運命を断ち切る
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テンゴたち3人がニコロに相対する姿を見て、ピローは目の前の敵、チェルノモールに目をやる。
『星葬を保持する妥協なき鎖』で縛り上げていたチェルノモールの身体が、突如として渦巻く黒煙のような闇に包まれていく。強固だったはずの鎖は、まるで墨に浸されたかのように黒く染まり、ついに闇の渦へと溶けるように消滅してしまった。
瞬時にテレポートを使い、チェルノモールからわずか三メートルほどの至近距離まで間合いを詰めていたピローは、緊迫した面持ちで叫ぶ。
「おい、チェルノモール! 本当にお前なのか!?」
しかし、彼からの返答はない。重力を無視するかのように、チェルノモールの身体がゆらりと宙へ浮き上がり始めた。
「……無駄のようね。声が届いていないみたいだわ」
ピローのすぐ背後へと滑り込んできたモモが、硬い声で告げる。
その言葉通り、チェルノモールの両眸には光がなく、まるで魂を抜き取られた人形のような生気のない瞳が、ただ虚無を見つめているだけだった。
大頭の話では、チェルノモールは高潔な『戦士』だったはずだ。それが今や、怪しげな黒いローブを纏い、まるで『暗黒の魔法使い』のような異様な姿に変えさせられている。
「ああ……残念だが、そのようだな」
宙に漂うチェルノモールが、不気味に黒く濁った杖を再び掲げた。直後、その先端にどす黒いエネルギーが凝縮され、完全な攻撃態勢に入る。
「モモ、こうなったら戦闘開始だ!」
「……ええ、そのようね!」
チェルノモールの杖から、先ほどと同質の漆黒のエネルギー弾が解き放たれる。
二人は瞬時に『テレポート』を発動。ピローは右側へ、モモは後方へと空間を跳び、直撃の射線から離脱した。
だが――漆黒の弾丸はモモの動きを追尾していた。
直撃を逸らされた弾丸は勢いよく地面へと激突すると、そのまま地表を滑るような黒い波浪となって、モモの足元へと恐ろしい速度で迫り来る!
「……!?」
異変に気づいたピローが素早く目を向ける。
モモの目の前わずか一メートルまで、禍々しい黒い光芒が迫っていた。
しかしモモの反応も速い。寸前のところで再び『テレポート』を発動し、前方へと空間を跳んで弾道を脱出した。
目標を失った漆黒のエネルギー弾は勢いを殺しきれず、そのまま直進して『魔法の庭園』を囲む重厚な壁へと激突する。
(――ドガアアアンッ!!)
凄まじい爆音とともに土煙が巻き起こり、壁には禍々しい穴が大きく穿たれたのだった。
壁を粉砕した爆風を潜り抜け、モモは再びピローの側へと舞い戻った。
「どうやって戦闘不能にすべき……?」
「ああ……実に厄介な黒魔術だ」
「っていうか、そもそもあの人、なんで宙に浮いているのよ!?」
二人が言葉を交わす間も、敵は息つく隙すら与えてはくれない。
宙に漂うチェルノモールは、再び不気味に濁った杖を静かに高く掲げ始めた。その無機質な佇まいに、モモの脳裏へとある嫌な予感がよぎる。
「……もしかして彼、すでに『死んで』いるんじゃ……」
「……否定はできないな」
ピローが重々しく頷いた瞬間、チェルノモールの掲げた杖が、再び重厚な漆黒のオーラを激しく纏い始めた。
直後――先ほどと同質の漆黒のエネルギー弾が、音もなく撃ち出される!
「避けるよ!」
「ああッ!」
二人は同時に『テレポート』を発動。息の合った動きで、今度は左右へと空間を跳んで射線を逃れた。
しかし――直後、空を切ったはずのエネルギー弾が空中であり得ない急旋回を描く!
不気味な軌道を描いて方向転換した弾丸は、右側へ跳んだピローの背後を目掛け、凄まじい速度で牙をむいた!
