第2章 — 犬の代わりに恐竜を飼える?
犬の代わりに、恐竜を飼えるのか?
でも、小さかったら?
そこだ。
人間がいちばん簡単に自分をだませるところ。
巨大なティラノサウルスじゃない。
車を追いかけ回す怪物でもない。
うっかり観光バス一台を食べかねないような動物でもない。
違う。
小さいやつ。
シェパードくらい。
マーケティング担当がかなり大胆なら、コーギーくらいでもいい。
ほとんど犬。
ほとんど。
そして「ほとんど」という言葉は、
だいたい家の修理が始まる場所でもある。
小さな捕食者は、おもちゃじゃない。
狭い場所でも問題を起こせる捕食者だ。
とはいえ、
最初は最高に見える。
小さなレックス。
きれいな首輪。
あなたの横を歩いている。
尻尾を左右に振りながら。
通行人を見る目は、
むしろ向こうのほうが飼われている動物なんじゃないか、
という感じだ。
もちろん、
パンダを飼うという手もある。
パンダもかわいい。
でもパンダは黒い首輪をつけてあなたの横を歩きながら、
「この辺一帯、さっき二人で買ったんですけど?」
みたいな顔はしない。
レックスはする。
写真を一枚撮るだけで、
知り合いたちは急に気づく。
自分たちがラブラドールを選んだのは、
ずいぶん慎重な人生判断だったのではないか、と。
そして家に帰る。
ここから生物学が始まる。
初日は大興奮だ。
子どもが叫ぶ。
「ぼくと一緒に寝る!」
母親が言う。
「きれいならね」
父親が言う。
「大事なのは、ちゃんとしつけることだ」
猫は何も言わない。
猫だけはもう分かっている。
この家では、
時代が変わった。
レックスが部屋に入る。
まず玄関マットを嗅ぐ。
次に靴。
ソファ。
器。
子どものリュック。
キッチンのドア。
そして冷蔵庫。
冷蔵庫の前で止まる。
あなたにとっては家電だ。
レックスにとっては、
肉と牛乳と昨日のチキンと人生の意味の匂いがする、
冷たく閉ざされた洞窟だ。
まだ扉の開け方は知らない。
まだ。
でも考えている。
これはだいたい、
よくない兆候だ。
そしてレックスが猫を見る。
猫は椅子の上に座っている。
ものすごく姿勢よく。
よすぎるくらいに。
生き物というのは、
自分を面白そうに見せたくないとき、
こういう座り方をする。
レックスが首をかしげる。
あなたは言う。
「バルシク。家族だから」
レックスには音は聞こえる。
でも体が受け取っている情報は別だ。
小さい。
温かい。
毛がある。
動く。
今は何もしない。
でも記録した。
そこで本当の質問が始まる。
犬の代わりに、
恐竜を飼えるのか?
答えるには、
一つ思い出しておく必要がある。
犬は、
器を買ってもらったオオカミではない。
犬の野生の祖先と、
今あなたのソファで寝ている生き物のあいだには、
人間のそばで生きてきた、
とても長い時間がある。
そのあいだに、
進化と選択は初期設定をかなりいじった。
人間への恐怖。
下げる。
人間の近くで暮らす能力。
上げる。
まず噛んで、
あとで考える傾向。
できれば下げる。
人の顔を見て、
次の情報を待つ能力。
上げる。
音。
接触。
人間の妙な行動。
そういうものへの耐性も、
高いほうがいい。
家の猫をメニューの一部として見る癖も、
できればなくしたい。
もちろん、
昔の人間がある日たき火の横に座って、
メモ帳を開き、
こう書いたわけではない。
プロジェクト「犬」
1. オオカミを少し小さくする。
2. 尻尾を丸める。
3. スリッパを持ってこさせる。
4. できれば子どもは食べない。
実際はもっと遅かった。
もっと雑だった。
人間をそれほど怖がらない個体がいた。
少し近くまで来た。
人間の住みかの近くで食べ物を見つけた。
火を燃やし、
骨を投げ、
いつも何かで言い争っている、
騒がしい二足歩行の生き物のそばでも暮らせた。
それが有利になることもあった。
やがて人間の側も、
選ぶ側に加わっていった。
世代を重ねて。
長い時間をかけて。
そうしていつか、
人間の家を「完全にありえない場所」とは感じない動物が、
私たちの隣に残った。
もっとも、
そんな長い交渉を待たなかった生き物もいる。
ゴキブリは人間の住まいを見て、
たぶんすぐ言った。
「ここでいい」
暖かい。
食べ物がある。
隙間がある。
人間は夜になると寝る。
選択繁殖なし。
リードなし。
「おすわり」なし。
そのまま入居。
いったいどれくらい昔のことだろう。
昔の人間が洞窟の中で満足そうに言う。
「やっと、まともな家ができた」
すると石の陰から、
「家?」
ネズミもすぐ分かった。
それについては、
もう前の章で見た。
ハトはさらに見事だった。
人間は昔からハトを飼い、
繁殖させてきた。
そしてその子孫の一部は、
やがて都市そのものを生活圏にして、
