではなかった。そして何より――ニコロを食い止めている『星の怒りによる死の舞踏』の効果時間は、わずか『一分間』。
「うっがあああああッ! この鬱陶しい骨どもがぁッ!!」
ニコロが狂乱の叫びとともに連撃を叩き込み、残り十体ほどにまで減っていた骸骨軍団だったが、それ以上の破壊を待つまでもなく、一斉にカラカラと音を立てて光の粒子へと弾けて消滅した。召喚時間が尽きたのだ。
「はぁ……っ、はぁ……っ、お前ら……絶対に許さねぇ……!!」
全身を傷と疲労で苛まれながらも、ニコロは血走った目で六人を激しく睨みつける。
その絶望的な圧力を前に、ルスランは静かに一歩前へ踏み出し、愛剣を力強く構え直した。
すると――その刃に、失われていた眩い光線が再び溢れ出した。
「ルスラン! お前の剣……何で光ってるんだ!?」
テンゴが思わず目を見張り、驚愕の声をあげる。
問われたルスランは、光輝く剣身を真っ直ぐにニコロへ向けたまま、毅然とした声で答えた。
「僕にも正確な理由は分からない。けれど……僕の決意に、この『運命を断ち切る剣』が応えてくれたんだと思う」
ルスランの瞳から迷いが完全に消え去り、揺るぎない覚悟の炎が宿っていた。
「お前に敗れる運命なんて――僕が、僕たちの手で変えてみせるッ!!」
「これで、お前たち6人揃った訳か……っふっふっふ、まさかこの俺がここまで手こずるとはな……」
ニコロは凶悪な笑みを深めると、手にしていたバイオリンと弓を力任せに握りしめた。
「だが――まとめて葬り去るには格好の舞台だ! 覚悟せよ、守護者ども。これより先、我がUNIVERSALORDER』へのお誘いは一切しないッ!!」
高慢な宣言に対し、テンゴは不敵に笑い飛ばして即座に言い返す。
「安心しろ、元より入る気なんて微塵もねぇよ! 俺たちのギルドは『宇宙の走破者』だからな!」
ニコロを牽制しながら、チヒロが素早くテンゴへ提案を持ちかけた。
「テンゴ、あたしへの『並走する星の使者』はいらないわ。あたしの防御力はガーディアンには及ばないけど高いし、さっきの攻撃程度ならモモの『全休符』で十分カバーできる! だからシールドは他の4人にお願い!」
「分かった、そうしよう!」
テンゴも即座に頷いた。チヒロの意見は極めて合理的だったからだ。
魔法使いであるピローとモモは後衛で防御力が低く、ネルソンも耐久面には不安がある。そして何より、ルスランは戦死させる訳にはいかない最重要人物だ。
「テンゴは私が護るから!」
背中を預けるように言い切るチヒロに、テンゴが頼もしそうな笑みを向ける。
「おう、あんま無茶はすんなよ!」
その直後、ニコロのバイオリンに異変が起きた。
『チャリン』と不吉な音を立ててバイオリンの4本の弦がネックから外れ、指板の上で蛇のように自在に浮遊し始めたのだ。次の瞬間、その弦は異様な伸びを見せ、鞭のようにしなりながら6人に向かって猛烈な速度で襲いかかってくる!
「来るぞッ!!」
誰かの叫び声に呼応するように、全員が即座に戦闘態勢をとった。
「『並走する星の使者』! 指定対象は――ネルソン! ピロー! モモ! ルスラン!」
テンゴが叫ぶと同時に、展開された扇子の大盾4枚が光を放ち、指定された4人の周りへと瞬時に疾走、完璧な追従体制(並走)に入った。
「散開だッ!!」
怒号のような号令とともに、6人は四方へと一斉に飛び散った。
四方へと弾け飛ぶように散開したのは、ネルソン、ピロー、モモ、そしてルスランの四人だ。
その四人へ向け、ニコロのバイオリンから放たれた蛇のように伸びる4本の弦が、生き物めいてうねりながら襲いかかる!
