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33. 考えれば考えるほど

創視点に戻ります

屋敷の廊下に、ほうきの擦れる音だけが静かに響いていた。窓から差し込む昼下がりの光が、古い床板を淡く照らしている。雲雀くんは学校だ。今日は一人きり。掃除の手を動かしながら、私はふと息をついた。


……なんだか、色々吹っ切れた気がする。

というのも。私の正体も、目的もすべて、佐山くんにバレていたのだ。思い出しただけで、胸の奥がまだ少しざわつく。あのとき、彼に雲雀くんと同じ質問をされた瞬間。本当に焦った。

恐らくだけど、私は少しずつ人間らしい感情を手に入れている。秘密がバレそうになったとき、全身から血の気が引くような感覚がした。

体の奥がすっと冷たくなるような、あの感覚。

あれが、恐怖なのだろうか。

佐山くんが私のことを軽蔑するかもしれない。もう今までみたいに話してくれなくなるかもしれない。そんな考えが頭をよぎった。

私は平静を装って、彼の話を聞いていた。

……まさか。

阿佐美秀のせいで墓穴を掘ることになるとは思わなかったけれど。


「はぁ……」


小さくため息をつく。

でも、結果的にはバレてよかったのかもしれない。打ち明けることができたおかげで、私が長い間抱えていた悩みを解決する糸口が見つかったのだから。

掃除の手を止め、私はぽつりと呟いた。


「告白……ですか……」


誰もいない屋敷の中で、声だけが静かに響いた。あの時の佐山くんの言葉を思い出す。

――その……告白しましょう。――創さんから、ちゃんと、自分の言葉で。

彼は私に言った。自分が未来人であること。そして――都さんの未来を変えずにいたこと。

それを、雲雀くんに伝えるべきだと。本当は、

その秘密は未来まで持っていくつもりだった。

誰にも話さず、ただ私一人が抱えていくはずだった。それなのに、彼に言われると私は弱いのかもしれない。心のどこかで、誰かに背中を押してほしかったのだろう。

窓の外を見る。青い空が広がっている。

雲雀くんの高校の学園祭――9月22日。

その日に私は、雲雀に本当のことを告げる。

未来から来たこと。私が隠してきたすべてのことを。約束の日までに、覚悟を決めなければいけない。軽蔑される覚悟。嫌われる覚悟。

もしかしたらこの屋敷を離れることになるかもしれない。それでも。

私は、ほうきを握り直す。

ふと壁の時計を見ると、針はもう17時を回っていた。窓の外の光も、少しだけ夕方の色に変わり始めている。

そろそろ雲雀くんが帰ってくる。私は掃除の手を止め、小さく息を吐いた。告白の件もあるがもう一つ、私の頭を悩ませている問題がある。


「どうして雲雀くんは私なんかのことが知りたいんですかー……」


ついこの間の出来事なのに、思い出すたびにわからなくなる。他人の昔話なんて、気になるものなのだろうか。私は気にならない。興味も持てない。任務に必要な情報なら話は別だが、それ以外なら聞こうとも思わない。


……やっぱり。


不完全な心を持ったヒューズだから、わからないのだろうか。だって、雲雀くんは言っていた。その答えを、梅さんや佐山くんだって知っているって。あの時の彼は、珍しく真剣な表情だった。だから余計に、気になってしまう。

