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岡豊宰相 ~幕末の改革者、戦国に還る~  作者: 曽我部穂岐
第十章 人礎たらしむ

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第四話 軍役の値札

 石田三成は、三艘の船に朱を入れた。


「これは長宗我部方の軍役から除きましょう」


 天正十四年八月末。

 大坂城下の役所には、まだ夏の熱が籠もっていた。開け放した障子の向こうでは蝉が鳴いている。



 政重は、長宗我部家の使者として、その座敷にいた。

 四国諸家から差し出される軍役目録を吟味する三成の前には、船数や積荷を記した四国の軍役目録が広げられている。


「塩飽(しわく)の三艘は殿下の御用を先といたします。これで船の重なりはなくなりまする」

「かたじけのうございます」


 三成は頷き、目録の端に記された名を指した。


「吉田正義。この船を調べたのは、御方ではござらぬのか」

「弟にございます」

「水主の不足まで調べてある。よく働く弟君ですな」


 政重は小さく頭を下げた。


 三成はまだ若かった。細身で、濃藍の小袖を隙なく着こなし、書付を扱う手つきにも無駄がない。先ほどの挨拶でも、政重の顔より先に手を見ていた。


 武辺で知られる男が、細かな帳を持参したことに興味があるらしい。


「では、この件は収まりましたな」


 三成が筆を置いたところで、政重は切り出した。


「もう一つ。船を出す御役について、改めていただきとうございます」


 書付を片づけかけた手が止まった。


「船の数が足らぬと?」

「いえ。数え方にございます」


 政重は懐から別の紙を取り出した。

 二つの欄には、船の数と、運び届けた米の量がそれぞれ記されている。


「殿下は塩飽衆へ、五十人乗りの船十艘を命じられました。その数が湊(みなと)へ揃えば、船を出す御役は果たしたことになりまする。――されど、米が豊後へ届かねば、軍勢は飢えます」


 三成は黙って紙を見た。


「反対に、五艘しかなくとも、幾度も往復して米を届ければ、十艘を一度使うより多く運べることもございましょう」

「……船の数ではなく、運んだ米で御役を量れと?」


「左様にございます。ただし、兵を渡す船や戦に用いる船は別に定めます。改めたいのは兵糧を運ぶ役にございます」


 政重は二つの欄を指し示した。


「定めた日までに、定めた湊へ米を届ける。それをもって働きとし、運び賃を払いまする」


 三成は顔を上げた。


「殿下の軍役を、商いに変えるおつもりか」

「軍役をなくすのではございませぬ。果たす手立てを増やすのでございます」


 戦国の世にも運送を請け負う商人はいる。政重が変えようとしているのは、そこではなかった。


「船を持たぬ家でも、銭を出して米を届けさせれば、船手の役を果たせまする。反対に、船を持つ者は運ぶ働きに応じて銭を得る」


「船を十艘持つ者も、一艘も持たぬ者も、同じ役を負えると?」

「果たした働きが同じであれば」


 三成は筆を取り、紙の余白に何事かを書きつけた。


「待たれよ。それでは、諸家ごとに異なる船の負担も、届けた米で比べられますな」

「そのための仕組みにございます」


 政重は即座に答えた。


 四国の検地で枡を揃えたのも、異なる土地の収穫や負担を同じ基準で確かめるためだった。軍役とて変わらない。何をどれだけ果たしたかが分からねば、公平な割り当てもできぬ。