「っ、な……!?!?」
「……! 今度は追尾弾かッ!?」
背後から牙をむく漆黒のエネルギー弾。ピローは直前に追尾してくる弾頭を察知し、瞬時に『テレポート』での離脱を断念した。
「……こうなったら、相殺だッ!」
振り向きざまに赤いブレードを強く構え、即座にスキルを解き放つ。
「反行する宇宙の旋律!!」
敵の発動した魔法を完全トレースし、そのまま同威力を打ち返す強力なカウンター技。直接的な物理攻撃こそトレースできないものの、相手の発した魔法弾に対しては絶対的な相殺力を誇る。
ピローのブレードの先端から、完全複製された漆黒の弾丸が解き放たれ、迫り来るエネルギー弾と正面から激突した。
(――ドカンッ!!)
空中での相殺爆発が激しい爆風を散らす。
「ひぃ〜、あっぶねぇ……!」
冷や汗を流しながら爆風を潜り抜けたピローは、隙を逃さず宙に浮かぶチェルノモールへ向けて一気に踏み込んだ。
「モモ、サポート頼む!」
「任せて!」
「『脱出不可能な宇宙の輪舞』――ッ!!」
ピローの疾走に伴い、ブレードから小宇宙を凝縮したような大中小の輝くエネルギー弾が大量に湧き出し、群れをなしてチェルノモールへ殺到する!
しかし――チェルノモールは光のない瞳のまま、不気味に濁った杖を静かに前方に掲げた。直後、空間を歪めて漆黒の半透明なバリアが瞬時に展開される。
(――バリバリバリッ!!)
宇宙の煌めきを散らすエネルギー弾はバリアの表面で激しいスパークを巻き起こし、ことごとく阻まれてしまった。だが、ピローの攻撃の手は一瞬たりとも止まらない。防がれた衝撃を力に変え、間髪入れずにブレードを再び閃かせる!
「まだまだァ!『脱出不可能な宇宙の輪舞》』――ッ!!」
ピローが放つ怒濤の連撃も、チェルノモールが展開した漆黒のバリアを揺るがすことすらできない。まるで打撃が届いていないかのようだ。
「私も合わせるわ!『宇宙創世時の爆音』!!」
モモが大切に抱えていたアザラシクッションの口が大きく開き、そこから聖なる光芒をまとったエネルギー弾が凄まじい速度で撃ち出された。ピローの連続攻撃に続いてモモの放った光弾が直撃したものの、チェルノモールの鉄壁の防壁を破るには至らない。
チェルノモールは一切の感情を排した無表情のまま、再び不気味に濁った杖を静かに振り上げた。
直後――二人を包み込む暗澹たる夜の空間を割くように、不吉な金属音が響き渡る。
(――チャラチャラチャラチャラッ!!)
「「!!」」
空中の亀裂から突如として吐き出されたのは、先端が鋭利に尖った数十本もの漆黒の鎖! 猛毒の蛇のごとく、恐ろしい勢いで二人目掛けて襲いかかってきた。
二人は反射的に『テレポート』を発動。すんでのところで空間を跳び、殺到する漆黒の刃を連続で回避する。
(――ドスッ! ドドドトンッ!!)
二人が直前までいた地面へと次々に鎖が突き刺さり、激しい音を立てて石畳を破壊していく。
「ふむ……我の使う鎖にどこか似ているな」
「……まったく、余裕ぶって無駄口叩かないで……!」
軽口を叩くピローにモモが呆れ声を上げながらも、二人は途切れることなく『テレポート』を繰り出し、雨あられと降り注ぐ鎖の群れを捌いていく。
一見すると同じ『テレポート』だが、二人の修得スキルには明確な性能差が存在していた。
モモのテレポートは【最大移動距離10メートル/再使用待機時間1秒】。広範囲を一気に離脱できる長距離仕様だ。
対するピローのテレポートは【最大移動距離5メートル/再使用待機時間0.5秒】。移動距離こそ短いものの、驚異的なピッチで連発できる短距離・高頻度仕様である。
二人は互いのスキルの特性を完璧に理解し、巧みに連携していた。
モモは長距離跳躍で巨大な死線を大きく脱出し、ピローは短距離跳躍を刻むように連打して至近距離の鎖を滑らかに見切る――。
それぞれの強みを最大限に生かした軽快な身のこなしで、空間から果てしなく繰り出される漆黒の鎖を鮮やかに回避し続けていた。
(――ガギギギギッッ!!)
