↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/4

第2章 — 犬の代わりに恐竜を飼える?

犬の代わりに、恐竜を飼えるのか?


でも、小さかったら?


そこだ。


人間がいちばん簡単に自分をだませるところ。


巨大なティラノサウルスじゃない。


車を追いかけ回す怪物でもない。


うっかり観光バス一台を食べかねないような動物でもない。


違う。


小さいやつ。


シェパードくらい。


マーケティング担当がかなり大胆なら、コーギーくらいでもいい。


ほとんど犬。


ほとんど。


そして「ほとんど」という言葉は、


だいたい家の修理が始まる場所でもある。


小さな捕食者は、おもちゃじゃない。


狭い場所でも問題を起こせる捕食者だ。


とはいえ、


最初は最高に見える。


小さなレックス。


きれいな首輪。


あなたの横を歩いている。


尻尾を左右に振りながら。


通行人を見る目は、


むしろ向こうのほうが飼われている動物なんじゃないか、


という感じだ。


もちろん、


パンダを飼うという手もある。


パンダもかわいい。


でもパンダは黒い首輪をつけてあなたの横を歩きながら、


「この辺一帯、さっき二人で買ったんですけど?」


みたいな顔はしない。


レックスはする。


写真を一枚撮るだけで、


知り合いたちは急に気づく。


自分たちがラブラドールを選んだのは、


ずいぶん慎重な人生判断だったのではないか、と。


そして家に帰る。


ここから生物学が始まる。


初日は大興奮だ。


子どもが叫ぶ。


「ぼくと一緒に寝る!」


母親が言う。


「きれいならね」


父親が言う。


「大事なのは、ちゃんとしつけることだ」


猫は何も言わない。


猫だけはもう分かっている。


この家では、


時代が変わった。


レックスが部屋に入る。


まず玄関マットを嗅ぐ。


次に靴。


ソファ。


器。


子どものリュック。


キッチンのドア。


そして冷蔵庫。


冷蔵庫の前で止まる。


あなたにとっては家電だ。


レックスにとっては、


肉と牛乳と昨日のチキンと人生の意味の匂いがする、


冷たく閉ざされた洞窟だ。


まだ扉の開け方は知らない。


まだ。


でも考えている。


これはだいたい、


よくない兆候だ。


そしてレックスが猫を見る。


猫は椅子の上に座っている。


ものすごく姿勢よく。


よすぎるくらいに。


生き物というのは、


自分を面白そうに見せたくないとき、


こういう座り方をする。


レックスが首をかしげる。


あなたは言う。


「バルシク。家族だから」


レックスには音は聞こえる。


でも体が受け取っている情報は別だ。


小さい。


温かい。


毛がある。


動く。


今は何もしない。


でも記録した。


そこで本当の質問が始まる。


犬の代わりに、


恐竜を飼えるのか?


