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岡豊宰相 ~幕末の改革者、戦国に還る~  作者: 曽我部穂岐
第三章 水面の渦

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第一話 海の三兄弟

 夜明け前まで降っていた雨は、評定が始まる頃には上がっていた。


 陣幕の外では、濡れた筵を畳む音がする。雨を吸った土と、消えかけた篝火が匂った。


 吉田政重の前には、昨夜と同じ伊予の地図が広げられていた。


挿絵(By みてみん)


 讃岐では、十河そごう存保まさやすの書状を受けた城が、次々と門を開いている。だが、降兵と城の扱いが定まらぬうちは、全軍を伊予へ向けられない。


 それでも、次の手は早く決めねばならなかった。


 羽柴秀吉が柴田勝家を賤ケ岳で破ったとの報せは、すでに四国まで届いている。


 上座には長宗我部ちょうそかべ元親もとちかが座り、その脇には弟の香宗我部こうそかべ親泰ちかやすがいる。


 ほかに、昨夜はいなかった男がいる。


 白いものの交じった髪を乱さず、濃茶の小袖を着た細身の男である。腰を下ろす前に竹筒の水を指先へ落とし、白紙でぬぐった。戦場には不似合いな、静かな仕草だった。


たに忠澄ただずみじゃ」


 親泰が紹介した。


「会うのは初めてであったな。伊予との書状の多くは、この男の手を通っておる」


 政重は、その名を知っていた。


 もとは土佐神社の神職。のちに秀吉の四国攻めで、元親へ和議を説く男である。

 だが、人と会う前に指を清め、その目が祈祷より帳面へ向くことまでは、後世の書物になかった。


「お名は存じております」


 政重が頭を下げると、忠澄も浅く返した。


「こちらも。先の戦では鬼の子を生け捕り、なお生かした若者と聞いておりまする」


 上座の元親が、地図を顎で示した。


「勝五郎。昨夜の続きを申せ」

「はっ」


 政重は伊予へ手を置いた。


「河野家を滅ぼさず、その名を残して降しまする。旧臣の面目を立てれば、城を一つずつ攻めるより早く伊予を定められましょう」


 元親は黙って聞いている。


「加えて、来島くるしま衆を引き込みます。船手を押さえれば河野を孤立させ、海の向こうから大軍を渡す者にも、容易には道を貸さずに済みます」


 言い終えると、忠澄が腰の袋から小さな石を三つ取り出した。


「勝五郎殿。来島衆とは、誰のことでござろう」


 問いの意味を測りかね、政重はわずかに間を置いた。


「来島家の当主、来島くるしま通総みちふさと、その船手にございます」


 忠澄は一つ目の石を、地図の伊予ではなく、上方を示す端へ置いた。


「通総は、伊予におりませぬ」


 陣幕の外で、荷駄馬が鼻を鳴らした。


「河野・毛利方へ背いた後、河野に来島城を落とされ、伊予を出ております。今は秀吉を頼り、旧領へ戻る道を探しておる」


 政重の指が地図の上で止まった。


 幕末、豊後森藩久留島くるしま家の祖が通総であり、秀吉に従って伊予一万四千石を得たことを、東洋は知っていた。その子の代に豊後へ移ることも。


 だが、家譜の通総はすでに大名だった。この天正十一年の今、来島城を失い、帰る術を求める流浪の身だとは結びつかなかった。


 行く末を知ることと、そこへ至る途中を知ることは違う。


 忠澄は二つ目の石を、伊予北部の鹿島へ置いた。


「今、伊予に残って来島方の残兵をまとめておるのは、通総の兄、得居とくい通幸みちゆきにございます」


「では、通幸殿が、通総に代わって残兵をまとめておると」

「弟の代わりではござらぬ」


 忠澄の声は低いが、責める響きはなかった。


「通幸は得居家の当主。通総の留守居ではござらぬ。同じ敵を持ってはおりますが、守る城も、養う百姓も、船を漕ぐ者の家も別にある。弟を口説けば兄も従う、という間柄ではありませぬ」


