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岡豊宰相 ~幕末の改革者、戦国に還る~  作者: 曽我部穂岐
第七章 地這う片喰

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第一話 陣火に入る

 池田城の東には、朝から白い煙が這っていた。

 吉野川沿いを西へ進んできた羽柴勢が、夜明けとともに鉄砲を撃ち始めたのである。


 長宗我部勢も柵の内から応じた。


 大坂峠のように山へ隠れてはいない。引田のように深く誘い込もうともしていない。

 城の東には柵が重ねられ、その内側に鉄砲足軽、その後ろには槍衆が待つ。


 信親は土塁に片手を置き、敵の動きを見ていた。


 羽柴勢は急がなかった。

 先手を走らせず、山際へ物見を回す。林へ鉄砲を撃ち込み、道の左右を確かめてから兵を進めてくる。


 左の柵が薄くなると、ようやく槍衆が寄せた。


 奥で待っていた鉄砲が火を吐く。

 先頭が倒れ、後ろが詰まった。


 長宗我部の槍衆が出る。

 二十間ほど押し返したところで太鼓が鳴った。


 兵は追わず、柵へ戻った。


「随分と用心深くなりましたな。引田の時なら、もう少し食いついてきたものを」


 傍らの将が土塁から顔を出した。

 信親は敵陣から目を離さない。


「こちらがそうした。次も同じように来てくれると思う方が間違いだ」


 羽柴方の前列が左右へ割れた。


 大楯が出る。

 その陰を鉄砲足軽が進み、さらに後ろから槍衆が続く。


 今度は様子を見る並びではなかった。


 信親は柵へ目を移した。


 まだ持つ。

 負傷者を担ぐ兵も走れている。

 火薬箱を抱えた小者が腰を折り、次の柵へ駆け込んだ。


 東を見れば、羽柴の旗がまた増えていた。


「次の太鼓で退く。傷を負った者から西へ出せ。鉄砲は撃ち切るな。旗は最後に動かす」


 傍らの将が、まだ崩れていない柵を振り返る。


「ここなら、もう一刻は持ちましょう」

「だから今退く」


 信親はそれ以上言わなかった。

 吉田の三つ引両の旗が、片喰の旗に交じって風を受けていた。


 昼を越えると、大楯が柵まで寄った。

 銃声が重なり、土煙が上がる。


 一つ目の柵が折れた。

 信親は予備を入れ、一度だけ押し返した。


 その間にも後ろでは負傷者が運び出されていく。


 米俵を馬へ括る者。

 火薬箱を担ぐ者。

 折れた槍から穂先だけを外す者。


 撤き始めても、列は乱れなかった。


 二度目の攻めで長宗我部の前列が大きく退いた。


 今度は戻らない。

 退く隊と撃つ隊が入れ替わりながら西へ抜ける。


 最後まで土塁に残ったのは、片喰と三つ引両だった。



 夕刻。

 羽柴の旗が池田城に立った。


 秀長が城内へ入った時には、戦の音はすでに西へ遠ざかっていた。


 土塁の内に残った死骸は少ない。


 蔵は空だった。

 米も火薬もない。薪まで、運べるものは持ち去られている。


「また、崩れませなんだな」


 側近が壊れた柵を跨いだ。


「崩れる前に退いた」


 秀長は空になった蔵へ目をやり、それから城外へ出た。

 西へ続く街道には、もう長宗我部の姿はない。


「信親の荷駄は、どれほどあった」

「物見の報せでは、昨日までとさほど変わらぬと」


 秀長は返事をしなかった。


 しばらく西を見たのち、

「もう一度、数だけ見させよ」

 と命じた。


 追撃は出さない。


 西の山には、すでに夕闇が溜まり始めていた。


 ほどなく別の物見が戻ってきた。

 信親勢は街道を外れず、なお西へ向かっている。


 片喰の旗もある。

 三つ引両も見える。

 そして、そのさらに先。


 白地に、ひときわ大きな片喰が上がったという。


 秀長の視線が止まった。


「元親に相違ないか」

「二度、見直しております。白地城だけではございませぬ。周囲にも兵が入り始めております」


 大坂峠にも、引田にもいなかった男である。

 その旗が、ようやく戦場へ出た。


 秀長は池田城の西へ連なる山を見た。


「今夜はここまでとする。明朝は物見を先に入れよ。左右の山を見てから進む。信親を急いで追う必要はない」


 城を取ったというのに、声に浮ついたところはなかった。


 ただ、西を見る目だけは離れなかった。



◆


 白地の西に、馬路(うまじ)城がある。

 伊予側から白地へ入る道筋にあり、ここを抜けば白地までは近い。


 香宗我部親泰と香川親和は、その城へ入っていた。


 鳥坂から退き続けてきた二人が、そこで初めて足を止めた。


 朝から毛利の先手が山へ取りついている。