「っく、さっきも似たような不気味な攻撃が飛んできたぞ!?」
ピローが激しくバックステップを踏み、距離を取りながら叫ぶ。
「ルスラン! この扇子の大盾に身を隠しながら戦うのよ!」
モモが迫り来る蛇のような弦から逃げ惑いながらも、後方のルスランへ必死に指示を飛ばした。
「分かった! テンゴのスキルは本当に凄いな……こんな芸当までこなすとは!」
感心した声をあげながら、ルスランも大盾のカバー範囲に入り込んで走り抜ける。
「――『天球円舞・砕骨音衝』!!」
ネルソンは襲い来る巨大な弦の猛打に対し、己のスキルを正面からぶつけた。ガガガンッ! と激しい金属音が響き渡り、まるで大蛇と刃を交えているかのような死闘が繰り広げられる。
一方、その激戦から少し離れた位置で、テンゴとチヒロの二人はニコロから距離を取るように下がっていた。
「何だ……あの妙な動きは」
「新しい技ね……」
テンゴが眉をひそめ、チヒロも警戒の眼光を向ける。
「俺とチヒロには弦が襲い掛かってこねぇ……もしかすると、あっちに気を取らせて俺たちを誘い込んでるのかもな」
「だとしても、黙って見てるわけにはいかないわ。私が行く!」
「分かった、俺も行く!」
二人が一歩踏み出そうとしたその瞬間――ニコロが不敵に口元を歪め、バイオリンの弓をひっくり返した。木の部分で直接弦を叩きつける。
「――『演奏する悪魔』(コル・レーニョ)」
奏でられた木質のパーカッシブな音とともに、ニコロの傍らに異形が姿を現した。
耳と口が不気味に尖った漆黒の悪魔。手にバイオリンと弓を携えたその悪魔は、黒い翼で上空へと舞い上がると、空中から不吉な旋律を奏で始めた。
キキキ……と耳障りな不協和音が響き渡り、四人を追い詰めていた4本の弦へ狂暴な振動が伝播する。
――共鳴。
超振動を纏った弦は威力を跳ね上げ、より一層激しく四人へ襲いかかった!
「くそっ……! 『脱出不可能な宇宙の輪舞』!!」
ピローが叫び、大小さまざまな漆黒の光弾を解き放つ。闇の質量弾が怒涛の勢いで弦へ飛んでいく。
――ドガンッ、ドドンッ!!
だが、漆黒の光弾は共鳴の振動を纏った弦にぶつかった瞬間、ことごとく弾き飛ばされて砕け散った!
「っち! また弾かれちまったか!」
チェルノモール戦でも同じように技を弾かれた苦い記憶が重なり、ピローが悔しげに歯噛みする。
狂暴化した弦の猛攻に対し、ネルソン、モモ、ルスランの三人もまた、追従する『並走する星の使者』の大盾の陰に身を隠しながら、かろうじて耐え忍ぶ泥沼の戦いを余儀なくされていた。
チヒロはニコロに肉薄するため、地を蹴って一気に距離を詰めた。
「っはああああああああ!!」
その迫撃に対し、ニコロは口元をニッコリと不吉に歪ませる。
「来たな……」
独りごつのと同時に、ニコロの弓が閃く!
「『超新星の聖歌』!!」
「『飛弾の輪舞』!」
チヒロの放った苛烈な一撃と、ニコロの弓から繰り出された跳ねるような連撃が真っ向から激突した。
火花が散り、激しい衝撃波が周囲の空気を震わせる。お互いにダメージこそ入らなかったものの、技の威力が相殺された瞬間、チヒロは素早く後方へ跳躍。テンゴの目の前へと軽やかに着地した。
「あんた……姫様をどうするつもりよ!?」
チヒロが鋭い視線で問い詰める。しかし、ニコロは鼻で笑い飛ばした。
「お前には関係ない、黙っていろ……この『殴り魔』が!」
前衛の戦士でありながら、魔法の力を武器に纏わせて直接殴りつけるチヒロの戦闘スタイルを、吐き捨てるように嘲笑する。これが所謂『パラディン』の戦い方であるのだ。
「っこんの……!」
悔し気に歯噛みするチヒロの二、三歩後ろから、テンゴがまっすぐな眼差しで口を開いた。
「お前の演奏技法は本当に凄い! なのに、そんな高い技術を持つ奴が、楽器を壊すような武器として使うなんてやめろ!」
「うるさい! これは俺の『武器』だ! 俺の目的のためなら、楽器としての形なんてどうでもいいんだよ!!」
ニコロは血走った目を剥き出し、憎悪を剥き出しにして叫ぶ。
「お前に俺の何が分かる! 話をしていても無駄だ!! ――『悪魔の響き』!!」
ニコロは指先で弦の特定の位置へ軽く触れ、弓を全ての弦の上で叩きつけるように一気に滑らせた。
ハーモニクス奏法によって倍音が増幅され、四人を追いつめていた4本の弦の先端から、狂気じみた不気味な不協和音が弾き出される!
