2.女神降臨
愛は背後で克之と誠の声を聞きながら、意識を取り戻した。視界に映るのは異国情緒あふれる豪華な祭壇。その場にいる人々は荘厳な服装をまとい、ざわめきの中心には一人の男が立っていた。
「ここは……一体どこ?」
愛の声が空気を切り裂き、祭壇を囲む人々の視線が彼女に集中する。その姿は、背中の真ん中あたりまで流れる艶やかな黒髪、ほんのり茶色がかった瞳、透き通るような白い肌という日本人形のような美しさを持っていた。まるで異世界の光そのものを纏ったかのように、その存在は場の空気を変えた。
エリオットの瞳が、自然と彼女に引き寄せられる。
(……これほどの美貌を目にしたのは初めてだ。それに、この気品と威厳は……ただの外見では説明できない。)
彼は自分でも理解できないほど、彼女から目を離せなくなっていた。
克之がすぐに駆け寄り、愛を支えるように肩を抱く。
「愛、大丈夫か? ケガはないか?」
「問題ない。だけど……何だか厄介なことになったみたいね」
愛は冷静さを保ちながらも、背筋が張り詰めるのを感じていた。周囲の人々が英語で何かを話しているのを聞き取りながら、克之と誠に低い声でささやく。
「一旦様子を見よう。言葉はわかるけど、私たちが出方を間違えると面倒になるわ」
克之は愛の言葉にうなずき、誠も慎重に周囲を観察する。だが、その一瞬の会話がエリオットの耳に届いていた。彼の視線が鋭く愛に向けられ、その瞳には好奇心と探求心が宿る。
(……日本語か? 確かに、かつて召喚された女神たちの言語だ。だが、彼女の態度とあの冷静さ……この女には何か特別なものがある。)
エリオットはその思考を隠しつつ、静かに一歩前に進み出た。
「貴女がこの地に降臨されたとは……伝説そのものだ」
彼の深い声に、周囲の人々が息を呑む。だが、愛はその言葉に顔をしかめ、不機嫌そうに返答する。
「伝説? そんな曖昧な話で片付けられるのは、気に入らないわね」
その一言に、周囲がざわめき始めた。
「静かに!」
エリオットは場を制し、再び愛に向き直る。その視線には先ほどよりもさらに深い興味が込められていた。
「私はエリオット・ラファエル・ド・エルドラヴィア。この国の国王です。貴女は、我々の女神として召喚されました」
愛は眉をひそめ、冷たい声で言い返した。
「女神? そんな胡散臭い肩書きで私を縛るつもりなら、やめておいたほうがいいわ。私はそんな扱いに甘んじる性格じゃないもの」
エリオットはその挑発的な返答にわずかに驚きながらも、口元に興味深げな笑みを浮かべた。
「なるほど……確かに、女神というにはあまりにも生身の人間らしい。だが、それが悪いというわけではない」
祭壇の周囲から、儀式を説明する大臣が一歩前に出た。
「この国では、国王が正式に即位する際、王妃の役割を担う女神を召喚する儀式を行います。貴女はその役割を果たすべき選ばれし存在なのです」
その言葉に、愛はきっぱりと言い返す。
「つまり、私の意思なんて最初から考慮する気はなかったってことね。いいわ、その非礼な態度にきっちり意見を聞かせてあげる。召喚した側に責任があることを、まず理解してもらう必要がありそうね」
克之も一歩前に出て、愛の肩越しからエリオットを見据える。
「確かに、強制的に異世界に連れてきておいて、説明なしでは済まない。何らかの形で落とし前をつけてもらう必要がありますね」
誠も加勢するように言う。
「僕たちは異世界での外交について無知です。しかし、僕らの世界で交渉は双方の同意が基本です。それを無視したまま話を進めるのは得策ではありませんよ」
エリオットはその場に立ち尽くし、愛たちの言葉を黙って聞いていたが、やがて穏やかな声で口を開いた。
「貴女たちの意見はもっともだ。無理をさせるつもりはない。だが、この国の事情を知ってから判断していただきたい」
その提案に、愛は腕を組んで考え込んだ後、挑戦的な笑みを浮かべた。
「いいわ。見せてもらいましょう。私が納得できる理由があるかどうか、じっくりとね」
エリオットはその言葉にますます興味を深めた。
(この状況下でこの冷静さ……そしてこの知性。彼女はただの「召喚された存在」ではない。彼女の中に、この国の未来を動かす何かがあるのかもしれない。何より、この王国の言葉をこのように流暢に話せるとは…。)