空中から降り注ぐ鎖を捌いていた二人の足元で、突如として激しい破砕音が轟いた。
突き刺さった鎖とは明らかに異なる無数の漆黒の鎖が、石畳を突き破って地中から跳ね上がってくる!
「なっ!? 今度は地面からかよッ!?」
頭上と足元の上下挟み撃ちとなり、回避に専念していたピローは瞬時に判断を下した。ブレードを翻し、別のスキルを解放する。
「『黒音が消えて行く』――ッ!!」
周囲に黒い粒子を霧散させ、己の姿と気配を完全に消失させる隠密スキルだ。敵に目標を見失わせ、攻撃のターゲットを散らす算段――うまく行けば、全ての攻撃はモモの側へと集中することになる。
その目論見通り、ピローの姿は一瞬で空間からかき消えた。
一方、回避のために『テレポート』を使っていたモモも、その足を止めた。守りに転じるための大技を詠唱するためだ。
「『神の賛美歌・天空結界』!!』
モモを中心に、重厚で鮮やかなオーロラの光芒が爆発的に拡散した。
頭上までをすっぽりと覆い尽くす色鮮やかな光のドーム――自身と周囲5メートルを完璧に守護する、絶対防御の結界である。
だがその直後、結界の外の何もない空間から、情けない悲鳴が響き渡った。
「いたたたっ!? 痛っ、痛い痛い痛いッ!!」
(――ドスドスドスドスッ!!)
誰もいないはずの空中で、漆黒の鎖が目に見えない何かに連続で叩きつけられる鈍い音が鳴り響く。
どうやらあの怪しげな黒魔術は、透明化して気配を消したピローの存在をも完全に見抜いていたらしい。
(――ガリガリガリッ!!)
激しい鎖の雨がモモの『天空結界』にも襲いかかったが、オーロラの薄膜は微動だにせず、全ての攻撃を完璧に弾き返してみせた。
すると、結界の安全圏のただ中へ、テレポートの光とともにピローが転がり込んできた。
「モ……モモ……た…助け…て…ッ」
全身に痛々しい鎖の打撃痕を作ったピローが、瀕死の体でへたり込む。
「……ひぃっ!?」
あまりの酷い有様に一瞬だけ驚きを見せたモモだったが、すぐに無表情に戻ると、抱えていたアザラシクッションを掲げた。
「『全休符』」
アザラシクッションの両目が神秘的なエメラルドグリーンに光り輝き、あたたかな治癒の光がピローを包み込む。瞬時に傷が塞がり、体力が完全に全回復した。
「……っふぅ〜〜! 生き返った……ッ!」
胸をなでおろして立ち上がったピローは、結界の壁を殴りつける鎖の群れを忌々しそうに睨みつけた。
「さぁて……どうやらあの黒魔術、我の『黒音が消えて行く《ダークネス・フェードアウト》』すら透視してくるようだな」
「…そのようね。ピローの隠密スキルとは相性が悪そうだわ……」
会話を交わしながら体制を整える二人だったが、この『天空結界』も無限に持つわけではない。結界の外側からは、今も不気味な鎖が激しく叩きつけられる金属音が絶え間なく響いている。