「「ぐわあああッ! 耳が……耳がぁ!!」」
音波の直撃を受けたピロー、モモ、ネルソン、ルスランの四人が、その場に崩れ落ちた。ただの騒音ではない。邪悪な振動が耳から脳髄、そして全身の神経へと直接伝播し、体を麻痺させ不自由にしていく恐怖の音響攻撃だ。
「っみんな!!」
幸いにも少し距離の離れているテンゴとチヒロの元までは音が届いていないが、苦悶に満ちた仲間の姿にテンゴは顔を歪めた。4人は耳を手で塞いだ。
「ええい!! こんなこと、今すぐやめるんだッ!!!」
テンゴの叫びが、不協和音が渦巻く広間に虚しく響き渡った。
「チヒロ! 上空の悪魔を攻撃して演奏をやめさせるんだ!!」
テンゴは素早く判断を下し、鋭く指示を飛ばした。4人を苦しめている弦に下手に手をだせば、自分まであの身体を痺れさせる邪悪な音波の毒牙にかかる恐れがあったからだ。
「分かった、任せて!」
チヒロは力強く頷くと、上空でバイオリンを奏でる悪魔の真下へ向かって一直線に駆け出した。
その指示を聞き逃さなかったニコロが、テンゴへ冷ややかな視線を向ける。
「なんだ? お前は何もしないのか?」
鋭く核心を突く問い。
「それとも――何も『できない』のか??」
「……っ!」
ニコロの探るような言葉に、テンゴの心臓が大きく跳ねた。
テンゴのスキル「五 音 の 防 星」』は、展開中に関連スキル以外の行動が一切使用不能になるという明確な制限がある。シールドで仲間を護れる反面、自身は完全に攻撃不能となり、戦場で盾を失えば無防備に孤立してしまうリスクを抱えていた。
だが、仮に本人が孤立したとしても、ガーディアン自身は圧倒的に防御力は高い。L K Oの仕様上、雑魚敵の攻撃など掠り傷にもならず完全無敵に近い。ボス戦であっても、立ち回りと味方との連携さえ取れていれば敗北することなどあり得ない鉄壁の職業なのだ。
だからといって、ニコロの勘が当たっているからと「その通りです」などと正直に認めるわけにはいかない。
「……だとしたら、どうする??」
テンゴは額に冷や汗をかきながらも、精いっぱいの虚勢でニコロを睨み返した。
「ふん、ならばそこで指をくわえて見ているがいい。仲間が次々と倒れていく所をな!」
ニコロが吐き捨てるのとほぼ同時に、悪魔の真下に到達したチヒロが地を強く蹴り上げた。宙へ高く舞い上がり、手に携えた杖を頭上高く振り上げる!
「『超新星の聖歌』!!」
激しい光を纏った一撃が空を切り裂く。だが――漆黒の悪魔は翼を不気味にはためかせ、さらに上空へとふわりと舞い上がり、チヒロの攻撃をいとも容易くかわしてみせた。
「な……に!?」
狙いを外されたチヒロは、悔しげに歯噛みしながら地面へと着地する。
その一瞬の隙を逃さず、ニコロの邪悪な弦が最弱ったモモを仕留めんと凶暴に舞い踊った。だが――!
――ガキンッ!!
間一髪、テンゴが配っておいた『並走する星の使者』の大盾が滑り込み、ニコロの攻撃を完璧に弾き返した。モモはかろうじて扇子の大盾の陰へとその身を隠す。
「……モモ!」
「……うぅ、チヒロ……!」
痛みに耐えながら盾の陰で身を寄せ合う仲間たちを前に、チヒロとテンゴは再び緊張の糸を締め直した。
「モモ! 今行くわ!」
チヒロは叫ぶと、苦しむモモの元へと一直線に駆け寄った。両耳を強く押さえたまま身をよじるモモだったが、チヒロの声はしっかり届いているようだった。視界の端で迫るチヒロを捉えたモモが、苦しげに声を絞り出す。
「チヒロ……! 大丈夫だから……っ! こっちに来たら……チヒロまで……っ!」
「そんなの大丈夫よ!」
大蛇のごとく蠢く不協和音を撒き散らしながら、ニコロの弦はモモの前に立ちはだかる扇子の大盾へ絶え間なく叩きつけられ続けている。その猛威はモモだけでなく、ネルソン、ピロー、ルスランを護るそれぞれの盾にも同様に襲いかかっていた。
「っぐわあぁぁっ……!」
「誰かっ……動ける奴はいないのかっ……!」
「わああああ嫌だああああっ!!」
不協和音が鼓膜と全身を苛み、三人が凄惨な呻き声を上げる。それでも大蛇のような弦の暴虐が止まる気配はない。
(――パリンッ! パラパラパラ……ッ)
そしてついに、激しい打撃に耐えかねたモモの『並走する星の使者』の扇子の大盾が、耐久値の限界を迎えて木端微塵に砕け散った。扇子の大盾の破片がパラパラと虚空へ舞い、地べたに散ってしまった。
無防備となったモモへ向け、凶暴な大蛇が気味の悪い音波を響かせながら、鎌首をもたげて襲いかかった!
