第二話 知らぬ故郷
家へ戻るまでに、半平太は、知らぬはずのものをいくつも思い出した。
肩を貸している男は弥五郎。喜助の父の代から武市家に仕えている。
畦の向こうの茅葺きは作兵衛の家。その先の水路を曲がれば、自分の屋敷へ出る。
ここは仁井田。
半平太は足を緩めた。
聞き違えるはずがない。自分が生まれ育った土地である。
だが、目の前に広がる仁井田は違っていた。道は細く、家は少ない。見慣れたはずの水路も、まるで違うところを走っている。
それでも遠くに連なる山だけは、確かに知っていた。
半平太自身の記憶と、もう一つの記憶が、同じ土地の上で重なっている。
「喜助殿、もう少しでございます」
「……弥五郎」
名を呼ぶと、男の顔に安堵が広がった。
「思い出されましたか」
「少しずつ」
「それはようございました」
半平太はその横顔を見た。
酒を飲めば声が大きくなる。冬になると古傷の右膝をさする。頼まれた仕事を放り出したことは一度もない。
そんな記憶が、ごく自然に浮かんでくる。
それなのに、そのどこにも武市半平太はいなかった。
◆
屋敷の門をくぐると、女が駆けてきた。
「喜助殿」
顔を見た途端、名が浮かんだ。
志乃。喜助の妻である。
その言葉と同時に、もう一人の女の顔が脳裏をよぎった。
富。
半平太は一瞬だけ目を伏せた。
だが、目の前にいるのは志乃だった。困った時ほど声を荒らげず、左の眉がわずかに上がる。
いま、その眉が上がっていた。
「頭を打たれたと聞きました。どこを」
「大したことはないようです」
「大したことがないお方が、田の畦で倒れておりますか」
その言い回しにも覚えがあった。
「……志乃」
呼ぶと、女の肩から力が抜けた。
奥から少年と幼い娘が顔を出した。
「父上」
その声を聞いた途端、少年の名が浮かぶ。新太郎。昨日も槍を握る手に力を入れすぎて、喜助に叱られていた。
その背から覗いている娘は小夜だった。
半平太は、すぐには返事ができなかった。
「……心配をかけましたね」
新太郎が目を瞬いた。志乃も一度だけ半平太の顔を見た。
「お名前も戻られたのでしたら、まずは休んでくださいませ」
半平太は頷いた。
父上と呼ばれたことだけが、しばらく胸に残った。
医者は後頭部の傷を洗い、骨には障りがないだろうと言い置いて帰った。
半平太は座敷に残された。
右の襖の向こうが寝所であることも、奥が納戸であることも分かる。壁際の箱には、替えの小袖が入っている。
だが、目に映るものにはどうにも馴染めなかった。
調度が少ない。書物も少ない。棚には数冊の帳面と、何度も使った書付があるだけだった。
自分の袖へ目を落とす。布は厚く、手触りも違う。腰に差した脇差も、手にした覚えがあるのに見慣れない。
喜助にとっては、毎日の衣である。
半平太には、初めて袖を通した衣だった。
その食い違いだけが、どうにも消えなかった。
志乃が湯を運んできた。
「弥五郎の名も、新太郎たちのことも思い出されたのでしょう」
「ええ」
「よかった」
半平太は湯呑みに手を添えたまま、しばらく黙った。
喜助の記憶を辿れば、答えはどこかにある気もする。
それでも、自分の耳で聞きたかった。
「志乃。今年は、何年です」
志乃の顔が止まった。
「……天正十三年にございます」
「六月?」
「はい。六月二十六日にございます」
半平太は湯呑みから手を離した。
天正十三年。
羽柴の大軍が、四国へ押し寄せた年である。
慶応元年とは、二百八十年近く隔たっている。
半平太はもう一度、袖を見た。
古びて見えたのではない。
古いのだ。
この衣も、家も、腰の刀も。仁井田の山だけを残して、人の世そのものが二百八十年近く遡っている。
その年月を意識した途端、喜助の記憶が次々と輪郭を持った。
武市喜助重貞。
仁井田に田地を持ち、長宗我部水軍衆を束ねる池四郎左衛門頼和に属する。戦となれば兵を出し、自らも刀を取る。今は頼和から留守を命じられ、田と水、人足、兵糧を預かっている。
武市。仁井田。そして喜助という名。
半平太は、そこまで思い出して考えるのをやめた。
同じ武市であることが何を意味するのか。今はまだ分からない。
「思い出されましたか」
志乃が尋ねた。
「だいぶ」
「では、池殿のことも?」
「頼和様ですね」
志乃は、ようやく笑った。
◆
休んでいろという医者の言いつけは、半刻も保たなかった。
庭先で言い争う声がした。
朝、喜助が見に出た水口が崩れ、上の田へ先に水を入れるか、下へ回すかで揉めている。
男二人を見た途端、それぞれの家の事情が浮かんだ。