もう誰にも許可を取らなくなった。
人間が広場をつくる。
ハトが見る。
「どうも」
でも、
レックスで同じ実験をするのは、
おすすめしない。
しつけられていないゴキブリは、
不快だ。
しつけられていないレックスは、
隣人が別の地区の家賃を調べ始める理由になる。
だから犬は、
小さくしたオオカミではない。
人間の生活と相性のいい方向へ、
長い時間をかけて選ばれてきた動物だ。
では、
レックスに戻ろう。
一頭のレックスを人に慣らすことはできるだろうか。
少なくとも、
この思考実験ではできることにしよう。
あなたに慣れる。
声を覚える。
手から食べる。
玄関で鍵が鳴る音を覚える。
帰宅すると迎えに来る。
膝に頭を乗せる。
あなたが帰ると、
低く「クルル」と鳴く。
寂しがっているのかもしれない。
愛しているのかもしれない。
冷蔵庫を開ける生き物を覚えただけかもしれない。
動物と暮らしていると、
このあたりは意外と区別しにくい。
でも、
一頭を人に慣らすことと、
何世代もかけて家畜化することは別だ。
慣れるのは、
その個体。
家畜化されていくのは、
世代だ。
人間と暮らしやすいレックスを選び続ければ、
少しずつ次の世代は、
人間の近くで暮らしやすくなる。
その次も。
さらにその次も。
人間の家が、
神経系から見て、
狂った霊長類が考えた場所ではなくなるまで。
ただし、
一つ問題がある。
自然は保証書をくれない。
何世代も選んだあとでも、
同じ家庭向けの系統から生まれた二頭が、
まったく違う性格になることはある。
一頭は猫を見て、
興味を失う。
もう一頭も、
とても落ち着いて猫を見る。
ただし、
誰も望んでいないくらい長く。
品種は、
性格の約束ではない。
初期設定は、
保証ではない。
幅だ。
確率だ。
スタート地点だ。
理想的な家庭用レックスが生まれることもある。
自分の品種紹介パンフレットを、
明らかに読んでいないレックスが生まれることもある。
だから、
初期設定が良いだけでは足りない。
目の前のレックスは、
結局育てなければならない。
家が試すのは、
血統ではない。
本能だ。
床にボールがある。
あなたは思う。
「遊ぶかな」
レックスは思う。
丸い。
追える。
噛める。
どうして音が鳴るのか試せる。
ソファにクッションがある。
あなたは思う。
「くつろげる」
レックスは思う。
脚のない柔らかい獲物。
変だ。
でも興味深い。
部屋の隅には掃除機。
あなたは思う。
「家電」
レックスは思う。
黒い。
車輪がある。
うるさい。
敵かもしれない。
キッチンで袋がカサッと鳴る。
あなたは思う。
「袋だ」
レックスは思う。
動いた。
猫が椅子から飛び降りる。
あなたは思う。
「バルシク、水を飲みに行ったな」
レックスは、
もっと速く考える。
そして、
この「もっと速く」が問題だ。
本能は、
あなたの説明を待つ必要がない。
もう動きは見えている。
体はもう準備している。
あなたはまだ、
口を開いて、
「ダメ」
と言おうとしているところだ。
動物は、
家に入ったから家庭向きになるわけではない。
本能と家が、
ずっと戦争をしなくなったとき、
ようやく一緒に暮らしやすくなる。
小さいからといって、
そこは解決しない。
小さなレックスにも、
歯がある。
爪がある。
尻尾がある。
動きへの素早い反応がある。
食べ物への執着がある。
縄張り意識がある。
そして配達員について、
かなり個人的な意見を持っているかもしれない。
飼い主は言う。
「遊んでるだけです」
配達員は答える。
「では、別の人と、別の地区で遊んでください」
問題は、
大きさだけではない。
問題は、
興奮したその一瞬に何が起きるかだ。
止まれるか。
注意を切り替えられるか。
人を見ることができるか。
体が先に答えを出す前に、
ルールを思い出せるか。
犬には、
人間のそばで暮らしてきた長い歴史がある。
完璧ではない。
犬だって時々、
飼い主が配達員に謝ることになる判断をする。
そして、
新しいズボンを買うこともある。
レックスは、
もっと違うところから始める。
本当に家庭向けのレックスをつくるなら、
一頭をしつけるだけでは足りない。
何世代もかけて、
また初期設定をいじる必要がある。
追いかける衝動。
下げる。
人間への恐怖。
下げる。
食べ物を守る攻撃性。
下げる。
待つ力。
上げる。
人間への注意。
上げる。
触られることへの耐性。
上げる。
掃除機に宣戦布告しない能力。
かなり重要。
冷蔵庫を、
閉鎖された国家施設みたいに尊重する能力。
値段がつけられない。
では、
うまくいったことにしよう。
ほら。
家庭用レックス。
初期設定は調整した。
しつけもした。
猫もまだ生きている。
完成?
