第1章 — なぜ恐竜はニューヨークに住んでいないのか?
恐竜があれほど強かったのなら、どうしてニューヨークには住んでいないのだろう。
いや、本当に。
博物館じゃない。
Tシャツでもない。
映画でもない。
子ども向けの図鑑でもない。
天井からぶら下がって、別に気にしてませんけど、みたいな顔をしている骨格標本でもない。
生きた恐竜だ。
マンハッタンに。
セントラルパークに。
横断歩道に。
ゴミ箱の横に。
コーヒーを買う列に。
地下鉄に。
誰も変なものを見ていないふりをする、あの地下鉄に。
どうしていない?
もしかすると恐竜は、
街の面接に落ちたのかもしれない。
ニューヨークがレックスを見た。
爪を見た。
尻尾を見た。
匂いを確認した。
ハトを見たときの反応も見た。
そして言った。
「ありがとうございます。結果は後日ご連絡します」
想像してみよう。
朝。
あなたはついに、小さなレックスを家の外まで連れ出した。
エレベーターは生き残った。
隣人も生き残った。
キャリーケースの中の猫は、たぶん何か悟った。
でも一応、生き残った。
そして今、あなたたちは外にいる。
片手にコーヒー。
もう片方にリード。
その先には、小さな恐竜。
あなたには、いつもの街が見えている。
車。
人。
信号。
ゴミ箱。
自転車の配達員。
ここは自分たちの土地だと思っているハト。
そしてセーターを着た犬。
犬はレックスを見ている。
まるで、
「変なのは自分だと思ってた」
と言いたげに。
でも、レックスには別の街が見えている。
動き。
タクシーが急ブレーキをかける。
刺激。
ハトが飛び立つ。
刺激。
配達員が横をすり抜ける。
刺激。
ビニール袋が歩道を転がる。
刺激。
ゴミ箱からは、
かなり前に死んだはずなのに、
まだ商売になりそうな何かの匂いがする。
あなたにとって、ここは街だ。
レックスにとっては、
獲物がキックボードに乗っている、
狭すぎるサバンナだ。
横断歩道で止まる。
赤い人。
青い人。
あなたにとってはルールだ。
レックスにとっては、
棒にくっついて光っている、
妙な小さな虫だ。
あなたは待つ。
レックスには理由が分からない。
世界は動いている。
ハトは歩いている。
向こうの小型犬は吠えている。
なのに自分だけは、
「待て」。
そしてゴミ箱の横のネズミは、
何ひとつ気にしていない。
特に、あのネズミだ。
レックスがネズミを見る。
ネズミがレックスを見る。
そこで初めて、
少し真面目な疑問が生まれる。
野生なのは、どっちだ?
ニューヨークのネズミは、
ただのネズミではない。
都会で生き延びることにかけては、もう博士だ。
ゴミが出される時間を知っている。
地下室。
換気口。
夜の通り道。
食べ残し。
人間。
袋。
壁の隙間。
危険。
そしてチャンス。
全部分かっている。
小さい。
でも、街に合っている。
レックスは大きい。
強い。
立派だ。
ほとんど伝説だ。
だが街は、こうは聞かない。
「君は伝説か?」
街が聞くのは別のことだ。
入れる?
待てる?
子どもを泣かせない?
ハトを追わずにいられる?
エレベーターを保険案件にしない?
なぜみんな歩道の端で止まっているのか分かる?
自分が残したものを、清掃局が処理できる?
他人の体のすぐそばで暮らして、
散歩のたびに誰かが弁護士を呼ぶ事態にしない?
そういうことだ。
街が受け入れるのは、
いちばん強いものじゃない。
いちばん相性のいいものだ。
私たちは街を、
ただの「場所」だと思いがちだ。
建物。
道路。
窓。
店。
横断歩道。
公園。
エレベーター。
ベンチ。
カフェ。
「犬禁止」と書かれた看板。
「犬OK」と書かれた看板。
どちらにしてもレックスには読めない看板。
でも街は中立ではない。
人間の体を基準につくられている。
人間の身長。
人間の歩く速さ。
人間の手。
人間の目。
ボタンを押せる指。
列に並ぶこと。
ドアの意味。
標識。
縁石。
罰金。
そして、
警備員が「そろそろ問題になりそうだな」という顔をしたとき、
それを察する能力。
街とは、
人間を壁と道路とボタンの形にしたものだ。
そこへ違う体を入れてみる。
尻尾がある。
爪がある。
動くものに対して、
少し古すぎる興味を持っている。
すると突然、
街全体がどれほど人間向けにつくられているかが見えてくる。
小さなレックスなら、
まだ何とかなるかもしれない。
かなり頑張れば。
リード。
マズルガード。
訓練。
神経質になった猫。
そしてマンションのグループチャット。
名前はもう変わっている。
「8Bの恐竜、どうする?」
では、
レックスを馬くらいの大きさにしてみよう。
かっこいい?
もちろん。
五秒くらいは。
そのあと質問が始まる。
どこで寝る?
何を食べる?
どうやって公園に入る?
バスに驚いたらどうする?
誰が片づける?
そして、
なぜ排泄物がすでに市の予算項目になっている?
動物が大きくなるほど、
夢のまわりには、
やることのリストがどんどん伸びていく。
エサ。
水。
排泄物。
獣医。
柵。
輸送。
緊急時の対応。
そして、
シャベルを持ちながら、
もう恐竜にロマンを感じなくなった人。
だから、
この想像上の世界で大型の恐竜が暮らすなら、
もっと広い場所が必要になるだろう。
保護区。
囲われた公園。
専用施設。
広い場所。
コーヒーを持った人間が少ない場所。
一方で、
小さくて図々しい種類なら、
別の道を選ぶかもしれない。
街と戦わない。
街を利用する。
ネズミのように。
ハトのように。
カラスのように。
こういう都会の天才たちは、
もうとっくに一つのことを理解している。
人間がいるところには、
食べ物がある。
暖かい場所がある。
ゴミがある。
屋根もある。
地下室もある。
そして、
食べかけのホットドッグが、
なぜか尽きることなく現れる。
そして小さなレックスは、
歩道に立っている。
目の前には、
タクシー。
ハト。
ゴミ箱。
犬。
ネズミ。
人間。
信号。
匂い。
ルール。
カメラ。
カフェ。
配達員。
レックスが悪いわけじゃない。
ただ、この街には合っていない。
昔の生き物だからではない。
この街が、
あまりにも人間向けだからだ。
ニューヨークは、
力で恐竜に勝つんじゃない。
恐竜には合わない街である。
それだけで、もう勝っている。
レックスはもう一度、信号を見る。
次にハトを見る。
それから、あなたを見る。
まあいい。
マンハッタンは、
今回はうまくいかなかった。
でも、
恐竜は必ずマンハッタンに住まなければならない、
なんて誰も言っていない。
家に連れて帰ればいい。
ソファのそばに寝床を置く。
器を置く。
おもちゃを買う。
猫に言う。
「大丈夫。小さいから」
すると次の疑問が出てくる。
もっと危険な疑問だ。
犬の代わりに、
恐竜を飼うことはできるのか?




