第一話 武市半平太、死す
土佐勤王党盟主・武市半平太の力は、人であった。
城下に剣術道場を構え、百人を超える門人を集めた。剣の強弱だけではない。人の癖を見、誰が誰を慕い、誰の言葉なら耳を貸すかを覚えた。
一人では届かぬところへ、十人を向かわせる。十人でも動かぬものなら、百人を同じ方へ向かせる。
半平太は、そうして人を集めてきた。
慶応元年閏五月十一日。
高知城下、南会所。
武市半平太は、切腹を申し渡された。
沙汰を伝えた役人は、読み終えるとわずかに目を伏せた。
半平太は、その顔を見た。
何度か顔を合わせた男である。役目としてここに立っているのは分かる。だが、いつもより口元が固い。
「承知しました」
半平太が答えると、男は深く頭を下げた。
それで話は終わった。
獄へ入れられて一年と八月になる。長い間に、季節は二度巡った。
痩せはした。だが、背を丸めることはなかった。
寒中に咲く一枝の梅のように、半平太は獄の中でも姿勢を崩さなかった。
その間にも、外との縁がすべて切れたわけではない。紙を頼み、筆を頼み、妻へ書いた。家へ書いた。同志の消息を聞いた。
獄吏の中にも、こちらを気遣う者がいた。
何も言わず紙を置いていく者。外の出来事を、それとなく知らせる者。こちらの顔を見ただけで用向きを察する者。
半平太は、そうした一つ一つの顔を覚えていた。
夕刻が近づくにつれ、揚屋の空気が変わった。
廊下を行く足音が増えた。普段なら声を掛けてくる者まで、今日は目を合わせようとしない。
一人の獄吏が通りかかり、半平太を見るなり足を止めた。
「先生……」
その先が続かない。
半平太は少し笑った。
「そんな顔をせんでもよいでしょう」
男は唇を結んだ。
「私が腹を切るだけです。あなたまで一緒に死ぬわけではない」
男は笑おうとしたらしい。
けれど、顔は歪んだだけだった。
半平太は、それ以上は言わなかった。
正しい理想を掲げれば、人はついてくる。
そう信じて、人を集めてきた。
だが、一度集まった人間が、最後まで同じ方を向くとは限らない。
この三年で、それくらいは知った。
ふと、昔の座敷が脳裏に浮かんだ。
向かいに座っていた男がいる。
土佐藩参政・吉田東洋。
半平太は薩摩と長州の動きを説いた。土佐も藩を挙げて動くべきだと訴えた。
東洋は最後まで聞いた。
聞いたうえで、退けた。
薩長が藩として動くなら、藩として土佐へ話が来るはずだ。志士同士の言葉だけで、一国の政は動かせぬ。それほど確かだと言うのなら、自ら見てくればよい。
そう言われた。
半平太は断った。
もう見てきた。見たからこそ、ここで話している。
それでも東洋は引かなかった。
腹の立つ男だった。
こちらがどれだけ人に会い、どれだけ言葉を交わしてきたかを話しても、最後には必ず「それで藩はどう動く」と返してくる。
思い返してみても、やはり腹が立つ。
だが、自分も一歩たりとも退かなかった。
結局、最後まで折り合わなかった。
その東洋は、三年前の四月八日、雨の夜に死んだ。
城を出て帰途についたところを、勤皇党の三人に襲われた。
半平太がその夜に東洋を斬れと命じたわけではない。
だが、無関係とも言えなかった。
東洋がいる限り、土佐は動かぬ。
半平太自身、そう考えていた。勤王党の中にも、同じ考えを持つ者はいた。そして実際に、その中から刃を取る者が出た。
雨の城下で、東洋は死んだ。
だが、東洋一人を除けば、それで済む話ではなかった。
前藩主・山内容堂は、東洋を師と仰ぎ、敬愛していた。
その容堂が再び政へ戻った時から、いずれ勤王党へ刃が向くことは避けられなかったのかもしれない。
東洋を斬っても、用いた者まで消えるわけではない。
まして、残したものまで消えるわけではなかった。
半平太は膝前へ目を落とした。
短刀が置かれていた。
戻らぬ年月を思えば、はかないものだった。
だが今となっては、その命さえ惜しくはない。
己の信じることに従って行動してきた。自分が死ねば、すべてが終わるわけではない。
外にはまだ、生きている者がいる。
半平太は短刀を取った。
柄が掌に収まる。
周囲には役人がいた。介錯の者も控えている。
知った顔と目が合った。
すぐに逸らされた。
半平太は静かに頭を下げた。
「頼みます」
衣を開き、刃先を腹へ当てた。
一度。
刃を引く。
息が詰まり、畳へ血が落ちた。
二度。
視界が狭まる。
それでも短刀は離さなかった。
三度目を引き終えたところで、腕から力が抜けた。
衣擦れの音がした。
刀が抜かれる気配がする。
半平太は顔を上げようとした。
できなかった。
なぜか、最後に浮かんだのは、先ほど思い出した男の顔だった。
あの男なら、この最期を見て何と言うだろう。
答えを思いつく前に、闇が落ちた。
◆
次に、聞こえたのは、蛙の声だった。
一匹ではない。
近くで鳴くものがいる。その声が止む前に、少し離れたところから別の声が返る。
水の流れる音もした。
