表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/9

託される未来と、魔科学の約束

現代魔科学の歴史を根底から揺るがす「大誤診」として片付けられ、お婆ちゃんは驚くほどの短期間で病院を退院した。

暮らし慣れた郊外の我が家に戻ってきたお婆ちゃんは、以前と変わらず、ミリーの好物であるトマトパスタを作ってくれたり、お庭のプランターに水をやったりして過ごしている。お婆ちゃんの頭の冴え渡り方は現役時代以上で、ミリーが忘れてしまったお買い物のメモも、すべて完璧に覚えていた。

けれど――そんな完璧な『修理』をもってしても、抗えないものがあった。

「お婆ちゃん、お水持ってきたよ。……あれ? またおててが震えてるの?」

ソファで一休みしていたお婆ちゃんの手から、魔導端末が滑り落ちそうになり、ミリーが慌ててそれを受け止めた。

お婆ちゃんの体は、認知症という「不具合」からは完全に回復していた。しかし、お婆ちゃんという人間がこの世に生まれてから刻んできた、八十数年という長い時間の重み――すなわち「寿命(老い)」だけは、どれだけ脳を新品に直そうとも、止めることはできなかった。

「ああ、ありがとうミリー。少し、長く歩きすぎて疲れてしまったみたいだねえ」

お婆ちゃんは優しく微笑み、ミリーの小さな手を握り返した。

(私の寿命は、おそらく持ってあと一年……。ミリーのあの力は、壊れたものは直せても、命の終わりそのものを引き延ばすことはできないんだね……)

お婆ちゃんは、ミリーの不思議な力の限界を、誰に教えられるでもなく察していた。

そして、自分が旅立った後、まだ十歳にも満たない、この純粋で規格外な力を持つ孫娘が一人きりになってしまうことを、何よりも案じていた。

その夜。ミリーが自室で健やかな寝息を立て始めた頃。

リビングの明かりを落としたお婆ちゃんは、手元のスマートフォン型の魔導端末を操作し、ある秘匿回線へと通信を繋いだ。

数回の電子音の後、カチリと接続された画面に、青白い光が灯る。

そこに映し出されたのは、無数の歯車や発光する液体チューブに囲まれた、雑然とした研究室の風景。そして、ぼさぼさの髪をいじりながら、度の強い眼鏡をかけた若い男の姿だった。

『――やあ、お袋。こんな夜更けに超高帯域の暗号通信なんて、一体どうしたんだい? 私の最新の自動防衛結界の演算にバグでも見つかったのかな。それとも、私の仕送りの魔導硬貨のチャージが切れたかい?』

男は、お婆ちゃんの長男であり、ミリーの父親の兄――超天才魔科学発明家、ベレルムだった。物腰は穏やかだが、相変わらず頭の回転が速すぎて、言葉が機関銃のように流れてくる。

「いいえ、ベレルム。お前の発明品はどれも完璧に動いているわ。……今日はね、お前に大切なお願いがあって連絡したの」

『お願い? 珍しいね。お袋が私に頼み事をするなんて、太陽が西の空から魔力爆発を起こしながら昇る確率よりも低い。一体何かな?』

「……ミリーのことよ」

その名前が出た瞬間、画面の向こうのベレルムの手がピタリと止まった。眼鏡の奥の鋭い瞳が、真剣な輝きを帯びる。

「私の命は、持ってあと一年ほどでしょう。お医者様が何と言おうと、自分の体のことは自分が一番よく分かるわ」

『……お袋。私の魔科学医療技術を以てすれば、細胞の老化を確率論的に遅延させることは――』

「いいのよ、ベレルム。私は十分に生きたわ。それに、一度壊れた私の脳を、ミリーが綺麗に『直して』くれた。あの時の弟夫婦のように……あの子の優しい祈りが、私の頭を新品にしてくれたのよ。だから、私は最期の時間を、こうしてお前とミリーを愛しながら、正気で過ごすことができる」

ベレルムは静かに息を吐き、眼鏡を外して目元を揉んだ。

亡き弟夫婦から聞いていた、ミリーの「心から想わないと発動しない、規格外の回復スキル」。お婆ちゃんが正気を取り戻したという報告を聞いた時、ベレルムはすぐにその理由を理解していた。

「あの子はまだ、自分の力が特別だということを知らないわ。怪我をした猫も、私の頭も、みんなが『痛いの痛いの飛んでけ』って撫でれば同じように直るものだと、本気で信じ込んでいるの。優しすぎて、あまりにも無垢で、箱入り娘のようなあの子を……私が逝った後、どうかお前が守ってあげておくれ」

画面の向こうの超天才は、少しの間、無数に並ぶ魔科学モニターの明かりを見つめていた。やがて、彼はいつもの少し風変わりで、けれどどこか絶対的な安心感を与える声音で微笑んだ。

『――分かったよ、お袋。私の脳細胞の100%を懸けて、お袋の長男としての、そしてミリーの唯一の伯父としての義務を果たそう。あの子の力を軍事利用しようとする有象無象の政府の連中や、欲深い魔科学者どもから、私の最高傑作の結界と発明のすべてを使って、完膚なきまでにミリーを隔離し、守り抜いてみせるさ。あの子には、ただ笑って、美味しいものでも食べて、のんびり過ごしてもらうのが一番の最適解だからね』

「ありがとう、ベレルム。お前がいてくれて、本当に安心したわ……」

通信が切れた後、お婆ちゃんは深く、安堵の息をついた。

窓の外を見上げれば、月明かりに照らされた郊外の街並みが、静かに広がっている。

ミリーの未来は、最も信頼できる「最高の味方」へと託された。

迫り来る別れの気配を感じながらも、お婆ちゃんの胸の中には、温かな灯火が宿っていた――。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