32. 阿佐美の昔話4
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「んで、それから何やかんやあって機関に入って、タイムマシーンの開発者名乗って過去に戻ってきたってわけよ」
いつもの調子で、阿佐美くんは話を締めくくった。まるで昔の武勇伝でも語るみたいに、軽い口調だった。
彼がいつもこんな調子なのも、世界平和だの何だの言っているのも、きっと彼の母親やリコさんの影響なんだろう。悪い人ぶっているけれどきっと、根はいい人だ。
……なぜか創さんとは死ぬほど馬が合わないけど。
「んで?」
阿佐美くんは椅子の背もたれに体重を預け、こちらを見た。
「聞きたい話は聞けたかな? 佐山センセ?」
軽く笑う。
でも、俺はその笑顔の奥を少しだけ考えてしまう。彼は、リコさんや機関の人間、いろんな人の思いを背負ってここにいるんだろう。さっき聞いた話以外にも、きっともっとたくさんの悲劇があったはずだ。
なのに、彼は何でもなかったみたいに語る。
本当は、辛かったはずなのに。
「……うん」
俺は頷いた。
「リコさんがどんな方だったのかは、よくわかったよ」
阿佐美くんは「そりゃよかった」と肩をすくめる。
「でも、一つだけ疑問が残ったんだけど、阿佐美くんって……」
少し間を置く。
「ほんとは何歳なの?」
一瞬、沈黙が落ちた。
そして。
「あー、見た目は17くらいに設定してあるけど、中身は32だよ。意外とおっさんでしょ?」
俺は固まった。
「……32?!」
思わず声が大きくなる。
「と、年上だ……」
阿佐美くんは一瞬ぽかんとして――
次の瞬間。
「ぶっはははは!!」
腹を抱えて笑い始めた。
「てかさ!!」
机を叩きながら笑う。
「さっきまでの話聞いてする質問がそれかよー!!」
涙を拭きながら言う。
「ほんとあんたすごいよね」
……馬鹿にされているのだろうか。
俺は何も言えずにいる。
阿佐美くんはしばらく笑っていたが、やがて息を整えた。
「はー……笑った……」
そう言って、ふと周りを見渡す。
「……てか」
「相葉のやつ遅くね?」
「あれ?」
確かに。
「しょんべんにしては帰ってこなさすぎだろ」
言われてみればそうだ。
俺たちはかなり長く話していた。それなのに、相葉さんはまだ戻ってきていない。俺はスマホを取り出した。
画面を確認して――
「あ、メッセージ来てる」
「は?」
画面には短い一文が表示されていた。
『用事できたからあとはよろしく!!』
「……」
自由すぎる人だな。
俺と阿佐美くんは、ゆっくり顔を見合わせた。
それから同時に、机の上へ視線を落とす。
そこには、まだホチキス止めされていないプリント。まとめられていないシフト表。山のような書類。どうやら、これを片付けなければいけないらしい。
「はーーー」
阿佐美くんが大きくため息をついた。
「相葉のやつ、貸し一つだからなーー」
だるそうに言う。
けれど、手はちゃんと動いていた。本当は関係ないのに、どうやら手伝ってくれるみたいだ。
「ありがとうね。阿佐美くん」
俺がそう言うと、阿佐美くんはペンを動かしたまま肩をすくめた。
「いや、いいよ別に。俺は未来であんたに助けられまくってるんだから」
「俺が残したノートで?」
「ああ。それがなかったら、今こうやってあんたと話すこともなかったしな」
書類を一枚めくる。
「それにループについても気づけなかった」
「……そっか」
少しだけ胸が温かくなる。
俺のしたことは、ちゃんと意味があったんだ。
「阿佐美くんの最終目標というか、変えたい未来って、雲雀が暴走しないこと――テロリストになることを阻止する、で合ってるよね?」
「あー。そうだな」
視線を天井に向ける。
「目的は淡路創と一緒だ」
そして、少しだけ顔をしかめた。
「でもあいつと協力する気も仲良くする気もねーから」
きっぱりと言う。
俺は苦笑した。
「それは、創さんが雲雀の未来に深く関わるからだよね?」
阿佐美くんの目が一瞬だけこちらを向く。
「だから、わざと嫌われること言ってる」
少しの沈黙。阿佐美くんは視線を逸らした。
「……そこまでわかるんだな」
小さく呟く。そして机の上の書類を揃えながら続けた。
「ともかく俺の目的は来栖雲雀がとち狂わないように、この過去で色んな未来を変えるために根回しすること」
そこで言葉を切った。そして、もう一つ付け加える。
「あと一つ」
静かな声だった。
「淡路創は、絶対に死ぬ」
空気が止まった気がした。
……そうだろうな。創さんはループの固有点だ。根っこだ。そこが変わることは、きっとない。
「でも、、君は創さんを救う方法を知ってる」
阿佐美くんは黙っている。
「そうでしょ?」
俺は続ける。
「だって未来の俺が、何の対策も考えてないわけないよ」
少しの沈黙。
やがて阿佐美くんは、ふっと息を吐いた。
「ああ、その通りだ。でもな、あんたはこの先、必ず淡路創の死を見なくちゃいけない」
逃げ場のない言葉だった。
「その覚悟があるなら」
阿佐美くんは手を差し出す。
「俺と未来を変える協力をしてくれ」
その目には、強い意志があった。
「俺はあんな世界、まっぴらごめんなんだ」
少しだけ笑う。
「ここはいいよな」
窓の外をちらっと見る。
「普通にご飯食べて、学校通えて、命が奪われる恐怖で寝付けないなんてこと、絶対にないからさ」
静かな教室。
夕方の光が机を照らしている。創さんは死ぬ。
それは変えられない。
でも――それなら。
俺がすることは、もう決まっている。余計、理由が増えた。俺が創さんに告白する理由が。
きっと未来の俺は死ぬほど後悔してたんだろうな。
「……わかった。もう覚悟はできてる」
阿佐美くんの手を握る。
「この先、何があっても、大丈夫だ!!」
阿佐美くんは一瞬だけ驚いた顔をして、それからニヤッと笑った。
「……そうかよ」
その日から俺と阿佐美は、手を組んだ。