「船の数では分からぬ働きが、米の量ならば見える。なるほど、筋は通っております」


 だが、三成の表情はすぐに厳しくなった。


「されど、帳に書いただけで米が増えるわけではございませぬぞ」



◆


 三成は、運び届けた米の欄を指した。


「船頭が百石運んだと申し、実際には八十石しか届かなんだら、どうなさる」

「受け取った側で確かめまする」


 政重は四国で使っている帳を広げた。

 出した蔵、積んだ湊、受け取った湊。それぞれに荷の量と、確かめた者の名が並んでいる。


 浦戸の池四郎左衛門頼和らと整えた海運の仕組みだった。


「荷の受け渡しには割り札を用います。出した側と受け取った側で合わせ、数が違えば、そのままにはいたしませぬ」


 三成は帳を手に取り、行を追った。数の合わぬ欄を見つけるたび、指が止まる。


「偽りの帳を書く者もおりましょう」

「おりまする。されど、どこで違ったかを調べることはできます」


「帳だけで不正を防ぐつもりはない、と」

「人が書くものでございますゆえ」


 三成は頷いた。


 政重の知る役人にも、帳面を整えることばかり上手な者がいた。米はすべて運んだことになっているのに、現地の蔵は空のまま。


 帳は人を正しくする道具ではない。人の仕事を確かめるための道具である。


 三成は紙を置き、別の問いを投げた。


「では、――銭はどこから出すのでございます」


 座敷の空気が、少し変わった。


「諸家の負う船手の役を、銭に替えることも考えられまする」

「その銭で足らねば、さらに求めることになりましょう。御用が増えるほど諸家の負担も増しては、たまりませぬぞ」


 三成は目録を押さえた。


「今も船を出すために、水主を雇い、船を修め、米を食わせております。その費えを誰かが負っておる。表に出ぬだけで、決して銭がかかっておらぬわけではございませぬ」

「ごもっともにございます」


「ならば、新たな運び賃が安くつくと、何をもって申される」


 政重はすぐには答えなかった。


 船を召すより商人に運ばせた方が、必ず安くなるとは限らない。命令を銭に替えただけでは、負担の形が変わるにすぎなかった。


「――まだ分かりませぬ」


「分からぬと?」

「はい。湊によっても船によっても、費えは違います。今ここで値を決めれば、かえって損をする者が出ましょう」


 政重は並べた帳の一方を押し出した。


「ゆえに、試しとうございます」

「試す?」


「後から送る兵糧の一部を、従来の軍役で運ぶ分と分けます。船方にも値を申し出させ、何日かかり、いくら費え、どれだけ届いたかを比べるのでございます」


 安値だけで選べば、無理な約束をする者も出る。船と水主、これまでの働きも確かめねばならない。


 三成は腕を組んだ。


「安くつかねば?」

「採らぬまでにございます」


「米が遅れれば?」

「それも記します」


「失敗したことまで残すのでございますか」

「失敗を隠せば、次も同じことをいたしますゆえ」


 三成は黙った。


 障子の向こうで蝉の声が途切れ、遠くから荷車の音が聞こえてきた。


 大坂へ集まる米や材木。そのすべてを役人が命じて動かすことなどできない。


 前世の東洋は、短いながら船奉行を務めたことがあった。


 船持には船持の都合があり、水主には水主の暮らしがある。御用と命じれば船は集まっても、損ばかりを負わせれば次の働きは望めない。


 人は利を求めて動く。

 ならば、その利が国の役にも立つようにすればよい。


 二百八十年後の土佐で考え抜いたことを、今度は天下の軍役で試そうとしていた。


「吉田殿」


 三成が口を開いた。


「御方の案がうまく運べば、殿下は船を一艘ずつ召し出さずともよくなりますな。運べば銭になると分かれば、御用を命じられておらぬ船持も仕事を求める。自ら船を集め、水主を雇い、米を運ぶ」


