第四話 虎の残り火
馬ノ上へ縄を入れる。
政重がそう告げると、座敷に集まった家人たちは顔を見合わせた。
「検地をなさるので」
玄蕃の声には、驚きより警戒があった。
「田畑の広さと、作る者を確かめる」
「馬ノ上の者は、田を取り上げる支度と見ましょう」
「取り上げぬ。この秋の年貢も増やさぬ」
前世の東洋は、はじめは郡奉行だった。村人が役人の筆と縄をどれほど恐れるかは見ている。正しく測るだけでは足りない。何をしないかまで、先に示さねばならない。
「田を持つ者、作る者、米を納める者、槍を出す者。分けて書け。同じとは限らぬ」
政重は正義へ命じた。
「争いのある田は未詳とする。測った内容はその場で読み上げ、同じ帳を二冊作れ。一冊は馬ノ上へ残す」
「村へ帳を渡すのでございますか」
「こちらだけが持てば、後で好きに書き直したと疑われる」
玄蕃が腕を組んだ。
「兵は何人連れてゆかれます」
「そなたと家人二人でよい」
「危のうございます」
「兵を並べて縄を入れれば、検地ではなく攻め込みになる」
政重は脇腹へ手を当てた。中富川で負った傷は、身体を捻るたびにまだ疼く。
「ゆえに、そなたも来い」
玄蕃は深く息を吐いた。
「ならば、私の指図には従っていただきまする」
◆
馬ノ上の田には、刈り入れを待つ稲が重く頭を垂れていた。
政重は傷を帯で固く締め、間竿を杖代わりに畦を進んだ。十五とは思えぬ大きな身体に、村人たちの視線が集まる。
最初に田の境へ立ったのは、弥九郎の妻だった。
「ここから、あの榎までが、夫の作っていた田にございます」
正義が二冊の帳へ同じことを書き、声に出して読んだ。
「弥九郎が安芸の者であったことも、吉田の家来と決めておらぬことも、そのまま残す」
政重は村人たちを見回した。
「誰の家来かを決めるためではない。誰がこの田を作ってきたかを残すためじゃ」
弥九郎の妻が頷くと、杖を突いた老人が前へ出た。
「ならば、わしの畑も測ってくだされ」
続いて二人、三人と畦へ下りた。
田七枚と畑四枚を測り終えた頃だった。
乾いた音がして、張った縄が切れた。
「吉田の縄を入れさせるな!」
藪から十数人の男が現れた。槍、弓、鉈。
先頭の男は五十をとうに越えていた。色褪せた腹巻の継ぎ目には、幾度も縫い直した跡がある。低く束ねた白髪が肩へ落ち、左の眉から頬へ古い傷が走っていた。
痩せてはいたが、黒い槍を握る前腕だけは太く、右の小指が一節欠けている。低く束ねた白髪の下で、深く窪んだ目が政重を見据えていた。
その姿を認め、玄蕃が政重の前へ出た。
「畑山兵部か」
「久しいの、安岡玄蕃」
兵部は、かつて安芸国虎に仕えた武士だった。馬ノ上城を吉田家に奪われて十九年、安芸家が滅んで十三年。今も旧安芸方の者たちから一目置かれている。
「城を取った次は、田か」
「田を取るためではない」
「縄を入れ、帳へ載せる。それを取るというのじゃ」
後ろの男が標木を蹴り倒し、別の男が帳役の肩を槍の柄で殴った。
玄蕃の手が刀へ伸びる。
「抜くな」
「しかし、若殿」
「抜けば、こちらが先に戦を始めたことになる」
政重は兵部の後ろを見た。槍先を真っ直ぐ向けているのは三人。残る者は田と仲間の顔を見比べている。
まとめて敵と呼べば、本当に一つになる。
「正義。帳を見せよ」
兵部は差し出された帳を奪い取った。
「焼けば済む」
「焼くならば、読んでから焼け。何が書かれていたかも知らぬでは、後に安芸の者へ説明できまい」
兵部は鼻を鳴らし、槍を脇へ立て、欠けた小指で頁の端を押さえた。
「……未詳、と」
「分からぬものは、分からぬと書いた。安芸の者であったことも消しておらぬ」
兵部の目が、帳の一行に止まった。
「安芸の名を、消さぬと申すか」
「消す理由がない」
「ならば、なぜ測る」
「測られぬ田は、強い者が己のものと言えば、それまでになる」
「吉田が守ると申すか」
「違う。わしが死んでも残るものに守らせる」
弥九郎の妻が声を上げた。
「うちの田には、夫と倅の名が書かれました。吉田の家来とは書かれておりませぬ」
兵部は女の背後に広がる田を見た。
安芸の名を捨てずとも、田は残せる。それを認めれば、十九年抱えてきた吉田への憎しみが、行き場を失う。
一人の男が槍を下ろした。続いて、もう一人が武器を畦へ置く。
兵部は振り返った。
だが、誰もその目を見返さなかった。
ここで退けば、国虎への忠義まで捨てるように思え、槍を握る手が強くなった。
それでも声は低いままだった。
「口の達者な童め!」
槍が突き出された。
避けねばならぬ。
そう考えた時には、政重の身体はすでに半歩沈んでいた。穂先が肩をかすめる。右手が柄を掴み、そのまま引いた。
兵部の足が畦を離れた。
次の瞬間、その身体は泥へ叩き落とされていた。
