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夜の素振り

 森を抜けた瞬間、空気が軽くなった。


 さっきまでまとわりついていた湿気と、獣の匂いが嘘みたいに薄れる。


 代わりに、遠くからパンを焼く匂いが流れてきた。



 町だ。



 石畳が見えたとき、ヒナタが小さく息を吐いた。


「……帰ってきたな」


 


 誰も返事はしなかったけれど、足取りだけが少し緩んだ。


 


 

 ギルドの扉を押す。





 中は、いつもの匂いがした。


 革と、汗と、古い木の匂い。


 


 ざわめき。

 紙の擦れる音。

 椅子を引く音。


 生きている場所の音だった。




「討伐証明はこちらへ」


 受付の女性が手を差し出す。


 

 ヒナタが角を無造作に置いた。


 ごと、と鈍い音。




 周囲の視線が少しだけ集まる。


 


「大物ですね……早いですね」


 


「まあな」


 


 受付が確認し、印を押す。


「討伐完了です。報酬はこちら」


 袋が置かれる。


 ちゃり、と軽い金属音。



 ステラが小さく覗き込んで、

「想定通りですね」とだけ呟いた。



「……あ、そうだ」


 ヒナタがミドを見る。


「お前、戦闘初だろ」


 


「はい」



「一応、測っとけ。なんか変わってるかもしれねぇ」


 

 変わるわけない。


 そう思いながら、断る理由もなかった。


 


「じゃあ、ついでに全員どうぞー」


 受付が水晶を出す。


 


 淡い光が揺れる。


 

 最初にステラ。

 

 手を置く。


 


 光。


 


「……68」


 小さく数字が浮かぶ。


 

 ヒナタが覗く。


「お前そんなあんのかよ」


 


「普通です」


「魔法の研究でも、少しずつ上がりますし」

 




 次、セレネ。


「64……あ、少し上がってます」



「十分高ぇだろそれ」


 

「いえいえ……」




 ヒナタ。


 無造作に手を置く。


 強めの光。

 

「75」


「……変わらずか」


 


「十分すごいですよ」


 セレネが苦笑する。


 


 最後にミド。


 

 水晶に触れる。


 


 冷たい。


 待つ。




 ……何も起こらない。


「測定不能ですね。」



 やっぱり。



「安定してんな、お前」


 

「……すみません」


 

「謝んな」


 




「……あれ」


 


 小さな声。


 ステラだった。


 


「どうした?」


 


「……少しだけ、変なんです」


 水晶を見つめたまま言う。


「今回くらいだと、上がらないはずなんですけど」


 


「誤差じゃねぇの?」


 


「……かもしれません」



 それ以上は言わなかった。

 





 ミドが思い出したように言う。


「そういえば……」


「セレネさん、ヒナタさんの動き、途中で軽くなってませんでした?」


 


「え?」


 


「足取りというか、踏み込みが速くなった感じが」




 セレネが少しだけ目を丸くする。

「あ……補助、入れてました」

 



「やっぱり」


 


「回復より、そっちのほうが得意なんです」


 少し照れくさそうに笑う。


「でも地味ですし……あんまり喜ばれなくて」


 


「十分助かってる」


 ヒナタが即答する。


「今日あれなきゃ、もうちょい削られてた」


 


 セレネは小さく笑った。


「……なら、よかったです」


 


 受付が報酬の記録を書きながら、ふと思い出したように顔を上げた。


「それと」


「宿舎、空いてます。使います?」




「宿舎?」




「裏の宿舎ですね」


 セレネがすぐ言った。


「しばらく使わせてもらえるはずです」




 ヒナタが鼻を鳴らす。


「野宿よりマシか」





 背後から、ひそひそ声。


「戦力にならねぇの混ざってんのに主倒したって?」


「数合わせだろ」


「寄生パーティじゃん」


 



 聞こえる距離。


 聞こえないふりができる距離。


 



 ヒナタが一瞬だけそっちを見る。


 何も言わない。


 ただ鼻で笑った。


「行くぞ」


 


「はい」


 


 報酬袋を受け取り、

 四人はギルドを出た。


 


 外の光が、少しだけ眩しかった。


 足取りが、来たときより軽い。


 理由は、考えなかった。




 ギルド裏の通路を抜ける。


 石壁の陰に、宿舎が並んでいた。




「あ、ここですね」


 セレネが当たり前みたいに言う。


「討伐達成パーティ用の部屋です。前より全然いいですよ」


 思っていたより、まともな建物だった。

 



 扉を開ける。



 先にテーブルがあった。


 その奥に扉がふたつ。


 壁際には、小さな机。



 ちゃんと「暮らすための部屋」だった。




 ヒナタは返事もせず、どかっと椅子に座った。


 椅子がぎし、と鳴る。


 


「……悪くねぇな」


 


 それだけ。


 


 ミドは、しばらく立ったまま部屋を見回した。


 


 屋根があって。


 壁があって。


 テーブルがあって。


 


 それだけのことが、少し不思議だった。


 



 パンとスープを並べる。


 報酬で少しだけ豪華になった夕食。


 


 四人で囲んで食べる。


 静かだけど、嫌な沈黙じゃない。


 


 ヒナタがスプーンを置いた。


「で、これ」


 顎で部屋を指す。


「いつまで使えんだ」


 


「あ、はい」


 セレネがすぐ答える。


「一週間は確実に使えます。実績積めば延長もできます」


 


「一週間か」


 少しだけ考えて、


「……なら、明日も行くぞ」


 


 短い。


 でも、それで十分だった。


 


「はい」


 自然に全員が頷いた。







 部屋の灯りが落ちたあと。



 外は、少しだけ涼しかった。


 

 乾いた土を踏む音。


 

 ひゅ、と風を切る音。


 

 ひとり分の素振りの音が、夜に混じっている。


 何度も。


 同じ動き。


 同じ軌道。


 


「……おい」


 背中に声。


 


 止まる。


 


 振り返る。




 ヒナタが立っていた。


 腕を組んで、呆れたみたいにこっちを見ている。


「……剣、持ってたのかよ」


 


 視線が手元に落ちる。


 


 刃。


 


「……」


 


 ミドは少し目を逸らした。


 


「……レベル1が持ってるの、恥ずかしいじゃないですか」


 小さく笑う。


「形だけ、戦えるみたいで」


 


 ヒナタが近づく。



 ひょい、と剣を覗き込んで、


「……ボロボロじゃねーか」


「ちゃんと手入れしろ」


「せめて研げ」


 


 怒ってるわけじゃない。


 普通に言ってるだけ。


 


「……はい」


 それだけ返す。


 


 ヒナタは自分の剣を抜いた。


「ついでだ」


「少し振るぞ」


 



 月明かりの下。


 二人分の剣の音が、並んだ。


 さっきより、少しだけ大きく。




 数回。


 


 ヒナタが、ふと止まる。


「……肘」


「上げすぎ」


 

 それだけ言って、また振り始めた。


 言われた通りに直すと、


 少しだけ、刃が軽くなった。


 何も言わない。




 でも、少しだけ嬉しかった。

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