116話 惨劇の始まり
朝、この物語の主人公はただならぬ気配を感じ取って飛び起きた。
全ステータス1の最弱者でも感じ取れるような気配、
そんなものは少ない。
もしそれが単体なら、その気配の主は相当な猛者だろう。
しかし今回はそうではない。
圧倒的数量によってその気配が増幅されている。
「ショウ、来たみたいだよ。」
彼が簡易テントから出ると、仲間のファニアが海の方を見ながら言った。
少し声が震えている気がした。
しかしそんなことを考える余裕が、今の彼にはなかった。
「なんだ、あの数。」
空から襲来してくるそれらに、ただ驚くことしかできないようだ。
海には多くの船が、そして空には翼をもった魔族が飛んでいる。
「全員戦闘態勢を取れ!」
シャルの怒号がその場の空気を引き裂いた。
しかし、彼女の声をかき消すように、崖の上にいる兵士たちを突風が襲った。
「魔法だな。」
魔族なんだから魔法くらい使うと思うだろう。
もちろん、そんなことは人類サイドも考えている。
「始まる、な。」
彼は決意を決めたかのように腰に差している神剣を抜いた。
「ショウ。殺気が体全身を刺してる。」
あぁ、その表現は正しいと思う。
俺も気持ち悪くなりそうだ。
上からも下からも殺気を感じる。
正確に言えば、空からも海からも、か。
このまま睨みあいがいつまで続くかなんて、わからない。
「ファニア、シャルに念話をしてくれ。攻撃の合図はするのか、って。」
「わかった。」
それから少しの間ファニアは黙った。
そして俺の方を見て言った。
「敵が動く前に仕掛けたいとは思っているけど、
敵の総数と力がわからないから迂闊に攻撃命令が出せないんだって。」
「そうか。」
俺は海を見た。
魔族たちに睨まれている。
すると、一隻の船に違和感を覚えた。
「ファニア、あの船を見てくれ。」
俺は指をささずに言った。
ファニアなら俺の思考を読むことができると思ったからだ。
「たしかに、少しおかしい。」
おかしい、というのは、まったく魔力を感じない、ということだ。
船の中に誰かいるのなら、少しくらいは感じるはず。
もっとも、隠密魔法だのなんだのを使って存在を隠匿していれば話は別だが。
今そんなことをする必要はないだろう。
つまり、
「ファニア、背後に気をつけろ。」
おそらくそろそろ。
「背後に魔族が現れたぞ!」
後ろの方に、魔族がいる。
それもさっきの一隻の船の定員を優に超えている。
見落としていたのか。
これだけの大人数が船から降りて俺たちの背後に回り込んでいたのに。
空を飛んでいた魔族が黒い矢を出現させ、大量に放って来た。
「氷壁。」
ファニアの作った氷の壁が、そのほぼすべてを防いだが、何発かはすり抜けて兵士の腹をえぐった。
「っ!火力が違いすぎる。」
ファニアはそう言いながら氷壁を何重にも重ねていく。
敵の射撃は、素早く正確だ。
この状況で俺のするべきことを考えろ。
とんでいる敵に俺が何かできるわけがない。
なら、
踵を返して陸地に駆け出す。
「ファニア!テイリアス!死ぬな!ニルティア行くぞ!」
「わかった!」
ニルティアだけ返事をしてついてくる。
テイリアスとファニアが頷いたのを見てから俺は2人から視線をきった。
「カオスだな。」
腕を組みながらドワーフ族長はゆっくり言った。
人類たち連合軍の背後を取った魔族は、人類の混乱を武器にどんどん進軍していた。
「最前線はゴブリン、後ろに遠距離魔法を使う魔族、さらにその奥に我々と同程度の兵がいるようだね。」
