第一話 勝ってなお
岡豊城に、東からの使者が着いたのは昼前だった。
泥の跳ねた脚絆のまま広間へ通された男は、元親の前で両手をついた。
「引田より申し上げます。信親様の勢、引田を離れ、阿波口へ退きました」
「信親は」
「御無事にございます」
元親の肩から、わずかに力が抜けた。
「政重は」
「吉田殿も御無事に」
広間には四国の絵図が広げられていた。
大坂峠から引田へ、小さな駒が並んでいる。
使者は戦の次第を報告した。
大坂峠から予定どおり退き、引田で仙石勢を迎えたこと。
秀長本隊が追いつき、退路が狭まりかけたところへ十河存保が羽柴の後陣を突き、その隙に信親勢が阿波口へ抜けたこと。
「損じた兵は」
元親が聞く。
使者が人数を答えた。
少なくはない。
だが、崩れた軍の数ではなかった。
「予定より多いな。仙石は強兵であったか」
使者が一瞬迷った。
「それもございますが……吉田殿が」
元親の目が上がった。
「政重がどうした」
「吉田殿が、仙石秀久を追われました」
元親の目が上がった。
「どこまで」
「信親様より定められた刻限を越えて」
広間が静まる。
元親はしばらく何も言わなかった。
絵図の引田に置かれた駒を指で押す。
「信親が帰ってから、仔細は二人より聞く」
それだけだった。だが、声は低かった。
その日の申の刻。
今度は西から馬蹄が駆け込んだ。
「鳥坂にて勝利!」
使者の声が広間へ響いた。
元親が顔を上げる。
「尾藤は」
「退きました!」
西讃へ入った尾藤知宣を大将とする羽柴勢を、香川親和は国衆を率いて正面から迎えた。
九曜巴を並べ、二度押し合い、三度目に退いた。
尾藤の先手が追う。
親和はなお退き、鳥坂へ誘った。
そこで、それまで姿を見せなかった香宗我部親泰の兵が動いた。
狙ったのは先鋒ではない。
先鋒と本隊の間だった。
山際から兵を出して道を切り、尾藤の先手を本隊から離す。
それを見た親和が反転した。
逃げていた九曜巴が、一斉に向きを変えた。
前から親和、後ろから親泰。
挟まれた先手は崩れた。
逃げ出した兵が救援に来た尾藤本隊へ雪崩れ込み、その列まで乱した。
尾藤は軍をまとめて東へ退いた。
「親和は追ったか」
「追おうとなされました。されど、親泰様が尾藤の首は要らぬ、とお止めになりました」
元親の眉がわずかに動いた。
使者は続けた。
「西への道は閉じた。これ以上追えば、今度はこちらが敵の戦をすることになる、と」
元親が小さく笑った。
「親泰らしい」
絵図の西讃にも駒が置かれた。
東に引田。
西に鳥坂。
羽柴は讃岐へ大軍を入れた。
だが東では止まり、西でも止まった。
大坂峠で日を費やさせ、引田では兵を残して退いた。
鳥坂では尾藤の西進そのものを断った。
政重の逸脱はあった。
危うく信親を巻き込むところでもあった。
それでも、戦が始まる前に決めていた大筋からは外れていない。
引田も、鳥坂も、敵を潰したわけではない。
羽柴の兵はまだ多い。だが、大坂峠から今日まで、予定していた日数は稼ぎ、兵と米と日を削った。
次へ退く兵も残っている。
傍らの忠澄は、すぐには口を開かなかった。
引田と鳥坂に置かれた駒を見比べ、細い指で膝前の衣を一度なぞる。
「まずは、こちらの目論見どおりにございますな」
元親の視線が絵図の東へ移った。
「だが、次は同じようには来ぬ」
◆
引田の東。
羽柴秀長の陣にも、二つの報せが並んでいた。
一つは引田。一つは鳥坂。
尾藤勢が西進を阻まれた報告を読み終えると、秀長は書状を畳んだ。
「緒戦、二度の不覚にございます」
家臣の言葉に、秀長は首を振った。
「違う、二度しくじったのではない」
四国の絵図へ手を置いた。
「二度とも、向こうが待っていた場所へ入った」
大坂峠、引田、鳥坂。指が順に動く。
「峠で止め、退けば次で待つ。西でも同じことをした」
「長宗我部が、初めから」
「そう見た方がよい」
秀長は引田の印を見た。
「仙石は深入りせなんだ。それでも左右から兵が出た。鳥坂では尾藤の先手と本隊の間を切られた」
「では、次は大軍を揃えて押しまするか」
「それを待っておるかもしれぬ」
秀長は答えなかった。
代わりに問うた。
「元親はどこにおる」
「いまだ、岡豊かと」
「引田には?」
「姿はございませぬ」
「鳥坂は」
「親泰と親和にございます」
秀長の目が細くなった。
「……嫌な話だな」
「何がでございますか」
「信親と親泰で、我らの先手を二つ止めた」
指が土佐へ移る。
岡豊。
「それで、まだ元親が残っておる」
