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岡豊宰相 ~幕末の改革者、戦国に還る~  作者: 曽我部穂岐
第七章 地這う片喰

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第五話 白地の蓋・東

「白地の蓋を、閉じよ」


 命が走った。


 正面では、六門の斉射を受けた羽柴勢が崩れた列を立て直そうとしている。その向こうに秀長の馬印。さらに南の山裾には、吉田の三つ引両が食い込んでいた。


 元親は采(さい)を上げた。


 白地城前で、槍が一斉に起きた。

 鉄砲足軽が立つ。馬廻りが手綱を詰める。兵の間を走っていた使番まで足を止め、一斉に前を向いた。


 それまで城前を動かなかった片喰の旗が、風を孕んだ。


 一つ。

 また一つ。


 やがて幾重にも並んだ旗が揺れ始める。


 その先頭へ、元親が馬を出した。

 信親も続く。


 具足の擦れる音が広がった。

 数千の足が、同時に東を向く。地面を踏む音が重なり、まだ砲煙の残る白地の野を低く震わせた。


 元親の馬が歩を速めた。


「片喰の根に葉を生やせ!」


 采(さい)が振り下ろされる。

 太鼓が鳴った。


「秀長を穿(うが)つ!」


 鬨の声が地を震わせた。


 白地に留められていた長宗我部の主力七千が、一斉に前へ出る。


 元親自身が中央を進み、左翼は信親の片喰が川寄りへ広がる。右でも山裾に沿って猛将・福留(ふくどめ)儀重(よししげ)の兵が伸びた。後ろから次々と槍列が送り込まれ、城前に固まっていた兵の厚みが、そのまま東へ押し出されていく。


 平地で描いたような整った鶴翼ではない。川と山に形を歪められながら、二枚の翼が羽柴の陣を抱くように開いていく。


「御屋形様、前へ出過ぎます!」


 近習の声にも元親は馬を止めなかった。


 前方には、忠澄勢が崩した柵がある。


 倒れた槍。

 踏み荒らされた土。

 泥に半ば埋まった三つ巴の旗が一本、残されていた。


 元親の馬がその脇を過ぎる。視線だけが一瞬、三つ巴へ落ちた。だが手綱は緩まない。その後ろを片喰が次々と越えていった。


「押せ!」


 片喰が羽柴勢へぶつかった。

 槍先が噛み合い、人の列が大きく撓む。羽柴方もすぐに大楯を起こし直し、鉄砲勢をその後ろへ戻した。


 秀長も馬上にいた。


 正面から元親。

 川側から信親。

 右手からも儀重が広がり始めている。


 だが、秀長の目はそのどれにも長く留まらなかった。


 南東。

 三つ引両。

 ほかより薄い。


 山から突然現れた二千余の兵である。そこを破れば、後ろへ伸びた羽柴勢との道を繋ぎ直せる。


「南東をこじ開けよ」


 羽柴の旗がいくつも向きを変えた。


 元親も気づいた。

 南の三つ引両へ、兵が集まり始めている。


「政重を抜く気か」


 信親がそちらを見る。元親は采を前へ向けた。


「構うな。われらは秀長を押す」


 羽柴勢へさらに兵をぶつける。

 南へ兵は割かなかった。三つ引両が持ちこたえている間に、中央をさらに前へ押す。元親の馬廻りまで槍列のすぐ後ろへ入り、片喰の中央だけが一歩、また一歩と羽柴本陣へ近づいた。


