顔も名前も知らないあなたへ
アパートに帰って来た。
女の子も赤ちゃんもお昼寝。
ホッと肩の力が抜ける。
赤ちゃんが生まれてから上の子と行くお出かけが少なくなった。
笑顔を見せてくれるけど、どこか我慢しているような寂しそうな表情がこぼれていた。
今日は上の子の好きなもの一杯見せてあげられた。
……良かった。
少しは気持ちが晴れてくれたかな?
鞄を見る。
水筒やミルク、使用済みのオムツや使ったハンカチなどがはみ出ている。
小さく息を吐く。
……片付けなくっちゃ。
後、夜食の準備も……
息を吐いたこの瞬間だけが私の休憩時間。
出来るだけ静かに、手早く手を動かす。
……ふとさっき出かけた時が思い出される。
差し伸べられた手。
落ち着いた声。
洗い物の手が止まる。
……誰だったのだろう?
顔を見る余裕もなかった。
ちゃんとお礼言ったかしら?
言ったよね?多分。
それすら覚えていない。
ごめんなさいとありがとうは子供が出来てから反射で言えるようになっていた。
でもちゃんと感情を乗せる事が出来てたかな?
不安になる。
バスから早く降りないと他の人に迷惑だと焦っていた。
あの手があったから、スムーズに降りられた。
それだけが、はっきり残っている。
少し気持ちが落ちる。
自分の余裕の無さが悔しい。
もう一回息を吐く。
……子供にこんな顔は見せれない。
顔を上げる。
「ありがとうございました」
小さく、でも心を込めて。
名も顔も知らないあの人に届くように




