第五話 白旗の地
引田を退いてから、信親の軍は阿波へ入り、吉野川に沿って西へ移っていた。
川は山間を縫って伸び、その両側では日を追うごとに山肌が近くなる。田畑の間を通っていた道も、やがて川と崖の間へ押し込まれ、荷駄が長く一列になった。
羽柴勢は、その背を追っていた。
近づけば止まり、離れれば退く。
重清の手前でも、朝から鉄砲が鳴った。
白煙が畑の上を流れ、羽柴方の先手が槍衆を押し出してくる。信親勢の前列が半町ほど下がったところで、政重は横手の低い畦を見た。
「百、回せ」
兵が身を屈め、畦の陰を走る。
羽柴勢が正面へ食いついたところへ横から槍を入れた。
押していた列が歪んだ。
一人が退けば、その背へ後ろの兵がぶつかる。怒号が重なり、旗が乱れた。
「若、押せますぞ」
安岡玄蕃が馬を寄せた。
確かに押せた。
敵の先手はもう下がり始めている。その後ろでは、後続がまだ列を組みきれていない。今ならさらに一押しできる。
政重の馬が半歩出た。
退いていく兵の背が見える。
一瞬だけ、引田の野が重なった。
無一文字。遠ざかる仙石の旗。
政重は手綱を引いた。
「追うな」
玄蕃が横目で見る。
政重は西へ続く道へ目を移していた。
「鉦を」
「はっ」
退き鉦が響いた。
前へ出ていた兵が一列ずつ離れ、その後ろへ槍衆が入る。敵との間を空けながら、荷駄、負傷兵、鉄砲足軽の順に西へ送られていく。
羽柴勢が列を立て直した頃には、最後尾も次の山陰へ入っていた。
背後でまた鉄砲が鳴る。
政重は振り返らなかった。
数日後。
信親勢は昼間まで退いた。
吉野川沿いの本道はなお西へ続いている。一方、南には山が迫り、谷の奥へ入る細い道が幾筋にも枝分かれしていた。
夕暮れ。田ノ岡の山影が田へ長く伸びる。
軍勢は街道沿いに止まり、兵たちは黙って荷をまとめていた。
傷の浅い者は草鞋を履き替える。歩けぬ者は馬へ乗せられた。米を包み、火縄を確かめ、折れた槍を捨てる。
長く退き続けた軍には、もう出立前の騒がしさがない。
政重が信親の前へ来た。
「二千八百、揃っております」
信親は頷いた。
西へ向かう本道では、荷駄が動き始めている。
片喰の旗。
信親の馬印。
その列の中には、吉田の旗もあった。
信親がそちらへ目をやる。
「勝五郎、旗は置いていけ」
陽が山の向こうへ沈む。
やがて信親の本隊が動いた。
松明が一本、また一本と灯り、吉野川沿いの道を西へ伸びていく。
馬の蹄。
荷駄の軋み。
具足の擦れる音。
信親の旗に交じって、政重の旗も揺れていた。
遠くの物見からなら、昼間まで退いてきた軍勢が、そのまま一団となって西へ向かったように見えただろう。
政重は山際に立ち、その灯りを見送った。
一つ消える。
また一つ。
尾根の向こうへ最後の火が沈んでから、政重は立ち上がった。
「行くぞ」
二千八百の兵が街道を外れた。
松明は点けない。
はじめは馬でも通れた道が、谷へ入ると急に細くなった。
兵たちは馬を下り、手綱を引いた。
湿った土を踏み、枝を手で押し退ける。前を歩く者の背さえ、少し離れれば闇に溶けた。
玄蕃が頭上を見上げた。
枝葉が空を覆い、星もほとんど見えない。
「真っ暗ですな」
「声も落とせ」
政重自身も囁くように言った。
列の前後へ短い声だけが渡っていく。
振り返っても、もう旗は見えなかった。
二千八百の兵は、夜の山へ静かに消えていった。
◆
羽柴秀長の陣には、阿波各地から報せが集まっていた。
机上の地図は何度も開かれ、端が手垢で黒ずんでいる。
阿波東部の城は次々と羽柴方へ移った。
信親勢は吉野川を遡って西へ退却。
昼間城でも一戦したが、その後さらに上流へ向かった。
吉田政重の旗も、その軍中に確認されている。
西讃では香宗我部親泰と香川親和が、兵を保ったまま西へ下がっている。
伊予からは、高尾落城の報せも届いた。
「信親勢は、次は池田城へ入るものと思われます」
秀長は返事をせず、地図を引き寄せた。
吉野川を西へ遡れば、昼間から池田へ入る。
池田のすぐ西に白地がある。
そこは単なる山中の城ではなかった。
東へ下れば阿波。
西の山を越えれば伊予。
北へ抜ければ讃岐へ通じ、南の山道の先は土佐である。
四国の真ん中で、いくつもの道が寄り合う場所だった。
秀長の指が白地で止まった。
「ここを取れば」
家臣が地図を覗く。
「元親は阿波を失うだけでは済まぬな」
白地を越えれば、その先はもう土佐へ通じる道になる。
これまで戦場だったのは、阿波、讃岐、伊予だった。
白地が落ちれば、次に羽柴勢が踏み込むのは元親の本国である。
「ここまで退けば、さすがに出てきましょう」
家臣の言葉に、秀長は少し目を細めた。
