半年後の製作、精度を増すカウントダウン
予見してから、さらに半年の月日が流れた。世界がチリひとつ残さず消滅する過負荷爆発の日まで、残り「半年」である。
ベレルムの研究所の地下深くでは、彼の超天才的な頭脳のすべてを注ぎ込んだ、巨大な『異世界転移扉(次元ゲート)』の本格的な製作が始まっていた。複雑に絡み合う魔科学の回路と、淡く発光する巨大なリング状のフレームが、静かに駆動音を響かせている。
「ふむ、基礎フレームの構築はスケジュール通り。あとは次元の壁を穿つための、最終出力の調整だけれど……私の計算に狂いはない。世界が消え去るその前に、必ず完成させてみせるさ」
ベレルムが地下で設計と建造に没頭する中、地上では、ミリーとミャアの「最後の静かな時間」が流れていた。
高齢になったミャアは、もう以前のように、広大な森を風のように駆け回ることはできなくなっていた。一日のほとんどを、研究所のテラスや、緑の芝生の上で寝そべって過ごしている。
ミリーはそんなミャアを置いて一人で走り回ることはせず、いつも隣にそっと寄り添っていた。
「ミャア、今日はお空がとっても青いねえ」
「……にゃあ」
ミリーが絵本を読んで聞かせると、ミャアは嬉しそうに細めた目でミリーを見つめ、彼女の膝の上にぽてんと顎を乗せる。ミリーが優しく背中を撫でてあげると、かつての激しいじゃれ合いの代わりに、穏やかで、深くて、温かい時間が二人の間に流れていった。ミリーにとってミャアは、お婆ちゃんを亡くしたあの寂しい日から、ずっと一緒にいてくれたかけがえのない家族だった。
そして、その家族とも別れの時がやって来てしまう。
夕暮れの光が、部屋を優しく黄金色に染め上げる時間だった。
ミリーの腕の中で、ミャアの小さな呼吸が、一段と静かに、ゆっくりになっていく。
「ミャア……? お目目、開けて……?」
ミリーの胸を、かつてお婆ちゃんを看取った時と同じ、あの冷たい予感が締め付けた。
「お願い、元気になって……! 痛いの痛いの飛んでけ……っ」
ミリーはボロボロと大粒の涙をこぼしながら、ミャアのツヤツヤした黒い体を、何度も、何度も、必死に撫でた。
(直って……! お願いだから、直って……っ!)
ミリーの純粋な「救いたい」という祈りは、確かに彼女の体内で最大級に高まっていた。
しかし、お婆ちゃんの時と同じだった。ミャアの体には、事故の時のひどい怪我のような『不具合』はどこにもない。ただ、猫としての寿命を、ミリーの隣で幸せに使い切っただけ。
世界の基本プログラムである「命の終わり」には、ミリーの規格外の回復スキルでも、触れることすらできなかった。
「ミャア……いやだよぉ……っ! 行かないで、ミャア……!」
ミリーが泣きじゃくる中、ミャアは最期に一度だけ、愛おしそうにミリーの手のひらを温かい舌でペロリと舐めた。そして、満足したように小さく喉を鳴らすと、そのまま静かに、眠るように息を引き取った。
「うあああああん! ミャアーーーっ!」
夕暮れの研究所に、ミリーの悲痛な泣き声が響き渡る。
ベレルムはそっとミリーの側に近づくと、彼女の小さな肩を抱き寄せ、静かに目を閉じた。
数日後、ミリーはベレルムと一緒に、森の奥の一番綺麗で陽当たりの良い場所に、小さな穴を掘ってミャアを埋葬した。小さなお墓の前に、ミリーがお庭で摘んだ可愛い花を供える。
「ミャア……今まで、ミリーと一緒にいてくれて、本当にありがとう……。お空の上でお婆ちゃんに会ったら、ミリーは元気だよって、伝えてね……」
涙を拭い、ミャアのお墓に健気に微笑みかけるミリー。
悲しみを乗り越え、少しだけ大人になったミリーを、ベレルムは眼鏡の奥の優しい瞳で見守っていた。
世界の崩壊まで、あと残りわずか。
かけがえのない相棒に別れを告げたミリーの頭上には、皮肉なほどに青く、澄み切った空がどこまでも広がっていた――。