「喰らえッ!!」
「『超新星の聖歌』――ッ!!」
寸でのところで割り込んだチヒロが、全身の力を込めて白い杖を振り下ろす!
輝く光芒を纏って叩きつけられた巨大な光のハンマーが、大蛇のような弦を激しく殴打した。しかし――それほどの威力を受けてもなお、不気味な弦は大人しくなることなくうねり続けた。
だが、チヒロの一撃は決して無駄ではなかった。大蛇から吐き出されていた邪悪な音波が僅かに弱まり、不快な雑音が少しだけ小さく和らいだのだ。
「っくぅぅ……っ!」
大蛇に肉薄したことで、チヒロ自身もついにその邪悪な音波を浴びてしまう。体が痺れ、激しい不快感が脳を揺さぶる――それでも彼女は歯を食いしばり、仲間を護るために攻撃の手を絶対に緩めようとはしなかった。
「何とか……しないと……このままじゃ……!」
このままではパーティーが全滅する――絶望的な危機感を前に、ピローは両手で必死に耳を塞ぐのをやめた。脳を揺さぶる不快な音波に耐えながら、テンゴの配った扇子の大盾から意を決して顔を出し、スキルを唱えようとする。
その瞬間もなお、うねる弦の大蛇は邪悪な音波を撒き散らしながら、大盾への苛烈な打撃をやめようとはしない。
「『黒音が消えて行く』!!」
瞬時に濃密な暗黒の霧が溢れ出し、彼の周囲一帯を深い闇で覆い尽くした。それと同時に、ピロー自身の姿と気配までもが漆黒の闇の中へ完全に消え去る。
間髪入れず、ピローは重ねてスキルを叩き込んだ。
「『静寂の暗黒星雲』!!」
しかし――スキルが成立したまさにその瞬間、猛攻に耐え続けていたテンゴの扇子の大盾が「パリィンッ!」と甲高い音を立てて木端微塵に砕け散った!
「ぐあぁッ!?」
姿を消して回避したはずだった。だが、うねる弦の大蛇は不気味な音波を響かせたまま、漆黒の雲を突き破って姿なきピローへと正確に突進攻撃を叩き込んだのだ!
(――ドスッ! ……ズドンッ!!)
強烈な衝撃が直撃し、ピローの身体は姿が見えない状態のまま後方へと勢いよく吹き飛ばされた。
そのまま広間の奥の壁へと激しく叩きつけられ、ドスンと重い衝撃音が虚しく響き渡るのだった。
「!! まさか……ピローがッ!?」
テンゴはハッと振り向き、姿の消えたピローの行方を必死に目で追った。広間の最奥、ひび割れた壁際に倒れ込んでいる影を捉え、息をのむ。
仲間たちが次々と攻撃を受け、全滅の危機が刻一刻と迫っていた。防御に特化しているがゆえに、この猛攻の中で自分一人だけが何もできず、ただ棒立ちになっているような強烈な無力感がテンゴを苛む。
「どうだ? これが君たち『守護者』の惨めな最後だ」
ニコロが勝利を確信したように嘲笑を浮かべた。
「この光景をしかと目に焼き付けておくといい。地獄に落ちてからの、良い思い出になるだろうよ」
弦の大蛇に吹き飛ばされ、動かないピロー。
扇子の大盾に身を隠しながら、必死に応戦するネルソン。
限界を迎えつつも、剣を構えて食らいつくルスラン。
そして弱り切った体で、なおも大蛇へ泥臭く攻撃を叩き込み続けるモモとチヒロ。
(このままじゃ……本当にパーティが全滅する……!)