「そうだな」
元親は、まだ出ていない。
大坂峠にも。
引田にも。
西讃にも。
伊予にも。
信親、親泰、久武らが各地で羽柴・毛利勢を受けている間も、元親自身は前線へ姿を見せなかった。
秀長の指が白地を軽く叩いた。
「ここまで自分を使わなんだ男が、土佐の入口まで退いてなお出ぬとは思えぬ」
「では、白地で」
「おそらくな」
秀長は信親勢の進路を見る。
城は落ちている。
土地も減った。
だが、信親の軍はまだ形を保って歩いている。
「昼間では、どれほど討った」
「多くはございませぬ。こちらが押し始める前に退いております」
「高尾でも同じであったな」
勝っている。
だが、勝つたびに敵の城だけが空になっていく。
秀長は西側へ目を移した。
「小早川殿は」
「東予を進んでおります。川之江へ入るのも遠くはございません」
西からも道が狭まってくる。
家臣が口元を緩めた。
「ならば、白地で父子を挟めますな」
「そうできれば戦は終わる」
秀長は静かに答えた。
だが、その顔に喜色はなかった。
「信親を離すな。ただし急かすな」
指が池田城の印へ移る。
「元親が白地に賭けるつもりなら、向こうにも何かはある」
「それでも進みますか」
秀長は顔を上げた。
「そのために来た」
元親が白地を最後の戦場に選ぶなら、そこで戦わせればいい。
そして父子を降ろす。
四国征伐を、それ以上土佐へ持ち込まず終わらせる。
秀長の指が再び白地へ戻った。
「まず池田城を落とす。信親を白地へ入らせよ」
地図の上では、長宗我部の印が以前よりずっと少なくなっていた。
◆
その数日前、西讃の西端。
香宗我部親泰と香川親和は、讃岐から伊予へ抜ける道に陣を置いていた。
その先が川之江である。
夕風が田を渡り、道端の旗を鳴らしている。
「叔父貴、羽柴方はまた詰めておる。明日には来るぞ」
親和が馬を並べた。
親泰は閉じた扇を掌へ一度当てた。
「なら、明日はここで受ける」
東の空には、遠く薄い土煙が残っていた。
追ってくる兵の姿はまだ見えない。
だが近い。
そこへ馬蹄の音がした。
使者が泥を跳ね上げて駆け込み、馬から飛び降りる。
「高尾、落城とのこと!」
親和の表情が変わった。
「金子殿は」
「久武様とともに南へ抜けたとのこと。それより先は分かりませぬ。河野勢も所在が定まりません」
親泰の扇が止まった。
しばらく、使者の荒い息だけが聞こえた。
「追ってくる兵は」
「明日にはこちらへ掛かりましょう」
親泰は東の道を見た。
「柵を前へ出せ。夜のうちに終わらせろ」
親和が兵へ声を飛ばす。
人足が杭を運び始めた。
親泰は数歩進んでから馬を止める。
「物見を二騎、南へ」
「どこまで見る」
親泰は山へ目を向けた。
「道だけでいい」
二騎が陣を離れ、夕闇へ消えた。
親泰はその背を見送り、閉じた扇を膝へ置いた。
明日もまた、羽柴の旗が近づく。
そして吉野川沿いでは、信親の旗がなお西へ退いている。
その旗の下にいるはずの男が、もう街道にはいないことを、羽柴方はまだ知らなかった。
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【史実解説】
■三方から進んだ四国征伐
天正十三年(1585)の四国征伐では、羽柴方の軍勢は一方向から四国へ攻め込んだわけではありません。
羽柴秀長・秀次らは六月十六日に阿波へ渡海。一方、讃岐方面にも宇喜多秀家らの軍勢が入り、長宗我部方の諸城を攻めました。
さらに毛利方では、小早川隆景・吉川元長・宍戸元孝らが六月二十七日に伊予へ渡海しています。また秀吉は、その九日前にあたる六月十八日の時点で、隆景に伊予一国を与えることを約束していました。
つまり長宗我部氏は、
東から阿波方面の羽柴勢、
北東から讃岐方面の羽柴勢、
西から伊予方面の毛利勢
という複数方面から圧力を受けていたことになります。
史実ではその後、阿波方面の秀長・秀次勢は木津城・牛岐城を攻略し、讃岐方面から進んだ宇喜多勢などと合流。一宮城・脇城などを攻囲しました。
一方の伊予では、小早川隆景・吉川元長ら毛利勢が長宗我部方の拠点であった高尾城を七月十七日に攻略し、その後、伊予は急速に羽柴方の支配下へ入っていきます。
本作では、ここまでの戦況が史実とは大きく変化しています。
引田・鳥坂で長宗我部勢が兵力を保ったまま後退し、高尾城でも久武親直・金子元宅らが城を捨てて撤退。そのため、史実のように各方面軍がそれぞれ長宗我部方の拠点を攻略していく流れではなく、羽柴秀長勢と小早川隆景勢が、それぞれ東西から四国中央部へ近づいていく展開としています。