願わずして二分隊に別れた連合軍の仮隊長であるマリガルドが両腰に刺している双剣の柄に手を置いて言った。
状況の分析をし終えたようだった。
「さて、と。私はつまりこの戦況を維持すればいいのかな?それとも改善すればいいのかな?」
マリガルドはわざとらしく背後にいるドワーフ族長―ゾフ―に向かって言った。
「やるしかないのだろう。」
そういい彼は立ち上がった。
「じゃあ、始めようか。」
「ルイ、前線までの距離は?」
「およそ500mです。」
「そういえば、獣人族がそこら辺に居なかったっけ?」
「はい、そのはずですが進軍が止まっていないようです。」
「死んだか?」
「さぁね。」
エルフ族長はドワーフ族長の言葉を軽く受け流した。
「ゾフ、機動力のあるドワーフ族を最前線に置く。その後ろに遠距離攻撃が得意なうちの兵を置く。
異論は?」
「ない。」
「じゃあきまりだね。」
彼女は周りに軽く視線を送り、そのまま兵の間を歩きながら、最前線のほうへ歩き出した。
「まったく、おぬしらの長はいつもああなのか?」
ルイ、と呼ばれた少女は弓の弦の張りを確認しながら答えた。
「あれくらいでなければ、私たちの長は務まりません。」
「そうか、失礼なことを聞いたな。」
そう言って彼も背中に背負っていた得物に手をまわし、最前線へと歩みを進めた。
「シャル!どうする!?」
リーゼが遠くから読んでいるのが聞こえる。
いや、そんなに遠くじゃない。
私の感覚が鈍ってきている。
原因は明白だ。
この眼前にいる数え切れないゴブリンだ。
斬っても斬っても、殺しても殺してもきりがない。
そして気を抜いていればそのゴブリンのさらに向こうから魔法で作り出した矢が飛んでくる。
これに当たるとまず即死だ。
それで私の兵は死んだ。
特殊師団の人間ともあろうものが、そんなもので死ぬのかと思うだろう。
あいつらは異常だ。
私が言うのもおかしいかもしれないが、敵の射撃はもう理解不能な精度をしている。
「シャル!」
ハッと我に返り、伏せる。
「ぐぁ....」
私の背後で誰かの最期の音が聞こえた。
ほぼ見えない矢が飛んでくる。
魔族がこちらをにらんでいるとき、少し違和感があった。
もぬけの殻の船が何隻かあったからだ。
そしてもしやと思い後方へ移動しているときにファニアから念話がきた。
彼女からの念話は、攻撃命令をいつするのかということだったか。
少し前のことなのに正確に思い出すことができない。
だが、これだけは確かだ。
『このままでは負ける』
ここまで戦ってきた魔族に対しての、そのすべての認識を間違えていた。
ゴブリン1体1体の質が違いすぎる。
すべてのゴブリンがハイゴブリン、もしくはそれ以上の戦闘能力を持っている。
もちろん、処理できないわけではない。
だが、さすがに数に押されている。
どうするか。
無意識に私は持っている剣の柄を強く握りしめていた。
「ピンセ!」
「平気だよ!」
さぁて、なんでこんなに敵がいるんだ?
いや、違うな。敵の数はそこまで問題じゃない。
そりゃ、問題ではあるけど。
それにしても射撃の正確さが狂っていやがる。
大体何でも当ててきてる。
自分の背びれにかすりかけたときはビビった。
鳥人間のメリアとその仲間たちはなんとか敵の中枢に入り込んで飛び回って大暴れしてるけど、
それもいつまで持つか分からなくなってきた。
つーか、なんで鳥って空を飛べるんだ?
