5.冷徹な眼差しと静かな決意
調査隊の準備が整い、愛たちはフェリーネ山脈へ向けて出発することとなった。エリオットが指揮を執り、愛たちと共に数名の兵士たちが同行することになった。兵士たちは愛を神秘的な存在と捉える一方で、その女神としての能力を測りかねている様子だった。彼女が何者なのか、どれほどの力を持っているのか、兵士たちには分からないのだ。
出発の前夜、愛は一人、篤志のことを思い返していた。昔は淡い恋心を抱いたこともあったが、今は彼のことを尊敬し、彼のような人として信頼できる者になりたいと強く思っている。
その思いが、今の自分を支えていると言っても過言ではない。
「篤志おじさまに恥じることのないよう、最善を尽くすわ。」
愛は静かに自分に言い聞かせるように呟いた。
その翌日、調査隊は山脈へと向かい、道を進みながらも緊張感が漂っていた。途中、小さな村をいくつか通り過ぎ、その度にエリオットは地元の人々と軽く会話を交わしたが、あまり有益な情報は得られなかった。山脈の手前に差し掛かると、突然兵士たちの様子が変わる。遠くの山々から微かな煙が立ち上っていた。
「これは……採掘現場からの煙だろうか?」エリオットが呟く。
愛はじっとその煙を見つめ、少しの間思案した後、口を開いた。「断言はできない。確証がないことを思い込みで決めつけたくないわ。後々の決断の足かせにもなりかねないしね。」
エリオットは冷静な判断をくだす隣の少女に舌を巻く。本当に、彼女はいったい何者なのか。
その時、突然、遠くの森の中から小さな集団が現れ、調査隊に向かって近づいてきた。敵の襲撃か、それとも別の何者かの仕業か。エリオットの指示で兵士たちは警戒態勢に入る。愛もその場に立ち、何かを感じ取るように周囲を見渡した。
「何者か?」エリオットが声を低くして問いかける。
近づいてきた集団は、連邦の兵士たちではなく、どうやら地元の村人たちのようだった。彼らは手に木の棒や簡素な武器を持っており、明らかに不安そうな表情を浮かべていた。
「何か問題が?」エリオットがその一人に声をかける。
「お願いだ、すぐにここを立ち去ってくれ!」年老いた村人が必死な表情で叫んだ。
「連邦の兵士たちが山中にいる。私たちはもう耐えられない!」
その言葉にエリオットはすぐに反応し、兵士たちに指示を出す。
「調査隊はその方向へ向かう、気を引き締めろ!」
愛は冷静に、その村人たちから必要な情報を引き出し、連邦の動向を調べるための手掛かりを集めることに集中する。
一方、エリオットは、愛がその場面においても冷静に対処し、重要な情報を引き出している様子に改めて驚いていた。彼は最初から、愛の存在や能力の高さに気づいていたが、今この状況においても、その冷静さと状況判断の速さには目を見張るものがあった。
「君は本当に異世界から来たのか?」エリオットが、ふと愛に声をかけた。
「呼び出した側が言うセリフではないわね。」愛がエリオットを軽く睨む。
「…君の言うとおりだ。すまない。…あまりにも、君がこの状況に順応しているから。」
「だって、泣いても叫んでも状況は変わらないでしょう。だったら、自分ができることを考えて行動した方が生産的じゃない。少なくとも役に立てることがあるなら、行動するわ。」
愛はそう答え、さらに一歩前に進んでいった。
「私自身のためでもあるし、篤志おじさまに胸を張って再会できるように…。」最後はフランス語でつぶやいた。
最後に彼女がつぶやいた言語は、またしても理解できない言語だった。
ただ、「アツシ」とあの晩に彼女が囁いていた名前が含まれていたことだけは理解した。アツシが彼女にとって、どのような存在なのか、エリオットは複雑な思いを抱えて愛を見やる。
それは彼女の強い責任感と意志の強さに対する、深い尊敬の念でもあり、愛おしさに近い感情だった。
彼女の外見とは裏腹に、その内に秘めた強さを感じ取ったエリオットは、彼女を頼もしく思うと同時に、心のどこかで彼女を守りたいと願う気持ちが生まれ始めていた。
愛は、エリオットの視線には気付かず、無言で前を見据えながら歩みを進める。
そんな愛に、克之が優しく声をかける。「大丈夫か、愛?」
彼は愛を妹のように思い、彼女の冷静な態度を尊敬しつつも、守らなければならない存在として、頭を汲しゃりと撫でる。少しでも彼女が安心できるように。
そして、克之の視線は一瞬、エリオットに向けられる。彼の目には、微かに警戒の色が浮かんでいた。
克之は、愛を守るためならば、エリオットとも対立する覚悟があった。
誠もまた、愛の冷静さに感心しつつ、少しでも彼女を守りたいと心から思っていた。
彼は愛の前に立ち、微妙に距離を置いて守る姿勢を見せる。
「気をつけろよ、愛。無理はするな。お前は頑張りすぎだ。」
その言葉の裏には、愛への深い思いが込められていた。誠の視線もまた、エリオットに一瞬だけ向けられるが、その目には警戒の色がしっかりと見て取れた。エリオットの存在が、彼にとっては大きな懸念材料だった。
「2人に敵認定されてしまったか」
エリオットは苦笑と共に、兄のような克之、番犬のような誠へ害意がないことを示すように、にっこりと微笑む。
エリオットにとって、彼ら2人よりも、アツシという存在の方が厄介だ。
調査が進む中で、連邦の兵士たちの動向が明確になってきた。彼らは静かに国境を越えて勢力を拡大し、エルドラヴィアの領土を侵略しようとしている。
愛とエリオットは、この陰謀の真実を突き止め、必要な証拠を掴む必要がある。
その先に待ち受ける試練が何であるかは、まだ誰にも分からない。
愛はその先に待ち受ける未来に対し、ただ一歩一歩進むしかなかった。だが、その決意は確かなものであり、何が起ころうとも、彼女は自分の責任を全うする覚悟を固めていた。




