天才の防衛策と、森のかくれんぼ
「ターゲットの反応、依然として研究所の敷地内から動きません。魔導結界の出力が強固すぎて、外側からのスキャンは不可能です」
研究所を囲む広大な森の外縁部。政府の超常現象調査員たちは、最新の魔科学偵察ギアを手に苛立ちを募らせていた。彼らの目的はただ一つ、現代魔科学の常識を覆す回復能力を持つとされる少女、ミリーの確保である。
「チッ、あのベレルムとかいう偏屈天才め……。だが、国が本気になれば一介の発明家など――」
調査員の一人が結界の境界線へと一歩足を踏み入れようとした、その瞬間だった。
『――おや。私のプライベートな敷地に、許可なく侵入しようとする不届きなバグがいるね』
どこからともなく、空間を震わせるような穏やかで、しかし酷く冷徹なベレルムの声が響き渡った。
調査員たちが驚愕して辺りを見回すと、目の前の空間に無数の青白い数式とホログラムの警告パネルが展開された。
『国家の犬たちの知能レベルに合わせて、最も単純な防衛システムを起動しよう。君たちの足元の座標を、ほんの少しだけ「空間歪曲」のパルスで書き換えた。……さあ、楽しい逃走劇の始まりだ。3、2、1……』
「な、なんだ!? 空間が――うわあああああ!?」
次の瞬間、調査員たちの足元から凄まじい引力が発生した。ベレルムが仕掛けた魔科学トラップにより、彼らの身体は磁石に吸い寄せられるように、結界の外側へと猛スピードで弾き飛ばされていく。
さらにベレルムは、防衛システムを少し弄り、調査員たちの退路に向けて、あえて外の山に生息する獰猛な野生モンスターの群れを音波パルスで誘導した。
「おい、冗談だろ!? 向こうからモンスターの集団が走ってくるぞ!」
「撤退だ! 一旦引けぇぇぇ!」
ベレルムにとっては、国家の最高調査員たちをあしらうなど、子供のパズルを解くよりも簡単なことだった。彼はモニター室で優雅に紅茶をすすりながら、「羽虫を追い払うのは、実に非生産的なタスクだね」と、呆れたように眼鏡を押し上げるのだった。
◇
大人のそんな緊迫した暗闘など、森の奥にいるミリーには一切届いていなかった。
「ミャア、待ってよー!」
木漏れ日がきらめく美しい森の中、十一歳になったミリーは、一般的な女の子の運動能力のまま、ドタバタと一生懸命に足を動かして黒猫を追いかけていた。ミリーにとって、これはただの楽しい「かくれんぼ」だった。
「にゃあ」
大きな木の幹からひょっこりと顔を出したミャアは、ミリーが追いつきそうになると、またひらりと身を翻して軽やかに先へ進む。ミリーが命を救ったことで魔力伝導率が極限まで高まったミャアは、まるで風そのもののように素早かったが、決してミリーを置き去りにすることはなく、常に絶妙な距離を保って遊んでくれていた。
「もう、ミャアは足が速いなあ」
ミリーは草の上にペタンと座り込み、えへへと楽しそうに息を切らせた。ミャアもミリーの隣にトコトコと歩み寄り、その足元にツヤツヤの体をすり寄せた。
ふと、ミリーが遠くの木々の隙間に目を向けると、結界の遥か向こう側の山肌を、巨大なトカゲのような野生のモンスターがのんびりと歩いているのが見えた。ベレルムの完璧な防衛結界のおかげで、そのモンスターがこちらに牙を向くことは絶対にない。
「あ、ミャア見て。珍しい生き物さんがいるよ。大きいねえ」
「……にゃあ」
ミャアも静かにその方向を見つめ、ミリーを守るように小さく喉を鳴らした。
危険なモンスターすら、安全な距離から「のんびり眺めるだけの可愛い景色」に変えてしまう、超天才の伯父が作った優しい箱庭。
ミリーは自分のすぐ側で、世界を揺るがすような秘密が守られていることも知らず、今日も大好きな相棒と、ただ純粋に平和な時間を満喫していた――。