「だが、地面から生えてくる鎖すら結界の内側には出現しないのは幸運だな」
「ええ……一体どういう仕組みなのかしらね」
不気味な黒魔術の猛威に眉をひそめつつも、二人は結界が維持されているわずかな時間を使って、次なる突破口を模索し始めていた。
「ねえ、あの空中に浮いている黒魔術師って、攻撃を通せるのかしら?」
「あぁ……あの漆黒のバリアがある限り、まともにダメージを与えるのは難しそうだな」
「じゃあ、どうするのよ」
「え? けどさ……さっき俺のスキルで鎖に巻きつけた時は、普通に手応えがあったぞ?」
互いに顔を見合わせる二人。
「……どういうことだ?」
思案に暮れる二人の頭上で、ピキリと不吉な亀裂の音が響いた。モモが展開していた『天空結界』のオーロラに、刻一刻とヒビが広がり始めている。外を埋め尽くす漆黒の鎖は、一向に攻撃の手を緩める気配がない。
「とりあえず、私ならあの黒魔術と相性が悪くないはずよ。こうして結界を展開して防げているんだから……」
「だったら俺が何もしない……って訳にもいかないか。この結界も時間制限があるし、ずっと中に引きこもっている訳にもいかねぇ。外に出た瞬間、あの鎖に俺たちのスキルを直接ぶつけてみるか?」
「そうね、やってみましょう。……あ、でも私、ひとつ気になることに気づいたんだけど。あいつの持ってる杖って、なんで――」
モモが違和感の正体を口にしようとしたその瞬間、(――バリァアンッ!!)と激しい砕裂音とともに守護結界が限界を迎え、砕け散った。
剥き出しになった二人の姿が、空中に佇むチェルノモールの眼下に晒される。
「散開だッ!!」
二人は同時に『テレポート』を発動。殺到する無数の鎖の射線から跳んで離脱する。
「この漆黒の鎖は何なんだ!? 魔法攻撃か!? それとも直接攻撃なのか!?」
跳躍を繰り返しながら、ピローが疾走するモモへ向けて大声で問いかけた。
「分からないわ! 分からないなら、試してみるしかないでしょ!」
「それもそうだなッ!反行する宇宙の旋律――ッ!!」
ピローは直進しながら赤いブレードを前方へ突き出し、迫り来る鎖の魔法的トレースを試みた。
だが――手応えがない。ブレードからスキルの共鳴反応が一切返ってこないのだ。
「――っ、なっ!?」
顔を蒼白にするピロー。
「魔法じゃない……ッ! こいつは『直接攻撃』だ!!」
魔法を相殺するカウンターが不成立と分かった瞬間、ピローの隙を逃さず、死角から複数の漆黒の鎖が牙をむいた。
「ピローーーーッ!!」
モモの悲痛な叫びが響き渡る。だが、彼女の差し伸べる手よりも、鎖の刺突の方が圧倒的に速い。絶体絶命――。
(――シュバッッ!!)
その時、ピローの背後の空間を切り裂くような、鋭く重厚な風切り音が鳴り響いた。
次の瞬間、ピローを穿とうとしていた複数の漆黒の鎖が、跡形もなく粉々に粉砕されて吹き飛ぶ!