彼が求めている答えに、辿り着いてあげたい。

しばらく考えて私はふっと顔を上げた。 


「……とりあえず、ここは文明の力を使いますか」


机の上に置かれていたノートパソコンを開く。

電源を入れると、静かな起動音が部屋に広がった。画面が立ち上がる。私はキーボードに指を置き、適当に言葉を打ち込む。


「お前の話ならなんだって聞きたい 何故」


カチ。検索。次にもう一つ。


「お前の心が動くもの全部知りたい 何故」


カチ。検索。

表示された文章を読みながら、私は小さく声に出した。 


「なになに……」


画面を目で追う。


「なんでも聞きたいは、相手を理解したい、共感したいという考えの表れ……」


少し首を傾げる。


「相手を受け入れたい意思がある……」


なるほど。

次の文章を見る。


「……心が動くものを知りたいのは知識欲の表れ……」


うん。

私は画面を見つめたまま呟いた。


「なんにもわからない」


パタン、と背もたれに体を預ける。

とりあえずわかったことはある。雲雀くんは、私のことをすごく知りたくて。なぜか共感したくて。それでいて知識欲も満たしたい。

……ということらしい。

でも。


「多分、求めている正解とは違うんでしょうね……」


案外、インターネットは使えないのかもしれない。結局また最初の問いに戻ってしまう。どうして、そんなことを知りたいんだろう。

私は小さくため息をついた。


「仕方ないですね。もう一度、自分で考えてみましょう」


もし私だったら。雲雀くんの考えていることを知りたいと思うだろうか。

……知りたい。

では、どうして知りたいのだろう。

理由は?私は顎に手を当てて考える。


「理由……気になるから……とか、ですかね」


それか、もしくは――

そこで思考が止まる。


「……大切だから?」


都さんに任された存在。私の中で、少なくとも佐山先生の次に家族としての繋がりがある人。それなら、大切、という言葉を使うのは、きっと間違っていない。

私は本来彼を殺すために、ここに来たはずだった。それなのにすっかり毒牙を抜かれてしまっている。なんとも滑稽な話だ。暗殺者だなんて名乗るのも恥ずかしいくらいに。

それでも彼を殺そうとしていた事実は、消えない。そんな私が彼のことを「大切」だなんて思っていても、いいのだろうか。

胸の奥に生まれた疑問が、ぐるぐると回り続ける。考えすぎて、処理プログラムが熱をあげそうだった。

そのとき。 


「ただいまー」


玄関の扉が開く音と一緒に、聞き慣れた声がした。雲雀くんが帰ってきた。

私は玄関の前で立ち尽くしていた。


「お前、そんなところで何突っ立ってるんだ?」


靴を脱ぎながら、怪訝そうな顔でこちらを見る。


「あ、えと……悩み事を少々。夕飯の支度をしますね!!」


そう言って台所へ向かおうとする。

……悩み事もそうだがここ最近は、雲雀くんと顔を合わせるとなんとも言えない心地になる。

胸の奥が落ち着かなくて。普段通りに振る舞えない。


「ふーん、悩み事ねぇ」


振り向くと。雲雀くんは、ニヤニヤと笑っていた。

……なんだその顔は。どこか楽しそうですらある。あなたのせいで悩んでいるのに。なんなんだこの人は。


「このままでも十分面白いけど」


雲雀くんは腕を組みながら言う。


「創の頭、パンクしそうだな」

「面白がらないでくださいよ」


思わず言い返してしまった。


「こっちは真剣に考えてるのに」

「すまんすまん」


軽く謝る。それから少し考えるように視線を上げて言った。


「んー」

「なら、ちょっと別の質問してみるか」

「……?」

「創は今、やりたいことあるか?」

「……は?」


思わず間の抜けた声が出た。何を言い出すんだ、この人は。やりたいこと?


「夢とか目標とか、そんなんじゃなくてさ。今この状況で、手の届く範囲でやりてーこと」


私は少し考えてから答えた。


「ないですね」


そして、付け加える。


「強いて言うならこの場から立ち去りたいです」

「なんで?」


小首を傾げわざとらしく上目遣いで聞いてきた。

……なんで、って。

そんなの。いたたまれないというか。

恥ずかしいというか。そもそも、この感覚をどう説明すればいいのか。

それがわかるなら私はこんなに困っていない。


雲雀くんはゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。距離が、近い。

私は思わず身構える。彼は何も言わないまま手を伸ばしてきて。


「これで俺の気持ちわかってくれたら楽なんだけどなー」


不意に、髪を触られた。


「……っ」


びっくりした。

この人、最近なんだか距離が近い。

前はもっとツンケンしていたのに。

むしろ、あの頃の雲雀くんを返してほしくなってくる。というか。私はまだ質問に答えてもいない。それなのに、勝手に話を進めている。

まるで、私の考えていることがお見通しであるかのように。


……なんだか、ムカついてきた。

私はとっさに手を伸ばし雲雀くんの頭を、ガシガシと撫でた。


「……は?」


雲雀くんが目を瞬かせる。

私はにっこりと笑ったまま、手を動かし続ける。


「そうですね」


撫でながら、わざとらしく言う。


「今日も一日頑張った雲雀くんを労ってあげたくて頭を撫でてあげたいな、とは思っていますよ」


雲雀くんの髪がぐしゃぐしゃになる。

彼はなんとも言えない顔をしていた。

……悔しそうだ。口をへの字にして、少しだけ眉を寄せている。


「お前……ほんとそういうとこだよな……」


半分、諦めたような顔。

でもほんの少しだけ、嬉しそうにも見えた。

その表情を見るのは存外、嫌いじゃないのかもしれない。

雲雀くんは肩をすくめた。


「まぁいいや。ちゃんと考えてくれてるみたいだし夜ご飯、食べようぜ」


……いや。

貴方が言い出したことだろう。

心の中でそう突っ込みながら、私は彼の後を追った。

ふと考える。もし、今ここで。私の秘密について話したら雲雀くんはどうするのだろう。

いつものように。少し困った顔をして。それでも笑い飛ばしてくれるのだろうか。

そう想像した瞬間。

胸の奥に、どろりとした感情が芽生える気がした。

……私はずっと君を裏切っている。

だから約束の日に。ちゃんと話すから。それまで、待っていてほしい。今日も、平和で。

いつも通りの夜。

私たちは、食卓を囲んだ。

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