 三成は筆を取り、自分の考えを確かめるように書付を眺めた。


「しかも、幾らでどれだけ運べるかが分かれば、次の御用の費えも見積もれる」

「左様にございます」


「なるほど。銭を払うことが肝ではない。働くほど利になると分かれば、船方が自ら船を探し始めるわけか」


 三成はそこで、小さく笑った。


「面白い」


 政重は相手の様子を見ていた。


 この男は、ただ帳面を正すだけの役人ではない。政重の示した仕組みを、天下の仕事にどう使えるか考えている。


 三成は筆を置いた。


「されど、吉田殿。値を付けるとなれば、慎重にせねばなりませぬな」

「承知しております」


「高すぎれば殿下の費えが増え、安すぎれば誰も引き受けぬ。船方が儲けを求めることと、御用が滞りなく果たされることは、必ずしも同じではございませぬ」


「ゆえに、実際の働きを比べるのでございます」


 三成は頷いた。手元の二枚の帳を揃え、もう一度目を通す。

 やがて顔を上げた時、その表情は先ほどまでとは違っていた。


「吉田殿。御方は船を増やすために、この仕組みを考えられたのでございますな」

「そのつもりにございます」


「わしには、別のものが増えるように見えまする」

「何でございましょう」


 三成は庭へ目を向けた。


「殿下の御下知が届く先にございます」


 政重は黙った。


「今までは、船を持つ者に船を出せと命じました。されど、この仕組みならば、船を持たぬ者も、銭を集め、人を雇い、御用を果たせる」


 三成は再び目録へ視線を落とした。


「諸家から船を取り立てるばかりでなく、天下の商いまで、殿下の力に変えられるやもしれませぬ」


 その声には、隠しきれぬ興味があった。


 政重もまた、その言葉の重みを考えていた。

 軍役を量る基準が変われば、諸家の負担の定め方も変わる。天下の輸送力そのものが増すかもしれない。


 だが、それを動かすのは秀吉である。

 政重が築いた四国の仕組みは、もはや四国だけのものではなくなる。


「……これは、長宗我部だけの話では済みませぬな」


 三成は書付を畳み、丁寧に向きを揃えた。


「吉田殿。明日も、お越しいただけますか」


「無論にございます」

「では、こちらでも少し算用いたしましょう」


 政重は頭を下げ、座敷を辞した。


 廊下へ出ると、夕方の風がようやく通り始めていた。


 三艘の船の重なりを正すために来た大坂で、天下の軍役を改める話になった。


 だが、まだ何一つ決まってはいない。


 政重が振り返ると、障子の向こうに三成の影が見えた。その筆は、まだ動いていた。


 天下の船を、誰の命で、どのように働かせるか。


 明日、二人が向き合うのは、もはや運び賃の話だけではなかった。



お読みいただき、ありがとうございました。

創作の励みになりますので、評価・感想をよろしくお願いいたします。


【史実解説】

■石田三成、二十七歳の治部少輔(じぶしょうゆう)

石田三成は永禄三年(1560)、近江国坂田郡石田村に生まれました。

天正十三年(1585)、秀吉の関白就任に伴い従五位下・治部少輔に叙任され、本話の天正十四年(1586)には数え二十七歳でした。

後世では豊臣政権の五奉行として知られますが、この時点ですでに秀吉の側近として頭角を現し、堺の支配にも関わっていました。


また、三成は単なる事務官僚ではありません。賤ヶ岳の戦いに先立つ情報収集に関わった書状が残り、戦場で先陣を務めたとする史料もあります。


本作では、そうした実務能力と武将としての経験を踏まえ、政重の提案に鋭い疑問を投げかける一方、新たな制度の可能性を見抜く人物として描きました。



■軍役と運び賃、戦国時代の兵糧輸送

戦国時代の軍事輸送では、領主が船や水主を徴発する一方、商人や船持に物資の輸送を担わせることもありました。


実際、天正十四年八月二十二日、秀吉は塩飽衆に対し、仙石秀久の豊後出陣に用いる五十人乗りの船十艘と、水主五十人を出すよう命じています。

また、文禄二年(1593)の朝鮮出兵に伴う輸送では、若狭の船持商人が兵糧米などを運び、米千石につき二百石を船賃として受け取った事例が確認できます。

つまり、運び賃を払って軍需物資を輸送させること自体は、戦国時代にも存在した仕組みです。


本話の政重は、その考え方をさらに進め、船の供出数ではなく、実際に運び届けた兵糧の量を軍役の評価基準にした統一的な軍役制度を提案しています。

軍役と商業を結びつけることで、天下の輸送力を拡大しようとしているのです。

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