「フハハハハハッ!」
高笑いとともに、ニコロは再びバイオリンの弦に弓を滑らせ、さらなる絶望の演奏を始めようとした。
「やめろ……! やめるんだッ!!」
テンゴは自身の武器であり防具でもある巨大な扇子を、指が白ばむほど強く握りしめた。
「ほーら、やっぱり何もできないじゃないか~♪」
「お前……ッ! 仲間を……俺の仲間をこれ以上傷つけるなあああッ!!」
テンゴの腹の底から、抑えきれない怒りが爆発した。盾で護るだけの戦術を捨て、テンゴは一転してニコロの懐へと一直線に突進を敢行する!
「っこっんの……!!」
頭に血が上り、扇子を持たない方の拳を強く握りしめて殴りかかろうとするテンゴ。ニコロは演奏を中断し、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべて至近距離で迎え撃った。
「『跳弾の輪舞』――ッ!!」
ドバババババッ!!
ゼロ距離から放たれた無数の高火力弾丸を、テンゴは回避運動すら取らずに真正面から全弾受け止めた。全身から激しい摩擦熱の黒煙が上がり、衝撃波が肌を切り裂く。
「っぐっ……は……ッ!」
苦悶の呻きが漏れる。だが、全身から煙を吹き上げながらも、テンゴの足は一歩たりとも後ろへ引いていなかった。それどころか、煙の向こうでテンゴの唇が歪な笑みを象っていた。
「っへ……その程度かよ……!?」
テンゴの持つ扇子が弾丸の大半を物理的に受け止め、殺しきれなかったダメージが全身を削っていた。それでも、他のメンバーが吹き飛ばされたような致命的な倒れ方には到底見えない。
「なっ……!? なぜお前だけ吹き飛ばない……!?」
ニコロの顔から余裕が消え、驚愕に目を見開く。
「さっき『殴り魔』を庇った時は……後方へ下がったはずだ!?」
「あの一撃は……自分から衝撃を逃がすために引いたんだ。何よりあの時は受けの態勢が整っていなかった……だが、今回は違うッ!」
ガーディアン職には、ボス戦において決して後方へノックバックしないという固有の特殊パッシブスキル――『スーパースタンス』が存在する。腹を括り、踏ん張りを効かせたガーディアンを動かすことなど、何者にも不可能なのだ。
「食らえッ!!」
テンゴは扇子を構えたまま、もう片方の拳に全身の体重を乗せ、ニコロの顔面へ力任せに叩き込んだ!
(――ガカッ!!)
「っぐっはぁッ!?」
鈍い打撃音とともに、ニコロの頬が大きく歪み、血が飛び散る。
「どうだッ!? これが、傷つけられた仲間の分だッ!!」
「っチ、それがどうしたってんだよおぉッ!!」
ニコロは血反吐を吐き散らしながら、至近距離から再び『跳弾の輪舞』をテンゴの胸元へ叩きつけた。超至近距離での弾丸の嵐がテンゴの肉体を苛む。
「いいよなぁッ! お前にはそうやって命を張れる仲間がたくさんいてよぉッ!! 俺にだって仲間はたくさんいる……だがな、仕事中はいつだって一人なんだよッ!!」
激怒と猛烈な嫉妬を爆発させ、ニコロは狂ったように弾丸を浴びせ続ける。
「結局、誰かがいなきゃ何もできない木偶の坊がッ!! 一人じゃ何一つ守れないくせに調子に乗るんじゃねえええッ!!」
ニコロとテンゴの泥臭い肉弾戦が始まったことでニコロの集中が乱れ、それに呼応するように仲間たちを苛んでいた弦の大蛇の動きが目に見えて鈍り始めた。
「ハアァァッ!!」
この千載一遇の好機を、チヒロが見逃すはずもなかった。
チヒロはモモに襲いかかっていた大蛇へ向け、渾身の力を込めて白い杖を幾度も幾度も振り下ろす!