それに、
「なんで水中で泳げるゴブリンがいるんだよ!」
ほんとにこいつらが一番ムカつく。
俺たちとそこまで泳ぎのスピードに大差ないじゃん。
「族長!もう50体はしばいてますよ!」
「文句言うなぁ?若い衆!もっとしばけぇ!魚人族の未来のためだぁ!」
魚人兵士たちの奮起の声が上がった。
俺の予測だともっと簡単に水中の敵は片付くんだけどなぁ、。
やっぱり魚生ってうまくいくことばっかりじゃないか。
「族長!ゴブリンの脳天に槍刺しながら考えることじゃないっすよ!」
あ、「口に出てた?」
あー、はずかし。
「ごめんごめん。」
よいしょーっと。
「だから!へんな掛け声出しながら敵の脳天に槍ぶっ刺すのやめてください!気が散りますから!」
「苦情が多いなー。」
さて、そうは言ってもさすがに多すぎるなぁ....。
このさきもこのまま魔族が来て消耗戦に持ち込まれたら不利なのはこちらか。
なら、
「数人は休憩を取りながら戦え!確実に殺せなくてもいい!生き残ることを最優先だ!」
ピンセがいつも纏っている雰囲気が一瞬で変わった。
いつものおバカ感は完全に消え失せ、カリスマ性が生まれた。
空を飛び、敵を狩っている立場上、まじまじと見つめることはできないが、
なんとなくそんな気がした。
さて、空を飛んでいる敵の数は減るどころか新型の魔物も出てくるようになってきて対応が大変になって来たな。
うちの兵士たちもそろそろ限界が近いのだろう。
私の魔法も剣も、そろそろ限界だな。
そう思いながら魔物を1体切り捨てたとき、私の耳に爆音の破裂音のようなものが響いた。
そしてその直後、私は腹部に異様な冷えを感じ、空中でバランスを崩した。
堕ちながら私は、魔族の船の船頭に立っているフードを被ったやつと目があった。
あいつか。
だが、誰かなんて私にはどうでもよかった。
それよりも、その見たことのない黒く光る物体が気になった。
俺はその破裂音が聞こえた瞬間、背筋が凍った。
だが、その瞬間に自分の直感を疑いもした。
「何の音だ?」
周囲の兵士は今の音の正体に全く見当がつかないようだった。
なら、俺の勘は正しかったのか?
分からない。
それに確かめようがない。
ついさっき前線に向かうドワーフ族とエルフ族の行列に入ったばっかりだ。
まだあと200mはあるだろう。
そしてだいぶうっすらとシャルのような人影を捉えることができた。
この隊列の長さは大体1km、横に広がっているとはいえ、それくらいの幅はあると考えた方がいい。
「ニルティア、全速力で戻るぞ。」
ここからシャルたちに合流して後ろから攻撃を仕掛けてきた魔族を処理する方が戻るよりは合理的だろうが、俺の頭の中にこのまま進むという言葉はなかった。
「うん。」
ニルティアが返事するよりも少し早く俺は180度回転して走り出していた。
「シャル!」
背後から殺気を感じた。
リーゼの警告がなかったら今頃私は5回は死んでいただろう。
「ありがと。」
無理に振り返りながら剣を振ったことによって足を捻った。
バランスを崩し、地面に膝をついた。
まずい。
戦場において足にけがを負うのはすなわち死を意味する。
さて、今の状況はというと、私を中心として前後左右に4体ゴブリンがいる。
そして、明らかに勝ち誇っている。
たしかに、ゴブリンとは言えども、近接戦闘に関してもシルバーランクの冒険者くらいの実力がありそうだ。
そしてそんな奴らがおとりだなんて、まったく、どれだけ私は魔族を軽く見ていたのか。
「君は、ソルヴィアだな。」
聞いたことのない声が聞こえてきた。
ゆっくり顔を上げるとそこには見慣れない顔があった。
人間?....いや、違う。
「誰だお前は。」
「ソルヴィアと言葉が通じるのは、気持ちが悪いな。」
「質問に答えろ。」
「今から死ぬ人間に教えるような名前はない。」
「そうか。」
そうは言いながらそいつは明らかに殺すことをためらっていた。
最初から殺すつもりなら、わざわざ手負いの人間に話しかけはしないだろう。
だが、そのおかげで間に合った。
「ナイスリーゼ。」
視界の端でリーゼの手のひらから緑色の魔法陣が消えた。
「お前の敗因は、」
一気に相手の懐へ踏み込み、下から上へ切り上げた。
手ごたえがない。
なんなら、左手の感覚がない。
地面にはさっきまで私の左手首についていた手が剣を握ったまま落ちていた。
「シャル!」
そうか、
「負けた。」
こいつは、そういうやつなんだ。
最初から、余裕だったんだ。
「君の敗因は、」
そいつは見たことのない反った刃を魔法陣から取り出した。
なんだあの武器は。
それに異空間収納。
「僕の攻撃手段を観察しなかったことだ。」
そいつは右手一本でその武器を振り下ろした。




