34. それぞれの9月22日①
佐山視点です。
文化祭当日。
校舎はいつもより騒がしく、色とりどりの装飾や出し物の呼び込みの声で満ちていた。けれど、その喧騒から少し離れた校舎裏は、まるで別の世界のように静かだった。
その静寂の中で、俺は目の前に立つ彼女に声をかけた。
「創さん。大切な話があるんです。聞いてくれませんか?」
少しだけ震えた声。彼女――創さんは、いつも通りの落ち着いた表情でこちらを見る。
「はい。いいですよ」
あっさりとした返事。その何気ない一言に、逆に心臓の音がうるさくなる。
「そ、その……ここではなんですし、場所、移しませんか?」
「? はい。わかりました」
首を傾げながらも、素直に頷いてくれる。
その仕草が、余計に緊張を加速させた。
緊張する……こんなに緊張したのは、受験以来だろうか。いや、初めて雲雀の家に行った時も、こんな感じだった気がする。
場所を移し、人の気配がさらに遠のいたところで、俺はようやく口を開いた。
「これから言うことは、その……俺の我儘で……答えてほしいとか、そういうわけじゃなくて……」
――何を言ってるんだ、俺は。
初っ端から言い訳じみている。
「えっと……つまり……」
言葉が続かない。
頭が真っ白になる。
「……」
その様子を見て、創さんが静かに言った。
「……とりあえず、深呼吸をしてみては?」
「!! は、はい……」
言われるがままに息を吸って、吐く。
「すーっ……はぁ……」
もう一度。
「……落ち着きましたか?」
「……はい」
本当に、少しだけ落ち着いた。
(また助けられた……)悔しいなぁ。
そういうところが――
だから、好きなんだ。覚悟を決める。
俺は彼女の目をまっすぐ見た。
「創さん」
声が、今度はちゃんと出た。
「僕は、あなたが好きです」
一瞬、間を置く。
「れ、恋愛的な意味で僕は、あなたのことが好きです!」
言い切った。心臓の音が耳の奥で反響する。
創さんは、目を見開いていた。驚いたように。
それから、少しだけ考えるように視線を落とし、ゆっくりと口を開いた。
「……ありがとうございます。こんな私のことを好きになってくれて。好意的な箇所、ありましたかね?」
その言い方に、思わず苦笑いが浮かびそうになる。彼女は続けた。
「気持ちは違うかもしれませんが私も、佐山くんのことが好きですよ」
「それって……」
口が勝手に動いた。
「未来の僕が……ですよね」
創さんの表情がわずかに揺れる。
「……」
「ごめんなさい、意地悪言いました」
自分でもわかっている。今のは、ただの確認だ。それでも聞かずにはいられなかった。
創さんは小さく息をついた。
「……確かに、私にとって佐山先生は、かけがえのない存在ですし、佐山くんから彼の影を感じていたのも事実です。でも、だとしても、私は佐山くんや、佐山くんのご家族のこと、好きですよ。……本当は……あの人に、気づいた時に言ってあげられたらなぁ……って後悔してます」
その表情は――
どこか、ひどく悲しそうだった。
胸が締め付けられる。しばらくの沈黙の後、創さんは再び口を開いた。
「好きって感情も、嫌いも、楽しいも、悲しいも、気づいたのは、ほんの最近で。未来の私は、そんなものないって思ってて。佐山くんは、未来のことをどこまでご存知ですか?」
試すような問い。でも、その奥にあるのは不安だ。俺は一瞬だけ考え正直に答えることにした。
「俺や雲雀が、あなたの知る未来にはもういないこと。あなたが雲雀を殺すために未来から来たこと、人間とは違う存在であること。そして、あなたは未来の僕が作ったってこと」
言い終えた瞬間、空気が変わる。創さんは目を伏せた。
「……はい。その通りです。もう、隠すことがないですね……」
少しだけ、寂しそうに笑った。
「だからこそ私は、貴方に同じ気持ちを返すことができません。でも、嬉しいのは、本当のことで……人から好かれるって、初めてですし。こ、告白されたことなんて、当たり前ですがないですし……」
視線が少し泳ぐ。
「勇気あることを、貴方の大切な気持ちを、私に教えてくれてありがとうございます」
やっぱり、綺麗に笑う人だと思った。
最初に出会った頃の、どこかぎこちない、貼り付けたような笑みはもう見る影もない。今目の前にいる彼女は、ちゃんと自分の感情で笑っている。
――振られたなぁ。
頭では最初からわかっていたことなのに、いざ言葉として受け取ると、少しだけ胸が空っぽになる。それでも、不思議と嫌な感覚ではなかった。むしろ、どこかスッキリしている。
相葉さんに背中を押してもらえたからだろう。彼女がいなかったら、きっと俺はこの気持ちを抱えたまま、何も言えずに終わっていた。
今度、ちゃんとお礼をしよう。
「そ、そんな……創さん」
少しだけ慌てながら、言葉を探す。
「もし貴方が困ってることや、どうしようもない壁にぶつかったら、俺に頼ってください!!」
自分でも少し熱くなっているのがわかる。
「頼りないかもだけど……貴方の秘密を知ってる人間ですし……相談くらいは乗れるはずです!!」
言い切ると、創さんはほんの少し目を細めた。
「……本当に、貴方は優しいんですね」
その言葉に、思わず苦笑が漏れる。
「そんなことないですよ」
それから、ふと気になっていたことを口にした。
「それと、一つ聞きたいことがあるんですけど」
「なんですか?」
「俺が未来で死んでるってことは、なんとなくわかってるんですけど、、なんで死んだんですか?」
間を置いて、付け足す。
「言いにくかったらいいんですけど……」
創さんは一瞬だけ目を伏せたが、すぐに顔を上げた。
「……佐山くんには、聞く権利があると思います」
そう前置きして、彼女は語り始めた。
俺は、機関から逃れていたこと。秘密裏に彼女――創さんを作ったこと。そして、それが発覚し、処分されたこと。淡々とした説明だったが、その内容は重かった。
「……なんとも、情けない話だな」
思わず苦笑が漏れる。自分の未来なのに、どこか他人事のようで、それでいて確実に現実味を帯びていた。ふと、もう一つの疑問が浮かぶ。
「雲雀は、どうして死んだんですか?」
言いながら、頭の中で状況を整理する。
「命令系統のトップであるはずですし、セキュリティも強固で……周りにはヒューズがたくさんいたんでしょう?」
そんな環境で、どうやって――
「そんなの、どうやって掻い潜るん――」
言いかけて、口を閉じた。答えに気づいてしまったからだ。誰も言わなかった理由が、わかった。俺自身がヒューズ開発に関わっている。そんな俺が、何もせずに終わるはずがない。
――つまり。
「……そっか」
小さく呟く。
創さんも、阿佐美くんも、知っていたのだろう。それでも、あえて言わなかったんだな。
余計な重荷を背負わせないために。
沈黙が落ちる。
その空気を切り裂くように、創さんが強く言い放った。
「私は、絶対にそんな未来、変えて見せます。何があっても、もう二度と貴方にあのような選択はさせない」
その声に迷いはなかった。
まっすぐにこちらを見る瞳。
「未来で、ずっと後悔している貴方を知っています。だから、私はこのずれてしまった過去を、救いたい。貴方を、必ず助けます」
力強い言葉だった。
――俺の存在は、何度この人を苦しめたのだろう。
そう思いながらも、心の中で静かに返す。
(俺も、必ず貴方を助けます)
声には出さない。
でも、その決意は揺るがない。
(貴方がいない未来なんて、俺はいらないから)




