12:変わっていく、Ⅲ
デザートまで来て、ステラが美味しそうに食べる様子を王妃はどこか嬉しそうに見ている。やはり、娘が欲しかったのだろうか。
「そうだわ、今日はわたくしとお散歩へ行かない?いつもアゼルと行く庭園ではなく、馬車で少しだけ遠出しましょう」
「母上、女二人と言うのは危険ですから……」
「あら、平気よ。本当はアネーシャさんのドレスだって選びに行きたいの。ダメかしら」
「イヴリン……あまり我儘を言うな」
「我儘じゃないわ!」
ぷくっと頬を膨らせて見せる王妃に、ステラはおろおろと三人を見比べる。王妃は年齢に添った美しさと可愛らしさのある人だが、こういう表情をするとまるで少女のようにも見える。取り立てて若く見えるわけでもないのだが―――雰囲気のなせる技だろうか。
「俺とユアンも行きます」
「だめよ、二人がいいのに……」
「父上の心配そうなあの顔を見ても、ですか?」
「でも……」
「アネーシャも、困っていますから。ああ、一緒に行くのが嫌というのではありません」
一瞬泣きそうな顔をした王妃にステラはぶんぶんと首を振った。二人で出掛けるのはいい。けれど、危ないのではないかという思いがあるので二人で行くというのには賛成できないのだ。そこにはステラがボロを出すという危険も多少含まれている。
「その代わり、仕立て屋にも行きましょう。どうせ呼ぶのでなく行きたいのでしょう?俺とユアンが居ますから、少しなら遅くなっても平気です」
「本当に!?」
パッと嬉しそうな表情になる。コロコロと表情の変わる、可愛らしい人だなとステラは思った。
ステラの母親はいつも穏やかな表情をしていた。近所のおばさん達も、怒っていたりと様々ではあったが、このように表情が変わることはあまりなかった。きっと王妃は、今も娘のような心が残っているのだろう。
ぼんやりと母親のことを考えて、ステラは慌てて首を振った。今はもうステラではない。アネーシャなのだ。
「お弁当を持って行きましょうね。お昼を食べたら、仕立て屋に行きましょう。支度してきてくれる?アンジュ、お願いね」
「畏まりました」
わくわくと見るからに楽しみにしている王妃の期待を裏切ることはできない。だが、仕立て屋に行くというのはあまり乗り気にはなれずにいた。
城の外へ出るというのはステラ自身楽しみで仕方がない。アネーシャとして生活を始めてから、城が変わったとはいえエデタージュでもノクールでも城の外へ出ることはなかった。だから、純粋にノクールの景色を見ることができるのは楽しみだ。
けれどもステラは所詮下町の人間なのである。今着ているドレスはアンジュが手直しを加えてくれているから違和感なく着ることができているが、本来ならばステラの腰はコルセットをはめなくても良いほど―――いや、コルセットをはめることをむしろ止めさせるほど細い。当たり前だ、食に困る生活を送っていたのだから、肉がつくはずがない。
腰は細いというよりは貧相だし、胸だってさほどない。それをごまかしながら過ごしているのだ。だから、仕立て屋―――採寸をするような場所へ行くのは嫌なのである。
「アネーシャ様……」
アンジュが気遣わしげにステラの顔を覗き込んだ。ステラは苦笑してみせる。
「大丈夫だ」
言ったのは隣を歩いているアゼルだった。アネーシャのために用意されたドレスをアネーシャよりも華奢なステラが着こなせるはずがなく、アンジュが手を加えていることを知っているアゼルは、ステラが何を考えているのかわかったのだろう。
ゆっくりとアゼルはステラを見る。そうして再び、大丈夫だと言った。
「母上の懇意にしている仕立て屋は、採寸をしないらしい」
「採寸を……?そのようなことがあり得るのですか、アゼル様」
「目で見て、もしくは直接布を当てて裁断することができるのだとか。言えばそうしてくれるだろう」
ホッとした表情がこぼれて、アゼルは微かに笑った。
最近では、アゼルも口端に笑みを乗せることが多くなった。唇が完全に弧を描くわけではないが、それでも、前に比べれば表情が柔らかくなったことは確かである。
「それにしても……あれだな、ユアン」
「はい?」
アゼルはついと眉をひそめた。
「女は無理に腰を細くするだろう、あれは解せんな」
「ああ……そうですね。別にそのままでも良いと思いますが……」
「見栄えの問題なのですよ。腰が締まっていて、胸が出ていると、バランス良く見えるのです」
アンジュの言葉に、アゼルとユアンだけではなくステラもそんなものなのかと相槌を打った。そして、ステラだけは己の胸元に視線をやる。
―――圧倒的に肉が足りない。腰はコルセットをはめることすらはばかられるほど細いが、それと同じくらい胸元にも肉がない。
「どうした?」
アゼルの言葉にそうっと己の胸元に手をやっていたステラはビクッと肩を揺らして手をひっこめた。
「大丈夫ですアネーシャ様、まだ望みはあります」
「―――ああ……。大丈夫だ、お前は全体的に細いのだから、そこだけあっても逆に不自然だろう」
「アゼル様、慰めになってはいませんよ」
「む、そうか?別に良いと思うがな」
アゼルが良いなら良いのだろうか。そう思いかけて、思った自分に顔から火が出るほど恥ずかしくなった。何故だ、別にアゼルは関係ないはずなのに、と。
「ですが、本物のアネーシャ様に比べるとあまりにも華奢ですからね」
「事故の反動で飯が食えなくなったとエデタージュでは吹いていたから、大丈夫だろう。それに、ノクールの仕立て屋でドレスを仕立てたことはあるまい」
「それもそうですけれど……一応、アンジュ殿、気を配っておいてくださいね」
「勿論ですわ」
迷惑ばかりかけている、とステラはしゅんとする。実際迷惑を被ったのはステラのはずなのだが、その辺りは既に自分の中で昇華しているのだろう。
もう少しうまく立ち回ることができたらいいのに。その思いは日増しに強くなっていた。
しかしアゼルの方は、そのうまく立ち回ることができないステラがだんだんと愛おしくなっている事実に気付き始めていた。
うまく立ち回ることができずにしゅんとしている姿や、反面嬉しそうに笑っていたりするとこころがふわりと温かくなる。ステラの温かな内面が滲みだして、アゼルの心を温めているのだろうか。