「『超新星の聖歌』――ッ!!」
「『超新星の聖歌』!!」
激しい光芒とともに叩きつけられる聖なる一撃の連撃。力を振り絞って何度もハンマーを叩き込むと、流石の重打に身悶えた大蛇は、逃げるようにうねりながらニコロの持つバイオリンへと引き戻されていった。
「っはぁ……っはぁ……大丈夫!? モモ!」
「……うん、ありがとう……チヒロ……っ」
身体に激痛と痺れを残したまま、モモは床にへたり込みつつも大切に抱えたアザラシクッションをギュッと握りしめ、チヒロへ感謝を告げた。そして一刻の猶予もないと悟り、すぐさまスキルを詠唱する。
「『神秘的な静音星雲』――ッ!」
瞬間、モモの周囲に煌めく神秘的な光の雲が拡散した。不快な雑音を遮断する領域を作り出すと、チヒロはすぐさま広間の奥で苦しむ残りの二人へ声を張り上げた。
「ネルソン! ルスラン! 動ける!?」
音波に悶え苦しんでいた二人が、必死に顔を上げて声を絞り出す。
「すぐ……そっち行く……っ!」
「今から…行くさけ……っ!!」
立ち上がったルスランとネルソンは、モモの展開した光の領域を目指して一心不乱に駆け出した。
その移動に伴い、二人を護るために設置されていたテンゴの『並走する星の使者』が反応を示す。その場に固定されていた扇子の大盾だったが、「対象者が固定位置から1メートル以上離れると自動で追従を開始する」という仕様に従い、二人の走りに合わせて滑らかに後を追い始めた。
だが――絶望はまだ終わらない。
ネルソンとルスランを襲っていた、弦の大蛇は再びこの二人を背後から、再び凶暴な牙を剥いて二人を捉えていた。空気を切り裂く異音を撒き散らしながら、背後から凄まじい勢いで二人を追尾し始める!
「…く…そっ…しつこい…奴め……ッ!」
背後から迫る不吉な波動に、ルスランが横目で振り返る。
しかし、大蛇が二人を丸呑みにせんと襲いかかったその瞬間、二人を追って滑るように移動していたテンゴの『並走する星の使者』――二枚の扇子の大盾が割り込んだ!
もう一度『その場に固定する』コマンドを使用したのだ。
(――ガガガガガッ!!)
大蛇の放つ邪悪な衝撃波が巨大な扇子に激突し、凄まじい火花が散る。
一メートル間隔を保って追従する大盾が完璧な防御壁となり、背後からの猛攻を間一髪で弾き返したのだ。
「走れネルソン! モモのところまであと少しだ!!」
「おうよッ!!」
追従する大盾のガードに守られながら、二人は衝撃を背に受けつつ、モモの展開した『神秘的な静音星雲』の光の中へと雪崩れ込んでいった!
テンゴとニコロが死闘を繰り広げる激しい打撃音の裏で、モモが展開した『神秘的な静音星雲』の光の中。四人は空間を埋め尽くす神秘的な光の粒に身を隠しながら、急ぎ作戦を練っていた。
光の粒子に包まれながら、モモがその場にペタリと座り込み、肩で息を吐く。
「っはぁ……っはぁ……みんな、無事ね……。うちが…しっかりしなくちゃいけないのに……ごめんね」
「ううん、そんなことないよ! モモはすごく頑張ってる。自信持って!」
チヒロが優しく声をかけ、モモを力強く励ました。淡い光が全身を包み込む中、全員が互いの位置と負傷の具合を素早く確認し合う。
「ごめん……けど、もうMPが半分とちょっとしかないから、必殺技は使えないの……」
「うん! モモは支援に徹して!」
「モモ、それでいい。拙者らが何とかする」
「僕だって出来る限りのことはやるよ!」
頼もしい言葉を返すネルソンとルスランに深く頷くと、チヒロが真剣な眼差しでモモに向き直った。
「ねぇモモ、あの上空の悪魔を何とかしたいんだけど……お願い、飛べるかな!?」
「えっ……? うん、任せて! でも……」
モモは周囲を気遣うように視線を泳がせた。
「本当は、透明になってどこかに吹っ飛ばされたピローが心配なんだけど……」
「あ奴なら、大丈夫やぞ!多分な!」
「ああ、ネルソンの言う通りだ! あいつのしぶとさは僕らが一番知ってる!」
「ふふ、そうだね。分かったわ」
二人の言葉に、モモの表情に小さな笑顔が戻る。チヒロは本題へと切り出した。
「うちらのパーティーには遠距離攻撃が得意な職がいないでしょ? だから、あそこまで直接飛んで、あたしの攻撃をあの悪魔に叩き込みたいの!」
「それで…チヒロを抱えて飛べばいいの?」
「そう! 出来るかな?」
「『極光の羽ばたき』の持続時間は3分間。その間に決めなきゃダメだけど……任せて!」
モモは決意を込めて言葉を続けた。
「それと、この『神秘的な静音星雲』の持続時間も3分……そろそろ効果が切れるわ。粒子が消えたら一気に作戦開始よ。……またあの弦の化け物が襲ってくるけど、ふたりとも覚悟はいい!?」
「任せんしゃい!」
「もちろん、僕だって!」
ネルソンとルスランが息の合った返答とともに武器を構え、チヒロとモモを守るように挟み込む陣形を取った。
「よし……じゃあ、こんな感じで飛ぶのは初めてだけど、上手くいくかな……?」
「大丈夫、絶対成功させるから!」
モモはチヒロの背後に回ると、その小さな両腕を千宙の身体へぎゅっと回した。
「これで……いい??」
「うん、たぶん大丈夫! ……ちょっと恥ずかしいけどね」
モモは片手で愛用のアザラシクッションをしっかりと抱え直し、もう片方の腕でチヒロの体を落とさないよう固く固定した。
――直後、限界を迎えた『神秘的な静音星雲』の光の粒子が、儚く空中に溶けるようにして次々と消えていく。
静寂の領域が解け、再び激しい戦火の音が四人を包み込んだ――!