半平太は目を開けた。
眩しかった。
強い日の光が、水を張った田から照り返していた。
顔のすぐ横には濡れた草が生え、その向こうに若い稲が並んでいる。雨は少し前に上がったらしい。畔の土はまだ黒く濡れているのに、雲の切れ間から差す夏の日が水面を白く光らせていた。
半平太は目を細めた。
暑い。
首筋へ日の熱が当たっている。
だが、頬に触れる土は湿って冷たい。
南会所ではない。
そう思うより先に、身体が動いた。
腹へ手をやる。何もない。
刃を入れた場所を探った。
痛みがない。血もない。
「……これは」
声が漏れた。
半平太は眉を寄せた。
聞き慣れた声ではなかった。
身体を起こそうとすると、今度は後頭部に鈍い痛みが走った。
「くっ……」
手を回す。
髪の間に、乾きかけた血が付いている。
半平太はゆっくり身を起こした。
すぐ脇で畔が崩れていた。その下を細い用水が流れている。
足を滑らせ、頭を打ったように見える。
少し離れたところには編笠が落ちていた。
足には草鞋。腰には脇差。
半平太は己の手へ目を落とした。
日に焼けている。
節が太く、掌には硬い皮ができている。
年頃は、自分とそう違わぬように思えた。
だが、見覚えのない手だった。
蛙がまた鳴いた。
風が水田を渡る。
若い稲が一斉に傾き、葉先に残っていた雫が日の光を弾いた。
半平太は辺りを見回した。
夢が、現か。
どちらにしても、頭の痛みだけは妙に確かだった。
その時、遠くから声が飛んだ。
「おおい!」
別の声が応じる。
「こちらじゃ!」
草を踏む音が近づいてきた。
二人の男が畔を走ってくる。
先頭の男は半平太の姿を見ると、目に見えて肩の力を抜いた。額には汗が浮き、袴の裾が泥へ入っても構わず近くへ膝をつく。
「喜助殿!」
半平太は男を見た。
「御無事でございましたか。水口を見に行かれたまま戻られぬゆえ、皆で探しておりました」
「……喜助?」
私は武市半平太小楯、号して瑞山である。
半平太は少し間を置いた。
「誰のことです」
男の顔から、安堵が消えた。
「何を仰せになります」
後ろから来た男も寄ってくる。こちらの顔を見て、次に頭の傷を見た。
「もしや、頭を強く打たれたのでは」
先の男が半平太の肩へ手を添えた。
「喜助殿。私が分かりますか」
半平太は答えず、二人を見比べた。
芝居には見えない。
二人とも、目の前にいる自分を知っている。
先の男が後から来た男に呼びかけた。
「早う医者を呼んでまいれ。武市殿が頭を打たれておる」
半平太の目が止まった。
「……武市、と?」
その時、雲が流れた。
強い夏の日が差し、水を張った田が、いっせいに白く光った。
眩しさに目を細める。
死んだはずの男を、夏の日差しが照らしていた。
武市喜助は、まだ立てなかった。
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【史実解説】
■人を束ねた志士・武市半平太
武市半平太は、幕末の土佐藩で土佐勤王党を率いた人物です。本名は武市小楯、半平太は通称で、瑞山と号しました。文政十二年(1829)、長岡郡吹井村、現在の高知市仁井田に生まれ、土佐藩では上士と郷士の中間にあたる「白札」の家格に属していました。
半平太は政治活動に入る以前から、剣術家として多くの人を集めています。安政二年(1855)、高知城下に道場を開き、剣術を指南しました。門人は百二十人ほどに達したとされ、その中には中岡慎太郎や岡田以蔵もいました。半平太自身も藩命を受け、安芸郡や香美郡へ剣術指南に赴いています。
文久元年(1861)、江戸で長州の久坂玄瑞・桂小五郎らと交流した半平太は、帰国後に土佐勤王党を結成して党主となります。目指したのは、一部の志士だけが動くのではなく、土佐藩そのものを尊王攘夷へ転じさせる「一藩勤王」でした。しかし当時藩政を主導していた吉田東洋には、その主張を「書生論」として退けられています。
翌文久二年(1862)、東洋は土佐勤王党員によって暗殺され、その後は勤王党が藩内で勢力を強めました。しかし、前藩主・山内容堂が再び政治への影響力を強めると情勢は逆転します。容堂の公武合体路線と勤王党の主張は相容れず、文久三年(1863)の八月十八日の政変を境に勤王党への弾圧が進み、半平太も同年九月に投獄されました。
約一年八か月の獄中生活を経た慶応元年(1865)閏五月十一日、半平太は切腹を命じられ、生涯を閉じました。満年齢では三十五歳、数えでは三十七歳にあたります。
辞世の句は
「ふたゝびと 返らぬ歳を はかなくも 今は惜しまぬ 身となりにけり」
二度とは戻らない歳月を思いながらも、死を目前にした今は命さえ惜しまないという、半平太の最期の覚悟を伝える歌といえます。
東洋が鋭い議論と藩政改革によって土佐を変えようとした人物なら、半平太は道場や同志との結びつきを広げ、多くの人を一つの目的へ束ねることで土佐を動かそうとした人物でした。