広間が静まった。
二年前の引田でもそうだった。
仙石勢が戦を進めたところへ、最後に元親が現れた。
今回も同じとは限らない。
だからこそ、軽く見る理由はなかった。
「元親が前へ出ぬのは、兵がないからではない」
秀長は言った。
「兵がないなら、自分で出ておる」
誰も反論しなかった。
「動く時を選んでおるのだ。あるいは岡豊から、東西を見ておる」
そこへ別の家臣が進み出た。
「十河の処分はいかがなされます」
秀長が顔を向ける。
「処分?」
「存保め、我らの後陣を襲いました。十河家もただでは」
「なぜ十河家を処する」
家臣が言葉に詰まった。
「されど」
「十河の今の当主は誰だ」
「存保の倅にございます」
「城を開いたのは」
「その当主にございます」
「起請は」
「出しております」
「ならば十河は降っておる」
「しかし存保が」
「存保はもう当主ではない」
秀長は淡々と言った。
「十河家の降伏はそのまま認める。所領安堵も変えるな」
家臣たちの間に小さなどよめきが起こった。
「よろしいので」
「存保は家を残したかったのであろう」
秀長は引田の花菱を示す駒を摘まんだ。
「ならば、残してやればよい」
しばらくして、一人が意味を悟った。
「……存保は十河へ戻れませぬな」
「戻れば、その時こそ十河家が背いたことになる」
駒が絵図の外へ置かれた。
「存保一人のために十河を潰せば、次から誰も城を開かぬ。降った者との約は守る。我らの寛容を讃州へ触れよ」
存保の仕掛けを潰すのではない。
成功させたまま、その成功の中から存保だけを外へ押し出す。
秀長はもう十河を見ていなかった。
指は伊予へ移っていた。
「親泰が鳥坂におる」
「はっ」
「なぜ西讃まで出てこられる」
家臣が考える。
「伊予口が……まだ静かなゆえ」
「そうだ」
毛利勢は、まだ伊予へ渡っていない。
そのため長宗我部は西の兵を讃岐へ寄せることができる。
「兄上へ使者を出せ」
「何と」
「毛利を急がせていただきたい、と」
秀長の指が伊予を押した。
「小早川隆景を渡らせる」
「伊予を落とさせますか」
「落ちればなおよい」
だが、と続ける。
「渡るだけでもよい」
河野が西を向く。
金子も動く。
親泰も鳥坂に居続けることはできなくなる。
それでも足りなければ。
秀長の指が岡豊へ戻った。
「それでも支え切れねば、元親が動く。こちらから追う必要はない」
秀長は絵図を見下ろした。
「向こうから動かねばならぬ戦を作ればよい」
そして、引田と鳥坂に置かれていた二つの駒を脇へ退けた。
「先鋒を一人で走らせるな。本隊との間を空けるな。狭い道へ入る前には、左右を見よ」
「はっ」
「向こうは四国を一つにして戦っておる」
秀長は伊予を指した。
「ならば、こちらが四国を二つに割る」
使者が立ち上がる。
秀長の視線は岡豊に残った。
「次は、元親に動いてもらう」
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【史実解説】
■四国征伐での長宗我部元親
天正十三年(1585)の羽柴秀吉による四国征伐で、元親は阿波西部の白地城を本陣とし、各方面へ諸将を配置して羽柴軍を迎え撃ったとされています。
白地は阿波の西端に近く、讃岐・伊予・土佐へ通じる要衝でした。元親自身が一つの戦場へ赴くのではなく、ここを四国防衛の中枢として、阿波・讃岐・伊予の各戦線を見ていました。
羽柴方は秀長らが阿波へ進み、別働軍が讃岐へ入り、さらに小早川隆景ら毛利勢が伊予へ侵攻するという多方面作戦でした。元親は白地に本陣を据えたまま各方面の防戦を続けますが、長宗我部方の城々は次第に圧迫されていきます。伊予についても、秀吉は小早川隆景へ伊予一国を与えることを出兵前から約しており、毛利・小早川勢による攻略は四国征伐の重要な一角でした。
谷忠澄らが守った阿波一宮城が羽柴秀長の大軍に攻められ、抗戦を続けることが難しくなると、忠澄は元親のいる白地へ戻り、羽柴方との戦力差を説いて降伏を勧めたと伝えられています。
『元親記』に伝わるところでは、一宮城や岩倉城を失っても、さらに南の海部方面へ敵を引き受け、国元から兵を集め、信親にも野根・甲浦方面へ進ませて、なお一戦する構想を語ったとされます。
軍記物の台詞や経緯をそのまま史実とするには注意が必要ですが、元親は白地でただ羽柴軍を待っていたのではなく、戦線を土佐方向へ下げても最後に一度は決戦するつもりだったことになります。