チヒロとモモの視界に、テンゴとニコロが繰り広げる凄まじい肉弾戦の光景が飛び込んできた。
泥臭く殴り合いを続ける二人の姿は、チヒロたち四人にとって驚愕の光景だった。
だが、それも当然だった。四人は知識として知っていたのだ――テンゴが展開している『五音の防星』の最中は、それに関連するスキル以外が一切使用できなくなるという明確な制約を。
弦の大蛇の勢いが弱まったのを見れば、テンゴが身を挺して何らかの妨害を仕掛けたのは明らかだった。そしてスキルが封じられた状態での攻防となれば、行き着く先が泥臭い物理的な殴り合いになるのは、至極当然の理屈だったのだ。
しかし、テンゴが手にしているあの扇子は、本質的には「盾」だ。
アバターの外見を扇子に変えているだけで、あれは元々重厚な防具なのである。
その扇子の盾を全身の力で振り回し、ニコロが放つ『飛弾の輪舞』の猛攻をどうにか弾き返しているものの――いくらガーディアンとして圧倒的な防御力を誇るとはいえ、防げなかった分の直接ダメージが蓄積していくのは避けられない。この消耗戦が続けば、いずれテンゴのHPが底をつくのは明白だった。
「テンゴが倒れる前に……急がないとッ!」
透明になってどこかへ吹き飛んだピローの心配は一度脇に置き、残された四人はテンゴを援護すべく、迫り来る弦の大蛇へ向き直った。
「『極光の羽ばたき』――ッ!」
モモが静かにスキル名を唱えると、その華奢な背中から天使の羽を思わせる眩い光の翼が生え揃った。光の粒子を撒き散らしながら、ふわりと上空へ舞い上がる。
「行くよ、チヒロッ!」
「うん! 一気に飛んじゃえーーッ!!」
二人が上空へと急上昇すると同時に、地上に残されたネルソンとルスランの前へ、不気味な不協和音を響かせながら3本の弦の大蛇が襲いかかった!
「うぅっ……ぐぅ!」
「うんっ……がぁ……ッ!」
凄まじい衝撃波に不快な呻き声を上げる二人だったが、背後には今なお『並走する星の使者』の扇子大盾がしっかりと追従し、致命傷を防ぎ切っていた。
「いつまでも押されっぱなしでおられるかいやッ!」
大盾のガードに支えられて足場を踏み直したネルソンが、全身の力を乗せて渾身のスキルを叩き込む!
「『天球円舞・砕骨音衝』―――ッ!!」
重厚な一撃が弦の大蛇1本を激しく打ち砕く!
それに呼応するように、ルスランも光を湛えた自らの剣を固く握り直し、咆哮とともに大蛇へ躍りかかった!
「ふあああああああッ!!!」
地上でネルソンとルスランが3本の弦の大蛇を引きつけている隙に、チヒロを抱えたモモは一気に上空へと舞い上がった。
頭上では、召喚された漆黒の悪魔が未だにバイオリンを掻き鳴らし続けている。
(何か迎撃の罠を仕掛けてくるか……!?)