 城外の柵で鉄砲が鳴った。

 親和勢が撃ち返す。


 毛利勢も無理には登らず、林へ鉄砲を入れ、道の脇を確かめながら少しずつ詰めてきた。


 昼過ぎ、親和が城内へ戻った。

 額の汗を袖で拭い、西を振り返る。


「叔父貴、先手は来ておるが本陣はまだ後ろじゃ。随分と丁寧に山を見ておる」


 親泰は閉じた扇を膝に置いていた。


「高尾で久武を取り逃がしておるゆえ、慎重にもなりまする」

「このまま待つか」


 親泰は城外の柵へ目を向けた。


「先手だけを引いて退いては、ここまで残った甲斐がのうござる。次も受ける。西の柵までは使ってよいでしょう」


 親和が毛利の旗を見た。


「ずいぶん粘りよる。攻め寄れば煮え湯を浴びせてやるものを」

「粘るために入った城ゆえ、それでよいのです」


 親泰は扇を開かなかった。


 毛利本陣では、小早川隆景が相次ぐ報告を聞いていた。


 香宗我部勢は馬路で止まった。

 東では秀長が大西を落とした。


 さらにその先、白地には元親本人の旗が上がったという。


 隆景はすぐに馬路攻めを急がせなかった。


 高尾から退いた久武と金子の所在は、なお定かでない。

 河野の兵も、一所に集まっているとの報せはない。


 それでも、見えぬ兵を追って山へ入るわけにはいかなかった。


 目の前には親泰がいる。

 その先には元親がいる。


「馬路を避けて白地へ出る道は」


 傍らの将が山を見た。


「ございます。ただし細うございます。兵だけならまだしも、荷駄を続けるのは難しゅうございます」

「ならば馬路を残して前へ出る方が悪い」


 隆景は前方の山へ視線を戻した。


「攻めはする。ただし城そのものに食いつくな。香宗我部を退かせ、道が開けばそれでよい」


 ほどなく毛利の太鼓が鳴った。


 山裾で旗が動く。

 馬路へ、また兵が上がり始めた。



◆


 翌朝。

 白地には薄い霧が残っていた。


 池田城から戻った兵が、東の道を次々に入ってくる。


 だが、その多くは城門へ向かわなかった。

 百、二百と分かれ、川沿いへ下り、山裾へ入り、林の中へ姿を消していく。


 元親は城から下り、道の脇でその列を見ていた。


 泥に汚れた具足。

 煤けた顔。

 折れた槍を担ぐ者もいる。


 それでも足並みは崩れていない。


 信親が馬を下りて近づいた。


「秀長は池田へ入りました。もう山を見ずには進みませぬ。おそらく今日も物見を先へ出します」

「御苦労、慎重でも構わぬ。足さえ止めねばな」


 元親は東を見た。


 そこへ西から使者が駆け込んできた。


 馬路はなお持っている。

 毛利の先手は城へ取りつき、その後ろまで隆景の本陣が進んできたという。


 信親が西へ顔を向ける。


「叔父上も、そろそろ退かれましょう」


 元親はしばらく答えなかった。


 東には秀長。

 西には隆景。


 どちらも、まだ白地の外にいる。


「もう少し寄せてもらう」


 日が落ちた。

 白地の陣にも火が入った。


 少し離れて燃える二つの陣火の周りを、羽虫が飛んでいた。



挿絵(By みてみん)

お読みいただき、ありがとうございました。

創作の励みになりますので、評価・感想をよろしくお願いいたします。


【史実解説】

■二つの大西城・白地城と池田城

白地城は、現在の徳島県三好市池田町白地にあった城で、吉野川と馬路川が合流する付近の河岸段丘上に築かれていました。

もとはこの一帯に勢力を持った大西氏の城で、長宗我部元親が阿波西部から讃岐・伊予方面へ勢力を伸ばす際にも、重要な拠点となります。


そして天正十三年(1585)の四国征伐では、同年七月八日付の羽柴秀吉朱印状から、当時の元親の本営が阿波の白地城にあったとされています。

つまり、本作の白地決戦そのものは創作ですが、元親が最後の拠点として白地にいたこと自体は史実です。


一方、今回信親が秀長勢を迎え撃ったのが池田城です。

現在の三好市池田町ウヱノ付近にあり、白地城から東へおよそ三キロほど。

吉野川沿いを西へ進んできた軍勢から見れば、池田城を越え、その先に白地城がある、という位置関係になります。

そのため本作では、池田城を白地へ至る東側の前衛として使っています。


ちなみに、この池田城には「大西城」「池田大西城」という別名があります。

さらにややこしいことに、白地城の方も、もとの城主である大西氏にちなみ、「大西城」「大西白地城」と呼ばれることがあります。

そのため本作では、分かりやすさを重視して、それぞれ「白地城」「池田城」と表記しています。

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