「何っ!?」
何が起こったのか理解できず、目を疑うピロー。驚愕して振り返った彼の耳に、あまりにも頼もしい、聞き覚えのある声が届いた。
「やあ! 二人とも、待たせたね!」
「「ルスラン……ッ!!」」
モモは瞬時に『テレポート』でピローの隣へと躍り出た。
襲いかかってくる後続の鎖を、ルスランは一瞬の迷いもなく剣の一振りで叩き落とし、さらに返しの二振り目で残る鎖を悉く薙ぎ払ってみせた。
「待ってたよ、ルスラン!」
「助かったぜ……ありがとな、ルスラン!」
「ああ、礼には及ばないよ。礼なら僕の方こそ言いたいくらいさ!」
「「え?」」
困惑する二人に笑みを返すと、ルスランは力強く剣を構え直した。その剣は先ほどと違い、まばゆい光を放っている。そして、その瞳には、仲間と共に戦う揺るぎない闘志が宿っている。
「――さあ、『暗黒の魔法使い』に反撃と行こうじゃないか!」
「ええ……そうね!」
「よっしゃ! そいじゃ我ら『トリオ』の実力ってやつを、あの『暗黒の魔法使い』に見せつけてやりますか!!」
「「ああッ!!」」
◆◆◆
戦闘の舞台は、中央に巨大な噴水が鎮座し、その周囲を色鮮やかな花壇が綺麗に彩る『魔法の庭園』。
テンゴたちがニコロと相対する主戦場からは少し離れた場所だが、あちらの激動を感じ取りつつも、今は目の前の脅威に全神経を注がなければならなかった。
ルスランが駆けつけたことで、こちらの戦力はピロー、モモ、そしてルスランの三人。
「よし、行くぞ!」
気炎を上げるルスランに、モモはテレポートで至近距離へ飛びながら、手招きするように合図を送る。
「その前に、ルスラン……ちょっと!」
一方のピローは、短距離テレポートをリズミカルに連発し、迫り来る漆黒の鎖を華麗に交わし続けていた。
「あいつ、やっぱり声が届いていないみたいなのよ。黒魔術で操られているのか、魂が抜けているのか分からないけれど……」
襲いかかる鎖の弾道を空間跳びで避けつつ、モモが素早く思案を共有する。
「それに、あいつの凶悪な攻撃を止めるには、あの掲げている『杖』を叩き壊すしかないと思うの。協力してくれる?」
ルスランは迫り来る漆黒の鎖を剣で真っ向から薙ぎ払い、迷いなく頷いた。
「ああ、勿論だ! ――だがその前に、あの『暗黒の魔法使い』チェルノモールに、もう一度だけ声を掛けさせてくれ!」
空中から襲う鎖と地中から突き跳ねる鎖を同時に見切り、回避と斬撃を交互に繰り出しながら、ルスランは宙に浮くチェルノモールへと果敢に肉薄していく。
「おいッ! チェルノモール! 聞こえているかッ!?」
剣を振り抜き、迫る鎖を叩き落としながら、ルスランは腹の底から大声を張り上げた。
「君は誰よりも祖国を愛する、高潔で立派な『騎士』だったはずだッ!! それなのに……あの男、ニコロに理不尽にも命を奪われたと聞いたッ!」
敵の意識を惹きつけるルスランを護るため、モモが間髪入れずに即座に援護へ回る。
「『宇宙創世時の爆音』――ッ!!」
アザラシクッションの口から解き放たれた聖なる光芒が、ルスランへ殺到していた複数の鎖を直撃。爆煙とともに鎖の群れを粉々に砕き散らした。
間髪入れず、別の地点へテレポートしたピローもブレードを閃かせる。
「『脱出不可能な宇宙の輪舞』――ッ!!」
ピローの周囲に生成された大中小の煌めく光弾群が、弾丸のごとく連射され、地中から生え出でる鎖の束を次々と撃ち砕いていく。
二人の完璧なサポートを受け、ルスランは一歩も引かずに踏み込み、チェルノモールへ叫び続けた。
「……正直に言えば、僕も最初は『君はここで倒される運命にある』と思っていた! 君を倒してリュドミラ姫を倒せるなら、チェルノモールの命などどうなっても構わないと……そう考えてしまっていたんだッ!」
襲いかかる鎖を間一髪で交わし、力強く踏みしめた足元。その熱を帯びた叫びは、周りの美しい花壇を揺らし、咲き誇る花々すらも震わせるほどの感情に満ちていた。
「――だけど、違うッ!! 君はこんな理不尽な場所で終わるような運命じゃないッ! 僕は、そんな惨い運命を断ち切るために、今ここへ来たんだッ!!」
ルスランの覚悟に満ちた叫びを聞いたピローとモモは、互いに頷き合った。
先ほどまでの劣勢が嘘のように、二人は息の合った連続攻撃でルスランの周囲の死角を完全に埋めていく。
「『脱出不可能な宇宙の輪舞》』!!」
「『宇宙創世時の爆音』!!」
光弾と衝撃波が交錯し、ルスランを包囲しようとしていた無数の鎖が一瞬にして木っ端微塵に砕け散る。
開けた道の中央で、ルスランは宙のチェルノモールへ向けて手を伸ばした。
「僕たちと一緒に帰ろうッ!! 君の兄さんが……あの荒野で、君の帰りを待っているんだッ!!」
魂を揺さぶる言葉が庭園に響き渡った、その瞬間――。
宙に佇むチェルノモールが、一切の感情を排したまま、再び濁った杖を静かに掲げた。
直後、彼の足下に広がる美しい花壇の花々へ、禍々しくどす黒いオーラが降り注ぐ。
(――ズズズ……グチチチッ……!)
