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プロローグ

※本作には男装要素が含まれます。

「まあ、ご覧になって?めでたい場というにも関わらず、あの御髪にあのお召し物でいらっしゃってよ?」


「あら本当。ペルシカ様は、公爵令嬢である自覚をお持ちでないのかしら」


「いつまでもああやって‘’おままごと”していらっしゃるから、王太子殿下にも愛想を尽かされてるのではなくって?」


「滅多なこと言ってはなりませんよ。私たちには分からない、きっと崇高な考えをお持ちで臨んでいるに決まってるわ」


 祝賀会の会場、学園のホールへと足を運べば、困惑と嘲笑の混ざる声が耳へと届く。

密やかに、そして微笑と共に訝しげな視線が私を取り巻いている。ある令嬢は扇で口元を覆い、眉間に皺を寄せて。ある令嬢は白魚のような手を口元へ寄せ、下品な笑みを浮かべて。

 そんないい性格をしたご令嬢達の顔を一瞥すれば、バツが悪そうに顔を逸らされてしまった。じゃあ言うなよ、なんて思うくらいは許されたい。

 公式の場に相応しくないという声もごもっとも。私に対して各々好き勝手言いたくなるのは無理も無い話だと言うことも理解している。

 それでも、ここでドレスを選ぶという選択肢は、最初から存在しなかった。


 そんな皆々様の視線を独占する私こと、ペルシカ・バシュキルツェフ公爵令嬢の、本日のコーディネートを紹介しましょう。

 緑黒色を基調としたジェストコート。裾や袖、襟へと控えめに施された刺繍は緑銀色。光が当たると星のように煌めいてくれるので、全体的に重めの雰囲気を華やかに演出してくれます。もちろんスラックスはコートと併せました。


 ジャボに付けたブローチは宝石のヘリオトロープ。バシュキルツェフ家の家宝石をここぞとばかりに主張してみます。祝い事やデビュタントでは必ず身に付ける家宝石は、大きければ大きいほど、家の豊かさを表します。

 公爵家ならこの大きさは少し小さめかもですが、お気に入りのひとつです。メレーを付けていないシンプルなものですが、意匠にはこだわっている逸品。不透明な宝石故に、光輝くことはありません。けれども、磨きあげられた表面に輝く鮮やかな赤色の静脈と斑点は、それは大変美しいのです。


 騎士にしては長く、淑女にしては物足りない髪は1つに束ね、ブローチとお揃いのポニーフックをアクセントに。顔の横周りのボリュームは残している為、正面から見るとショートヘアだと錯覚してしまいます。

 深緑の髪は一見すると漆黒と見違えるほど濃く、魔力の作用で赤みがかって見えたりもしますが…髪のことは一旦置いておくとして、どこからどう見てもこれは男装。いくら一級品の正装を身に纏っていても、淑女のものでは無いと非難されることは分かっています。公爵令嬢には似つかわしくない装いであることは、貴族で無くても分かるでしょう。


 公爵家の権力を笠に、好き勝手振る舞う姿を“おままごと”だと影で言われていることは知っています。何も知らない方々から見れば…いいえ、この世界の一般常識では、私は異常者でしょう。

 両親も許してはいても、内心は一般的な淑女を望んでいて、私の誹謗中傷を心配してくださっている。申し訳なさを覚えながらも、私はワタシの為にやめなかった。…いいや、辞められなかった。


 今日の主役は別にいる。

 私はその背景で、静かに息をしていればいい立場のはずだ。この日の為に私は血反吐を吐く努力をしてきた。報われるのなら、陰口だって痛くない。


 王太子が現れる合図と共に頭を下げる。心音がうるさいのは、シーン再現の高揚なのか、恐怖からかは分からない。

 2つの足音に、これからのルートを確定させて安堵する。憧れのスチルはもうすぐそこ。画面越しでない、最高の位置で堪能出来るんだ。


 顔をあげれば、近く来ていた王太子と浄化の乙女。主催の音頭を取り、悠々と挨拶。

 そしてそのまま、断罪劇へと場面が変わるはず。大好きなヒロインが、メインヒーローと結ばれるシーンを生で拝めるハズなのに、やけに手足が冷たく感じる。


 高らかに私との婚約破棄を告げる名シーン。イケボを聴き逃したくないのに、心音が煩くて聞き取れない。覚悟を決めた凛々しいヒロインの顔が見たいのに、目が霞んでよく分からない。

 私は今日、婚約破棄をされに来た。それが今から叶うのに。なぜだか体は強ばっていく。頭の先からつま先まで、まるで鉛のように重たい。


 仲睦まじい2人の姿。ガラス張りの室内には、祝福のように柔らかな日差しが注ぎ込む。お揃いの純白の装いは、まるで結婚式のように神聖な雰囲気を持っていて、これからの未来を描いているようで。胸いっぱいに幸せを感じる筈なのに、どこか息苦しさを覚えていた。

 嬉しい筈なのに。苦労が報われる筈なのに。王太子──私の婚約者と目が合えば、その軽蔑を孕む視線に胸を抉られていく。それでも、視線を逸らすことはしなかった。

 すぅ、と息を吸い込む音さえ、記憶通りに再現されていく。


 次の言葉を、私は知っている。


「ペルシカ・バシュキルツェフ。今日、この時を持って婚約破棄させてもらう!そして新たに──共にいるカミリア・ヴォルナを、次なる婚約者として迎えることを宣言する!」


 何度も繰り返し見て覚えた言葉。1字1句違わずに突き付けられた。

 …ようやく。

 ようやく私の物語が終わる。震える唇を開き、あとはゲームと同じ言葉をなぞればいい。…それだけで、良かったのに。


「─── それ、正気?」


 私の言葉は音になる前にかき消され、知らないセリフが場を支配する。

 頭の中の霧は晴れ、世界が色を取り戻す。

 聞き馴染みのある声なのに、こんなの知らない。

 ゲームにはない展開に、嫌な汗が頬を伝う。


 誰もが声の主を探す。静寂の中足音が響き、自然と人は道を作る。

 目を見開く王太子。縋るように腕を絡めるヒロイン。初めて見るシーンに立ち会えた喜びを、不安な心が許さない。

 イレギュラーを突き止めるために振り返れば、そこには兄が立っていた。


「じゃあ、ペルシカは俺が貰っていくね」


 目が合えばほほえまれる。いつもの優しい兄の顔。少しだけ、知らない人の顔をしていた。

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