11:変わっていく、Ⅱ
身代わりの少女、ステラはあれから自分の名前が題名となった本をいたく気に入り、きちんと許可を得てから自分の部屋に常に置いていた。暇があったら読み返すというのを繰り返している。
アゼルの方は、少女と二人きりの時だけはステラと名前で呼ぶことが多くなった。特に庭園にいるときはその頻度が高く、密かに庭園に行くことを―――以前とはまた違った意味で―――楽しみにしていさえする。
二人のそんな変化は周りから見ればさしたる変化ではなかったが(なにしろ二人きりの時しか変化ないのだ)二人からすればかなりの変化だった。
ぐいっとアゼルは伸びをした。アゼルの朝はいつも応接間の方の広めのソファで始まる。ユアンが用意した、ベッドとしても十分に機能するソファである。偽りであるとはいえ夫婦である二人に用意されたのはキングサイズのベッド。しかしそこに二人で寝るにはステラが可哀想だ。
最初ステラは自分がソファに寝るとして譲らなかった。それを覆させるのに初日は徹夜の勢いだったわけだが、その寝不足な顔が次の日の王妃の機嫌を良くしたのは幸いだった。きっとお互いのことを話し合いお互いを知ったのだろうと解釈したのだろう。事実は些かどころかだいぶ違うが。
首を回せば小気味のいい音が鳴る。寝室から出てきたステラは丁度その音を聞いて、さっと表情を変えた。アゼルは何が言いたいのかすぐに理解して手を振る。
「いい、これは生理現象だ。どうせベッドに寝ても鳴る」
「アゼル様、アネーシャ様、朝食の用意ができております。国王様もすぐ来られますので、お早く準備を」
不満そうな顔をしたステラも投げ込まれたユアンの言葉に渋々といったように頷いた。アンジュが今日も美しく整えている金糸がさらりと揺れた。
アゼルは起き上がり着替えると、自分でざっくりと髪を結った。とはいえ、ただ高い位置で一つにくくるだけだ。
「行くぞ」
そのままステラに手を差し出して、ステラはその手を迷うことなく取る。
「どこからどう見ても……仲の良い夫婦ですよね……」
「―――そうですね」
数歩後ろを歩きながら、ユアンとアンジュはぽそりと呟いた。
ノクールの城では、食事は大きな部屋に集まって国王夫妻以下家族集まって食べるのが暗黙の了解だ。故に、ステラもアネーシャとしてノクールに嫁いでから、毎日一緒に食事の席についていた。ディヴィだけはいないことが多いが、それはどうやら領地を見回っているかららしい。
「どうした、嫌いか」
渋い顔でちまちまと前菜を食べ進めているステラにアゼルが問えば、ステラは首を振りながら口に運ぶ速さを早める。
「別に無理しなくていいんだぞ―――ああ、そうか、そうだな。では俺が食べる。これは嫌いじゃないからな」
国王夫妻はステラの言葉を見ていないのでどういう流れなのかはわからなかったが、仲が良いということだけはわかったので顔を綻ばせた。少しずつだが確実に打ち解けているのがわかるのは、親としても嬉しいことだ。
「アネーシャさん、嫌いなものがあるのなら言っておいてね。そうしたらメニューを変えてもらえるわ」
「そうですね、その方がいいかもしれない。あれだろう、辛めのものが駄目なんだろう?もう少し甘めにしてもらえれば食べられるな?」
こくこくと頷いて照れたように顔を伏せるステラ。それを聞いたコックがゆっくりと頷いていたので、次回からステラのメニューだけ少し甘めの味付けになるだろう。
ステラとしては、今まで食事に不自由することが多かったので出されたものは残さずに食べたいのである。それが、野菜や肉などの食べ物や作ってくれた料理人たちへの礼儀だと思うからだ。アゼルもそれをわかっているのでステラの前菜を綺麗に食べた。