前世では、刃を向けられても、言葉のほかに身を守る術など持たなかった。だが今の身体は、考えるより早く槍を制した。
己の手で掴み、己の腰で投げた。それなのに、何をしたのかは、見知らぬ武者の働きを眺めたように遠かった。
だが、その先をどう続けるか、政重には分からない。
左脇腹に熱い痛みが走り、足から力が抜けた。
後ろの若者が槍を構える。
玄蕃の刀が、その穂先を打ち落とした。
「斬るな!」
政重の声が田へ響いた。
兵部は泥の中で身を起こした。
その膝の下で、刈り入れを待っていた稲が折れている。
吉田から田を守るために来たはずだった。だが最初に田を踏み荒らしたのは、自分だった。
政重は脇腹を押さえながら、兵部を見下ろした。
「見よ。田を守りに来た者は、もう槍を下ろしておる」
兵部は折れた稲を見つめたまま、泥を握りしめた。
「……縄は止めぬ。国虎様とて、この田を踏みにじれとは申されまい」
ゆっくりと顔を上げる。
「されど、わしは吉田の臣ではない」
「それでよい。今日測るのは田であって、そなたの心ではない」
◆
兵部と政重へ槍を向けた若者は、その場で縛られた。
「御当主へ槍を向けたのでございます。首を刎ねても、異を唱える者はおりますまい」
玄蕃の言葉に、年嵩の家人たちは深く頷いた。若い者の一人は、縄を打たれた兵部を見て目を伏せた。旧主への忠義ゆえと分かっていても、当主襲撃を見逃すことはできない。
正義だけは兵部ではなく、兄を見ていた。ここで甘く裁けば家中が揺らぐ。厳しく斬れば、馬ノ上が再び敵になる。
「分かっておる」
政重は兵部を見た。
「されど、今ここで斬れば、馬ノ上はそなたを安芸の忠臣として語り継ぐ。死人は縄を持たぬが、恨みだけは残す」
家人の間に、わずかなざわめきが走った。
「では、お赦しになるので」
「赦さぬ」
政重が言い切ると、玄蕃の目から疑いが消えた。
「武具を取り上げ、当分、馬ノ上を差配することを禁ずる。妻子の作る田には触れぬ。身柄は吉田で預かる」
政重は隣に縛られた若者へ目を移した。
「この者も武具を取り上げ、ひと月閉じ込めよ。帳役を殴った者には、療治の米を出させる」
「わしの命は」
「預かる。検地の間は、そなたが切った縄を持て。その後の処置は、働きを見て決める」
兵部は黙って政重を見返した。
「逃げるか、再び刃を取れば、次は首を取る」
長い沈黙の後、兵部は顔を上げたまま答えた。
「……承知した」
◆
翌朝、検地は再開された。
兵部は吉田へ頭を下げなかった。ただ、昨日まで槍を立てていた男が、今日は黙って縄を引いていた。
屋敷へ戻ると、玄蕃が政重の前へ小さな鉄の鍵を置いた。
「蔵の鍵にございます」
「そなたが持っておれ」
玄蕃は首を横に振り、両手をついた。
「殿。吉田の家を、お頼み申します」
政重は鍵を取った。
父の槍より小さく、重かった。
【史実解説】
■東の雄 安芸国虎
安芸国虎は、戦国時代に土佐国東部を治めた安芸氏最後の当主です。安芸氏は安芸城を本拠とし、戦国期には「安芸五千貫」を領する土佐七雄の一つに数えられました。安芸郡だけでなく香美郡東部にも勢力を伸ばし、当時の土佐東部では最大級の勢力を誇っていました。
土佐中央部から勢力を広げる長宗我部元親とは、領地を接する有力者としてたびたび争いました。永禄十二年(1569)、元親は安芸領へ侵攻し、芸西村の金岡城を攻略します。国虎は八流で迎え撃ちましたが敗れ、安芸城へ籠城しました。
籠城は二十四日間に及んだとされ、国虎は妻子を逃がし、城兵の助命を条件に城を明け渡した後、菩提寺の浄貞寺で自刃しました。
本作の舞台である天正十年(1582)は、安芸氏滅亡からわずか十三年後にあたります。長宗我部氏が土佐を統一していても、旧安芸領には国虎へ仕えた者や、その家族が多く残っていたと考えられます。
■虎の遺臣 畑山兵部
畑山兵部は、本作の架空人物です。
畑山氏は土佐国安芸郡に根を持ち、安芸氏と深い関係を結んだ在地勢力です。系図では安芸氏から分かれた一族とも伝えられ、安芸氏と名主層との間を取り持つ立場にあったことが、中世文書の研究から指摘されています。
安芸家が滅んだ際には、畑山元氏が国虎の遺児を託され、阿波へ落ち延びたとも伝えられており、安芸氏の一族・重臣として語られることの多い家でした。
本作では、この畑山氏の名を借り、安芸氏滅亡後も馬ノ上に残った旧臣として兵部を創作しました。「兵部」は実際の官職を示すものではなく、戦国武将が用いた官途名風の通称です。
史実では、長宗我部氏による安芸地方の検地は天正十七年(1589)に実施されました。本作ではそれより七年前、前世で郡奉行を務めた東洋が、吉田家の領内だけで先駆けて行ったものとして描いています。