 総大将の采は止まらなかった。



◆


「来るぞ!」


 玄蕃の声と同時に鉄砲が鳴った。政重の前へ羽柴勢が押し寄せる。


「鉄砲を下げろ! 槍を入れよ!」


 白煙を割って槍がぶつかった。

 三つ引両が揺れる。


 二千八百は、山中を隠れて進むには大軍だった。だが、羽柴の兵を正面から受け続けるには明らかに少ない。


 一歩押される。

 さらに一歩。


「ここを離すな!」


 政重が馬を寄せた。

 その向こうで、一旒の旗が上がる。


 無一文字。


 政重の身体がわずかに固くなった。


 引田の土が脳裏を掠める。

 あの日、自分はあの旗を追った。


「若」


 玄蕃も旗を見ていた。

 仙石(せんごく)秀久(ひでひさ)が兵の間から馬を出す。


 政重を見つけると、槍を立てた。


「勝五郎、またお前か!」


 政重も応じて槍を取った。


 二騎が駆ける。

 秀久の穂先が伸び、政重が柄で弾く。すれ違いざまに刃が袖を裂いた。


 二騎が馬首を返す。

 今度は政重から出た。


 秀久の槍が胸元へ来る。身を沈め、その内へ入った。


 政重の穂先が肩口を薙ぐ。


「ぐっ!」


 血飛沫が頬に散り、秀久の身体が傾いた。


「権兵衛様!」


 仙石勢が駆け寄る。


 無一文字が下がった。

 政重の馬が一歩、その背を追った。


 手綱が鳴った。


「追うな!」


 吉田勢が止まる。


「道を守れ!」


 無一文字は人波の中へ消えた。


 しかし、すぐに別の羽柴勢が来た。秀久を退かせても、戦は終わらない。

 むしろ前より厚い。


 槍の壁が吉田勢へ食い込み、三つ引両が押し戻される。玄蕃の兜を槍が叩き、兵が一人、政重の馬前で倒れた。


「下がるな!」


 叫んでも敵の勢いは止まらなかった。


 道の半ばまで羽柴方が戻る。

 さらに向こうでは、秀長の本陣まで南東へ動き始めていた。


 ここを離せば終わる。政重は槍を握り直した。馬の首筋まで汗で濡れている。後ろを見ても、山へ戻る道しかない。ここで三つ引両が退けば、元親の正面へ羽柴の兵が戻っていく。


 その時だった。


 羽柴勢の押しが、ふいに鈍った。


 前へ進んでいた兵が振り返る。

 後ろの旗が乱れていた。

 こちらではなく、東へ向きを変えている。


 遠くで鬨の声が上がった。


 見慣れた旗が、阿波へ続く道から現れる。


 政重が目を見開いた。


 十河(そごう)存保(まさやす)。


 存保は羽柴本陣とその後ろから続く兵の間へと、真っ直ぐ進んだ。


 槍が上がる。


「十河の旗は降ろさんぞ!」


 十河勢が突っ込む。羽柴の後列が止まる。

 政重を押していた兵の一部が戻ろうとし、前へ出る兵と道の上でぶつかった。


 列が詰まる。政重が槍を上げた。


「今だ! 押し返せ!」


 三つ引両が前へ出た。


 吉田勢が反転する。

 前から政重。

 後ろから存保。


 羽柴の列が大きく曲がった。


 そして、切れた。



◆


「十河殿、東より入りました! 本陣と後続が切れております!」


 報せを聞いた元親の目が鋭くなった。


 南東で羽柴の旗が途切れている。

 秀長本陣と後続との間に、道が見えた。


「信親! 閉じるぞ!」


 采が振り下ろされた。


 川寄りへ伸びていた片喰が内へ曲がる。山裾へ広がった儀重勢も向きを変えた。


 翼は大きく閉じなかった。

 左右から狭まっていく先には、秀長の馬印だけがあった。


 元親が中央から穿つ。忠澄勢が血を流して開いた場所を越え、元親本隊の槍が羽柴の二列目へ届いた。元親の旗が進むたび、後ろから新しい片喰が押し込み、秀長の馬印との距離が縮まっていく。