答えるには、


一つ思い出しておく必要がある。


犬は、


器を買ってもらったオオカミではない。


犬の野生の祖先と、


今あなたのソファで寝ている生き物のあいだには、


人間のそばで生きてきた、


とても長い時間がある。


そのあいだに、


進化と選択は初期設定をかなりいじった。


人間への恐怖。


下げる。


人間の近くで暮らす能力。


上げる。


まず噛んで、


あとで考える傾向。


できれば下げる。


人の顔を見て、


次の情報を待つ能力。


上げる。


音。


接触。


人間の妙な行動。


そういうものへの耐性も、


高いほうがいい。


家の猫をメニューの一部として見る癖も、


できればなくしたい。


もちろん、


昔の人間がある日たき火の横に座って、


メモ帳を開き、


こう書いたわけではない。


プロジェクト「犬」


1. オオカミを少し小さくする。

2. 尻尾を丸める。

3. スリッパを持ってこさせる。

4. できれば子どもは食べない。


実際はもっと遅かった。


もっと雑だった。


人間をそれほど怖がらない個体がいた。


少し近くまで来た。


人間の住みかの近くで食べ物を見つけた。


火を燃やし、


骨を投げ、


いつも何かで言い争っている、


騒がしい二足歩行の生き物のそばでも暮らせた。


それが有利になることもあった。


やがて人間の側も、


選ぶ側に加わっていった。


世代を重ねて。


長い時間をかけて。


そうしていつか、


人間の家を「完全にありえない場所」とは感じない動物が、


私たちの隣に残った。


もっとも、


そんな長い交渉を待たなかった生き物もいる。


ゴキブリは人間の住まいを見て、


たぶんすぐ言った。


「ここでいい」


暖かい。


食べ物がある。


隙間がある。


人間は夜になると寝る。


選択繁殖なし。


リードなし。


「おすわり」なし。


そのまま入居。


いったいどれくらい昔のことだろう。


昔の人間が洞窟の中で満足そうに言う。


「やっと、まともな家ができた」


すると石の陰から、


「家?」


ネズミもすぐ分かった。


それについては、


もう前の章で見た。


ハトはさらに見事だった。


人間は昔からハトを飼い、


繁殖させてきた。


そしてその子孫の一部は、


やがて都市そのものを生活圏にして、


もう誰にも許可を取らなくなった。


人間が広場をつくる。


ハトが見る。


「どうも」


でも、


レックスで同じ実験をするのは、


おすすめしない。


しつけられていないゴキブリは、


不快だ。


しつけられていないレックスは、


隣人が別の地区の家賃を調べ始める理由になる。


だから犬は、


小さくしたオオカミではない。


人間の生活と相性のいい方向へ、


長い時間をかけて選ばれてきた動物だ。


では、


レックスに戻ろう。


一頭のレックスを人に慣らすことはできるだろうか。


少なくとも、


この思考実験ではできることにしよう。


あなたに慣れる。


声を覚える。


手から食べる。


玄関で鍵が鳴る音を覚える。


帰宅すると迎えに来る。


膝に頭を乗せる。


あなたが帰ると、


低く「クルル」と鳴く。


寂しがっているのかもしれない。


愛しているのかもしれない。


冷蔵庫を開ける生き物を覚えただけかもしれない。


動物と暮らしていると、


このあたりは意外と区別しにくい。


でも、


一頭を人に慣らすことと、


何世代もかけて家畜化することは別だ。


慣れるのは、


その個体。


家畜化されていくのは、


世代だ。


人間と暮らしやすいレックスを選び続ければ、


少しずつ次の世代は、


人間の近くで暮らしやすくなる。


その次も。


さらにその次も。


人間の家が、


神経系から見て、


狂った霊長類が考えた場所ではなくなるまで。


ただし、


一つ問題がある。


自然は保証書をくれない。


何世代も選んだあとでも、


同じ家庭向けの系統から生まれた二頭が、


まったく違う性格になることはある。


一頭は猫を見て、


興味を失う。


もう一頭も、


とても落ち着いて猫を見る。


ただし、


誰も望んでいないくらい長く。


品種は、


性格の約束ではない。


初期設定は、


保証ではない。


幅だ。


確率だ。


スタート地点だ。


理想的な家庭用レックスが生まれることもある。


自分の品種紹介パンフレットを、


明らかに読んでいないレックスが生まれることもある。


だから、


初期設定が良いだけでは足りない。


目の前のレックスは、


結局育てなければならない。


家が試すのは、


血統ではない。


本能だ。


床にボールがある。


あなたは思う。


「遊ぶかな」


レックスは思う。


丸い。


追える。


噛める。


どうして音が鳴るのか試せる。


ソファにクッションがある。


あなたは思う。


「くつろげる」


レックスは思う。


脚のない柔らかい獲物。


変だ。


でも興味深い。


部屋の隅には掃除機。


あなたは思う。


「家電」


レックスは思う。


黒い。


車輪がある。


うるさい。


敵かもしれない。


キッチンで袋がカサッと鳴る。


あなたは思う。


「袋だ」


レックスは思う。


動いた。


猫が椅子から飛び降りる。


あなたは思う。


「バルシク、水を飲みに行ったな」


レックスは、


もっと速く考える。


そして、


この「もっと速く」が問題だ。


本能は、


あなたの説明を待つ必要がない。


もう動きは見えている。


体はもう準備している。


あなたはまだ、


口を開いて、


「ダメ」


と言おうとしているところだ。


動物は、


家に入ったから家庭向きになるわけではない。


本能と家が、


ずっと戦争をしなくなったとき、


ようやく一緒に暮らしやすくなる。


小さいからといって、


そこは解決しない。


小さなレックスにも、


歯がある。


爪がある。


尻尾がある。


動きへの素早い反応がある。


食べ物への執着がある。


縄張り意識がある。


そして配達員について、


かなり個人的な意見を持っているかもしれない。


飼い主は言う。


「遊んでるだけです」


配達員は答える。


「では、別の人と、別の地区で遊んでください」


問題は、


大きさだけではない。


問題は、


興奮したその一瞬に何が起きるかだ。


止まれるか。


注意を切り替えられるか。


人を見ることができるか。


体が先に答えを出す前に、


ルールを思い出せるか。


犬には、


人間のそばで暮らしてきた長い歴史がある。


完璧ではない。


犬だって時々、


飼い主が配達員に謝ることになる判断をする。


そして、


新しいズボンを買うこともある。


レックスは、


もっと違うところから始める。


本当に家庭向けのレックスをつくるなら、


一頭をしつけるだけでは足りない。


何世代もかけて、


また初期設定をいじる必要がある。


追いかける衝動。


下げる。


人間への恐怖。


下げる。


食べ物を守る攻撃性。


下げる。


待つ力。


上げる。


人間への注意。


上げる。


触られることへの耐性。


上げる。


掃除機に宣戦布告しない能力。


かなり重要。


冷蔵庫を、


閉鎖された国家施設みたいに尊重する能力。


値段がつけられない。


では、


うまくいったことにしよう。


ほら。


家庭用レックス。


初期設定は調整した。


しつけもした。


猫もまだ生きている。


完成?