 政重は親泰を見た。

 親泰は閉じた扇を膝に置いたまま、何も言わない。


「まだございます」


 忠澄は三つ目の石を、伊予西部の湯築ゆづき城へ置いた。


「河野家の当主、河野こうの通直みちなおもまた、通幸、通総の弟にございます」


 政重は、目を見開いて湯築城に置かれた石を見た。

 森藩の祖は知っていても、通幸、通直との血縁までは知らなかった。


「三人は腹こそ違えど、父は村上むらかみ通康みちやす。通直は河野家へ入り、その名を継いだ末弟にございます」


 上方、鹿島、湯築。


 三つの石は、離れた場所に置かれている。


 一人は秀吉を頼り、一人は伊予の海に残り、一人は毛利に支えられて河野家を守っている。


「では某は、兄二人を引き込み、その弟を孤立させる策を申し上げたと……」

「左様にございます」


 元親が口を開いた。


「知らぬ相手を、利で動かすと申したか」

「……はい」


「言い訳はあるか」

「ございませぬ。来島衆を、一つの船団のように考えておりました」


「ならば、知った上で申せ。策は捨てるか」


 政重は三つの石を見た。


「捨てませぬ。ただし、来島を引き込んで河野を孤立させる、という形は改めまする」


 忠澄が、初めてわずかに目を細めた。


「まず、鹿島の通幸殿にお会いしとうございます」

「なぜ通幸からじゃ」


「通総が失ったものも、通直が守ろうとしているものも、伊予に残った通幸ならば知っておりましょう。まず、三人を結ぶものと隔てるものを見定めまする」


「何をもって通幸を動かします」

「今はまだ、申し上げられませぬ」


 陣中の空気が張った。


「某は海も、そこで生きる者も存じません。ここで条件を決めれば、また同じ誤りをいたしまする。通幸殿が何だけは失いたくないのか、御本人から伺った上で定めとうございます」


「知らぬゆえ、決められぬと申すか」


 元親の声が低くなる。


「はい。されど、知らぬまま決める愚だけは避けとうございます」


 政重は頭を下げたまま答えた。

 沈黙ののち、親泰の扇が膝を一度だけ打った。


「案を捨てて逃げたわけではあるまい。通幸を知ることを、策の初めに置き直したのだろう」

「はい」


「上方の通総へは、堺の商人を介せば声を届けられる」


 親泰はそう言ってから、元親を見た。

「されど、兄上の書状を初めから見せれば、そのまま秀吉の手へ渡る」


「正式な書状も、約束も出しませぬ」


 政重は答えた。

「長宗我部が敵と決めたわけではない。そのことだけを知らせまする」


 忠澄が、上方に置いた石へ指を添えた。

「通総が欲しておるのは、銭や兵ばかりではございますまい」


「帰る場所、にございますか」

「それを失った者は、帰してくれる者を頼りまする」


 通総にとって秀吉は、天下へ駆け上がる大名である前に、故郷へ帰る道を開き得る者なのだ。


「その道を、秀吉一人に握らせてはなりませぬ」


 政重が言うと、元親が目を細めた。


「何をするつもりじゃ」


 来島城の名が、政重の喉まで出かかった。

 だが、その城を誰が守り、どの船が近づけ、潮がいつ道を開くのかさえ知らない。知っているのは、地図に記された小さな島の名だけである。


「今の某には、まだ分かりませぬ」


 政重は正直に答えた。


「通幸殿に会い、海を見た上で申し上げまする」


 元親は三つの石を見比べた。やがて忠澄へ顔を向けた。


「忠澄。通幸へ話を通せるか」

「道はございます。ただし、長宗我部の名を表へ出せば、河野・毛利方が先に動きましょう」


「名は伏せよ。勝五郎を連れて行け」

「承知いたしました」


 元親は次に親泰を見た。


「通総への道を探れ。ただし、まだ何も約するな」

「はっ」


「勝五郎」


 政重は顔を上げた。


「海を知らぬと認めたのであろう。ならば見てこい。船ではなく、その船を出す者どもをな」

「はっ」


 評定が終わると、忠澄は上方と湯築の石を袋へ戻した。

 だが、鹿島に置いた石には手を伸ばさない。


「これは、通幸に会うまで預けておきまする」


 政重は小さく頷いた。


 陣幕の外では、雲の切れ間から薄い光が差し始めていた。濡れた土の上を、伝令の足音が遠ざかっていく。


 政重は、もう一度伊予の地図を見た。

 来島を示す小さな点には、まだどこへも道が引かれていない。


 その道を描くのは長宗我部か、秀吉か。


 答えを持つ男は、伊予の海に残っている。



お読みいただき、ありがとうございました。

創作の励みになりますので、評価・感想をよろしくお願いいたします。


【史実解説】

■村上水軍・来島氏

村上水軍は、能島・因島・来島の三家からなる海上勢力です。同族ですが一枚岩ではなく、時には敵味方に分かれていました。


来島家を継いだ来島通総は、織田信長、のち羽柴秀吉と結んだため、河野氏や毛利方の攻撃を受けて伊予を離れます。一方、兄の得居通幸は独立した領主として伊予に残り、抵抗を続けました。


本作では、河野家最後の当主・河野通直を二人の異母弟としています。通直は河野通吉の子とする説が一般的ですが、村上通康の実子で、河野家の養嗣子になったとする説もあります。この説に従い、本作では通幸・通総・通直を、異なる立場に分かれた三兄弟として描いています。


通総の子孫は、のちに豊後国森藩主となり、姓を来島から久留島へ改めています。幕末の十一代藩主・久留島通胤はペリー来航後に開国論を唱えており、東洋と同じ開明派でした。

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