目指すべき結末
前世を思い出してからの私は、今起こっている出来事について考えるばかりだった。3歳児の出来ることは限られていて、時間は驚く程にある。けれど3歳の体で頭を働かせていれば、自然と瞼が落ちていき、気付けばベッドで寝かされている。
心地良い睡魔に抗うことができず、考えては寝てを繰り返す日々。そうして私が現状を把握出来たのは、二足歩行で重心を上手く取れるようになる頃だった。
‘’転生者”
間違いなく私の位置はここ。
設定資料集まで漁った大好きな『暁闇のカタルシス』の世界で───悪役令嬢に生まれ変わっていた。
ペルシカ・バシュキルツェフの将来の姿は、ふくよかな体型を優に超えた巨躯の娘だった。公爵令嬢という、この世界で唯一の肩書きからやりたい放題のマナーも無ければ品の無い、わかりやすい悪役だった。
手を握って感触を確かめる。幼児ならではの肉付きと思っていたけれど、もしかしてもうその片鱗が見えてる可能性を考えて背筋が凍る。このままだと私の未来は、断罪一直線。ゲーム内で、断罪後の姿は一切描かれていなかった。
家族が路頭に迷う可能性も大いにある…というか、いくら宰相の娘と言えど、お咎めが軽いわけがない…考えれば考えるだけ、不幸せな未来しかなくて、部屋にあるぬいぐるみの山に体を隠す。狭くて暗い場所は、私のお気に入り。
早い心音に紛れて聞こえる、窓から入る風そよぐ音、鳥のさえずりが、次第に気持ちを落ち着かせてくれた。
いくら大好きなヒロインの世界とはいえ、私が生きていけず、特等席でハッピーエンドが堪能出来ないなんて、そんな勿体ないことはしたくない。なんなら仲良くなりたい。あわよくば、私の大好きな王太子ルートで幸せになって欲しい。
なにか出来ることは無いかと頭を捻らせていれば、この薄暗さと柔らかな手触りに安心して眠気がゆっくり近付いてきた。もう少しで掴めそうなのに、幼い身体が考えることを許してくれない。
悔しくてどうにもならずに泣いてしまえば、ノックの音が耳に届く。失礼しますと侍女が部屋に入り込むと、迷いもなく私をぬいぐるみの山から見つけて抱きかかえた。いつも目を覚ませば天蓋を見上げている理由に納得しながら、暖かさと程よい揺れに意識を手放してしまった。
そんな日々に終止符を打ったのは、設定資料集通りのお父様の書斎に初めて入った時だった。
ラベル別に整理された資料、タイトル順の本棚。重厚感溢れる両袖机はよく磨かれていて、テーブルランプのシェードはまるでお花みたい。可愛らしくも品格を損ねない家具は、確かお母様の趣味。
資料集には載っていない、染み付いたインクの匂いと歴史の詰まった匂いを胸いっぱいに吸い込む。体験しないと得られない感動は、この世界が“暁闇のカタルシス”であり、同時に紛れもない現実なのだと突き付けてきた。
…なら。
前世の知識で…断罪ルート、回避できる……?
理解すると、身体中の温度が低くなったような気がした。いけないことをした時に起こるような、あの嫌な感覚。きっと顔は青ざめていて、誰かが見れば心配するだろうなと思うほど、動悸も止まらない。
カンニングはどうしても気が引けるけれど、私のため、みんなのため。やるしかないと生唾を飲み込む。
王太子からヒロインに向けた婚約者の話を借りると、「家督の合う令嬢が1人しかいなかった」とか「政略結婚でしかない」なんて言葉が多く登場していた。ゲームしながらは「そうなんだ〜」としか思わなかったけれど、「家督の合う令嬢が現れる」ことを、私は知っている。
あれだけゲーム内で酷い性格でも婚約していたということは、どう転んでも婚約は免れない。だったらいっそ、ヒロインの存在を報告して辞退する?夢のお告げだと嘘をつく?それとも一思いに、転生者であることを打ち明けてみる?
……何度かシミュレーションをしてみても、変な目で見られて終わる未来しか想像できない。ますます王太子との距離は開くだろうし、円満な婚約解消の望みは薄くなっていく一方だろう。
記憶引き出しを急いで漁る。王太子の婚約成立は確か5歳。ヒロインがアカデミーに転入して、物語が始まるのは17歳。まずは5歳までの間に、王太子の婚約者として相応しくないという状況を作り出すしかない。
不意に聞こえた、自分を呼ぶ声で我に返る。そうだった、勝手に部屋を出ていたんだった。子供部屋の扉が珍しく開かれていて、興味本位で冒険に出ていたことを思い出す。この書斎も、換気のためか開け放たれており、偶然迷い込んだんだっけ。
不自然にならない為にはどうするべきだろう。青ざめているであろう表情を悟られない為には、3歳児らしい行動を考えてみても答えは出ず、扉の近くで寝たフリをしてしまう。気が付けばまた自分のベッドの上にいて、差し込む夕日に目を細めた。
体力が無いながらに考えるには時間がかかり、結論を出した頃には新しい季節が訪れる。できることが増え、言葉もつまづかずに話せる頃には、婚約の打診が舞い込んでいた。