可憐に咲き誇っていた花々が漆黒に染まり、その中央から不気味な単眼と、鋭く尖った牙を持つ口が歪に生え揃っていった。
(――シャアアアアッ!!)
異形の怪物へと変貌した無数の黒い花々は、花壇の土を蹴破って一斉に飛び出すと、飢えた狂気とともにルスランたち三人へ向けて群れをなして襲いかかった!
「このくらい大した事ない……ッ!」
あまりに不気味で異常な光景に、ピローが息をのんだ。
「……っ!?」
すぐ側に立つルスランも、剣を構えたまま目を見開いている。
「この数は……先ほどのオタマジャクシの化け物に比べればッ!」
頭上からは降り注ぐ無数の漆黒の鎖。足元の石畳を突き破って生え伸びる鋭利な跳ね鎖。そして周囲の花壇からは、異形の単眼と鋭い牙を剥き出した邪悪な『花の悪魔』たちが押し寄せてくる。
全方位を埋め尽くす猛攻――もはや地上に一歩の逃げ場すら存在しなかった。
「もう……逃げ場はないな!」
絶体絶命の危機に、ピローは一瞬で『テレポート』を発動。3人の中央に位置する巨大な噴水の頂上へと躍り出た。
モモとルスランも間髪入れずに噴水のフチへと跳び上がり、押し寄せる花の悪魔の群れから身を護るべく陣形を整える。
水しぶきを上げる噴水の天頂から、ピローは静かに二人を見下ろした。
「っふ~、いや~さっきは少し焦った、まさかこんな事態になろうとはな……」
「ピロー……? 」
突然のピローの独白に、ルスランが訝しげに問いかける。
一方、モモは黙って噴水の上のピローを見上げていた。かつて彼の戦いを見てきた彼女には、ピローがこれから何をしようとしているのか、すでに察しがついていたのだ。
「だから――俺はこの最悪な状況の打開策として、闇から生まれし『白銀のしもべ』どもを召喚する。ここらで汚名返上と行こうじゃないか!」
言い放つや否や、ピローは溢れ出る魔力をブレードに注ぎ込み、天地を揺るがす勢いで大技の詠唱を放った!
「『|星の怒りによる死の舞踏』――ッ!!」
ダークメイジが誇る、最大級の召喚必殺技である。各職業三つまで必殺技を持っており、使用することが出来るのだ。
自らの全マジックポイントの半分を一気に消費し、地底の闇より無数の骨の兵士――スケルトンアーミーを喚び出し、敵と判定した全ての者を殺戮させる大技だ。
持続時間は3分間。地上の敵の数に合わせ、地表を突き破って無限に這い出るのだ。
(――ガタガタガタガタッ!!)
ピローの背後にその職の掲げる『星の紋章』が出現した。
ダークメイジの場合は『琴座』だ。
ピローの詠唱と同時に、噴水を取り巻く庭園全体の地表が激しく鳴動を始めた。
石畳の亀裂から、邪悪な花々の足元から、そして鎖の生え出る闇の隙間から――無数の白銀の骨の腕が、地面を突き破って一斉に這い出し始めていた。
「ほらほらほら! 何処からか不気味な音楽が聞こえてこないか!?」
ピローが耳を澄ますようにしてお調子者らしく叫ぶ。
地表を突き破って這い出た無数の骸骨が一斉に動き出し、群がり迫る敵へと襲いかかる。
(カタカタカタ……コトコトコト……キチキチキチッ……!)