年嵩の男の家には、本人と倅が残っている。昨年は日照りの折に、下の田へ先に水を譲った。
若い男の家は兄二人が軍へ出て、残る男手は自分だけだった。
「去年はこちらが譲った。今度はこちらが先じゃ」
「兄貴ら二人を御軍へ出しちゅう。こっちは田を見る手さえ足りんがです」
「それと水の順とは別じゃろう」
半平太は二人の顔を見た。
どちらも水が欲しいのではない。
片方は去年譲ったことを覚えてほしい。もう片方は、すでに人を出していることを分かってほしいのだ。
「水口を直すには何人要ります」
「四人もおれば、昼までには」
「なら、上へ先に水を入れましょう」
若い男の顔が固くなった。
「ただし、水口を直す二人はそちらから出してください」
今度は年嵩の男が半平太を見た。
「こちらから?」
「去年は水を譲った。今回は先に取る。それなら、直す手を二人出しても損にはならんでしょう」
男は黙った。
半平太は若い方へ向き直った。
「そちらからも一人」
「一人?」
「もう一人はこちらから出します。兄二人を軍へ出している家から、さらに二人取ることはありません」
若い男の口元から、わずかに力が抜けた。
「それで水口が直れば、昼から下へ回せるはずです」
年嵩の男が若い方を見た。
先ほどまで互いに向けていた険が、少しだけ薄れていた。
「……それなら」
「わしも異存はない」
二人が帰ったあと、弥五郎が息を吐いた。
「人の家のことまで戻られましたか」
「そこまで忘れておったと思いましたか」
「先ほどまでは」
半平太は苦笑した。
家々の事情は喜助の記憶だった。
だが、どちらへ何を言えば話が収まるかを考えることには、不思議なほど馴染みがあった。
ほどなく、池城から使いが来た。
「四郎左衛門様より。明朝までに人足十二、兵糧米二十俵を浦戸へ出すようにとの仰せにございます」
顔を見れば、男が池城の使番であることも分かった。
「承りました」
「それと、古い枡では受け取れませぬぞ。人足帳も忘れぬようにとのことで」
弥五郎が、何を今さらという顔で棚へ手を伸ばした。
側面に焼印のある新しい枡を取り出す。
岡豊枡。
名も、使い方も知っていた。
昨冬、池城から下されたものだ。それ以前は土地や家によって枡が違っていたが、岡豊へ上げる米はこれで量るよう申し渡された。
半平太は枡を見たあと、弥五郎が開いた帳へ目を移した。
田の高。家の人数。働ける者。軍へ出た者。人足。兵糧。
決められた欄に、同じ順で記されている。
「人足も、これへ?」
「はい」
「軍へ出た者は」
弥五郎が一つの印を指した。
「こちらで分かるようにしております」
半平太は頁をめくった。
先ほどの若い男の家もあった。兄二人の名に、同じ印が付いている。
だから水口へ出す人手を減らした。
帳面の上の印一つが、田に立つ人間一人につながっている。
「これも、昨冬からですか」
「左様で。岡豊へ上げる帳は、皆この形にせよと」
半平太はそれ以上聞かなかった。
天正の仕置を、自分がどれほど知っているというのか。
ただ、もう一度だけ帳を見てから閉じた。
窓の外では、新太郎が小夜を連れて庭を横切っていた。その向こうには田があり、さらに先には仁井田の山がある。
明朝までに、人足十二人。兵糧米二十俵。
半平太は帳を手元へ引き寄せた。
幕末では、天下国家を論じた。
だが今は、その前に十二人を選び、二十俵の米を揃えねばならない。
それが、いまの武市喜助の役目だった。
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【史実解説】
■武市喜助 地検帳から見る武市家
天正十五年(1587)の『土州長岡郡池村地検帳』から、当時の武市氏が池氏の家臣で、「池分」の土地を与えられ、仁井田に屋敷地を持っていたことが分かっています。
つまり戦国期の武市家は、池氏に属しながら仁井田の土地や社役と結びついた、必要に応じて軍役を負う在地武士の家でした。
地検帳に武市喜助は「仁井田宮正月三日社役田」に関係する人物として現れます。さらに文禄二年(1593)の記録には「庄ヤ竹市又左衛門」の名も見えます。嘉助本人を庄屋であったと断定することはできませんが、後に村の運営にも関わることになる有力な家であった可能性は高いです。
武市家の略系図にも「武市喜介(助)重貞」が記されており、同一人物と推測されます。その系譜は、九世代を経て武市半平太小楯へと続きます。
吉田東洋が暗殺された三年後、武市半平太は切腹しました。
そして東洋が戦国へ転生してから、こちらでも三年後。
半平太は、祖先・武市喜助として目を覚ましたのです。




