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閑話休題:エリオットの胸中

夜の宮殿は静寂に包まれていた。執務を終えたエリオットの足は、自然と愛たちが滞在する部屋の近くへ向かっていた。ふと、ベランダから漏れる人影に気づく。


月光の下に浮かび上がる愛の姿。風に揺れる長い黒髪が月明かりを反射し、どこか儚げなシルエットを描いていた。昼間見せた勝気な表情とは異なり、その背中には不安や孤独の影が漂っているように見える。


彼女は夜空を見上げながら、小さく口を動かした。その声が風に乗ってかすかに届く。

「アツシおじさま……」


その言葉を耳にした瞬間、エリオットの胸に奇妙な感覚が走った。「アツシおじさま」――それは親愛や尊敬を込めた響きを含んでいた。彼女がその名を口にした時の、かすかな寂しさが混ざる声色に、彼は自然と注意を奪われた。


(アツシ……彼女にとって、それほどまでに特別な存在なのか?)


昼間の彼女を思い返す。克之や誠と並んで見せた、堅く信頼し合っているように見える関係性。しかし、彼らではない「アツシ」という名の存在が、ここで彼女の口をついて出ることに、エリオットはどうしようもない違和感と軽い苛立ちを覚えた。


(この二人と彼女の間にある絆を超える存在が、彼女の世界にいる……。彼女が心の奥底をさらけ出すような人物が…。)


エリオットは初めての感情に戸惑った。胸の奥にじわりと広がる感覚――それは、まだ形にならない嫉妬にも似たものだ。誰に対するものなのかもはっきりせず、ただ、自分がその「アツシ」という存在に関心を寄せられていることに驚き、そして少し困惑した。


(彼女がこれほど頼るような存在が、一体どんな人物なのか……どれほどの力を持ち、彼女にとって何を意味しているのか……。)


目の前の少女が、異世界で初めて見せた弱さをその名に託した――そう思うと、その名前を知ることが自分にとっても重要な意味を持つように感じられる。そして同時に、その名を口にする愛の表情が、これまで見てきたどの顔とも違うことに、胸がざわめいた。


(この少女の中に、私がまだ知らない深い何かがある。そして、その「アツシ」という存在が、それを形作っているのか……。)


エリオットは、愛の思い出に踏み込むべきではないと感じながらも、なぜかその「アツシ」という名前に囚われる自分を止められなかった。


彼女の声が止み、夜風だけが響く中、エリオットは一歩引き下がり、その場を後にした。背を向けながらも、彼女の記憶に生きるその人物が、自分の胸に引っかかり続けていることに気づいていた。


(この「アツシ」という存在が彼女の中でどれほどの意味を持つのか……それが、この国での彼女の選択にどう影響するのか……。)


エリオットは初めて味わう感情の正体を言葉にできないまま、夜風に吹かれながら廊下を歩いていった。月明かりが遠ざかる彼の背を静かに照らしていた。

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