各地から響き渡る骨と骨が激しくぶつかり合う音。それは怪しくも不気味な、死者たちの奏でる狂想曲のようにも聞こえた。
―――――――――――――――――
リスト作曲:『怒りの日による死の舞踏』
―――――――――――――――――
「な、何だこの音は……!? 骸骨たちの擦れ合う音なのか……!?」
カオスな光景にルスランが困惑の表情を浮かべる。
「ルスラン、ここからよ! あの『暗黒の魔法使い』チェルノモールの杖を破壊するために、うちらが絶好のチャンスを作るわ……!」
「分かった……!」
ピローが手にした様々な武器を掲げる骸骨たちは、押し寄せる花の悪魔たちへ怒涛の勢いで襲いかかった。無数の骨の兵士たちによって、悪魔たちは次々と薙ぎ払われ、倒されていく。
すかさずモモがアザラシクッションを抱え直し、鮮やかな魔法を詠唱した。
「『神秘的な静音星雲』――ッ!!」
言葉に応えるように、噴水の周囲へ神秘的な輝きを放つ星雲が溢れ出していく。
「これは……! 先ほどの暗黒雲とは違うのか!?」
「ええ、そうよ。これは相手に目標を見失わせる広域乱惑魔法。あいつにもきっと通用するはずよ!」
持続時間は三分間。ピローが放つどす黒い『静寂の暗黒星雲』とは相反する、聖なる光の星雲であった。
霧の向こうを見据えながら、ピローが素早くルスランへ向き直る。
「おーい、ルスラン! 俺とモモは基本的に純魔法使いだから、魔法攻撃しか手がない。だが、あの高さに浮いているチェルノモールは、純粋な魔法攻撃を全て無効化して弾くことが判明した」
「?? 魔法攻撃が通じないなら、魔法そのものが効かないんじゃないのか!?」
「恐らく『攻撃属性の魔法』は弾かれる。だが、これまで戦ってきた感じだと、あいつは直接攻撃と魔法攻撃を明確に判別しているらしい。俺が一番最初に直接『拘束魔法』で縛って引っ張り飛ばした時は、なんなく通っただろ?」
「そうか……! つまり、攻撃判定のある魔法弾は防がれるが、身体に直接作用する『直接攻撃系魔法』なら魔法攻撃とみなされず通るってことか!」
「そういうことだ。直接攻撃できる超威力の魔法が無いわけじゃないが、大量のMPを消費する上、相手を完全に消し去っちまう。あいつを殺さずに杖だけを破壊するには向いてないスキルなのさ。だから――俺たちが直接拘束魔法であいつの動きを完全に止める。その一瞬の隙に、ルスランが飛び込んであの杖を叩き折ってくれ!」
「了解だ……! 任せろ!」
噴水の上での作戦会議は、完璧な意志共有とともに幕を閉じた。
「おーし……それじゃ、おっぱじめますかッ!!」
噴水の天頂へと躍り出たピロー。モモの放った『ミステリオーソ・セイント・ネビュラ』が作り出す神秘的な星雲の境目――頭が出そうで出ない絶妙な位置から、彼は右手の赤いブレードを天空へ向けて一気に掲げた。
「『星葬を保持する妥協なき鎖』――ッ!!」
ピローの掲げたブレードの先端から、重厚な金属音とともに突如として幾重もの漆黒の鎖が噴出! うねりを上げてチェルノモールへと襲いかかる。
宙に漂うチェルノモールは星雲の乱惑作用によって完全に目標を見失い、意識が散漫になっていた。迫り来る不吉な気配に気づく間もなく、星雲の陰から飛び出した漆黒の鎖によって、その身体をまんまと硬く縛り上げられた!