違う。
今度は、
人間をしつけなければならない。
家庭用レックスには、
取扱説明書を付けたほうがいい。
レックスのためというより、
飼い主のために。
「誰が上か分からせる」ために、
食べている器へ手を突っ込まない。
「子どもが好きだから」といって、
子どもに首に抱きつかせない。
写真を撮るために、
寝ているところを起こさない。
顔でおもちゃを取り返そうとしない。
「うちの子は優しいから」と言って、
マズルガードを外さない。
動物が警告したとき、
警告されるのが気に入らないという理由だけで、
それを悪い行動扱いしない。
我慢していることと、
楽しんでいることを混同しない。
そして、
本当に噛まないのか確認しない。
特に顔で。
何世代もかけて、
レックスを人間と暮らしやすくすることはできる。
それでも最後に、
よく社会化されたレックスを、
ネット動画を三本見て、
「恐竜のことはもう分かった」
と思った人間へ渡すことはできる。
すると、
何世代もかけた選択が、
突然休暇に入る。
動物には初期設定がある。
人間にもある。
ただ人間のほうが、
なぜか自分の設定だけは、
最初から完璧だと思っていることが多い。
一週間たつ。
もう一週間たつ。
すると、
少し変なことが起きる。
レックスは、
家へ連れてきた「恐竜」ではなくなる。
レックスになる。
ただのレックスだ。
冷蔵庫が開く音は、
人間の言葉の大半より重要だと知っている。
ソファのどこに寝てはいけないかも知っている。
だから、
そのすぐ横に寝る。
ほぼ。
前足一本だけ、
境界線の向こう。
ボールを持ってくることも覚えた。
ただし、
返すことは契約の必須事項だとは思っていない。
「ダメ」という言葉も知っている。
時には、
ものすごくよく知っている。
言われた瞬間、
別の方向を見る速さで分かる。
玄関の鍵の音は、
誰より早く聞く。
廊下に来る。
立つ。
待つ。
そしてあなたは、
もう考える前に手を伸ばして、
顎の下をかいている。
夜になると、
たまに部屋を見回りに来る。
子どもは寝ている。
母親も寝ている。
父親も寝ている。
バルシクは寝ていない。
バルシクは最近、
いろいろ考え直している。
レックスは家の中を一周して、
廊下に横になる。
ど真ん中に。
家族の一員になるなら、
全員がまたいで通らなければならない場所を選ぶのがいい。
一か月もすると、
もう誰も言わない。
「うちに恐竜がいる」
言うのは、
「レックス、また廊下で寝てる」
「誰がチキンをテーブルに置いたの?」
「リードどこ?」
「バルシクどかして」
「そのタオルじゃない。レックスの」
「誰が靴下あげた?」
「なんで濡れてるの?」
不可能なものも、
十分長く家に住んでいれば、
驚くほど早く日常になる。
そして、
あなたも変わる。
冷蔵庫を前よりしっかり閉める。
コードを片づける。
フードを変える。
廊下にゲートを付ける。
ソファを買い替える。
ハトの少ない公園を選ぶ。
猫を国家戦略資源みたいに監視する。
「クルル」と、
「今はちょっと離れたほうがいい」
の違いが分かるようになる。
以前なら、
自分が言うとは思わなかった言葉を口にする。
「マズルガードを触るな。食べ物じゃない」
「スリッパを出して」
「バルシクをそういう目で見るな」
「白亜紀は終わった」
私たちは、
人間が動物をしつけると思っている。
でも動物も、
かなりの速さで人間をしつけ返す。
そしてある日、
とても単純なことに気づく。
レックスは、
レックスであることをやめていない。
犬に変えたわけでもない。
ただ、
あなたはレックスが離れてほしいときが分かる。
レックスは、
止まるべきときが分かる。
あなたはレックスの音を知っている。
レックスも、
あなたの音を知っている。
バルシクは、
棚の上までの避難経路を知っている。
全員が、
取扱説明書の自分の担当部分を覚えた。
なんとなく、
暮らせている。
では、
犬の代わりに恐竜を飼えるのか?
一か月もすると、
家の中ではもう誰も、
その質問をしなくなる。
レックスはソファのそばで寝ている。
頭はあなたのスリッパの上。
眠りながら、
前足が少し動く。
バルシクはようやく棚から降りて、
三メートルほど離れたところに座っている。
レックスが片目を開ける。
バルシクが固まる。
あなたは言う。
「考えるなよ」
目が閉じる。
あなたは笑う。
一か月前、
あなたの家に恐竜はいなかった。
今は、
ただの家の夜だ。
ただし、
一つだけ、
少し慣れにくいものがある。
レックスは、
性格だけではない。
歯だけでもない。
本能だけでもない。
愛情だけでもない。
レックスは、
体だ。
そして体は、
毎日何かを取り込む。
処理する。
そして、
何かを世界に返す。
たいてい、
プレゼント包装はされていない。
そこで出てくるのが、
なぜか宣伝パンフレットには大きな字で書かれていない、
三つの質問だ。
どれくらい食べる?
どれくらいうんちする?
そして、
いったいどんな匂いがする?




