第7話 研ぐ
「……おい」
ベッドの端を、がし、と揺らされた。
「起きろ」
目を開ける。
ヒナタだった。
「……もう朝ですか」
「とっくに」
一拍。
「剣、持ってこい」
言われて、少しだけ固まる。
「……剣?」
「いいから」
ミドは無言で立ち上がり、部屋の隅に置いてあった鞘に手を伸ばした。
外は冷たい空気。
町はまだ半分眠っている。
歩きながら、ヒナタが言った。
「ギルド行く前に寄るぞ」
「どこにです?」
「鍛冶屋」
そこで、ミドは少し黙る。
腰の剣に触れる。
「……やっぱり、新しいの買ったほうがいいですかね」
「は?」
「これ、一番安いやつで」
「買うの、結構大変だったんですけど……」
言いながら、少し情けなくなる。
レベル1。
安物の剣。
なんとなく、全部が中途半端な気がして。
ヒナタは鼻を鳴らした。
「バカ」
「……え?」
「いい剣ってのはな」
少しだけ間を置く。
「値段じゃねぇ」
朝日が、横顔を照らす。
「合うかどうかだ」
それだけ言う。
「その剣」
「昨日、振ってただろ」
「……はい」
「変な力み、なかった」
ちらっと見る。
「合ってんだよ」
それだけだった。
それだけなのに。
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
店先に火の匂い。
金属を打つ音。
鍛冶屋だった。
「よう」
ヒナタが勝手に扉を開ける。
「わりぃ、大将」
「こいつの剣、見てやってくれ」
奥から大きな男が顔を出す。
「……なんだぁ?」
剣を受け取って。
一瞬止まって。
「……なんだこの剣」
眉間に皺。
「ボロボロじゃねぇか」
「すみません……」
「謝んな」
大将は鼻を鳴らした。
「しゃーねぇな」
「研ぎ直してやる。ついでに歪みも取っとく」
「ありがとうございます」
「礼はいらん」
剣を台に置く音が、やけに重く響いた。
「武器はな」
火を起こしながら、
「手入れしてやって、初めて武器になるんだ」
その言葉が、少しだけ胸に残った。
ごり、ごり、と砥石の音が響く。
火花が、短く散る。
金属を叩く、乾いた音。
店の中は、鉄と炭の匂いで満ちていた。
ヒナタは壁にもたれて腕を組んでいる。
何も言わない。
ミドは、ただその背中と、
削られていく自分の剣を交互に見ていた。
時間の感覚が、少し曖昧になる。
「……よし」
大将が鼻を鳴らす。
布で刃を拭って、
台の上に、こと、と置いた。
「ほらよ」
両手で受け取る。
――軽い。
同じ剣のはずなのに。
振ってみる。
空気の切れ方が、違った。
「……あ」
「ちゃんと手入れしろ」
大将はもう次の仕事に戻っている。
「武器は放っとくと死ぬからな」
「……ありがとうございます」
小さく頭を下げる。
ヒナタが横で笑った。
ミドも、少しだけ笑った。
ギルドに入ると、朝の匂いがした。
革と、汗と、古い木。
昨日と同じはずなのに、少しだけ違って感じる。
ヒナタが掲示板の前で足を止める。
「今日は軽いのでいいだろ」
紙を一枚、乱暴に剥がした。
「外縁の見回り。小型の駆除。四人」
ステラが覗き込む。
「危険度、低。問題ありません」
セレネも頷く。
「肩慣らしですね」
「ああ」
それで決まった。
外に出る。
腰に、重み。
歩くたび、鞘が小さく揺れる。
剣。
(……なんか)
少しだけ、変な感じがする。
いままで、隠して置いていただけのものが。
今日は、当たり前みたいに腰にある。
ひゅ、と軽く振ってみる。
空気が細く鳴った。
「……嬉しそうだな」
ヒナタが横目で言う。
「……顔に出てます?」
「出てる」
それから、少し真面目な声。
「でもな」
「勘違いすんなよ」
足が止まる。
「剣持ってるからって、前出んな」
「レベル1は普通に死ぬ」
「お前の仕事は別だろ」
言い方は雑だった。
少しだけ、安心した。
「……はい」
素直に頷く。
それが正しいと、わかっているから。
森の外縁。
昨日より浅い場所。
獣が飛び出す。
「右、二体!」
気づけば声が出ていた。
「ステラ!」
「はい」
地面が凍る。
足が止まる。
ヒナタが斬る。
一瞬。
終わり。
また別の影。
「後ろ!」
セレネの光。
ヒナタが踏み込む。
早い。
自分は、動かない。
ただ、見る。
足。
肩。
呼吸。
「来ます、左!」
ヒナタの剣が、それに合わせて走る。
それだけで、全部終わる。
気づけば。
「……終わりか」
森が静かに戻っていた。
剣は、まだ抜いていない。
それでも。
腰の重みが、
昨日より、少しだけ誇らしかった。
「……悪くねぇ」
ヒナタが言う。
「ちゃんと見えてんな」
その一言のほうが、
剣を振るより、嬉しかった。
四人で、町へ戻る。
昨日より、少しだけ距離が近い。
誰も、それには触れなかった。