 崩れた羽柴兵が左右へ流れた。

 片喰はその背を追わない。その間を抜け、槍先が次々と向きを変える。


「雑兵を追うな、秀長の旗だけを見よ!」


 片喰が狭まった。

 秀長も止まらない。後続との道が切れたと見るや、馬廻を集めた。


「東を開けよ!」


 本陣そのものが動いた。

 向かった先は、やはり政重だった。


 羽柴馬廻が三つ引両へぶつかる。吉田勢が押された。

 一度、列が割れる。


「通すな!」


 政重が馬を入れた。秀長の馬印が近づく。

 道まで、もう遠くない。


 その横腹へ信親が突っ込んだ。

 羽柴の旗が傾く。さらに元親本隊が正面から迫る。


 兵が一人、二人と馬印の周りから押し出される。戻ろうとした兵の前へ、片喰の槍が入った。


 秀長の周囲だけが薄くなる。

 馬印が一度、大きく揺れた。


「美濃守様!」


 羽柴方から声が上がった。


 人馬が重なる。

 鉄砲の白煙が流れた。

 秀長の姿が見えなくなる。


 さらに片喰が重なる。馬が一頭倒れた。


 何人かが山際へ雪崩れ込む。

 馬印が低くなる。今度は上がらなかった。


「美濃守様は!」


 羽柴勢から怒号が飛ぶ。人が走る。馬廻が押し戻ろうとする。


 だが、そこへいたはずの秀長の姿がない。


 元親は山際を一度だけ見て、采を返した。


「退け」


 近習が顔を上げる。鉦(かね)が鳴った。


 片喰が動きを変えた。


 先ほどまで前へ開いていた二枚の翼が、ゆっくりと白地城へ畳まれていく。

 政重の三つ引両も街道から離れ、白地へ向きを変える。


 追う羽柴兵はいなかった。

 秀長を探す声だけが、暮れ始めた野に残っていた。


 元親は最後に馬を返した。


 白地城の前には、戻ってきた片喰の旗が次々と立っていく。


 日は西へ傾いていた。


 東では大坂峠から引田、吉野川沿いを退き、西では高尾から馬路まで兵を引いた。


 東でも西でも、片喰は踏まれ、刈られ、姿を消した。

 それでも根は、地の下を這っていた。


 今、その根から伸びた片喰が、白地城の前を埋めていた。



お読みいただき、ありがとうございました。

創作の励みになりますので、評価・感想をよろしくお願いいたします。


【史実解説】

■大軍の総大将を討った沖田畷

本話のように、兵数で勝る大軍を地形によって動きにくくし、その中心にいる総大将を狙った戦いには、四国征伐のわずか前年に非常に有名な例があります。


天正十二年(1584)の沖田畷(おきたなわて)の戦いです。


九州北部に勢力を広げていた龍造寺(りゅうぞうじ)隆信(たかのぶ)は、有馬(ありま)晴信(はるのぶ)を攻めるため島原半島へ進軍しました。


これを迎え撃ったのが、有馬氏と島津氏です。

数万の龍造寺軍に対して有馬・島津連合軍は約八千。連合軍は敗走を装って龍造寺勢を細い田の畦道へ導き、両側から攻撃したとされています。


当時の沖田畷周辺は深い湿地帯で、その中を細い一本道が通っていました。

龍造寺軍は約二万五千、有馬・島津方は約八千。


大兵力を持つ龍造寺方でしたが、細い道と湿地によって兵力を一度に展開できず、激戦の末に総大将の龍造寺隆信自身が討ち取られました。

総大将の戦死によって戦局は決定し、龍造寺氏の勢力にも大きな転機が訪れます。


ここで重要なのは、島津・有馬方が二万五千の敵兵を倒したから勝ったのではない、という点です。

大軍が十分に動けない場所へ押し込み、その中心にいる総大将を失わせた。

戦国時代には、大将の生死が一つの軍勢だけでなく、その後の領国情勢まで変えてしまうことがありました。


そして沖田畷は、白地決戦のわずか一年ほど前の出来事です。

四国の諸将がこの合戦の詳細をどこまで知っていたかは別として、大軍でも地形次第で崩れ、総大将自身が討たれるという出来事は、まさに同時代に現実として起きていました。

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