「アイツはさっき、俺の鎖を溶かして脱出した! つまり放っておけば、またすぐに破られる可能性があるッ!!」
ピローは鎖の感触を噛み締めながら、喉がちぎれんばかりに叫ぶ。
「チャンスは今、この一瞬しかない!!」
「行けっ、ルスラン! 飛べぇぇぇッ!!」
「――っはああああああッ!!」
ピローの叫びに合わせ、ルスランが勢いよく噴水の天頂へと跳び乗った。
反動を利用して力強く石畳を蹴り上げると、彼は『暗黒の魔法使い』チェルノモールの胸元目掛け、一直線に空へと飛び渡った――!
まばゆい聖光を纏ったルスランの剣が一閃し、拘束されたチェルノモールが掲げる濁った杖を一直線に撃ち抜いた。
(――パキィィィンッ!!)
甲高い砕裂音とともに、諸悪の根源であった黒い杖が半分に叩き折れる。
暗黒の威光を失ったチェルノモールは力を失って宙から地面へと崩れ落ち、活動を終えた歪な杖の破片もまた、彼と共に石畳の上に転がった。
次の瞬間、空から降り注いでいた漆黒の鎖も、花壇から這い出していた無数の花の悪魔も、まるで夢の痕のように一斉に黒い靄となって溶け消えていった。激闘の終わりを静かに告げるかのように、庭園に束の間の静寂が訪れる。
「ふっ……ッ!」
空中での飛撃を終えたルスランは、滑らかな身ごなしで受け身を取り、しっかりと地に足を着けた。
その直後、閃光とともにピローとモモの二人が『テレポート』で現れ、倒れ伏すチェルノモールの傍らへと一瞬で移動した。
「どうやら、やっぱり何者かに操られていたみたいだな……チェルノモール。君の無念は晴らした」
ルスランが倒れたまま動かないチェルノモールへ静かに声をかける。
「おい、こいつ大丈夫なのか……?」
「……う〜ん、念のために『全休符』を使ってみるね」
返答のない不気味な静けさに息をのんだモモは、大切に抱えていたアザラシクッションをチェルノモールの顔前へとかざした。
「『全休符』」
クッションの両目が柔らかいエメラルドグリーンに輝き、優しくあたたかな回復の光がチェルノモールを包み込む。だが――その瞳に光が宿ることはなく、深く途切れぬ眠りの中に落ちたままピクリとも動かない。
「……どうやら、目を覚ます気配がないね」
「そのようだ……。じゃあ、一体どうすればいい?」
「やっぱり……コイツを影で操っていた張本人、『ニコロ』を倒さない限り、この呪縛の眠りからは目を覚まさないのかもしれないわね」
モモの推測に、ルスランは静かに頷いた。そして膝をつくと、未だ目覚めぬチェルノモールの顔を見つめ、熱い想いを直接語りかけた。
「僕はね……君の『死する運命』すらも断ち切って変えたいと思っているんだ。君はここで終わるべきじゃない……生きて、あの荒野で待つお兄さんに再会すべきなんだ」
「……ああ」
「…そうね」
「君の無事を待っている人が、きっとたくさんいるはずだから――」
誓いを刻むように言葉を終えると、ルスランは力強い足取りで立ち上がった。
「さあ、次はあの男……ニコロだ!」
「僕たちの手で、必ず姫様を助け出すッ!」
ピローが召喚したスケルトンアーミーの残存数は、およそ五十体。スキル『星の怒りによる死の舞踏』の持続時間は残り一分を切っているが、彼らはまだピローの忠実な手足として機能していた。
「僕が……あいつを叩き伏せる!」
「行こうッ!!」
不気味な骨の兵士たちを従え、ルスランは黄金に輝く聖剣を掲げたまま、テンゴたちが死闘を繰り広げる主戦場へと勢いよく駆け出していった――。
是ご感想お願いします。
そこらへんの俺TUEEEEEEEEEEEEEEEE
ではございません。
そこらへんの追放物でもございませんが
作者の気持ちを込めた作品です。
是非感想をいただけると幸いです。