違う。


今度は、


人間をしつけなければならない。


家庭用レックスには、


取扱説明書を付けたほうがいい。


レックスのためというより、


飼い主のために。


「誰が上か分からせる」ために、


食べている器へ手を突っ込まない。


「子どもが好きだから」といって、


子どもに首に抱きつかせない。


写真を撮るために、


寝ているところを起こさない。


顔でおもちゃを取り返そうとしない。


「うちの子は優しいから」と言って、


マズルガードを外さない。


動物が警告したとき、


警告されるのが気に入らないという理由だけで、


それを悪い行動扱いしない。


我慢していることと、


楽しんでいることを混同しない。


そして、


本当に噛まないのか確認しない。


特に顔で。


何世代もかけて、


レックスを人間と暮らしやすくすることはできる。


それでも最後に、


よく社会化されたレックスを、


ネット動画を三本見て、


「恐竜のことはもう分かった」


と思った人間へ渡すことはできる。


すると、


何世代もかけた選択が、


突然休暇に入る。


動物には初期設定がある。


人間にもある。


ただ人間のほうが、


なぜか自分の設定だけは、


最初から完璧だと思っていることが多い。


一週間たつ。


もう一週間たつ。


すると、


少し変なことが起きる。


レックスは、


家へ連れてきた「恐竜」ではなくなる。


レックスになる。


ただのレックスだ。


冷蔵庫が開く音は、


人間の言葉の大半より重要だと知っている。


ソファのどこに寝てはいけないかも知っている。


だから、


そのすぐ横に寝る。


ほぼ。


前足一本だけ、


境界線の向こう。


ボールを持ってくることも覚えた。


ただし、


返すことは契約の必須事項だとは思っていない。


「ダメ」という言葉も知っている。


時には、


ものすごくよく知っている。


言われた瞬間、


別の方向を見る速さで分かる。


玄関の鍵の音は、


誰より早く聞く。


廊下に来る。


立つ。


待つ。


そしてあなたは、


もう考える前に手を伸ばして、


顎の下をかいている。


夜になると、


たまに部屋を見回りに来る。


子どもは寝ている。


母親も寝ている。


父親も寝ている。


バルシクは寝ていない。


バルシクは最近、


いろいろ考え直している。


レックスは家の中を一周して、


廊下に横になる。


ど真ん中に。


家族の一員になるなら、


全員がまたいで通らなければならない場所を選ぶのがいい。


一か月もすると、


もう誰も言わない。


「うちに恐竜がいる」


言うのは、


「レックス、また廊下で寝てる」


「誰がチキンをテーブルに置いたの?」


「リードどこ?」


「バルシクどかして」


「そのタオルじゃない。レックスの」


「誰が靴下あげた?」


「なんで濡れてるの?」


不可能なものも、


十分長く家に住んでいれば、


驚くほど早く日常になる。


そして、


あなたも変わる。


冷蔵庫を前よりしっかり閉める。


コードを片づける。


フードを変える。


廊下にゲートを付ける。


ソファを買い替える。


ハトの少ない公園を選ぶ。


猫を国家戦略資源みたいに監視する。


「クルル」と、


「今はちょっと離れたほうがいい」


の違いが分かるようになる。


以前なら、


自分が言うとは思わなかった言葉を口にする。


「マズルガードを触るな。食べ物じゃない」


「スリッパを出して」


「バルシクをそういう目で見るな」


「白亜紀は終わった」


私たちは、


人間が動物をしつけると思っている。


でも動物も、


かなりの速さで人間をしつけ返す。


そしてある日、


とても単純なことに気づく。


レックスは、


レックスであることをやめていない。


犬に変えたわけでもない。


ただ、


あなたはレックスが離れてほしいときが分かる。


レックスは、


止まるべきときが分かる。


あなたはレックスの音を知っている。


レックスも、


あなたの音を知っている。


バルシクは、


棚の上までの避難経路を知っている。


全員が、


取扱説明書の自分の担当部分を覚えた。


なんとなく、


暮らせている。


では、


犬の代わりに恐竜を飼えるのか?


一か月もすると、


家の中ではもう誰も、


その質問をしなくなる。


レックスはソファのそばで寝ている。


頭はあなたのスリッパの上。


眠りながら、


前足が少し動く。


バルシクはようやく棚から降りて、


三メートルほど離れたところに座っている。


レックスが片目を開ける。


バルシクが固まる。


あなたは言う。


「考えるなよ」


目が閉じる。


あなたは笑う。


一か月前、


あなたの家に恐竜はいなかった。


今は、


ただの家の夜だ。


ただし、


一つだけ、


少し慣れにくいものがある。


レックスは、


性格だけではない。


歯だけでもない。


本能だけでもない。


愛情だけでもない。


レックスは、


体だ。


そして体は、


毎日何かを取り込む。


処理する。


そして、


何かを世界に返す。


たいてい、


プレゼント包装はされていない。


そこで出てくるのが、


なぜか宣伝パンフレットには大きな字で書かれていない、


三つの質問だ。


どれくらい食べる?


どれくらいうんちする?


そして、


いったいどんな匂いがする?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。