一瞬、嫌な予感が頭をよぎる。しかし悪魔は演奏に集中しているのか、二人の接近に全く対応してこない。地上から追撃してくるはずの弦の大蛇も、二人の飛翔には届いていなかった。
「一気に行くよッ!!」
「うん、任せてッ!」
モモは『極光の羽ばたき』の速度をさらに引き上げ、悪魔の目前へと超高速で突撃する。チヒロはモモの腕の中でしっかりと体勢を整え、攻撃の構えを取った。
射程圏内へと滑り込んだ瞬間――モモに抱えられた状態のまま、チヒロは愛用の白い杖を天高く振り上げた!
「『超新星の聖歌』―――ッ!!」
瞬時に出現した眩い光芒を纏う光のハンマーが、悪魔の頭上から容赦なく叩きつけられる!
ズドンッ!! と激しい光の爆発が宙を穿ち、バイオリンを奏でていた悪魔は悲鳴をあげる暇もなくその場で霧のように消滅した。
「あんたの不協和音なんて、二度と聞くもんですかッ!!」
チヒロの叫びが空に響く。元凶たる悪魔の演奏が止まったことで、地上で猛威を振るっていた3本の弦の大蛇から、あの耳を刺す邪悪で不気味な不協和音がピタリと止んだ。
だが――音波攻撃こそ消えたものの、生き物のようにうねる弦の大蛇自体の物理的な猛攻は衰えを知らず、地上に残されたネルソンとルスランへと襲いかかる!
「『天球円舞・砕骨音衝』―――ッ!!」
足場を固めたネルソンが、迫り来る1本の大蛇へ渾身の重打を叩き込んだ! ガガァンッ! と激しい金属音が響き渡り、打ち砕かれた大蛇は苦悶するようにうねると、急速に縮みながらニコロのバイオリンへと引き戻されていく。
そこへ、上空で悪魔を仕留めたチヒロが流星のごとく舞い降りてきた!
「『超新星の聖歌』――ッ!!」
急降下の勢いをそのまま乗せた光のハンマーが、二本目の大蛇の鎌首を激しく殴打する!
これまで『並走する星の使者』の大盾の陰で防戦一方だったルスランも、反撃の好機を逃さなかった。だが、その頭上からさらなる衝撃が降り注ぐ。
『極光の羽ばたき』の翼を解除し、光の弾丸と化して急降下してきたモモが、残る大蛇の群れへ向けて凶悪な範囲攻撃を叩きつけたのだ!
「『宇宙創造時の爆音』《ジェネシス・バースト》―――ッ!!」
ドガンッ!! と地表を揺らす大爆発が巻き起こり、上空からの直撃を受けた弦の大蛇たちが激しく悶え苦しむ。
「今だッ! 食らええええッ!!」
隙だらけになった大蛇へ向け、ルスランが光を放つ剣を振りかざして躍り出た!
閃光の軌跡を描きながら、怒涛の連撃が大蛇の肉体を切り刻む。
「まだだ……! まだ終わらんッ!!」
咆哮とともに畳みかける最後の怒涛のラッシュ! 斬撃を浴び続けた大蛇たちはついに耐えかね、弱り果てた状態でうねりながら、ニコロの持つバイオリンへと惨めに戻っていった。
上空で大蛇を撃破した直後、モモは間髪入れずに『テレポート』を発動。一瞬の光とともに空間を跳び、いつの間にか地上へと着地していた。
「みんな、大丈夫ね!?」
着地と同時に、モモは仲間たちへ向けて声をかける。
「あぁ、問題ない!」
「助かったぞ、モモ!」
「うん、ありがとモモ!」
剣を収めたルスラン、ネルソン、そしてチヒロが晴れやかな笑顔で感謝を告げた。激しい猛攻を凌ぎ切り、ひとまずの安全を確保できた安堵が場に広がる。
「うん、じゃあ行こう――」
モモは深く頷き、テンゴが死闘を繰り広げている方向へ視線を向けた。だが、踏み出しかけてハッと足を止める。
「――あ、その前に……ピローはどこに居るんだろう?」
そう言えば、戦闘の序盤で姿を消したままどこかへ吹き飛ばされていたはずだ。一同が周囲を見回すも、その姿はどこにも見当たらない。
「とにかく、テンゴを助けに行かないと!」
消えたピローの心配を胸に抱きつつも、一刻を争う事態であることに変わりはない。四人は意を一にし、未だ激しい打撃音が轟くテンゴとニコロの肉弾戦の戦場へと向かって、一斉に駆け出した!
ここまでお読み頂き有難うございました。
ご感想頂けると幸いです。お待ちしております。
「『極光の羽ばたき』
『神秘的な静音星雲』




